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11-1 花より恋バナ

 ほとんど樹上で生活している『湖畔にて瞑想する蔓草』の里にあって、民芸品工房は、珍しく地面の上に作られている部屋だった。

 巨木のうろ・・をベースに、細い木や木の根をよりあわせて増築したような場所だ。部屋の回りにまでウッドチップのかぐわしい香りが満ちている。


 工房のすぐ前は、天然の花畑になっている。

 木々によって天井が作られ、薄青いモヤが立ちこめる森の中に差し込む光は、『天使のはしご』という例えそのままに神々しく神秘的だ。

 みずみずしく茂った草の合間に鮮やかな色合いの花が咲き誇る。

 そんな場所に腰を下ろしたエルフの少女達の姿は、危険なくらいに美しい眺めだった。

 ……もっとも、その中でひときわ目立っている少女は、緑髪ではあっても耳の丸い人間だが。


 草の上に広げられたのは、工具、革紐、バスケット。色とりどりの石に、獣の爪や牙。ニスのような樹液が塗られた木の実のカラ。


『牙・牙・牙・石で七連ねの首かざりは、戦士の証。大事な戦いの時に着けるのよ』

『牙と爪をかわりばんこにつないで、真ん中にけずった骨のかざりを付けたのは、ワナ師と狩人だけが着けられるの』

『なるほど、並べ方に全部決まりがあるんだ』

『ただのかざりで着ける首かざりは、そのうちどれにもしちゃダメなの。間に別の石をはさんだりして、変えなくちゃダメなの』


 里のお客人であるアルテミシアに寄ってたかって、エルフの少女達がレクチャーする。

 外見的にはアルテミシアと同じくらいか、それより年下に見えるが、彼女たちはアクセサリー作りの複雑なルールを既にそらんじていた。


『こーら、あなたたち!

 教えるのはいいけれど、みんな揃ってお手々がお留守になっちゃダメ!』

『『はぁーい』』


 この場で最年長であるため、校外学習の引率の先生みたいな役回りになっているリムルセイラが年少者達を牽制した。

 たしなめられた少女達は慌てて手を動かしはじめた。


 周辺部族からの貢ぎ物で生活してきた『湖畔にて瞑想する蔓草』の部族は、民芸品を人間相手に売るのは拒否し続けていた。人間に媚びずに生きているというのは、部族の誇りでもあったのだ。

 しかし多少の外貨は獲得しておきたい。民芸品は有望な輸出産品だ。

 悩んだ末、部族は『子どもが手習いで作った半端物を、人間が有り難がって買って行くようなら構わないだろう』という建前でGOサインを出した。子ども達に作らせた民芸品だけを輸出対象としたのだ。エルフの社会において未成年の労働はタブーなので、あくまで『練習』の域を出ず、生産・輸出量は少ないが。

 やがて部族は建前を捨てて、大人が作った物を堂々と売るように変わっていくのかも知れない。


『それに、全員一緒に話しかけたら何言ってるか分かんないでしょ。

 ……ごめんなさい、みんなこんな調子で。迷惑じゃありませんか?』


 自分も手際よく首飾りをこしらえながらリムルセイラが言った。

 年長である彼女は一日の長があるようで、アルテミシアにまとわりつく子たちより手慣れている。


『あ、いえいえ、全然。わたしの方こそ急にお願いしたのに、連れてきてもらっちゃいまして……』

『そんなの気にしないでくださいよ!

 アルテミシアさんは私たちの恩人なんですから!』


 リムルセイラは『恩人』のところを思いっきり強調した。周囲の子たちもうんうんと頷く。

 アルテミシアが巨大な『獣』を倒して森(ついでカイリ領)を救ったことは、とっくに里中に知れ渡っている。おまけにリムルセイラに限っては、さらにもう一度助けられた身の上だ。

 アルテミシアは照れくさいやら、なんか取り返しが付かないことになった気がするやらで、意味も無く手をもみ合わせていた。


 マナを引き取るため、婚約の首飾りで場を収めたアルテミシアだったが、エルフの文化を完全に理解しているわけではない。純粋な好奇心から民芸品について学びたいと思い、製作の場にお邪魔させてもらったのだ。


『それでね、真ん中に宝石をもってきて、石を三つずつ並べて爪と牙で区切るの。これは大切な人に渡すためのもの。これは他の人に作らせちゃダメなの。絶対、自分で作らなきゃダメなのよ』

『この首かざりを渡すのは、好きですってことなの』


 この説明はすぐに分かった。フィルロームからも作り方を習った婚約の首飾りだ。

 ぷくぷくの頬を紅潮させて、鼻息荒めの少女たち。やはり恋の話コイバナに対する情熱は違うようだ。


『でも、好きな人に渡せるとはかぎらないよね』


 ぼそりとひとりがつぶやくと、みんな微妙な顔をする。


『そんなことないもん!』

『だって、好きな人ができても、ケッコンさせてくれるか分からないじゃない』

『愛は勝つんだから!』

『そう。物語のお姫様みたいに、愛をつらぬけばいいの! みんな分かってくれるし、分からない人は魔女さんがカエルにしてくれるわ!』

『なんて過激な物語……』


 小声で突っ込むアルテミシアだが、少女たちの話は冗談で済まない。エルフの部族は全体的に、誰と誰が結ばれるか部族の意思として決定する傾向がある。ことに『湖畔にて瞑想する蔓草』は、より強い巫女、より強い戦士を次代で生み出すための品種改良・・・・に余念が無かった。

 独自の理論に基づいて各人の結婚相手を決めていき……そこからあぶれた、部族にとって重要度の低い者は結婚相手の希望が通りやすいという皮肉な状況だった。

 もっとも、そうした結婚事情もこれからは変わっていくのかも知れないが。


『いつか白馬の王子様が、お姫様みたいに私を迎えに来ないかしら』

『白馬に乗ってやってくるのは、人間の王子様じゃないの?』

『えーっと……じゃあ人間でもいい!』


 少女たちはどっと笑った。


 ――白馬の王子様かあ。どこの世界でも憧れのテンプレなのかな。

   高貴な存在……その人物自体の価値もあるし、玉の輿という事は生活レベルが引き上げられることも意味する。それは泥臭い日常から離れた、非日常の象徴でもあるわけで……


『ねぇ、アルテミシアは好きな人居るの?』

『わっ、わたし!?』


 のんきに白馬の王子様考察をしていたアルテミシアは、急に話を振られて、器用にも座ったまま飛び上がってしまった。


『やーめーなーさい。そういうのは誰かれ構わず聞く話じゃないの』

『……そう言えばアルテミシアさんは、サフィルアーナ様に婚約の首飾りを渡したんでしたっけ』


 リムルセイラはアルテミシアを庇おうとするが、そこへ更なるキラーパス。リムルセイラと同い年くらいの少女・マーレシャルンがニヤリと笑いかける。


『マーレ! あんたまで聞いてどうすんの!? って言うか……こ、婚約って……?』

『あ、あれはその、状況を丸く収めるために……ほら、巫女さんを引退させるために結婚するって、なんかそういうのあるし!』


 目を輝かせる少女たちに向かって頭を振りまくるアルテミシア。

 別にマナが嫌いなわけではないが、そういう意味ではないのだ。


『なーんだ、そうだったの』

『でもそれじゃ、他に好きな人がいたりするの? 人間は、誰でも好きな人と結婚できるんでしょ』

『そうじゃないわよ。お姫様だって、怖いお父様に無理やりキライな相手とケッコンさせられたじゃない』


 相変わらず物語ベースで森の外の話をする少女たちだが、間違っているとも言えない。


『うん……家と仕事が強く結びついてる場合は、自由にならない場合が多いのかな。そういう場合、人間は部族じゃなくて、親が決めることが多いけど』

『じゃあアルテミシアは大丈夫なのね!』


 墓穴だった。

 かなりはしょったが、家族と呼べるのは義姉妹の契りを交わしたレベッカくらいしか居ないという話は既に聞き出されている。


 いつの間にか、包囲網が出来ていた。少女達はこぼれ落ちそうなくらいに目を見開いて輝かせ、アルテミシアににじり寄る。

 年少の子たちだけではなく、マーレシャルンも同じような顔。リムルセイラは……彼女すらも固唾を呑んで見守っている。


『どうなの?』

『森の外には、ステキな人がたくさんいるんでしょ?』


 黙っていれば妖精のような少女たちだが、悪戯な笑みを浮かべた彼女たちは、もはや夜の世界へ誘うリリムのごとく。

 チート転生者相手に戦い、『歪みの獣』相手にも戦ったアルテミシアが、恋バナに進退窮まる。


 身近な男と言えば……自分と関わりがあるのは、まず男やもめの領主レグリス。王子様ではないが、高貴で立派で……しかしアルテミシアからはかなり年上だし、亡くなった奥さんだけだと心に決めていたりしそうだし。


 ――いや、待って。ここで記憶の中から男の顔を探すのって正しいの? そもそも、今のわたしってどういう存在なの?

   男を好きになったらゲイ? 女を好きになったらレズ?

   これで性自認が『男』なら、精神的に男で体が女だからトランスジェンダーって言えるけど、なんかもうかなり曖昧だし。いやでも身体的には女なわけで……


 根本的な問題点として、自分は男女どちらに性的な好意を抱けるのだろうか。

 それがアルテミシアは曖昧だった。

 それとも今は、少女の淡い恋の話として、ふわりとした好意の話でお茶を濁せばいいのか……いや、そんな相手が居るかどうか。


 32年分の人生経験があると言っても、どうせ恋愛経験値はゼロなのであるからして、いきなり難易度ベリーハードのこんな命題を突きつけられて自分で納得できる答えが出るはずも無い。


 ――……あ。そー言えばルウィスって、白馬に乗るかは分かんないけど王子様みたいなもんじゃん。貴族だし。次期領主だし。


 半分投げやりになりつつ、大してヒット数が多くない検索を続けるアルテミシア。ルウィスは未だ、小賢しいガキの域を出ていないが、親が親だし、長じれば少女達が憧れるような『白馬の王子様』になるだろう。

 しかもルウィスはアルテミシアに好意を抱いて……


『あわわわわ。あわわわわわわ』


 一瞬、成長して純白のウエディングドレスを着た自分の姿が脳裏をよぎった。

 浮かんでしまったイメージを消し去るように、アルテミシアはふわふわ頭を掻き乱す。

 32年もの間、男として生きてきた記憶を一応保持している以上、こんな想像図はさすがに違和感の方が強い。


『あら、もしかして』

『誰か心当たりが?』

『知りません知りません全く知りません』


 楽しげな少女たちにぱたぱたと手を振って、アルテミシアは全力否定した。

 ルウィスには悪いが、今のところ彼に対してときめいたりはしない。


 で、後は身近な男と言えばカルロス(享年24)くらいだ。

 土壇場で見せたあの覚悟は尊敬するし、命の恩もあるわけだが、だからって好意の対象にできるかは別の話であって……そもそも彼は既に死んでいる。死を越える絆とかは美しいかも知れないけれど、別にそういう間柄とも言い難いわけで。


 ――……ん?


 ふと、アルテミシアは気がつく。

 噂をすれば影。思い出せばオバケさん。

 花畑の外れの方、薄青いモヤに紛れるようにして、カルロスが木陰に浮かんでいた。

 困ったような顔をしてアルテミシアの方を見ている。


『ちょ、ちょっとみんな待ってて。なんかわたしにご用みたい』


 アルテミシアはカルロスを指差すと、転がるように駆け出した。


『カ、カルロスさん、どうかしました?』

『出発の準備ができたみたいっすよ。それで呼びに来たんす』


 カルロスが言う通りで、もうアルテミシア達はゲインズバーグシティに帰るところだ。

 アルテミシアは一足先に荷物をまとめ終えていたが、なにやらフィルロームが大荷物を持って行くようで、その準備に時間が掛かっているところだった。それでアルテミシアは暇つぶしに来ていたのだ。


『あらら、意外と早かった。わかった、じゃあすぐに行くって伝えてください』

『了解っす。……しかし、そっちから来てくれて助かったっすよ、さすがにこの空間に入って行く度胸は無ぇっす』

『こちらこそ助かりました。本当にありがとうございます!』


 アルテミシアはカルロスに深々と頭を下げた。

 そして、もう出立するのだと伝えるため、恋バナの蟻地獄へと取って返した。


『はぁ……俺、なんか感謝されるようなことしたっすか?』


 釈然としない表情で首をひねるカルロスだったが、アルテミシアにとっては本当に天の助けだった。

 さすがに、女の子歴2ヶ月未満でこんな話題を突きつけられるのはヘヴィ過ぎる。難しい事を考えるのは後回しにしたって、バチは当たらないだろう。

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