1-13 デストロイおねえちゃん
「う、うわあああああっ!?」
頭上で鎧兜のぶつかり合う音がガンガン響く。
折り重なるように魔物達がのしかかって来て、タクトは引きずり倒された。腹ばい状態で魔物の山に埋まってしまう。
重さが分散しているようで、潰れて死にそうな気配はないが、強化された膂力をもってしても全く身動きが取れない。魔物達は『捕らえろ』という命令を愚直に守っていて、これ以上動こうとしなかった。
「ぐっ……」
「はい、つっかまえたーぁ」
魔物の山から顔だけ出したタクトの前に、児島がやってきた。
相変わらずのニヤニヤ笑いがさらに深くなっている。
「なんだよ、これ……なんで魔物が言う事聞いてんだ」
「……【魔物調伏】300万円。半殺しにして降参させた魔物と契約して、俺に服従させられる」
「そんなチートスキルが……!?」
ただでさえ、転生カタログには大量の項目がある。タクトは、どうせ買えないからと、高いチートスキルの項目はろくに見ていなかったのだ。
「ん? ちょっと待て、体が100ポイントだから……これで980ポイント!? お前ほとんど金で買ってんだろ!? どんだけ金使ってんだ!」
「ケチるのはバカだぜ! めいっぱい払って強くなっておかないとなぁ! おっと、払いたくても払えない奴には関係ない話だったかな?」
――さては離婚が成立する前に、共有財産を使い逃げしやがったな。
児島の離婚騒ぎは周囲で話題になっていた。当たらずと言えど遠からずだろう。
「そして余りの枠で【絶倫】20万円だぁ! いずれ俺のハーレムを作るのさぁ!」
「【絶倫】!? 安っ! てかそんなチートあったの!?」
「安心しな……ガキにゃ興味ねぇし、見た目がどんなだろうと、中身がお前じゃ勃ちやしねぇ。だが……」
ジャリン、といい音を立てて、児島は剣を抜き放った。ステファンを殺すために使った剣。いつの間にか回収していたらしい。
金銀で装飾された鞘から出て来たのは、見るからにお高そうな拵えの剣。血に曇ってこそいるが刃こぼれした様子は無い。。
児島は、血濡れの刃をシリアルキラーっぽく舐め上げる。もしあの剣が生きていたら、気持ち悪さのあまり、たった今絶命しただろう。
「お前は万死に値する! 何故か教えてやろうか? お前が殺したのはなぁ、わざわざ俺が捕まえてきた魔物なんだよ! それをお前は勝手に殺した! 俺の財産を傷つけた! つまり死刑だ! なるべく苦しいように、生きたまま全身バラバラに引き裂いてぶっ殺してやる!」
剣をタクトに突きつけて、ヒステリックに児島はわめいた。
コルム村に来た魔物。あれは、児島が捕らえ、チートスキルで自分に服従させている魔物だったわけだ。
「じゃあ、あいつらが領兵の装備をしてたのは……」
「あれが俺の新しい領兵だ。人間ってやつは裏切るからダメだ。仕事を言いつけても言った通りにやらねぇ」
「って事は、お前、魔物の手先とかじゃないのか!? 何のためにこんな事をしてるんだ!?」
「あぁ? そんなもん決まってんじゃねえか」
児島の言い方は、『頭がおかしいのか?』とでも言いたげだった。
「自由に生きるためだ! お前もそのために転生したんだろ!? 俺の邪魔をする奴は全部ぶっ殺して、何もかも俺の思い通りにするためだ!」
「……イカれてやがる……!」
身勝手さに腹が立つのを通り越して、呆れるほどだった。
そんなつまらない理由のためにグスタフは殺されなければならなかったのか。
いや、それは氷山の一角だ。コルム村だけで他に三人殺されているし、話を聞く限り、領兵は大量虐殺されている。
まさしくチートだ。対処しようがない強さで、思うがままに全てを蹂躙している……
――『対処しようがない』? 本当にそうなのか?
『転生屋』の男は何と言っていたか。
自分は世界の管理者だから、世界のバランスを壊すような存在は作れないと。だから能力購入は、体と合わせて1000ポイントに制限していると。
こんなクズに力を持たせて転生させたら、大惨事になるのは目に見えている。しかし『転生屋』は、これすらも、バランスは壊さないからOKだと考えているわけだ。
児島は転生してすぐに、魔術師を殺して回り、残りは家族を人質に取って服従させていると聞いた。逆に言えば、魔術師が束になってかかれば脅威になると判断した結果だ。
――こいつも、無敵ってわけじゃない……
「……お前、こんな事がいつまで続けられると思ってるんだ」
「あ?」
「そりゃ、それだけ強ければ……しばらくは好き勝手できるだろ。だけど、国にしてみたらたまったものじゃないよな。お前に好き勝手やられたら、王国は大損害だ。ダース単位で魔術師を揃えて討伐しに来るぞ。でなきゃ、この機に乗じて南から魔王が攻めてくるかも知れない。お前の悪行を聞いて、同じように1000万円分の力を手に入れた、善人プレイの転生勇者様が倒しに来るかも知れない。……自殺行為だよ」
タクトを見下ろす児島の顔が、引きつった笑みを浮かべた。
「お前は俺をバカだと思ってるみてぇだなぁ? 自分が知ってる事を偉そうに教えられるのが、こんなにムカツクとは思わなかったぞ。『馬の耳に念仏』ってやつだ」
「『釈迦に説法』だろ、この場合」
「うるせえ! ……国軍? 勇者? そんなもんが来るまでに、俺は大軍団を作るんだ。俺に絶対服従し、死ぬまで戦う魔物の大軍団を! もし魔王とか魔族とか言うのが攻めてくるなら、みーんなボコって俺の手下に変えてやるさ!」
――バカだ。バカとしか言いようがない。
300ポイントも使って【魔物調伏】を手に入れたのは、ちゃんと考えがあっての事らしい。だが、それで全ての敵をはねのけるなど無理ゲーだろう。
だと言うのに児島は、戦力を増強すれば軍隊や強大な敵にも対抗できるかも知れないという希望的観測が頭に浮かんだ時点で、成功するに違いないと信じ込んでしまい失敗の可能性が目に入らなくなっている。
こいつは仕事上でも、よく似たような事をしでかしていた。
軍隊でこういうタイプが上官だったら事故を装って早めに殺した方がいい。そのうち、物資運搬用兼食料の牛を連れて山越えの行軍をしろとか言い出すに違いないから。
タクトは確信した。こんなバカの暴虐が、いつまでも続くはずはないと。遠からず彼は何者かによって打ち倒されるだろうと。
だけど、それまでの『三日天下』を児島は満喫するだろう。多くの人が殺されるし、このままだと、犠牲者のひとりがタクトという事になりかねない。
「魔物の軍団は大事な手駒だ。早く頭数を揃えなきゃ、そりゃあ俺は死ぬだろうさ。それをお前は潰しやがった! いいか、タダじゃねぇんだ! あれを捕まえてくるのも苦労したんだぞ! この俺自らハンティングしたんだ!」
「苦労だと!? アホか! あいつら人を殺したんだぞ! 人の命よりお前の苦労の方が重いのか!?」
「そうだ。俺の領民を俺がどうしようと勝手だ。その邪魔をするなら殺す。簡単だろ? じゃあ死ね今死ね苦しんで死ねっ!!」
いい加減焦れてきた児島が剣が振り上げた、かと思った。
恐怖を感じる暇もあればこそ。タクトは脊髄反射的に身を堅くするしかできなかった。
そしていろんなものが吹き飛んだ。腹の下から突き上げるような衝撃があったかと思ったら、急に体が軽くなった。
「あ?」
児島が驚いた声を上げて尻餅をつく。
タクトを押さえつけていた魔物の山が、吹き散らかされたように宙に舞っている。
本日は天気晴朗なれども地震に注意、所により魔物が降るでしょう。
「ゴギア!」
「ギィイ!」
宙に舞った魔物達は、僅かな間を置いて落下する。人の言葉ではない悲鳴が上がった。鎧兜が石畳にぶつかっていい音を立てていた。
――なんだこれ? 『イヤボーン』ってやつ!? ……じゃないよな。
タクトの中に眠る未知の力が突然目覚めた……という雰囲気ではない。
驚いているタクトの視界が急に遮られる。
鋼鉄のブーツみたいな脚部鎧が、ガツンと音を立てた。
倒れた児島と腹ばい状態のタクトの間に、何者かが割って入り、仁王立ちしていた。
武装した女戦士、のような気がした。
断定できないのは、タクトの体勢では彼女(推定)の全貌を見る事ができなかったからだ。小さな鉄板を層状に繋げた、スカートみたいな腰当てによって視界が遮られている。黒いタイツのようなインナーを身に着けた、腰から太股にかけての美しくも筋肉質なラインしか見えなかった。
「私の妹に……」
華麗に燃え上がる炎のような、鮮烈であでやかな声が聞こえた。声で女性だと分かった。
――妹?
「何すんだこのクソガキゃあ!?」
咆えるやいなや、一歩踏み込んだ女戦士。手にしていた巨大な戦斧を振り抜き、ライナー性の当たりで児島を引っ張った。
打球……もとい児島は強い勢いでフェンス直撃。小さな体は道脇の建物の、漆喰の壁にめり込み、放射線状にヒビが広がった。
「ガ、げほっ……!」
驚くべき事に、タクトが殴っても平然としていた児島が衝撃でひるんだ。
しかし、それでも女戦士にとっては不満な結果だったようだ。
「おっかしーわねー……これで胴体真っ二つにならないとか、信じられない頑丈さだわ。悪魔憑きの噂、本当だったのね」
可愛らしく小首をかしげる彼女だったが、言っている事は物騒だった。
ようやく立ち上がって、タクトは彼女を観察する事ができた。
女戦士は、ジャンパースカートのような形状の鎧を着ていた。胴部は鈍色の鎧でガードされているが、肩当てすら付いていないノースリーブ状態で、細く締まったアスリート的な腕がむき出しだった。鎧の胸部は、引き締まった体型に似合わない巨大な膨らみが目を引く。
複雑に装飾したティアラのような兜を被っていて、頭の高い所で括った真紅の髪を、兜の隙間から出して首辺りまで垂らしていた。
防御力よりも指の可動性を意識していそうな籠手を付けた手に、巨大な戦斧が握られている。長い柄の先に巨大な両刃が付いたもので、分かりやすく言うとミノタウロスが持ち歩いていそうな武器だ。
タクトの方に振り返った彼女は、うっとりとした笑顔を浮かべた。我が子を慈しむ慈母のような微笑みだ。
髪と同じ、意志が強そうな真紅の目を細めて、花弁のような唇をほころばせて、彼女は笑った。
凜々しい女戦士の装いをした彼女が優しい笑顔を浮かべたその姿は、まるで一枚の絵のように美しかったのだが……何故か、タクトは背筋が寒くなった。
彼女の背景を指定できるとしたら、大輪の花よりもハエトリソウとかモウセンゴケを配置したくなる。
「怪我は無い? もし貴女に怪我があったら、あの人畜生は許さない。絶対絶対許さない。両方の目玉に鉄の串を刺して何も見えなくした後で金玉を握り潰して、そうしたら足の先から少しずつ肉を削ぎ落として生まれてきた事を後悔させてあげるんだから」
優しい笑顔を浮かべたままで、彼女はまくし立てた。
あまりにも痛そうな話だったので、タクトの脳は『金』の辺りまで聞いた所で、残りの話をシャットアウトしてしまった。もはや存在しないはずの急所が縮み上がっている気がする。
「何しやが……殺す……」
「うわ!? 動き出した!」
壁にめり込んでいた児島がゆっくりと身を起こしつつあった。多少のダメージはあったように見えるが、それでも大したことはないようだ。
「あら。それじゃもう一発ぶち込んであげよっか」
斧を構え直した女戦士。
しかし、渾身の一撃が決まっても尚、ろくなダメージを与えられていない。このまま彼女が戦ってくれたとしても、児島を倒せる見込みは……
――待て。あれなら行けるんじゃないか?
タクトは、女戦士の影に隠れるように鞄を開く。
魔物の群れに潰されたせいでほとんどの瓶が割れていたが、目当てのポーションは無事だった。これが割れていたら感覚ですぐに分かるはずだから、無事だろうとは思っていたが。
瓶の栓を素早くはじき飛ばして、タクトはそれを、児島に向かって投げつけた。
児島にぶつかった瓶から赤褐色の液体が溢れ出し、それは瞬く間に気化する。
その途端、児島がむせかえり、崩れ落ちてのたうち回った。
「ごああああっ!? うえっ、げほっ! てめ、何……」
――よし、効いた!
催涙煙幕ポーション。
街で売ろうと作ってきたポーションのうち、ひとつだ。
もし、チートスキルで体が丈夫になっているなら、単に粘膜を傷つけるようなガスは多分効かない。しかし、生物として生命活動をしている以上、粘膜からの成分吸収は止められないはずだ。どうやらこのポーション、吸収された成分が魔法的なあれやこれやで効果を及ぼしているらしい。
「今です、逃げましょう!」
女戦士の手を引いて、タクトは走り出した。
「けほ、けほっ……何これ? 催涙ガス?」
「ご、ごめんなさい。息を止めてって言いたかったんですけど、それじゃ不意打ちにならないから……うう、こっちまで痛い」
タクトも走りながら、鼻の奥がヒリヒリして、目からは涙がこぼれた。
直撃しなくてもこの効き目。至近距離で食らった児島はしばらくまともに身動きできないだろう。
児島は魔法を使うとき、いつも口で呪文を唱えていた。
この状態で魔法を使うのは無理だ、と、思いたい。
――でも、いつまで効く?
このまま村に帰るまで動かないでいてくれるのか?
無事に村へ帰れたとしても……そこへ後から児島が来ない保証はあるのか?
ひとまずサイード達と合流しようと、タクトは街の入り口を目指す事にした。
それとほぼ同時だった。
「こっちだ、ふたりともっ!」
サイードの声が意外なほど近くから聞こえてきた。
道脇にある、荒らされた店舗の中からサイードが手招いている。
一も二も無く、タクトはそこへ飛び込んだ。
★『ポーションドランカー マテリアル集』にマテリアルを追加。
(「次の話」リンクの下に、マテリアル集へのリンクがあります)
・[1-13]転生屋 転生カタログ7 【魔物調伏】
・[1-13]転生屋 転生カタログ8 【絶倫】




