16-2 Not a piece of cake.
掻い摘まんで話したつもりだったが、なにしろ事態は複雑で、簡単に説明しようとしても補足説明が必要になり、さらに補足の補足、と芋づる式に説明が増えていく。
まだ日も高い時間に話を始めたはずなのに、話し終わる頃には窓の外が真っ赤だった。途中でアリアンナとマナは試験を受けに行き、上機嫌で話を聞いているレベッカが残っていた(説明しよう。レベッカはアルテミシアの声を聞いてるだけで急速に機嫌が良くなっていくのだ)。
「大変でしたね」
アルテミシアが話を締めくくって、マリエーラの第一声はそれだった。
「大っ変でしたよ本当に。死ぬかと思いました」
「フフ、仕事としての調査の一環だったはずなのに、話を聞いていて久々に血が沸き立つ想いでした」
マリエーラは上品に笑う。牙を隠した微笑みだとアルテミシアは思った。この人は非戦闘員か戦闘民族かと言ったら間違いなく後者。
「聞いてる人には血湧き肉躍る冒険譚でも、わたしとしちゃ、どこまでも追跡してくるストーカー土砂崩れから避難してきたみたいな感じですよ」
「それで自らの功績を隠そうとしたのは、それに目を付けられて戦いに巻き込まれることを恐れたから、でしたね」
「はい、ざっくり言うとそうです。もう一回同じ事やれって言われたら十中八九死にますよ、わたし」
「そうでしょうね。ですが、もっと難度が低い依頼なら?」
「無理無理無理! それだって無理ですよ! 『あれで生き延びたんだからこれくらい大丈夫だろう』とか思われたくないです! それはそれでたぶん死にます!」
必死でアルテミシアは首を振る。
正直、難易度の問題ではないとアルテミシアは思っていた。
自分の強さだと、たとえザコモンスターを数匹駆除するだけという依頼でも事故死があり得る。
力は無く魔力も無い。ポーションを駆使して修羅場のひとつやふたつ潜り抜けてきたが、ポーションを生産する本人がそれをする必要は無いはずだ。最低限戦闘可能な人の後方支援に徹するのが正しい。
「それに……わたしを頼らなければ上手く行ったはずのことが、わたしをアテにしたばっかりに失敗しちゃったりしたら、それは頼る側も可哀想じゃないですか」
「なるほど……
あなたの言葉を聞いていると、ギルドを運営する立場として初心に返れそうです。
冒険者の実力を見極め、適切に依頼を分配するのがギルドの仕事。冒険者に危険が無いように、そしてちゃんと依頼を達成できるように……
普通、冒険者は少しでも上へ上へと行きたがるものです。高い報酬と名声を求めてね。その熱意と野心に甘えていたのかも知れません」
しかつめらしく、マリエーラは頷く。
実際の所、よほど急を要する依頼でもなければ、ギルドは依頼の失敗をそこまで気にしない。損をするのは失敗したパーティーだし、どうせすぐに別の冒険者が依頼を請けるのが普通だからだ。
冒険者ギルドのマネジメントはむしろ、エサと散歩をねだる犬のように爆走する冒険者たちを、どうにか繋ぎ御するものだ。ギリギリの所で調整してはいるが、冒険者たちの欲に引っ張られている部分は否定できない。
それはそれで苦労もあるのだろうが、裏を返せば、エサさえ用意すれば誰かが食いついてくれる入れ食い状態なのだ。冒険者をやる気にさせる努力はほぼ不要となる。
そんな中にあってアルテミシアには冒険者としてのモチベーションが欠けているという事でもある。
「……わたしは無理ですよ、冒険者なんて」
「でも、やはり私はあなたに冒険者になっていただきたい」
「やる気ゼロですよ、わたし。仮に冒険者になったところで何もしません」
「では、あなたが関わった戦いはどうなのです?」
「あれは成り行きなんですってば。わたしは巻き込まれただけの被害者Aさんです」
「巻き込まれ……そうですか。ですがもし今度戦いに巻き込まれたとしても、あなたが冒険者でさえあればギルドの支援を受けられると思いますよ」
冒険者は冒険者であるだけで、等級に応じた有形無形の支援をギルドから受けられる。
提携する店や宿の割引、特殊なアイテムの貸し出し、その他諸々。
普通に生活する上でもありがたいものだ。ましてピンチに陥った時、頼る先があるのはありがたい
「それと引き替えに、ギルドはわたしの活躍を宣伝材料にできるってことですね。
……宣伝って言うか取引、かな。部分的にでもギルドの手柄ってことになれば、それを解決したギルドは大きな顔ができる」
マリエーラは感心したように、曖昧に微笑むだけだ。
例えばルウィスを助けた一件。ロランやグレッグは個人的に協力しただけだが、ギルドは抜かりなく『ゲインズバーグ領への貸し』として利用するだろう。少なくとも冒険者を邪険に扱うことはより難しくなる。
「でもわたしが冒険者になったら、ギルドのデータに記録されるんですよね。実績とか強さとかがデータ化されて閲覧可能になる。
それって隠してもらうこともできるんですか?」
「いえ……制度上、それは難しいです」
ギルドは所属する冒険者をファイリングしていて、レベルや等級、簡易的な実績などは公開データとして依頼人に渡される。これを見て指名依頼を出す依頼人も居るのだ。
つまりアルテミシアが冒険者になれば、何をやらかしたのかが丸わかりになってしまう。
「……これは少し意地の悪い言い方になりますが」
不穏な前置きからマリエーラは切り出す。
「ギルドに所属せず冒険者的な活動をしている方も、無認可冒険者として内部資料に記録されています」
そう言えば、いつかそんな話を聞いたような気がするアルテミシア。
「無認可冒険者……なんか脱法ドラッグみたい」
「犯罪じゃないわよ。組織のバックアップが無いだけ。
ギルドを通した依頼が受けられないとか、提携してる店のサービスが受けられないとか、トラブルが起きた時に自分でどうにかしなきゃならない。
私も今までは半分くらいそんな感じだったけどね」
「もちろんアルテミシアさんについても記録されています。
普段から公開されているデータではありませんが、必要とあらば利用しますし、場合によっては信頼できる外部の方にお見せする場合もあります」
「わたしのプライバシーが……個人情報の保護が……」
うちひしがれるアルテミシア。
プライバシーだの個人情報保護なんて概念はまだこの世界に無いのかも知れない。
「アルテミシアさんは推定第五等級の無認可冒険者というデータになっていますね」
「5番目……ってどれくらい?」
「私のいっこ下。ロランより上」
「あ・り・え・ま・せんっ! なんですかそれ! 誰ですかその分類したの!
猿ですかゴリラですかチンパンジーですか氷の妖精ですか!!」
「私は妥当な評価であると考えましたが」
澄ました調子のマリエーラを見て、とりつく島も無いとアルテミシアは悟る。
あの頼れる鎧の兄貴より上の冒険者? どう考えてもあり得ない。実態とかけ離れているし、そんな風に見られるのは絶対にゴメンだ。だが既に内部資料ではそのように評価がされていて、場合によっては外部にその話をする場合もあると……
「この現状を踏まえた上で敢えて冒険者にならないことを選ぶ意味は、あまり無いのではありませんか?」
「なんて小狡いやり方を……」
「そうでしょうか。情報収集は冒険者ギルドとして平常業務の範囲。その内容を明かしたのですから、むしろこれは誠意と思っていただきたい」
マリエーラは『してやったり』という顔だ。
事態はアルテミシアが思っていたよりも深刻だったわけだ。
なんとなく隠れ住んでいられる気だったが、それは幻想に過ぎなかった。どうすればこの状況を軟着陸させられるのか。脳に取り入れたばかりの糖分(呼ばれた立場であることを笠に着ておかわりまで要求した)が燃える。
「交換条件……は、どうでしょう。もしわたしが冒険者になったら、内部資料を破棄してもらえますか?」
「あなたが関わったふたつの戦いについての調査結果を破棄することはできません。ギルドにとっても重要な情報ですので。
……ですが、あなたの個人データに敢えて何も書かないという程度のことは可能でしょう。調査結果はほぼ非公開の資料ですし」
「落としどころ……ですね」
紐付けて考えられると話が繋がってしまうけれど、バラバラに情報が存在する状態なら、まだマシだ。
もし個人のデータを見られても、そこに何も書かれていなければ真相に辿り着く人は少ないだろう。
後は公開データをどうするかだが……
――ん? 待って。
ひとつ、アルテミシアは閃く。今日アリアンナがここに来たのは何故だったか? 等級を上げる昇格試験のため。
依頼を受けた実績を積み、さらに試験を突破することで上位の等級に上がれるのだ。
じゃあ、それを一切やらなければ……
――……それで行こう!
冒険者にならなくても勝手にランク付けられちゃうなら、いっそ資格を取って依頼も昇進試験も受けず最低等級のまま放置プレイしちゃえばいいんじゃない!?
無認可のままだと勝手に高いランク付けされる可能性もあるけど、昇進試験受けなきゃ文句の付けようが無い最低ランクじゃん!
仕事をしている実績さえ無い低等級冒険者……しかも11歳のかよわい少女がレベル19だなんて書かれていても、まず依頼人は誤記を疑うだろう。そうでなくても、よほどの物好きでもなければわざわざそんな怪しい物件に身銭を切って依頼を出そうなんて思わないはず。
「分かりました。冒険者の資格だけは取りましょう」
「ありがとうございます。では早速、冒険者試験を行いましょう」
そしてアルテミシアとマリエーラは欺瞞に満ちた握手を交わした。
* * *
アルテミシア達がマリエーラを伴ってロビーまで降りていくと、置いてある机のひとつに座っていた(言葉のアヤではなく本当に机に座っていた)マナが、アルテミシアに気付いて会釈した。
彼女はクリップボードのようなものを持って、何やら書き付けているところだった。
隣ではアリアンナが売店のドリンクを飲んでいる。
「ちーす、終わったかー」
「あら、大人モードだ」
クールビューティーそのものの外見に反して中身が幼児という普段のマナも強烈な印象だが、ヤンキー的な雰囲気の『大人モード』もやはり外見を裏切っている。
マナは二重人格ではない。どちらもマナであり、性格を切り替えているだけなのだ。もっとも、彼女が大人の仮面を被っていられる時間は長くないが。
「書類書かされたんだよ。そういう作業はこっちのがやりやすい。
……講座ん時もこっちだな。あーゆーのはガキには無理だ」
「あー、新人冒険者向けの講座とかあるんだっけ」
「今日はやんねーってさ。何日かに一回、まとめてやるらしい」
「アリアの試験は?」
「バッチリ!」
「障害物があるフィールドで弓を打ち合って、10本取られるまでに5本取ったら勝ちってテストだった。
上の等級の冒険者が相手すんだけどよぉ、あっりゃー可哀想だったぜ。瞬殺完全試合でケリが付いて相手は完全に自信なくしてた」
「ああ……そんなテストじゃアリアの独壇場だわ」
生来のチートスキルにより百発百中を誇るアリアンナの射撃は、生半可な遮蔽物などものともしない。
おそらくアリアの相手は、反撃に出ようと射撃の体勢になる度に一撃を食らい完封されたのだろう。味わった絶望と無力感は察するに余りある。
「で、そっちは話どうなったんだよ」
「ひとまず冒険者になるだけはなる事になったよ」
「マジか」
「ええっ! どうして?」
レベルを測られることすら嫌がっていたのを知っているふたりは揃って驚く。
かくかくしかじかと成り行きを説明すると、ふたりとも納得半分、『それ本当にうまく行くの?』半分という顔になった。
「そんな事情なのね……」
「いや、アタイは嬉しいよ? 冒険者になるなら一緒に依頼行けるかもって……でもさ、それ……」
「目立たずにいるなんてこと、できる?」
ふたりとも、1+1という数式を前に『2』を語るような口調だった。
「それは、まあ……なんとかやってみせるし……」
「その自信、ケーキ何切れ賭けられる?」
「うっ……が、がんばる」
あらためて考えてみると自信はあんまり無い。仮想的なケーキすら賭けられないレベルだ。
しかし平穏無事な生活のためにはここで上手いことやらなければならないのだと、アルテミシアは気合いを入れ直した。