1-14 定番のダンジョン(原材料:血税)
多くの人間が住む都市部では、いかにして衛生的な住環境を維持するかが古来より課題とされてきた。
その解のひとつが地下下水道。街の表側からは見えない地下に排水を集めて、川や海に流すものだ。
歴史はかなり古く、地球では紀元前2000年代のモヘンジョダロにまで遡るとされる。
魔導ランプの明かりによって、石作りの道が照らされる。
ひたすら直線だけを組み合わせて作られた地下道。
一段低くなっている、下水が流れる水路と併走して、管理用らしき通路が続いている。もし大雨か何かで増水すれば、通路も水に沈むのだろう。足下はなんだかヌルヌルしているような気がした。絶対に転びたくない。
「街のあちこちに下水道の入り口があるのだよ。魔物が湧いたとか言う通報を受けて、時々潜ったもんだ。ま、大抵見間違えだったがな」
誇らしげなサイードは、カツカツと杖を突きながらだが、女戦士が持っていた魔導ランプを借りて、それで道を照らしながら先頭を歩いている。
そこに続くのはタクトを入れて四人だ。
タクトにアリアンナ。
街の入り口で会った領兵、カルロスも、どうにか逃げ延びたうえ上手く合流できていたらしく、一緒に歩いている。恨みがましくちょっと睨み付けてやると、彼は気まずそうに目を逸らした。
そして、タクトを助けた謎の女戦士。
そう長く歩く事もなく、目的地に辿り着く。
「誰だっ!?」
明かりに気付いた誰かが誰何の声を飛ばしてきた。
「お、俺っす! 攻撃しないで!」
「カルロス! お前、無事……って、なんだこいつら?」
タクト達を見て目を丸くしているのは……カルロスと同じ姿の男。つまり領兵だ。
「なるほど、ここに隠れていたのか」
サイードが唸る。
ひとりだけではない。合わせて10人ほどの兵士がたむろしていた。
「えーっと……と、とりあえず味方っす。知らないで街に来ちまったみたいで……」
カルロスはタクト達が街へ来た事と、地上での経緯を残りの領兵に説明する。
だが話がステファンの死に到ったところで領兵達は大きくどよめいた。
「隊長が……」
「はい……き、気が付いたときにはもうやられてて……」
恐怖の瞬間がフラッシュバックした様子で震えるカルロス。
そんな彼に、領兵のひとりが掴みかかった。
「てめぇ! なんで俺らの隊長を死なせてノコノコ帰って来やがった! これだから他所の奴は……! うごっ」
胸ぐらを掴み上げ、カルロスを怒鳴りつける領兵。
だがその領兵は、謎の女戦士に兜を早押しボタンの如く殴りつけられる。いい音がした。
「内輪もめは逃げ切ってからのんびりやりなさいな。でないと死ぬわよ。
そんなに死にたきゃ、私が今ここでバッサリやってあげるけど」
「……ちっ、分かったよ」
まだ収まりが付かない様子でカルロスを睨みながら、彼は渋々引き下がった。
「に、逃げ……逃げ切るったって……」
「逃げられるのか?」
領兵達は女戦士の言葉に困惑した様子だ。
「逃げなきゃどうしようもないでしょ。それともここで一生、ドブネズミとお友達になって仲良く暮らすわけ?」
「そう言っても、街とその周りは、捕まった魔術師が魔法で監視させられてんだ。
逃げようとすりゃ魔物がすっとんで来たり、ログス……様にやられたり」
「先に逃げようとした奴らは、たぶん全滅した」
領兵たちの表情は暗い。
何か、事態を打開する算段があって、ここに居るというわけではないのだろう。
どうする事もできずに隠れているだけだったようだ。
だが、ここでカルロスが口を開く。
「い、行けるかも知れねえっすよ」
「てめぇ、怖くて頭おかしくなったか」
「この人ら本当に強いんすよ! あのログス様に襲われて撃退して逃げてきたんす!」
「……何?」
必死で言いつのるカルロスを見て、領兵ズはまじまじと謎の集団を観察する。
実際、かなり奇妙な集団ではある。
「あんたら、何者だ?」
「そうね、自己紹介と行きましょ。私はこっちのみんなにもちゃんと言わないといけないし」
大斧を背負った女冒険者が口火を切る。
「私は冒険者のレベッカ。偶然この街に滞在していて巻き込まれたの。
解決するまで息を潜めていようと思ったんだけど……
表が騒がしいと思ったら憎らしいクソガキが私の妹をいたぶってるじゃない! それで出て来たのよ。
あのガキ五体バラバラにしてジャイアントスラッグのエサにしてやるわ」
「妹? って、えっと……」
「そうよ、シャーリーン。あなたは覚えていないでしょうけれど、私はあなたのお姉ちゃん」
「待って。ちょっと待ってください」
レベッカ、と名乗った女戦士は、タクトを背後からホールドしていた。抱き心地を確かめるように、彼女の腕がさわさわとタクトの体をまさぐっている。
そして、この体勢で抱きつかれた当然の帰結として、鎧の胸部のふくらみがタクトの頭の上にぐりぐり当たっている。さすがに柔らかくも暖かくもない。むしろ痛い。
「本当に……お姉ちゃん?」
「ええ、そうよ」
「私は記憶喪失でして……」
「あらまあ。でも大丈夫よ。あなたが私を覚えていなくても、私はあなたをよく知っているもの」
慈母のごとき微笑みを浮かべるお姉ちゃん(仮)。
だがタクトは、何かおかしいような気がしていた。意識の奥底で何かが引っかかる。
――似て……ないよな?
髪の色も、目の色も、体つきも、声も、似ている要素が何一つ無い。
当然、似てない姉妹だって世の中には居るだろうし、腹違いや種違いの姉妹、義姉妹という可能性もあるわけだが……
「えっと、私の何を知っていますか?」
「私たちは十二年前に生き別れたわ。確かあの時、あなたは6つだった」
「……どう考えても計算が合わないのですが」
――訂正。『お姉ちゃん(仮)』改め、『お姉ちゃん(自称)』。
レベッカの話が本当なら、彼女の妹は現在18歳のはず。対してこの体は11歳だ。
さすがに転生カタログに嘘が書かれているとは思えないし、まさかこの体で実年齢18歳という事もあり得ないだろう。
レベッカは頬を染めてうっとりと回想しているけれど、幻覚でも見ているのではないだろうか。
「今は何と言う名前なの?」
「あ、はい、アルテミシアと名乗っていますが……」
「そう。素敵な名前ね。
私はアルテミシアを探して、二つ隣の大陸から、冒険者をしながらずっと旅をしてきたのよ」
「……なぜ、こちらが妹だとお思いになったので?」
頭痛をこらえるように、こめかみを揉みほぐしながらサイードが聞いた。
「お姉ちゃんには分かるの。この子、魂が妹色しているもの」
――いえ、魂の色だったら三十代童貞底辺社畜の色してるはずなんですが。
心の中で突っ込みを入れるタクト。
タクトは、今の体の記憶を引き継いでいない。つまり、この体がどういう人物で、コルムの森で行き倒れるまで何をしていたか分からないわけだ。
もしここで肉親が判明したならありがたいと思っていたのだけれど、雲行きが怪しい。
「二つ隣というと、アルテグラドか? どうしてそんな所から、このレンダールまで」
「世界中しらみつぶしに探すのは難しいから、ひとまず各国の大きな街を回っていたのよ。……ただ、行く先々で妹だと思った子に声をかけてたら、ぜーんぶハズレ。兵士とか警察とかに追いかけられまくっちゃって、逃げるように旅をして……流れ流れて、気がついたら故郷から遠く離れたレンダールよ」
「その流れで行くと、私に声をかけたのも人違いだったパターンではないでせうか」
「大丈夫、あなたはきっと私の妹よ。こんなに可愛いんだから」
「その理屈はおかしい」
「じゃあ暫定妹」
「何が『じゃあ』ですか、何が!」
聞いている者たちは、ジェットコースター状態の話について行けず呆然としている。
そもそも、警察や兵士に追いかけられまくるというのは声をかけただけとは思えない。
タクトは身の危険を覚え始めていた。
「とにかく! 再会の感動にひたるのは後よ。
私はアルテミシアを守るためなら何だってする!
だからまずこの街から逃げるの。いい!?」
もはや異論もツッコミも出なかった。
「……あー、では次はワシが。
ワシはサイード。以前は領兵団第一部隊の筆頭教官補佐を務めていた。
今は除隊してコルム村の村長をしている。
村が領兵の姿をした魔物に襲われ、その報告をするためここへ来たのだが……」
「そいつらは、ログス様が使役する魔物でしょう。奴ら、街の中を堂々と歩いてやがるんです」
先程と同じように、サイードが自分の経歴を言った途端に領兵たちの態度が少し変わる。
やはりOBに対しては畏敬の念を抱くものらしい。
いつパニックが起こってもおかしくない状況、統率できる者が居れば動きやすくなるだろう……と、タクトは冷静に考えていた。
「こっちはその件で同行しておる村の者、アリアンナだ。
それから……」
タクトは視線で促される。
どう自己紹介すればいいかかなり悩んだが……結局、ありのままを言うのが一番よさそうだという結論に到った。
「アルテミシア、と今は名乗っています。私が何なのか、私自身にも分かりません。
ポーションの調合師……だと思います」
「な、なんだそりゃ?」
当然のように訝しまれる。
だがそこにカルロスが割って入った。
「すごいんすよ! こんな見た目でも、あのログス様相手に大立ち回りをして生き延び――」
「ご……誤解が無いように言ってきますと、私が強いんじゃなくて! そういうポーションを使ってただけです!」
慌ててタクトは弁解した。
ポーションを使ってどうにか身を守っていただけなのに、戦えると思われてはたまらない。戦わされたら死ぬ!
そしてふと、タクトは思い出した。
「そうだ、ポーション!」
鞄の中を慌てて確認した。
中のクッションがぐっしょりと濡れていて、割れたガラス片が積み上がっている。
「ああー……ほぼ全滅してる。あれだけ上に乗られたから……」
捕獲されたときに割れてしまったようだ。
残ったのは治癒ポーションと解毒ポーションが1本ずつ。
膂力強化の予備を割られたのが特に痛い。
MPの尽きたマジックユーザー。アイテムの尽きたアイテムユーザー。
この一番ヤバイ状況下で、タクトはほぼお荷物と化した。
――これは……かなり危ないのでは?
いや、断言してもいい。危ない。
自分自身で身を守る手段が無いのだ。となれば、いざ戦いとなったときに生き延びるためには、守ってもらうしかないのだ。
先程カルロスがタクトを置いて逃げ出したように、領兵ったいもこの状況には為す術無い。自分の身を守るだけで精一杯……と言うかそれすら覚束ない様子。
何故かタクトを妹だと言い張っている電波系お姉ちゃんレベッカは……今ひとつ信用できない。
彼女はそもそも妹以外どうでもいいようだ。
妹だと思われている間は命懸けで守ってくれるかも知れないが、意味の分からない理屈で妹認定されたという事は、逆に意味の分からない理屈で非妹認定される可能性もある……
グチャグチャの鞄を見て呆然としながら、必死で生き残りの算段を建てるタクト。
立ち尽くす彼あるいは彼女を見て、もう言う事は無いと思われたのか、今度は領兵たちが自己紹介を始めた。
「我々は領兵団第一部隊第七小隊の生き残りです。カルロス以外は」
「街周辺の警備に出ていて、難を逃れたのです。カルロス以外は」
「じゃあ、こいつは何なの?」
「街に居た領兵がログス様を弑さんと立ち上がったとき、その戦いから逃げて生き延びたのです」
「あら、賢いじゃない。あのクソガキ相手に、こいつひとり居たところで何の足しにもならないわ。
だったら無駄死にしないのが正解でしょ」
淡々と評したレベッカに、カルロスはいたく感動した様子だった。
対して他の領兵たちはあまり面白そうではない。
レベッカは根無し草の冒険者らしく割り切った考え方をしているが、領と領主に忠誠を誓った領兵にとっては、それでは収まりの付かない部分があるのだ。
「とにかく、だ」
サイードが仕切り直す。
「ここを脱出せん事にはどうもならん」
「とは言いましても、どうすりゃいいんです?
さっきも言いましたが、魔法と人力で監視されてるようで、逃げだそうとすればすぐさま捕まります」
「市民はある程度出歩けるようですが、あんまりうろついてると殺されます」
「街を出ていこうとすれば誰彼構わず殺されます」
「俺たちはもう顔を覚えられちまってます。化けようにも……」
「待て待て、一度に喋るな。まずは……」
「静かにっ!」
押し殺した声でレベッカが警告する。
ぴたりと全員が動きを止めた。
しかしそれでも、どこからか不穏な音がした。
静かな水流の音に紛れるように、カツン、カツンと石を打つような音が。
★『ポーションドランカー マテリアル集』にマテリアルを追加。
(「次の話」リンクの下に、マテリアル集へのリンクがあります)
・[1-14]≪能力算定≫ 押しかけお姉ちゃん 1321年.芳草の月.1日
(レベッカ)
・[1-14]≪能力算定≫ 領兵A 1321年.芳草の月.1日
(カルロス)