16-1 修学旅行で京都に行くまであの下は水だと思っていた
レンダール王国内の冒険者ギルドは、基本的には各領の領都にある支部が、それ以外の領内支部全てを統括する『領本部』として存在している。
それだけに、ゲインズバーグシティの支部は規模も大きい。所属する冒険者も、取り扱う依頼の数も、職員も多い。必然的にその建物も大きくなり、他所の支部で仕事をしていた冒険者がこちらへ来た時など、大きさだけで圧倒されるのがお決まりであるそうだった。
アルテミシア達がギリシャ風だか地中海風だかよく分からない意匠の大きな玄関をくぐると、例によって周囲の視線が集中する。
『悪魔災害』直後の熱狂が冷めたとしてもレベッカが英雄であることに変わりは無いし、そもそも人目を引く集団なのだ。むくつけき男どもの世界である冒険者ギルドにおいて女性だけの集団は目立つ。
「やあ、どうもレベッカさん」
「今日は依頼を請けに来たんですか?」
「別の用よ」
積極的な者は抜け目なく取り入ってくる。有力な冒険者とコネを持ちたがる冒険者は多い。それをレベッカは嫌味にならない程度に軽くあしらっていた。
――慣れないなあ、注目を浴びるのって……
その視線が好意的なものであったとしても、だ。目立たない隅っこで慎ましやかに生きていきたい系女子としては腰が引ける。アリアンナも似たような様子だ。
そして……
「つよそうなひとがいっぱいだぁー!」
「マナちゃん、こういう場所大丈夫?」
「なにが?」
「平気なのね……」
杖を持ったまま両手をパタパタ振ってマナははしゃぐ。
お子様は周囲の視線に無頓着だった。
今日、ここへ来た目的はふたつ。
ひとつめはアリアンナの昇格試験。例によって冒険者ギルドには冒険者の等級分けが存在し、実力と実績に応じて昇格試験を受けられるようになる。それに合格すればさらに上のランクに行けるのだ。上位の冒険者になるほどハイリスクハイリターンな依頼を請けられるうえに、ギルドからの支援も充実するので、どの冒険者もより上の等級を目指して努力している。
ふたつめはマナの冒険者登録だ。パーティーへ加入し、冒険者として生きていくのが彼女の希望。まあエルフの巫女として生きてきた実績があるのだから実力は問題無い。試験は消化試合確定だ。
どちらにしても、アルテミシアがここへ付いてくる必要は無い。あのレベルチェッカーにも遭いたくない。
しかしそれでもアルテミシアは、この場所をもう一度見ておきたかった。
……『死の影』が見えるか確かめてみたかった。
――さて、と……
周囲が少し落ち着いた頃合いを見計らって、アルテミシアは『運命を見る目』を開く。見えない何かにピントを合わせるような感覚だ。すると、ロビーの景色が一変した。
色あせたような景色の中に紫炎がちらつく。
出かけていく冒険者たちは、誰も彼も火の粉のように朧な『死の影』をまとっていた。
少しばかり、アルテミシアはぞっとした。だが、ある意味でそれは予想通りの光景だった。
――マネジメントがちゃんとしてる支部は個々の冒険者のレベルに遭った依頼を渡すから、死人なんてそうそう出ない……って、お姉ちゃんが言ってたんだよね。
でもそれって、死ぬ可能性が0%ってわけじゃないんだ……
それが1%だろうと、0.1%だろうと。
冒険者として生きるというのがどういう事か、アルテミシアは思い知る。
正規軍では対応しきれない細かな仕事や危険な仕事。市井の人々から持ち込まれる危険なお使い。魔物だらけの世界で冒険者の需要は大きい。華やかなりし英雄たちの仕事場。
その実態は命懸けの傭兵稼業だ。
それでも冒険者志望者は尽きない。
安全な街の中でコツコツ働くより実入りも良いし、ダンジョンでお宝を見つけて一攫千金という夢もある。だがそれ以上に冒険者という仕事にある種のロマンがあることはアルテミシアも認めていた。
――ここは……この世界は地球のリアル中世よりよっぽど進んだ世界だけど、それでもわたしの常識よりは命が軽い。
病気とか魔物とか戦争とか、とにかく死ぬ人間の桁が違う。
だったら命懸けの冒険者稼業にも抵抗は少ないのかな。『普通に生きててもどうせ死ぬ時は死ぬんだ』って……
「レベル1~~~~~~9~~~~~~ぅ」
「きゃあ!?」
考え事をしていると、今一番聞きたくない声が背後至近距離から聞こえてアルテミシアは悲鳴を上げた。
「あれ、レダさん」
「やあ三つ編み同盟の同志さん。今日~~~~~~は昇格試験ですねぇ? どうぞ頑張って」
「同志になった覚えは無いですが……ありがとうございます」
例によって金属プレッツェルみたいな機械を持った、怪奇・ビン底眼鏡W三つ編み女がそこに立っていた。
レダはにこやかに(本人はそのつもりなのだろうが怪しすぎる)笑顔を浮かべ、アリアンナに会釈をする。
それからアルテミシアの方に向き直り、ぐぎぎ、と人間の限界まで首をかしげた。垂れ下がった三つ編みが重力を可視化する。
「いやはやいやはや、何してきたんですか?
なんかほんとこれエグいですよ? こないだの13だって凄かったのにもう19です?
ドラゴンの群れの抗争に巻き込まれて用心棒でもしました?
ホント、11歳でレベル19とか史上初じゃ~~~ないんですかぁ?」
「あーらら。この調子だともうちょっとで追い抜かれちゃうわね」
レベル19。それがどれだけエグい数字なのかは、言葉を失う周囲の反応から窺い知れる。レベッカは誇らしげだった。
戦闘経験を積むほどにレベルは上がるが、先へ進むほどにレベルは上がりにくくなって来る。レダの言葉を借りるならレベル13でも『パーティーでマイナードラゴンくらい倒せる』。じゃあレベル19は何だ。オーガと相撲を取って勝てるとでも言うのか。
強いと思われるのはNG。そう考えているアルテミシアにとっては、かなり好ましくない状況だ。
「ま、15くらいにはなってるんじゃないかな~~~~~~って、思ってましたけどぉ」
「……え?」
途方に暮れかけたところで、さらに爆弾を投げつけられたような気がして、アルテミシアはレダを二度見する。ビン底眼鏡がキラリと輝いた。
「ぐふっ。でゅふふふふ。
ギルドの情報網、舐めないでく~~~~~~ださいねぇ? カイリの支部から問い合わせが来たんですよねえ。『あいつは何なんだ』って。そしたらもう何が起こったか推測は容易ですって。
まあこうして実際にレベルチェックするまで、私自身も半信半疑でしたけどぉ」
――まずい。
まるっきり子どもの浅知恵状態だったとアルテミシアは思い知った。
国家のくびきにすら縛られず自主独立している冒険者ギルドは、それだけに敵や脅威も多い。だからこそなのか諜報と言っていいレベルの情報収集を多方面に対して行い、自らの立ち位置を定め、守っている。
ゲインズバーグ城の戦いでなにがあったか。ハルシェの街で誰が何をしたのか。冒険者ギルドがそれを察するには、材料が充分すぎたわけだ。
「て、な、わ、け、で~~~~~~。もしアルテミシアさんが来たら呼んでくださいってぇ、支部長が言ってたんですよぉ。ちょいとご足労願えちゃったりします?」
眼鏡がじわじわと迫り来る。
ここで一番偉い人が待っている。もはや怪しい三つ編み眼鏡には任せておけない最重要スカウト候補と認識したのだろう。
この期に及んでアルテミシアの行動方針はただひとつ。
『全てを天狗の仕業にして逃げる』だけだ(混乱中)。
「おお~~~~~~っと、今度こそ逃がしゃしませんよぉ?」
じりじりと後ずさるアルテミシアを見て、レダは細い指を鋭く鳴らす。
すると、すぐさま別の職員が増援にやってきた。
「む……何をする気ですか。たとえ身体の拘束が無くても無理やりに引き留めるのは法的に――」
「ぱんぱかぱ~~~~~~ん」
増援の職員が取り出した大皿。ドームカバーが掛かっていたが、それをレダが開けた。
中から出てきたのは甘味の盛り合わせだ。
ホイップクリーム付きのフルーツケーキは当然のこと、キツネ色に焼けたクッキーあるいはビスケットがミステリーサークルを作る。マカロンのようなカラフルな焼き菓子は見た目にも楽しい。山盛りのパンケーキにはたっぷりと蜂蜜が掛けられている。
そして何よりアイスクリーム。この世界ではケーキ以上に貴重なアイスクリームが三種盛り。魔法か何かで冷やされていたのだろうか。フレーバーはバニラ・何かのハーブ・何らかのお茶。甘く冷たい夢の味だ。
「話くらい聞きましょう」
「もう食べてるし!?」
「いや~~~~~~、心が痛みますねぇ。私もこんな卑怯な手は使いたくないんですけどねぇ」
レダの言葉は白々しかった。
* * *
その部屋は、調度品の金額的に見れば領主の執務室にも負けず劣らずの豪華さだった。ただし、調度品の種類と方向性は異なる。壁に掛けられた剣も、マネキンに飾られた傷だらけの鎧も、おそらくは一級品のマジックアイテム。
まるで武器庫のような雰囲気を漂わせるこの部屋こそが支部長室だ。
「はじめまして、アルテミシアさん。私がレンダール王国冒険者ギルド・ゲインズバーグシティ支部の支部長、マリエーラ・ロ・アンシャです」
応接用の机にアルテミシアと向かい合って座っていたマリエーラは、立ち上がって挨拶をした。座っている時点である程度分かっていたが、かなり背が高い。
どう見ても腹筋割れてる系アラフォー美女。
マリエーラを一行で説明するならだいたいそんな感じだった。レベッカの20年後の姿という気もする。
枯草色のショートヘアが凜々しい彼女は、年齢相応に落ち着いた穏やかな雰囲気。ギルド職員と同じようなブレザー的な制服を着てこそいるが、その体つきと立ち居振る舞いからは歴戦の勇者としての貫禄が感じられる。威圧的で官能的な竜鱗の眼帯が左目を隠し、その下には額から頬まで走る傷痕があった。
「あふてみ……んぐ、ごっくん。アルテミシアです。よろしくお願いします」
スイーツ皿でここまで誘導されてきたアルテミシアは、ちょうど口に入れたケーキ(宇宙の真理の味だ)を勿体なくも慌てて飲み下し、応じた。差し出されたのは、小さなアルテミシアの手が簡単に包まれてしまうくらい大きな手だ。
アルテミシアの隣には手と足を組んで座るレベッカ。そしてふたりの背後には、変わったものだらけの室内に目を輝かせて見回すマナ(甘い物おすそわけ済み)と、彼女が粗相しないようしっかり手を繋いでいるアリアンナが立っていた。
「回りくどいのは無しにしましょうか。
アルテミシアさんをお呼びいたしましたのは、他でもありません。あなたが関わったと思われる戦いについて、お話を聞きたかったからです」
マリエーラはそう切り出す。聞く者を落ち着かせるようなその喋り方だけでも、無頼漢の冒険者たちをまとめあげる彼女の手腕が察せられる。オカン力が高い。
「……わたしを呼ぶ時点で、もう分かってるんじゃないですか?」
「ええ。確信に近いレベルで事態を把握してはおりますが、いくつか疑問が。
あなたが具体的にどこまで関わり何をしたのか。そして、なぜそれを隠しているのか、です」
ちょっと意地悪く言い返したアルテミシアに、マリエーラは苦笑で応じた。
冒険者や冒険者ギルドという立場からすればアルテミシアの行動は不可解かも知れない。
だがアルテミシアは自分がどれだけ弱いか知っている。あの化け物どもにトドメを刺したせいでレベルは爆上げしたが、残念ながらこの世界はレベルの上昇で能力値が上がってくれたりはしない。
領をふたつ救うという偉業。……本当に偉業だ。英雄的な。
だがそれは神懸かり的な偶然と、知恵を振り絞った果てに綱渡りのように実現したことであって……
戦闘能力ならその辺のガキ大将に負ける自信がある。と言うか負ける。
――しょうがない、こうなったら洗いざらい全部話してご理解いただく方向で処理した方が良いか。
「分かりました。ちゃんとお話しします」
アルテミシアは精神のイマジナリー清水からダイブした。
たぶん#16が終わったら次は長い話やります