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1-15 あなたは模索ですか

 誰もが全身を耳にしていた。

 動きを凍らせ、静かに息を吸っては吐く。

 とは言え、サマになっているのはレベッカひとり。

 サイードや領兵たちもそこまで慣れた様子ではないし、タクトアルテミシアやアリアンナなど完全に素人だ。

 

 謎の足音。数と発生源。

 反響と水流の音が聴覚を惑わせる。


「成人人間程度の大きさ、軽装鎧、3人あるいは3匹……」


 レベッカが、ギリギリ全員に聞こえる程度の声で囁いた。

 

「歩く速度はゆっくり。

 本格的な追跡じゃないわね……

 適当に街中探させてるうちの1グループ、かしら」

「お主、そのナリ盗賊シーフか?」

ひとりソロで冒険者やってると、盗賊シーフ系も多少できなきゃやってらんないのよ」


 盗賊シーフの特技と言えば、盗み・鍵開け・忍び込み。だが、感覚を研ぎ澄ませた聞き耳も忘れてはならない特技だ。

 ……先程の話を聞く限り、妹だと思った人の所へ無差別に会いに行くためフル活用されているのだろうとしか思えないが。


「たぶん、私らが逃げ込んだ入り口か、その近くから入って来てるわね。

 おじいちゃん、ここって一本道だったりする?」

「行き止まりに繋がる脇道や、地上への出口はありますが、それ以外はありません」

「……じゃあ、ここで待ち伏せて倒すしかないですね」


 全員が呆気にとられたような顔でタクトアルテミシアの方を見ていた。

 タクトアルテミシアはそこでようやく、はっと気付く。考えを思わず口に出していたのだ。


「あああ、ご、ごめんなさい……何もできないのに口出して」

「ううん、それが正解よ。

 この大人数で移動すれば足音が立つ。鎧も鳴る。

 報告に戻られたら終わりだから……来るのを待って潰す」


 擁護されてタクトアルテミシアはほっとした。

 レベッカが言った事は、理由まで含めてタクトアルテミシアの考えと同じだった。


「最良は、やり過ごして逃げおおせる。次点は、仲間を呼ばれる前に不意打ちでぶち殺す」

「逃げる方がいいのか?」

「ええ」


 押し殺したレベッカの声に、同じく押し殺した声の領兵が疑義を呈する。

 だが彼女の判断は当然だ、とタクトアルテミシアは思った。

 殺せばその場はしのげるが、捜索に出した魔物が帰らなければどこかで敵に気付かれる。それが数分後なのか、数時間後なのか分からない。だから隠れてやり過ごし、『何も居なかった』と報告させるのが上策なのだ。

 

 状況が見えるにつれて、次の手が、すべき事が、頭の中で組み上がっていく。

 使われていなかった回路に電気が通うような心地だった。


「でも気付かれずに逃げるのは難しい。ここで潰すわ」


 言いつつレベッカは剣を抜いた。彼女は必殺の大斧だけでなく、取り回しの良い片手剣も装備していたのだ。

 大斧はこの閉所において振るうスペースが無い。壁や天井にぶつけてしまうのがオチだ。


「領兵全員、そこの曲がり角で待ち伏せなさい。

 私は手前の脇道に隠れて挟み撃ちを狙う。

 連中が私の方に来たら呼ぶから背後を突きなさい。

 真っ直ぐこっちに来た場合は、姿を見せた瞬間に一瞬で殺ること」

 

 言うやレベッカはランプを消し、屋根の上を歩く猫のような足取りで行ってしまった。

 全く音が立たない。いくらなんでも不自然だ。おそらくあの鎧は忍び歩きができるように加工されているのだろう。


「おい、暗闇をヒョイヒョイ歩いてったぞ……」

「あいつ見えてるのか?」

「冒険者ってすげえ……」


 領兵たちは呆れ半分で感心していた。


 他の者たちは暗闇の中に取り残された。

 だが、マンホールかどこからか僅かに明かりが差し込んでいるようで、やがて目が慣れてぼんやりと辺りの輪郭くらいは見えるようになってくる……


「よし、位置に付け……音を立てるなよ。

 お前と、お前が先頭だ。他は動かず後詰めとなれ」


 サイードの号令で、領兵たちが身構え始める。


「しっかし、なんだよ、あの偉そうな女……」

「言う通りにするしか無いだろ」

「でもよ……」

「しっ」


 曲がり角の影にふたりの領兵が控え、残りの者はその後ろで待機する。

 戦闘に参加しようがないタクトアルテミシアは、そのさらに後ろ。

 じっと押し黙っているアリアンナが手を繋いできた。震えている。いや、もしかしたら震えているのはタクトアルテミシアの方か。

 

 足音が近づく。カツリ、コツリと。

 もはや水の音でも掻き消されない。

 明かりが見える。曲がり角の向こうに映る異形の影。

 そして。

 

「かかれぇ!」

「うおりゃああああ!!」

「死ねえええええ!!」

「グギッ!?」


 曲がり角から謎の影が……領兵の鎧を着たレッサーオーガが姿を現したその瞬間、領兵たちは斬りかかった。

 

「はぁっ!!」


 どこからか、ぬうっと現れたレベッカが鋭く剣を振るい、最後尾に居たレッサーオーガの首をはね飛ばす。その間に領兵たちは先頭のレッサーオーガを滅多打ちにし、甲冑の隙間から銅を貫いた。


 だが、その一瞬の先頭からするりと抜けだし、宙に躍り上がる影がある。

 

「ギイイイイイイイ!!」


 ――インプだ……!


 ガリガリに痩せた外見。皮膜の翼を広げ、領兵姿の魔物が叫ぶ。


 狭い下水道の中だから飛ばずに歩いてきたのだろう。だが、この期に及んでそうも言っていられないようだ。

 壁や天井にぶつかりながら、インプはメチャクチャに羽ばたいて飛翔する。

 

「逃がさないで!」

「うわ!」

「くそ、殺せ!」

「いってえ!」

「よせ、メチャクチャに剣を振るな!」


 誰かの振った剣が誰かの兜に当たったようで、カーンと間抜けな音が響いた。

 その間にもインプは体勢を立て直し、領兵たちの頭上を飛び越えて逃げようとする。

 天井にぶつかりながらもその手を逃れ、インプはタクトアルテミシアたちの前へ……

 

 ――……やるしかないっ!

 

 『自分がやるしかない』。それはタクトアルテミシアにとって呪いの言葉だった。

 

 一時的に高度を下げたインプの足が目の前にぶら下がっている。

 タクトアルテミシアはそれに飛びついた。


「……っつあっ!」

「ギ!?」


 混乱したインプが飛行の軌道を乱す。

 タクトアルテミシアはその僅かな隙に、無我夢中で身体を振り回し、逆肩車の要領で、近くに居たカルロスの頭に足を巻き付けた。


「おぶっ!?」


 カルロスが珍妙な悲鳴を上げる。

 インプはカルロスを錨として、タクトアルテミシアによって地上と繋がれた。

 

 身体がちぎれそうだと思った。今はポーションによる身体強化など受けていない。下級魔物相手だろうと、押しとどめる力は無い……!

 インプの動きが決定的に鈍ったのは、判断を誤ったからだ。力任せに振りほどけばよかったところ、うっとうしい妨害者を殺して逃げようと、空中で振り返って魔力を練る!

 

 ――……3秒、得した!

 

 だがそれは3秒後、タクトアルテミシアが至近距離から避けようのない魔法攻撃に晒される事を意味する。

 それまでにインプが死ななければタクトアルテミシアの命は無い!


「ギイイイイ!!」


 咆哮。

 節くれ立った枯れ枝のようなインプの指に魔力光が灯る。


 ――来る……!


 タクトアルテミシアは身を堅くして祈った。


「ギッ…………」


 刹那の剣閃。

 インプは腹部を薙がれて真っ二つになり、口から血を吹いて失墜。

 

「あっ……」


 バランスを崩したタクトアルテミシア。一瞬の浮遊感。そして。


「バカ、死にたいの!?」


 インプを一撃で切り捨てたレベッカが、そのまま落下してくるタクトアルテミシアを抱き留めていた。

 インプの亡骸は盛大に水しぶきを上げて、通路脇の水路へボッシュート。同じくバランスを崩したカルロスは頑固なヌメリがこびりついた通路に思いっきり尻餅をついた。


 真紅の目がタクトアルテミシアを見下ろし、燃えていた。聞き分けの無い子どもを叱るような厳しい視線だった。

 

「あれは逃がせなかった。そうですよね?」

「そうだけどっ……!」


 レベッカは憤懣やるかたない様子で首を巡らせ、ギロリと領兵ったいを睨み付けた。

 

「くぉーら、男どもっ! あんたらが間抜けなことしてたせいで、私の妹がひっどい目に遭ったじゃない!

 腕の2、3本ぶっちぎれてでも、あんたらが敵を引き留めなさいよ!」

「レベッカさん、人間の腕は3本もありません」

「……申し訳ありませぬ、ワシの指揮が到りませなんだ」

 

 サイードが場を収めるために頭を下げた。

 レベッカが言うのももっともだが、だからと言ってこの状況で誰かが悪かったのかと言えば、一概には言い難い。


「まったく……

 とにかく、次が来るまでに移動するわよ。キビキビ動きなさい。

 アルテミシア、怪我はしてないわよね。どこか痛いところは無い? 自分で歩ける?」

「だ、大丈夫です」

「そう、よかった。じゃあ行くわよ」

 

 タクトアルテミシアはようやくレベッカから解放される。


 見事、敵の捜索部隊を叩き潰したというのに、背後の領兵たちは口数少ない。

 ある者は非戦闘員の、しかもこんな子どもに戦わせたふがいなさに打ちひしがれている。

 ある者はタクトアルテミシアが見せた勇気と機転に感心している。

 それがタクトアルテミシアには、手に取るように分かった。

 

 ――悪くない。巧く、命懸けになれた。

 

 闇に紛れてタクトアルテミシアはほくそ笑んだ。

 これでみんな、少しはタクトアルテミシアを見捨て難くなっただろう。

 

 インプへ飛びついた瞬間。死んでもいいと思っていたわけではない。

 生きるために滅びへ近づく。自分を切り売りして、周囲に認めさせる。

 いつもの事だ。

 社畜時代とはする事が表面的に変わっただけで、根本的な部分では変わっていない。

 

 壊れているという自覚は、少しだけあった。

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