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11-12 お代の分だけきっちり働きますよ

「このゲインズバーグの領主としてではなく、何よりもひとりの親として礼を言いたい。

 ……ルウィスを守ってくれてありがとう」


 相変わらず山積みの書類を背景にして、レグリスは深々と頭を下げた。

 執務中の彼はヴィクトリア朝の英国貴族的なスーツルックだった。一分の隙も無い着こなしで紳士然とした佇まいだが、『品が良い』ではなく『威厳がある』と言うべき雰囲気を漂わせる。

 この男はきっと王様系真紅マントでも、鎧にサーコートでも、何を着ても大体似合うし重厚さを醸し出してしまうのだろう。


「はぁ、どういたしまして……いや、でも俺はどっちかってーと成り行きで巻き込まれた感じってーか……」


 そんなレグリスを前にして、さしものロランもちょっと緊張している。グレッグは完全に硬直して声が出ない様子だ。


 マナも呼ばれたが人見知りを発揮して来ておらず、カルロスはわざわざ名乗ったりしなかったので存在を認識されず呼ばれていない。

 なので他にここへ来ているのはアルテミシアと、呼ばれてないのに付いて来たレベッカだけだ。


「……ところで、それは何事だ?」

「私、アルテミシアをもっと大切にするべきだと気付いたの」

「ただのお姉ちゃんですのでお気になさらないでください」


 レベッカはアルテミシアを背後から抱きしめたまま放そうとしなかった。しかも完全武装なので偽乳アーマーの胸が当たって痛い。

 自分の目の届かないところでアルテミシアが死にかけていたのは(しかも『死の運命を見る』なんて力を手に入れたのだから安全だと思っていたのに!)レベッカにとって大きなショックだったようで、カルロスとマナに次いで駆けつけてからというもの、ずっとこの状態だった。


 ちなみに抱きしめられているアルテミシアは無残な頭髪を隠すための赤ずきんスタイル。

 真っ赤な頭巾にエプロン付きのワンピースという伝統的正統派赤ずきん衣装だが、やたらスカートが短くて白タイツの脚線が丸出しなのはどう考えても製作者の趣味だ。靴は頭巾に合わせて、横浜港から連れて行かれそうなくらいファンシーに赤い。


「……レベッカ君、そしてロラン君。

 君らを経験豊富な冒険者と見込んで聞きたいのだが……ドッペルゲンガーが実際に現れたという事例を聞いたことがあるか?」


 レグリスが鋭い目をして、やにわに聞いた。

 聞かれたふたりはそれぞれ記憶を手繰るように宙を見つめる。


「俺……は、聞いたこと無いです。あとそんな経験豊富でもないです……」

「私はアルテグラドからずっと旅してきたけど、噂話レベルでしか聞いたことが無いわね。

 存在しないドッペルゲンガーを探して村人が殺し合って全滅した村の話ならひとつ知ってるけど」

「うむ……」


 レグリスは、そんな返答を予想していたかのようだった。


「言い訳になってしまうが、ドッペルゲンガーなんてものが実際に現れることは、私が生まれてこの方、レンダール王国のどこでも無かった。聞き及ぶ限り周辺諸国でもな。

 学者の間ですら絶滅説が囁かれ、走査スキャン魔法による検査が形式的に残っているだけだった。まあこれはドッペルゲンガー対策以外の効果もあるのだが」

「この街は魔術師が虐殺ジェノサイドされちゃったから、そんな形式的な検査を残しとく余裕無かったんでしょ」

「……そうだ。領城と街門には残したが、それが精一杯だった。

 街全体を走査する儀式魔法を行使できるほどの人員は確保できていない。この状況でルウィスを出歩かせたのは迂闊だったとしか言えないな」


 レグリスは苦い顔だが、さすがにこれでレグリスを攻めるのは酷ではないかともアルテミシアは思う。

 ティラノサウルスに襲われることを恐れて出かけないなんて人が居たらバカだ。ジュラシック・パーク以外では。


「魔族がドッペルゲンガーを使い出した。何か状況が変わる兆しかも知れない。

 いずれにせよ、我が国は新たな脅威に対して備えなければなるまい。

 ……そして相手が新たな手札を切ってきた時、最も危ないのは備えができていない最初の一撃だ。

 君らはそれを防いでくれた。魔族の出鼻をくじいてくれたのだ。

 その働きには、ルウィスの命を守ったという以上の価値が有ると思っていい」

「はぁ……そいつぁどうも」


 ロランはピンとこない様子で恐縮していた。大半の冒険者にとって、国だのなんだのいう規模の話は縁遠いものだ。それでレグリスに褒められても、自分に無関係なことで褒められたような気がして落ち着かないのだろう。グレッグに到ってはそろそろ石化が始まりそうだ。


「その働きに褒美を取らせたい。何か望みはあるだろうか」


 ――出た、王侯貴族の殺し文句。


 アルテミシア的『ファンタジー世界で偉くなったら言ってみたいセリフ』第3位。なお2位は『者共、出会え出会え!』で、栄えある1位は『金に糸目は付けん』だったりする。ちなみに偉くなる予定は無い。


「褒美……ですか」


 ロランは所在なげに、意味も無く辺りを見回した。

 領主様クラスの偉い人から白紙の小切手を渡されるなんて経験はさすがに初めてらしい。ちなみにグレッグはそろそろ鉄になりそう。


「いきなり言われてもな……どうしたもんか」

「遠慮せず言っときなさいよ。次期領主を救ったのよ?」


 物怖じも遠慮もしない質の野次馬レベッカがロランの背中を押す。

 レベッカは初めてレグリスに会った時から、彼に対して歯に衣着せぬ物言いをしていた。何故そこまで肝が据わっているのか気になって理由を聞いてみたことがあるのだが、返事は『もっと偉い人とも何度か話したことがあるから別に何とも』というもので、アルテミシアは恐ろしくて詳細を聞けなかった。たぶん、その勘は正しい。


 しばし腕を組んで唸った末、ロランはちょっと控えめに切り出す。


「と言ってもまあ、俺は冒険者なもんで。

 働きの分だけ金で報酬をいただければ、それで。

 生活費から装備代まで、なにかと金が要るもんでしてね」

「分かった。

 そちらのグレッグ君もだろうか」

「う、あ、え!? あの、はい! それで構いませんれしゅ?」


 アダマンタイトの彫像になりかけていたグレッグ、声を掛けられて人間に戻る。

 そして、恐縮するあまり顔面蒼白で震えながら振り返った。


「俺、本当に褒美なんて貰っちゃっていいんでしょうか……」

「いいから貰っとけ! 信号弾投げたろうよ!」

「そうそう、それに最後のあれは、グレッグさんだから上手く行ったんだと思いますよ?」


 アルテミシアのフォローにもグレッグは首をかしげる。


「だってホラ、わたしの方がルウィス様よりちょっと身長高いですよね?

 でもわたしがロランさんと、ルウィス様がグレッグさんと並んだら、比較対象が違いますから身長差がちょっと誤魔化せるじゃないですか」

「そこまで考えてたのかよ」

「ギリギリの手でしたからね。やれることは全部やらないと」


 ロランが感心を通り越して呆れたような顔をする。

 アルテミシアも、我ながらよくこんな事を咄嗟に思いつけたものだと自分を褒めたかった。


「じゃ、じゃあ俺も……」


 おずおずと言うグレッグにも、レグリスは鷹揚に頷いた。


「それで、アルテミシア君はどうだろうか」

「報道管制」

「……何?」


 アルテミシアは即答した。


「この一件にわたしが関わったこと、どうかご内密に!

 理由は以下同文!!」

「……それほどに己が栄光を厭うか」

「で、でも本当にわたし客観的に見るとすごい英雄的な働きしてるじゃないですか」

「自分で言う? 事実だけど」


 背後から抱きしめながら頭をモフり倒すレベッカを無理やり引き剥がし、ぺちぺちと地団駄を踏みながらアルテミシアは抗弁した。


「そこが問題なの!

 だってわたし本当に弱いんだから!

 ドラゴンに轢かれても死なないような筋肉モリモリマッチョマンの変態ならいいんでしょうけど、わたしみたいに割れ物注意の札貼っときたいレベルのザコが二度も三度もあんな活躍できると思われたら困るから!」

「できるんじゃないの?」

「無理! 死ぬ!

 実態とかけ離れた評判が広まりそうなのは絶対NG!」


 アルテミシアは必死で叫んだ。

 ……ちなみにロランとグレッグは『いやあんたもっとヤバイ状況でも平気で生き延びるんじゃないの?』という訝しげな視線を発している。

 危険な兆候だ。基本的に戦闘能力ゼロなのに、成り行きで活躍するとこんな風に見られる!

 今は近くでアルテミシアを見ていた人くらいだからまだ良いが、こんな評判が世間一般に広まったらどうなるか考えるだに恐ろしい。


「あなたがルウィスを抱えて走ってるところ、何人も見てたと思うわよ」

「……天狗の仕業だと思ってくれることを祈る」

「テング?」


 冗談はともかく、今回アルテミシアは分かりやすい活躍をしていない。()()()()ほとんど逃げていただけ。

 だから変に話が広まらないよう制御できれば助かる……はずだ。


「そう言えばアルテミシア、ハルシェの街の方はこっちと違って言い訳できないと思うんだけど」

「あの街二度と行かない」


 アルテミシアは断固として言った。

 この決意は矢でも鉄砲でもテコでも動かない(ただしケーキ相手だと自信が無い)。


「もったいなーい。せっかく偉い人たちとコネができたのに」

「ゲインズバーグじゃ一番偉い人にコネがあるじゃん!」

「それはそれ、これはこれよ!」

「ま、まあ大丈夫だよね……目撃者も少なかったし……ゲインズバーグから遠いし……あの街地図から消えたし……」

「あのレベッカさん。俺の勘違いじゃなければこいつたまに黒くありません?」

「そこが可愛いんじゃない」

「むぎゅう」


 今度は正面からレベッカに抱きしめられるアルテミシア。

 偽乳アーマーの胸当てに顔が押しつけられ、ちょっと手をばたつかせて解放された。


 レグリスは頭痛もしくは胃痛をこらえるように頭を振っていた。


「話が逸れている気がするのだが……

 アルテミシア君の望みは、つまり自分のした事が世に知られないように隠すというだけかな」

「手柄話は俺が独り占めかい?

 なんか悪い気がすんぜ。この手の武勇伝は冒険者にとっちゃ、金以上の報酬だかんな」

「わたしは冒険者じゃないですから!」


 ロランが言う通り、身軽な冒険者にとって一番の財産は、自分に付いて回る武勇伝だ。

 次の仕事に繋がるパスになるわけだが、そんなものアルテミシアには無用の長物。どっちかと言うとトラブルを招く呪いの人形みたいな何かだ。夜中に歩き出したり捨てても戻って来そうなので、持って行ってくれるならむしろありがたい。


「……こんなことで君に報いられるとは思えない。

 これでは君は自分の働きに対して何も得ていないだろう」


 レグリスはちょっと困り顔だった。

 ひとり(になってしまった)息子を救ってただ働きというのは……確かに気が収まらないだろうし、何より領主としての沽券に関わりそうだ。


 だがそもそもアルテミシアは、領を救った報酬すら金額未定のままツケにしている。お金が貰えるなら嬉しいけれど、ここでさらに債権上乗せというのも気が引けるし、全体の金額はあんまり変わらない気もする。

 何か、レグリスに頼みたいことはあっただろうかと思い巡らすアルテミシア。領への開業申請は別にレグリスへ直接話を付けなくても、所定の手段で申請すれば通るはず。領城のお宝は……だいたい戦闘用か戦争用らしいからどうでもいい。まさか『森の秘宝』みたいなエクストラライフアイテムは無いだろうし。


「じゃあ……個人的な相談を聞いてもらえませんか」

「ほう?」


 考えた末にアルテミシアが言うと、レグリスは興味深げに相づちを打った。

 それは本当にレグリス相手でなければ聞きようがないことだった。

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