11-14 シュガートラップ
褒美の話も終わって、冒険者たちと自称非戦闘員は領城の廊下を引き上げていく。
「ロランさん、グレッグさん。分かってると思いますけど――」
「内密に、だろ。分かってるって」
ロランはフランクに、グレッグは神妙に何度も頷いた。
世間に知られてはならない力。このふたりにも口止めをしておかなければならない。
「しかしホント、お陰で助かったよ。その力で敵の動きを読んでたんだろ」
「読んでたって言うか……『こっちが死ぬ可能性』の変化を見てれば、何が正解か多少分かるってだけですね」
「だったら尚更すげーって。そんなよく分かんない手掛かりだけで、ドッペルゲンガーを手玉に取ったんだろ」
「えっと、まあ……」
正直、そこを褒められてもあんまり嬉しくないアルテミシアだった。
綱渡りのような苦し紛れの奇策でしかなかった。運良く命を拾っただけだ。
それを手柄話のように言われるのは、危ない第一歩という気がする。
「あんたやっぱレベル13だよ。立派に。
俺とアルテミシアが同じパーティーなら、リーダーは俺よかアルテミシアだと思う」
「はあ……」
「くっそー、俺も負けてらんねーな」
アルテミシアは生返事をした。
恐ろしいことを思い出してしまい、返事どころではなかったのである。
「レベル13……レベル13のままだよね、わたし?」
「計ってみれば?」
「やだ怖い!」
アルテミシアは赤い頭巾を抱えてぶんぶん首を振った。
体重計に乗るまでの一歩について、アルテミシアは理解した。
「あんなバグキャラみたいなの倒して経験値入ってたら本気で嫌だ……」
レベル13ですら結構なものらしいという話だった。
だというのにこれ以上レベルが上がったとしたら……眼鏡が来る。
「もー! レベル上がればそれに釣られて能力値もアップするような世界なら良かったのに!!」
「そんなうまい話は無いわよ」
「レベルってのは結果だ結果。それから実績。
鍛えに鍛えて実戦未経験のレベル1より、弱っちくても経験豊富なレベル10のが頼りになるんだぜ。戦場ではな」
「そうそう。場数踏んだ分は強くなってるはず。
判断力とか、思い切りの良さとか、そう言う意味ではね」
「うー……」
その辺りは反論が難しかった。
まあ、判断力とか思い切りの良さだけじゃどうにもならないくらい弱いという事実は揺るがないのだが……
「アルテミシアっ!」
「ひゃい!?」
ぐるぐると考えていたところでいきなり呼び止められ、アルテミシアは頭巾が吹っ飛ぶかと思った。
背後からのしのしとやってくるのは、乱れた衣服をちゃっかり着替えてきたらしいルウィス。そして、目元涼しい近衛兵。鎧の肩当てには猫が乗っていた。
「ルウィス様と……本物のハンスさん!? 無事だったんですか! ネズミ捕り長さんも!」
「ニャー」
「ええ、深手を負って堀に突き落とされた時はさすがに死んだかと思いましたが……
不肖、このハンス。ルウィス様の護衛として奥の手のひとつやふたつは持ち合わせております故に」
ドンと胸当てを叩くハンスを振り返り、ルウィスが怪訝な顔をした。
「なんだそれは? ぼくは聞いてないぞ」
「申し上げておりません」
「言え、どうやって生き延びた!」
「申し訳ありません」
「ぬうううう……」
「私が生き延びたのはネズミ捕り長殿のお陰ですよ。そういう事にしておいてもらえませんか」
「ニャー」
「ふんっ!」
テコでも言わないつもりらしいハンスに、ルウィスはむくれてそっぽを向いた。
ちょっとだけ気になったが、アルテミシアは詮索せずにおいた。なんか軍事機密とかそういうのだろう。
「護衛を任された身でありながら、それを全うできなかったことは不徳の極み。
そしてアルテミシア嬢、ロラン様、グレッグ様。ルウィス様をお守りくださいましてありがとうございます」
怪しいマナーコンサルタントですら100点を付けそうな敬礼と共にハンスは3人に礼を言った。
次いで、ルウィスもちょっとふんぞり返りつつ。
「ほめてつかわす」
「くぉら、ガキんちょ。あんたのお父さんの方がもっと謙虚だったわよ。
アルテミシアが髪の毛バッサリやってまで助けたんだから、もっと感謝なさい」
レベッカが睨み付けると、ルウィスは股間を押さえてビクッと震えた。いつかの脅し文句を思い出したらしい。ロランとグレッグも何かを察したようで微妙に後ずさった。
「どういたしまして」
「で、用はそんだけ?」
「いや。……おい、あれを」
「はっ」
いつの間にか近くに控えていた従僕が、高そうなお盆に載せた物体を恭しく差しだしてきた。
まるで刈り取ったばかりの羊毛のようなフワフワぶり。初夏の森の木々のように、命の息吹を宿した艶やかな緑。
アルテミシアが自分の頭から刈り取って、カツラとしてルウィスに渡した髪の毛だった。
「返すぞ。これのおかげで助かった」
「で、でも返されてもどうしようも……」
「あら、知らないで切ったの? 切ったばっかりなら回復魔法で繋がるわよ」
「…………マジ?
そ、そっか、一応これも細胞なんだから肉体の一部と見て回復させるのは理にかなってるのか……
回復魔法って、切れた腕とかも繋がるらしいもんね……」
だとしたら髪が伸びるまで赤ずきんスタイルで頭を隠す必要もなくなる。
アルテミシアにとっては、思わぬラッキーだった。
「返してくれてありがとうございます!」
「あ、うむ、それはいいんだが、実は……」
何やらルウィスはしどろもどろで、言い出しにくいことでもある様子。
しばし観察していると、溜まりかねたようにカミングアウトした。
「あのな……今日のような事件があったから、ぼくはしばらく城下に出られないことになった」
「でしょうね」
「それではたいくつだ。だから……
ときどき城まで遊びに来い!」
「………………えー」
度胸と勇気を振り絞って言ったらしいルウィスに、アルテミシアは、空腹を訴える羊みたいな声で返事をした。
「なんだその反応は。いやなのか」
「嫌って言うかなんて言うか……」
――なんか、なんか……ものすごく面倒なことになる予感がするっ……!!
ルウィスがどういう感情を抱いているか、さすがにアルテミシアも察している。
それはまだいい。この単純なルウィス君なら適当にあしらえる気もする。
だがもしこれで度々領城を訪れて会ってるなんてことになったら、何かが既成事実になりかねない。
正直、今のアルテミシアにそんな気は無いし、何よりもロイヤルゴタゴタに巻き込まれるのは絶対に御免だ。
国の要のひとりたる辺境伯の嫡子なんて、嫁ぎ先としてSSRに違いない。もしルウィスが同年代の女子と仲良くしているなんて知れたら、虎視眈々と彼を狙っている金髪縦ロールのお姉様方(想像)とか、娘を嫁がせようとしている白ヒゲ&豚腹の貴族(想像)なんかが心穏やかではないはずだ。
こんな出自も定かでない小娘をライバル視するかは怪しいが、用心に越したことはない。暗殺者とか差し向けられそうな展開はNG。
しかしそんな事をストレートに言ってしまうのも失礼というか、なんかルウィスの心を粉々に打ち砕いてしまいそうと言うか……
考え込んでいると、すうっと流れるような動作でレベッカがルウィスに近づいた。
「……あの子、ああ見えて食い意地張ってるから食べ物で釣ると早いわよ」
「なにっ」
「特にケーキでイチコロ」
「ちょ、お姉ちゃん何入れ知恵してんの!?」
まさかという場所からの援護射撃。
抗議するも、レベッカはあっけらかんとした顔だ。
「いいじゃない。どうせ保身のこと考えてるんでしょうけど、呼んだ側に尻ぬぐいさせちゃいなさいよ。
あ、物理的にあなたのお尻を拭くんだったら私がいくらでもやるからねー?」
「ドサクサで何言って……って言うか、守ってもらうにしても限度があるでしょ!」
「これはリスクとリターンの話よ、アルテミシア。あなたはただでさえ狙われ要素満載なんだから、今更気にしたってしょうがないわ。
だったら守ってくれそうな人らとご縁を深めた方がお得じゃない?」
レベッカは一見すると独占欲が強い鬼子母神的なお姉ちゃんだが、その本質はどちらかというと、アルテミシアを生き残らせるためなら王侯貴族から猫の手まで何でも使う合理的思考にある。
次期領主様のお友達という立場は一般的に見て魅力的だ。何かと便宜を図ってもらえる可能性もある。
レベッカは歴戦の冒険者であり、世界を股に掛けたエクストリーム妹捜しという異常な旅路を生き延びたサバイバーでもある。
彼女の判断ならそれなりに信じられる、かも知れないが……
「ケーキならお安いご用だ。新しくうちに来たパティシエールが、いいケーキを焼くんだ」
傾き掛けていた天秤。そこにルウィスが重力崩壊級の重りを載せた。
「ケ、ケーキ……!?」
「来てくれるならお茶がしくらい出すぞ」
「ロイヤルなケーキ……!」
ごくりとアルテミシアはツバを飲む。
生活上のリスクとかリターンとか、そういうロジカルで計算高い思考は、全てケーキに吹き飛ばされた。
本日の思考回路は暴風なり、所により牛が飛ぶ模様。
とりあえず考えるべきは、既成事実にならずに済む方法。後の事は……ケーキを食べてから考えよう。
「時々でよければ、行きます……」
「やったあ!」
高らかにガッツポーズを決めるルウィス。
温かく見守る男どもと、何か企んでいる顔のレベッカ。
そして、ケーキには勝てなかったアルテミシア。
とりあえずその時、領城は平和だった。