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11-16 辟。譏主撫遲披贈

「未来を変えるというのは、並大抵の事ではありません」


 唐突に降って湧いた声は、前置きも挨拶も何も無く、以前の会話の続きを切り出した。

 もっとも、それを聞くエウグバルドの方でも、以前の会話からどれだけ時間がたったのか今ひとつ確証が持てない。

 あれから長い時間が流れたのかも知れないし、溜息ひとつ分の時間しか経っていないのかも知れなかった。


「我々はそちらの世界に対して、神のように絶対的な力を持ちます。しかし積極的に関わることはしません。何故なら我々が手を出せば出すほど、その世界はリアリティを高めていくためです。

 そちらの世界の住人と言葉を交わすことさえ、ごく限られたケースを除けば自ら禁じています。あなたはもはや例外となりますが……」

『この世界に突っ込んだ魂の()()()()()とやらを下げて、そちらの世界へ戻すためか』

「ええ、まさしく」


 それは決して世界への、そこに住む人々への配慮だとかそういった類いのものではない。

 あくまで、より多くの利益を引き出すために。家畜にストレスを与えないため放し飼いにするようなものだ。


「あながた生きていた世界・ベルシェイルは、私どもが最先端技術を結集して作り上げた、魂の箱庭のひとつ。

 地球にちょっかいを出していただけだった私どもは、いよいよ世界の滅亡が見えたことで、自殺的に多くの資源を費やして、地球より更にリアリティが低い世界を数多創造したのです。

 エルフであるあなたに分かりやすく例えるなら、世界中の森を丸坊主にするくらいの犠牲は払いましたよ」

『自殺的とは、言い得て妙だな。滅びを回避するため、それ以外の全てを犠牲にした』

「はい。

 そして私どもは、そちらの世界に魂を送り込み……ああ、当然ながらこちらでの記憶などはありません。何も知らないひとつの命として生を全うさせ、その後に回収しております」

『……では、ベルシェイルに生きる者は皆、貴様らの同胞だと言うのか? この俺も』

「まさか。そんなに大量の魂を送りつけてはリアリティの回収になりません。

 こちらから送り込んだ魂が、現地の……つまりその世界の中で輪廻する人々と関わり、多くの影響を受けなければならないのですから」

『俺たちは貴様らのため作られたゴーレムだったというわけか』

「そう悲観しないでくださいよ。あなたがたはちゃんとバクテリアから進化した知的生命体です。

 創造から知的生命体の誕生、文明が興り今日に至るまで……多少の誘導は行いましたがね」


 『転生屋』の男はさらりととんでもない事を言う。

 もしそれが全て事実なら、それはまさに神の所業以外のなにものでもないとエウグバルドは考えた。

 くたびれて全てに投げやりになっているような徹夜明けボイスを聞いて、そこに神秘を感じるのは難しいが。


「ただ、輪廻システムに異物を差し挟み、さらにそこから魂を抜き出すというのは少々の無茶もありまして。

 人が死んだ後どうなるか曖昧な世界なら裏方で処理しちゃえるんですけど、ベルシェイルは輪廻のシステムを住人から見えるところにガッツリ作り込んじゃってますから……

 おかげで綻び(バグ)が出ちゃってるんですよねえ……」


 綻び(バグ)、という言葉を『転生屋』が使うのは二度目だった。察しろと言わんばかりの言い草。

 自分たちも苦労しているのだと強調することで風当たりを和らげる。怠惰な役人のような態度だ。


『それが……"獣"か?』

「ええ。あなた方がそう呼んでいるものです」


 エウグバルドは地面を……それが地面と呼べる場所なのかどうか分からないが……殴りつけた。


『よくも俺の前でぬけぬけと言えたものだな』


 何もかも。多くのエルフ達が命を落としてきたのも、エルマシャリスが心を失ったのも、すべては世界を創った者らの不始末だ。


 だがエウグバルドの怒りにも、天の声は全く堪えない様子だ。


「そうは言いましても設計上仕方がないことで。

 実際どうです? 天災のようなものと考え、皆様は"獣"と共存できていた、と思いますが」

『共存だと? ふざけるな!

 戦うしかなかっただけだ! どれだけの血が流れたと思っている!』

「いやあ、言いたいのはそうではなくて、どの程度の負担感だったかでして……

 居住を諦めるほどだったか、部族の全滅を考えるほどだったか、という点をお聞かせいただければと」


 表面的には、自分がどれだけ酷い事を言っているか分かっていて腰が引けている風だが、そんなものは何の言い訳にもならない。

 つまり『転生屋』が求めているのは、エルフ達が未来永劫"獣"と戦ってくれること。自分たちの不始末の尻ぬぐいを続けてくれることであって、エルフを気遣っているのではなくあくまでも、戦い続けることが可能かどうか聞いているだけなのだ。


『……貴様らの同胞をひとりでもふたりでも、エルフの中に送り込んでから言ってみるがいい』

「いえ、それでしたら既に」

『何?』


 どうせ王侯貴族や富裕な商人ばかり選んで仲間を転生させているのだろう……と、エウグバルドは思ったのだが違ったようだ。


『貴様らの送り込んだ魂とかいうのは、エルフの中にも居るのか? "獣"と戦う者の中にも』

「もちろん居りますとも。エルフに限らずドワーフにも獣人族にも……それどころか魔族にも。

 身分の貴賤も種族も境遇も問わず、世界中に散らばっております。

 数にして……そうですね、1万人にひとりほどが、私どもの世界からの客人です」

 

 世界人口は、正確に世界中の統計を取る手段など無いので推計でしかないが、魔族を含めても2億ほどと考えられている。

 仮にそれが事実だとしたら、『転生屋』の世界からの客人は約2万人。


 多いと言えば多いし、少ないと言えば少ない。

 もっともそれが『転生屋』の側から見て多いのかどうかは分からないが……


「ちなみに私どもの世界の住人は現在800億人ほど居りまして」

『800億だと!?』


 エウグバルドの考えを読んだように転生屋が補足した。


『それはよほど広大な世界…………

 いや、違うな。技術。文明。

 世界を作るほどの力があるなら、より効率よく多くの者を生かせるだろう』

「私どもは、星を渡る船(宇宙船)虚空の砦(スペースコロニー)を築く技術もありますので、世界を広く使っているというのも間違いではありませんけれどね。

 なんにせよ、リアリティを下げるためそちらへ転生する魂は、選び抜かれたエリート中のエリートです……と、言うと聞こえは良いですが、要は十分な数の転生先を用意できていないのですよ」


 『転生屋』がいくつ世界を作ったかエウグバルドは知らないが、800億もの人口を抱えているなら、転生ができるのはほんの僅かだろう。

 それでどの程度、リアリティとやらを引き下げられるものか。


「限りある機会を効率的に使うにはどうすればいいか。

 よりリアリティを引き下げるためには、予想も付かない出来事に多く遭遇し、刺激……衝撃と言う方が近いでしょうか。それを魂に受けなければなりません」


 そこで『転生屋』の声は、自嘲のような響きを帯びた。


「別にその衝撃というのは人生の成功でも問題無いのですが、手っ取り早いのは悲劇ですね。戦争なんか起こったらもう最高です」

『フン』


 エウグバルドは軽蔑するように鼻を鳴らしたが、それだけだった。

 既に『転生屋』を名乗る男の良心や善性には期待していなかった。それと、まさに自分の戦いが『転生屋』を喜ばせただけだったのだと思い知り、忌々しかったからだ。


 悲劇に出遭うことで魂のリアリティが引き下がるというなら、むしろ"獣"との戦いなど望む所。

 まして、暴走した超大型の"獣"が惨禍を撒き散らしたなどという未曾有の大事件に居合わせたとしたら……


「決して、辛い境遇を避けて転生させているわけではありません。そうする理由がありません。

 生まれがどこかに偏れば、何も成果を持ち帰れず()()する可能性もありますので、なるべく分散させております。その中には"獣"と戦うエルフも含まれる。ご理解いただけましたか」


 エウグバルドは沈黙で応じた。

 この『転生屋』なる男の関心(『業務』と言うべきなのかも知れない)は、彼らの世界の滅びを回避するというただ一点。

 ベルシェイルに住まう者の幸福などカケラも考えていない。たとえそれが己の世界からの転生者であろうともだ。


「付け加えるなら、私どももそちらの世界の未来は見通せません。リアリティが低い世界ですので。

 こちらからの転生者はなるべく散らし……後は世界全体が大きく動くなら、どこかで転生者が事件に居合わせてくれるという、少々大雑把なやり方しかできないのですよ」

『ほう。貴様らは諸国を仲違いさせて戦争でも引き起こしているというのか?』


 これで『転生屋』が座視しているわけがない、とエウグバルドは見当を付けていた。

 魂を放し飼いにして、勝手に何かが起こるのを待つのは……悪くはないだろうが少し悠長だ。

 そんなヌルいやり方はするまい。世界全体を大規模に動かす何かをしているはずだ。


「いえ、先程も申しました通り、私どもの側から介入して情勢を動かすというのは基本的に悪手です。世界のリアリティが上昇してしまいますので。

 なるべく多く事件が起きて欲しいが、私どもが起こすわけにはいかない。

 故に、私どもは一計を案じました。間接的介入によって、そちらの世界への影響を最小限にとどめつつ、大きな波乱を起こす方法を考えたのです」


 その次に『転生屋』が何を言うのか、エウグバルドは半分くらい予想できていた。


 このところずっと抱いていた、ある種の違和感。まるで時代を先取りしたような技術と思想の流布。各国の情勢の混乱と流動化。次々と世に現れる異能の天才たち……


 ひとりの人間の少女の顔が、エウグバルドの脳裏をよぎった。

 子どもらしく天真爛漫でありながら、時に蛇のような狡猾さを見せる少女。


 並みの子どもとは生きてきた環境が違うとエウグバルドは察していた。

 ものの考え方、捉え方が常人離れしているようにも感じていた。

 それは彼女の才智ゆえだと思っていた。

 だが、よもや……


「世界を引っかき回すための触媒。世界を急速に変化させるに足る知識を持ち、さらに特異な力を付与した異分子の投入。

 すなわち、地球からの転生者です」

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