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11-9 逃げるやつらは魔神斬れ

「しっかりお手々繋いでな!」


 叫びつつロランは信号弾を取り出す。

 意図を察したアルテミシアは、片手でグレッグと、もう片手でルウィスと手を繋いだ。


 直後。

 ロランが下向きに放り投げた信号弾はジェット推進の勢いで石畳に叩き付けられ、その場で炸裂して盛大に赤い煙を立てた。


「うわあ!?」

「何だあ!?」


 巻き込まれた人々が騒然とする。

 そんな中、アルテミシアは、グレッグを掴んだ方の手を急に引っ張られた。グレッグごと何かに引っ張られていると言った方が正しい。

 何も見えない中、何度か人にぶつかりながら駆け抜ける。

 赤い煙の中から脱出すると、三人はロランに手を引かれていた。


「チクショ、大剣を置いて来ちまった!」

「ロランさん、どっちへ!?」

「冒険者ギルドだ! とにかくそこまで逃げんだよ!!」


 確かに、もう逃げるしかない。

 ひとりでもロランより強いドッペルゲンガーが5匹。しかもロランは愛用の大剣を置いてきてしまったうえ、アルテミシアは完全にポーションが尽きた。麻痺毒パラライズポーションを薬染爪剣インジェクターに装填してはいるが、ポーションの強化も無しで戦おうとすれば確実に死ぬ。焼肉の網の上で焦げたキャベツを箸で突いたみたいにバラバラにされる!


 ――でも……逃げ切れるの!?


 ロランはおそらく大丈夫。

 グレッグもまあ行けそうだ。

 問題はルウィス、そしてアルテミシア自身。

 速度的にも体力的にも、あれを撒くのは難しいだろう。みんな仲良く『死の影』に取り憑かれている状況を鑑みるに、おそらく追いつかれて、ロランやグレッグまで巻き込まれるという未来が待っている。


 走りながらアルテミシアは必死で考えた。

 もし何か手を打つなら差を詰められる前、そして体力を消耗する前に仕掛けなければならない。時間が経てば経つほどジリ貧になる。


 追いつかれる前に他の冒険者や、まともな領兵と出会えるだろうか? そしてドッペルゲンガーを撃退できるだろうか?

 否。

 色濃くまとわりつく『死の影』が、その先に絶望しか無いことを示す。


 ――逃げてるだけじゃどうにもならない! なにか、手は……


「あっ!?」


 見てはならないものを見てしまい、アルテミシアは思わず足を止めた。


 逃げる四人と擦れ違うように、反対方向へ走って行った若い女性がひとり。

 事情は分からないが、よほど急いでいるようで、血相を変えて全力疾走していた。

 ……逃走中の四人にも匹敵するほど濃い『死の影』をまとって。


「おい、どうした!?」

「今の女の人……! このままだと死にます!」


 何によって死ぬ?

 まだ分からない。だが、彼女が向かう先から何が来るかと考えれば……


「あの人を止めないと!」

「どこ行く? 無理だ!」


 有無を言わさぬ力強さで、ロランがアルテミシアの肩を掴んだ。

 その時だ。


「居たぞ!!」


 アルテミシアが見る先、後方から5人の領兵が現れた。

 正確には、領兵の姿をしたもの5匹が。


 先程の女性はちょうど、その5匹に突っ込むように走って行って、そして。


「邪魔だ!」


 ハンスの姿をした推定ドッペルゲンガーが、走りながら、虫でも追い払うように腕を振った。

 たったそれだけの動作で、悲鳴すら上げられぬままに女性の身体はへし折れて吹き飛び、地面に落ちて転げた先でさらに、間が悪く通りかかった馬車にはね飛ばされた。


「……!!」


 人としてあり得ない姿勢で地に伏した彼女に、もはや『死の影』は見えない。


 信じられないくらい簡単に人が死んだ。

 目の前で。

 ()()()()()()()()


「おい、足止めんな! お前も死ぬぞ!」

「あ……う……」


 迫る敵の圧力に押されるように、踵を返してアルテミシアは走り出した。


 胸がかきむしられるようだ。

 目の前で死んでいく人が分かっていたのに、何もできなかった。

 それどころかルウィスを救おうとしたことで自分自身も死にかけているのが現状だ。

 運命のイタズラみたいな経緯で魔法すら超える力を手に入れたが、アルテミシア自身にできることは、そう変わらない。

 死の運命が見えたからと言って、そこから人を救い出せるかどうかは、全く別の話なのだ。


 ――今は……無力を嘆いてる場合じゃない。みんなで生き残らないと!


 まぶたの裏に張り付いた死の光景。それを振り払うようにアルテミシアは、もふもふ頭を掻き乱した。


 ――でも、今、わたしに何ができるの!?


 残された手札は変幻自在の装束『変成服マルチクロス』ぐらいのもの。これは全く戦闘には向かない。

 例えば、服装を変えて人混みに紛れれば、アルテミシアひとり逃げる事くらいはできるかも知れない。だがそれは論外と言うか、最後の手段だ。

 ロープを仕込んでる服なんかもあるが、追いかけてくる相手に罠を仕掛けるなんて暇は無いわけで……


 ――追いかけて、来る?


 ふと、アルテミシアは奇妙に思った。


 いくら強くたって。いくら数で勝っていたって。

 奴らはドッペルゲンガー。その最大の強さは、人に化けて、人の中に潜めると言う事。

 正体が割れているのに堂々と追いかけて殺そうとするなんて、よく考えてみれば変だ。一旦退いて、また接近する機会を見計らえばいいだけのはず。


「ロランさん!」

「ああ!?」

「なんで、あいつらっ、追いかけてくる、っんでしょう。

 後でまた、殺しに、来ればいい、のにっ」

「魔法で正体暴けんだよ、あいつら! 警戒して領城に篭もられたら手ぇ出せねーんだろ!」


 ――……そういう事か!


 領城には領兵団の魔術師も居る。ドッペルゲンガーとて、そう簡単に侵入できないわけだ。

 この襲撃は奇襲だからこそ意味がある。そしてそれはすでに失敗し、結果を取り繕って辻褄を合わせようとしている段階なのだ。

 向こうにもタイムリミットがある。


 さらにこれは、確証を持てない仮定でしかないが……

 この追跡は、本来あってはならぬことではないかとアルテミシアは思っていた。

 おそらくハンスは今日最初に会った時からドッペルゲンガーに成り代わられていた。だが、だとしたら何故、ルウィスは無事だったのだろう。後ろからバッサリやる機会はいくらでもあったはず。そうしなかったのは、正体がバレて殺されるのを防ぐためか、でなきゃ最初は誘拐でもするのが目的だったか……


 ――ま、どれがあり得そうかって言ったら『ドッペルゲンガーが貴重である』に一票。

   伝説上の存在になるほどのレアモンスターだもん。きっと、少子化対策が喫緊の課題だったり、うっかり死なせたらドッペルゲンガー保護の会から抗議声明が発表されたりするんじゃない?


 いずれにせよ、今こうして堂々と追って来ているのとは、何かがちぐはぐだ。予定が変わったか、次善の策か、渡るべきでない危ない橋を渡っているのか。


 ――こいつら、ルウィス(様)を殺せないとなったら、その時点で撤退するんじゃ……


 限りある手札。

 敵を追い詰めているもの。

 地の利。

 前方に見える食べ物屋の屋台。


 全てが、頭の中で繋がった。


「『幼き晴れ舞台オンステージ』!」


 『変成服マルチクロス』に呼びかけ、アルテミシアは服装を変えた。

 燕尾服を模した子ども向けの衣装だ。男の子がピアノの発表会にでも着ていきそうな一品。

 そしてアルテミシアは即座に上着を脱ぎ捨てる。


「なんだ今の呪文!? てかお前、いつの間に着替え――」

「似てますよね!?」

「は!?」

「今のわたしと、ルウィス様!」


 そう、今のアルテミシアは白いブラウスに黒いズボンという出で立ちだ。

 加えて、体格的にもほぼ同じ。2歳の差こそあるものの、アルテミシアはやや小柄な方でもあり、身長差はせいぜい5cmくらい。

 後ろ姿だけなら大して違いは無い。……ある一点を除いて。


「囮になろうってのか!?」

「半分当たりです!」


 言いつつアルテミシアは、道脇にあった屋台の裏を回り込むように駆け抜けた。

 駆け抜けざま、裏返しに積んであった小鍋をふたつほど失敬して。


「あ、こら!? 泥棒!」

「後で返します!」


 背中越しに詫びつつアルテミシアは鍋を被る。ちょうど頭に嵌まるサイズだった。


「ルウィス様も!」

「兜の代わりか!?」

「こんなん役に立たんぞ、あいつら馬鹿力だ!」

「いいから!」


 そして走りながら、無理やりルウィスに鍋を押しつけて被せる。


 これで、似たような背格好で、似たような装いの子どもがふたり。まるで兵隊ごっこのように、鍋を被って逃げている。


「お前、そんな事したって……」


 ロランは悲観的な様子を隠そうともしない。

 苦し紛れの悪あがきなんかでどうにかできる状況ではないのだ。


 だがそれはアルテミシアも重々承知。

 悪あがきなどではない。ちょっと大げさに言えば……計略だ。


「まださっきの煙玉、ありますか!?」

「あるけど――」

「20秒稼げればなんとかします!」


 アルテミシアは必死で速度を上げ、先頭に躍り出る。

 そして一行を先導し、道を折れて横丁へと飛び込んだ。

エピソード11はまだ続きますが、次回更新はちょっと割り込んで1.5部に一話完結のエピソードを投下します。

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