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11-7 TRPGメソッド:靴下は鈍器

いつも通り火曜日に更新しようと思って書いてたんですが、長さ的に丁度いいとこでキリが付いたので区切って投下。

次回更新はちょい早めの予定。

 剣を構えたロランと、ナイフを構えた謎の男が睨み合う。

 ただならぬ事態と雰囲気に、辺りでは通行人が渋滞を起こした。戦いの現場に近寄れず、人の流れが詰まっているのだ。溜まった人々は、そのまま野次馬のように事の成り行きを見守っている。


「ロランさん……」

「下がっとけ、グレッグ! こいつ結構やるぞ!」

「あ、はい」

「信号弾投げとけ」

「はい!」


 グレッグはじりじり距離を取りながら、ポーチに手を突っ込んで何か取り出した。

 スーパーボールみたいな物体がグレッグの手には握られていた。彼はそれを思いっきり上へ放り投げる。


 投げ上げられた物体は、途中から赤い煙を吹き出してロケット花火のように高く上昇し、やがて上空で煙の花と化した。


 ――冒険者が使う信号弾!

   お姉ちゃんの荷物にもあったっけ。そっか、ポーションだけじゃなくてこういうの持っておけば良かった。


 赤い煙の信号弾は、野外で活動する冒険者が不特定多数に急を知らせるために使うものだ。

 普通、街の中で使うようなものではないが……だからこそ、この異常事態を伝えることができる。

 あれに気付いた冒険者が居れば、あるいはハンスの呼びに行った増援が、信号弾に気付いてここへ急行するだろう。


「さて、どうする?

 早く逃げねーと、愉快な仲間たちがどんどこやってくるぜ?」


 挑発めかしてロランが言うも、ナイフ男は引き下がらない。

 それを見て、前触れ無くロランが仕掛けた。


「ラアアアアアア!!」


 辺りの窓ガラスが割れそうな雄叫びと共に踏み込み、腰だめ射撃のような姿勢からコンパクトな突きを繰り出した。

 鎗の一撃にも似た一閃。それをナイフ男はスレスレで躱した。

 胸部を浅く切り裂かれながらも距離を詰め、鎧の隙間にねじ込むような一撃を放つ!


 ――これは……間合いの勝負だ。


 ロランの剣はナイフよりリーチがあり、上手くすれば相手を近づけずに攻撃できる。

 逆にナイフは格闘の距離にまで密着してしまえば一方的に攻撃できる。だからこそロランは近づかせないための突きを撃ち、ナイフ男は強引に懐へ飛び込んだのだ。


 だが、ロランの使う剣は片手持ち。まだ左手が空いている。

 どこからか大ぶりなダガーを抜き放ったロランは、逆手に持ったそれを鋭く振り上げた。

 

 ガヂン、と金属の擦り合う音。

 ダガーによって切っ先を逸らされたナイフはロランの鎧を削っただけだ。

 そのナイフに押されるようにバックステップしたロランは、ダガーを持ったままの左手を軽く振る。


「馬鹿力め……ナイフの重さじゃねぇぞ、こんなん」


 悪態をつくロラン。

 彼に向かって、今度はナイフ男の方が駆け寄る。

 いつの間にか追加のナイフを抜き、両手に二本ずつ。ぎらつく双眸の残光を残し、肉薄……いや、違う。


 ナイフ男は駆け寄りながら、鋭く両手を振るい、ナイフをなげうった。

 二本ずつという無茶な投げ方なのに、その刃は全く狙い違わず。半分はロランに。そして半分は。


「危ない!」


 間一髪、ルウィスに向かったその刃を、間に割って入ったアルテミシアが薬染爪剣インジェクターの刃と手甲で弾き飛ばした。

 心臓が思いっきりドキドキしていた。距離を取っていて幸いだった。ナイフが届くまでに、アルテミシアでも反応できる距離だったのだ。


 ルウィスはずっこけるように後ずさって尻餅をついている。


「おい、アルテミシア! 見たか、今ぼくはちゃんとよけていたぞ!」

「そうですか?」

「でもほめてつかわす!」

「そうですか」


 戦いの趨勢を見つつ、アルテミシアは周囲に目を走らせた。

 人混みに紛れて逃げられるだろうか。否だ。この中にもし、さっきのハンマー男や弓男が紛れていたらなんだか分からないうちに不意を打たれてしまう。むしろさっきの信号弾を信じてここに留まるのが得策だ。

 ……だが、同時にアルテミシアは見ていた、チロリ、チロリと蛇が舌を出すように、ロランの身体にちらつきつつある不吉な紫の炎を。『死の影』を。


 ――負けて、死ぬ可能性がある……


 まだそれは小火ボヤだ。火花かノイズのようにちらつくだけ。

 しかし、もしここでロランが負ければ、もはや為す術無しだ。勝たないまでも応援が来るまでの時間を稼いでもらえないと、ルウィスは死ぬ。


 ロランは、ナイフ男の隙を見逃さなかった。全てのナイフを投じた男は、今、手ぶらだ。

 剣を防ぐ手段は無い。


「はあっ!」


 地を揺るがすような踏み込みから、稲妻のような斬撃!

 ……だが!


「だめっ……!」


 何がダメなのかも分からないままアルテミシアも叫んだ。

 ナイフを持っていないナイフ男に向かって踏み込んだその瞬間、ロランが一気に()()()()()()のだ。


 その時、目を疑うような出来事が起きた。

 ナイフ男の姿が、ぐにゃりと歪み、再構成された。


 チンピラめいた顔は、渋みのある中年男のものに。

 どちらかといえば痩せ形だった身体つきは、ロランにも匹敵する偉丈夫に。

 普段着のような服装は、動きやすい軽装鎧に。

 何も持っていなかった手には、短槍が。


 槍と言えば、馬上で用いる突撃槍ランスや歩兵が槍衾を作る長槍パイクのように、身長をゆうに超えるものが多い。

 しかし短槍は1対1の戦いをも想定したもので、長さは1mと少し。杖術のように小回りの効く変幻自在の動きが出来る武器だ。


 ナイフ男あらため槍男は、手の内で素早く短槍を回転させると、石突きを鋭く突き出した。


「ごはっ……!」


 その一撃はロランに、彼自身の突進の勢いすら乗せたダメージを見舞う!

 鎧越しですら伝わる衝撃。ロランは体勢を崩し身を折るようにして後ずさった。

 槍男はさらに追いすがり、地面すれすれから、ロランの足を刈り取るように槍を振るう。


「ロランさん!」


 グレッグの悲鳴。

 ぼたりと垂れた血の音が聞こえた気さえした。


「く……」


 鎧に守られていない太ももが深く切り裂かれ、流れ落ちた血が脚部鎧グリーブを染めていた。


「……足が死んだな」


 気障ったらしい声色だ。

 槍男はヒョウ、ヒョウと風を切って短槍を回転させて構え直す。


「てめぇ……何だ、一体……」


 ロランは自分の見たものが信じられない様子だ。アルテミシアも同じだった。


 ――わたしの『変成服マルチクロス』みたいな? でも、あいつは体格まで変わってるし……そもそも別人じゃないの?


 短槍を振るう男の姿は、ナイフを持っていた奴とは全く違う。

 見た目も、武器も、声も、何もかも。

 身体が変化するところを見ていなかったら同一人物とは思えなかっただろう。


「さて、それを貴様が知る必要は無いな」


 槍男は油断無く身構えた。


 ロランは今や『死の影』に包まれ、一度は火勢が弱まったルウィスも同じような有様だ。

 それどころかアルテミシアも、自分の手が死の炎に舐められているのも見てしまった。

 ロランがあの一撃を避けられなかったことで、事態が決定的に悪い方向へと分岐したようだ。


 さらに悪い事に、全身から血が抜けていくような虚脱感をアルテミシアは感じ始めていた。

 ポーションの強化が切れる前兆だ。自力で逃げるのももはや不可能。

 通勤時に持ち歩いている護身用のポーションに、スペアなど無い。


 ――どうすれば……!


 いや、どうすればいいかなんて考えている時間も惜しい。逃げるのが無理なら、するべき事はひとつしか無い。


 リーチが長い武器をまともに相手するのは危険過ぎる。

 これを破るには……一度使った手がある。


「ロランさん、連携を!」

「な……」

「食らえ、カンフー映画メソッドーっ!!」

「なんだそりゃ!?」


 手近なベンチを振り上げてアルテミシアは突撃した。

 鋳型によって作られた青銅のフレームは、翼を拡げたドラゴンのデザインが左右対称に象られている。そこに木の板を嵌め込んで座席と背もたれにしたものだ。街角に置く量産品としてコストパフォーマンスを重視しながらも、職人のこだわりが多少垣間見える。


 槍男は、あまりのことにほんの一瞬狼狽えた。

 重さもリーチも頑丈さも、明らかに槍よりベンチの方が勝っている。唯一の問題はそれが武器では無い事だが。

 こんなものとまともに打ち合うのは無理だ。


 槍男は槍を放り出し、突き出されるベンチの手すりを正面から受け止めた。力は拮抗する。あるいはこのまま押し勝てると思っただろう。

 だがそこへ、同時にロランが突っ込んでいた。


「あああああああ!!」


 怪我を感じさせないほどの速度だった。

 切られた太ももからさらに血が噴き出す。

 激痛をこらえるためか、絶叫しながらロランは打ちかかった。

 サブウェポンの片手剣を捨て、背中の長大な愛剣を抜き放ち、力任せに一か八かの一撃を叩き込んだ。


 巨大な鈍器のような大剣は、軽装の鎧をひしゃげさせながら、槍男を地面との間にサンドイッチしていた。

 アルテミシアがベンチの重さを支えきれなくなって取り落とすのと、ほぼ同時だった。

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