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11-11 高い第一人者

「……脱出の準備を」


 偽ハンスが言うと、偽領兵のひとりが奇妙な宝珠を3つほど取り出し、別のふたりに手渡した。


『『『我が主の憤怒に栄光あれ』』』


 3人は短く呪文を唱える。ちゃんとした魔法の呪文ではなく、あくまでも何かのキーワードという雰囲気だ。自動翻訳によってアルテミシアは聞き取れたが、それは人間の言葉ではなかった。


 宝珠が輝き、光が舞い上がる。

 宝珠を持った3人がちょうど円周上に含まれる形で、空中に魔方陣が描かれていた。

 その陣の紋様に、アルテミシアは見覚えがあった。ゲインズバーグ城での戦いで見たものと多分同じだ。


 ――逃走用の転移陣! しかもインスタントで張れるの?

   こんなの持ってるなら、そりゃ深追いしてくるよ……!


 おそらく、あの宝珠は何らかのマジックアイテムだ。しかも貴重な。間違っても一般的な代物ではない。あんなどこでもドアが世の中に溢れていたら、密室殺人が成立しなくなってミステリー作家が路頭に迷う。


 魔方陣を浮かばせた3人を尻目に、偽ハンスと、陣組みからあぶれた偽領兵が進み出る。

 偽ハンスは一瞬、剣を持つ自分の右腕を見て舌打ちした。


「ちっ……役立たずの腕め。こいつの身体はどうなってる……」


 そして偽ハンスは姿を変える。

 鎧の飾りを見るに近衛でない、一般領兵だ。やや年嵩だが、全身筋肉ダルマでいかにもパワーがありそうな親父の姿。

 その顔で元・偽ハンスはロランを睨み付けた。

 怒りと焦燥が入り交じった、なかなか邪悪な表情だった。


「薄汚い冒険者め。やってくれたな」

「失礼な奴め。鎧は磨いてるし風呂にも入ってるぞ」

「どうやら貴様らの勝ちだ。だが、俺も手ぶらでは帰れん。

 ……ゲインズバーグを救った冒険者の妹、アルテミシア。

 貴様を頂こう」

「えっ? わたし? なんで? ロリコン?」


 いきなり名前を呼ばれてアルテミシアは驚いた。

 今回狙われたのはルウィスであって、自分は巻き込まれた通行人Aだったはずだ。

 だが元・偽ハンスの言い方は、あくまでレベッカの付属物扱いと言えど、アルテミシアを何らかの目標と認識している。


「問答無用」


 元・偽ハンスが軽く手を振って合図をすると、偽領兵たちはじりじりと距離を詰め始めた。

 魔方陣を展開する3人は等間隔を保ったまま、元・偽ハンスの後をついてくる。魔方陣は3人の間に浮かんだままだ。


 ――何かあればすぐ逃げられる態勢って言うか……

   わたし、あそこに連れ込まれたらアウトだよね?


 すぐに逃げられる状況、ニアリーイコール、即座に拉致できる状況。

 何の用があるかは知らないが、もしこいつらにさらわれたら、お昼ご飯までに帰ってくるのは無理だろう。


 ――素直に逃げときゃいいのに、本っ当に往生際悪い……!


 敵の気持ちも分からないでもない。与しやすい獲物が目の前に居るのだから。

 ここまで逃げ抜いたアルテミシアは疲労困憊。もし今カメさんと競争したら、途中で昼寝するとかいう舐めプ系イベント抜きでも負ける自信がある。

 『アルテミシアをさらう』という行為に何らかの意義が有るのなら、捨て置くのは惜しいところだろう。


 だが、ロランが割って入る。

 右手には片手剣、左手には盾のようにダガーを構えていた。


「2対2か。だいぶ状況が良くなったな」

「2対1ですよ。ポーションも体力も尽きたかよわい女の子を戦力に数えますか」

「ちっ」

「粘れます?」

「割とすぐに負けてもいいなら」

「充分です」


 元・偽ハンスはふたりの会話に、一瞬訝しげに眉をひそめたが、次の瞬間にはロランに斬りかかっていた。 

 ロランを排除してアルテミシアを手に入れ、逃走する。それだけだ。単純で簡単だ。……少なくともそう思える状況だ。


 白昼の大通りに、剣戟の調べが鳴り響く。

 武術の心得なんてこれっぽっちもないアルテミシアでも分かるほど、その音は重い。

 振り下ろされた剣をロランが跳ね返す。だが、踏ん張りきれない。体勢を崩すまではいかずとも、衝撃を受け流すために後退せざるをえない。

 次なる一撃。ダガーで受ける。さらに後退する。

 ほとんど武器を振り回すように攻撃を受けながら、ロランは圧されていく。


「こいつらもう逃げるんじゃなかったのかよ!?」

「大丈夫です!」

「てかお前も逃げなくていいのかよ!?」

「いいんです、もうすぐ助かります!」


 常識的に考えたら、ロランが足止めしている間に自分は逃げるべきだ。だが下手に動かない方が良いとアルテミシアは直感していた。そもそもそんな捨て駒みたいな使い方をするためロランをけしかけたわけではない。


 今は()()()()だ。どうなるか分からないが、ふたりとも無事なのはほぼ確実だ。迂闊に動けば、その流れが崩れてしまうかも知れないから、アルテミシアはじっとロランの戦いを見守っていた。

 ここで立ち止まったのは、もはや自分たちを取り巻く『死の影』が見えなくなったからだ。2対1にできた時点で、アルテミシアは勝っていた。今現在明らかに劣勢のロランにさえ、『死の影』はカケラも見えていない。

 一見すると絶望的だが、すぐ近くに状況の変化が迫っている。少なくともロランが負ける前に!


ォォォォォォッ!!!』


 人の喉からは決して飛び出さないであろう、濃厚な死の臭いを纏った咆哮が轟く。

 何かが空から降って来た。

 日中の光の中で掻き消えてしまいそうなほど朧な青白い人影。数打ちの剣を持って粗末な鎧をまとった、兵士の亡霊が落ちてきて、落下の勢いそのままでドッペルゲンガーに斬りかかる。


 元・偽ハンスはギリギリで反応、剣を掲げて防御するが、勢いの付いた一撃は受けきれず、剣を取り落とした。

 着地した霊体戦士スペクターはアルテミシア達を庇うように立ちはだかる。

 そして、同じくどこからか飛んできたようで、近くの建物の屋根の上に両手両足で着地するエルフの姿。


『お待たせっす!』

りぃ、寝坊した!」

「カルロスさん、マナちゃん!」


 突然現れた奇妙な二人組を見て、偽領兵たちは完全に呆気にとられていた。ついでに言うならロランも。


 すっと切れ上がった紫水晶のごとき双眸に怒りを宿し、マナは地上を睥睨する。艶やかな緑髪が風に翻った。


「おねーちゃんをいじめるわるいこは、マナがこらしめてやるんだから!

 ……≪烈氷剣山フロストファランクス≫!!」


 呪文を唱え、マナは杖の柄を屋根に叩き付けた。

 屋根から建物の壁に、そして石畳に。白々とした霜が迸り侵食する。


「まずい、退避だ!」


 元・偽ハンスが叫ぶのとどちらが早かっただろうか。

 彼らの足下で、霜が、弾けた。


 歪で不揃いな氷の槍が、数え切れないほど地面から突き出した。太い槍はアルテミシアでは抱えきれないほどにもなる。

 林立する氷の槍は、まるで鍾乳洞をひっくり返したような。あるいは巨大なウニの魔物が氷漬けにされたような。


『どわー!?』


 魔力の圧に吹き飛ばされたらしいカルロスが天高く打ち上げられていた。


「パねぇぜ……」


 氷のオブジェを見て、ロランは呟く。そして力尽きたように腰を下ろした。


 ドッペルゲンガー達は消えていた。氷の槍によって早贄にされていたりはしない。間一髪、脱出に成功したようだ。

 それを見て取ると、アルテミシアも座り込む。もう立ち上がれる気がしなかった。石畳が冷たくて、火照った身体にちょっと心地よい。


「おとといきやがれーっ! わはははーっ!」

「マナちゃん。そういう言葉遣いはしちゃいけません」

「はあぁい」


 屋根の上ではマナが手を上げて返事をしていた。

ファランクスは剣じゃなく槍ですが……

まあニュアンスを日本語に当てはめるとああいう訳になるみたいな感じで。

『剣山』も剣じゃないですしね。

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