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10-13 辟。譏主撫遲披蔵

 黒、ただそれだけの世界。

 天も無く地も無く、時の流れすら尋常ではない『世界の外側』。

 そこにはエウグバルドと、彼に向かって掛けられる声だけがあった。


「女神パンドラがピトスを開けると全ての災厄がピトスから飛び出し、最後には『災いの予兆エルピス』が残った」

『なんだそれは?』

「地球という世界の神話です。まぁ最後に残ったのがなんなのかは、その解釈も含めて諸説あるのですが」


 『転生屋』を名乗る男の声は、淡々としているようで、どこか自嘲の色を帯びていた。


「人は未来が分からないからこそ希望を持って生きていけると言います。

 未来が、それも悲観的な未来が見えてしまうことの恐ろしさというのが分かりますか? 特にそれがどうしようも変えがたいものだとしたら」

『周りくどいな。何が言いたい』


 天から降る男の声は、まるで何者かに慈悲と許しを請うようなものだった。

 エウグバルドは苛立つよりも呆れていた。


 『転生屋』は、ちょっと言葉に詰まる。

 本題に入る前にまだまだ無駄話をする気だったのかも知れない。


「……私たち『転生屋』は、とても()()()()()が高い世界の住人なのです。ここでは何も不思議なことが起こらない。全てがピタリと噛み合った残酷なパズルとして存在し……

 そうですね、誤解を招くことを承知でたとえ話をするなら、私たちは全員が予知能力者であるようなものなのです。しかも、悪い未来を知ったからと言って都合良く回避することはできません」


 奇妙な話だとエウグバルドは思った。古今東西の魔術理論を学んだエウグバルドだが、どうすればそんなことが実現するのか見当も付かない。

 だが、疑問はひとまず置いておく。既にエウグバルドは理解を超えた状況の中に居るのだ。今更、自分の常識で判断するのは愚かだろう。


 もし、誰にでも未来が見える世界だとしたら、どうなるか。


『それは、確かに……恐ろしいかも知れんな。

 悲惨な未来を知ってしまった者は、平静では居られないだろう。ましてその未来が回避不可能なのだとしたら。

 ゾンビのように無気力になるか……自暴自棄になり周囲を道連れにしようとするか……』

「逆に幸福な未来が見えたとしても、それが良い事であるかは別の話です。

 定められた道筋を通って、予定調和のように幸福を手にするだけ。味気ないものですよ」


 エウグバルドは少し考えて、なるほどと思った。

 それでは一挙手一投足、死ぬまで誰かの言いなりに生き続けるようなものだ。もしそれで豊かな生活を手にしても、満足できるかは個々人の判断が分かれるところだろう。


「ただ、その『予言』に対抗し、定められた未来を変える手段もありましてね……

 幸運にも私どもの世界は、よりリアリティが低い世界と隣り合っていたのです」

『それが、さっきから貴様の言っている地球とやらか』

「その通り。私たちは選りすぐりの精鋭に世界を渡らせ、地球で生活させた後、帰還させたのです。

 地球での生活によってリアリティを引き下げられた帰還者達の未来は予測が付かないものとなり、彼らの行動は予定調和を狂わせました。

 もっとも、リアリティが高い世界に戻ればまた本人のリアリティも元に戻ってしまいますので、定期的に地球へ人を送り込んでは呼び戻すという事を私どもは繰り返しております。

 これを私どもは『不確かさの輸入』と呼んでおります」

『魔力、あるいは熱の伝導と同じようなものだな』

「まさしく。たき火に突っ込んで熱した石を、凍った湖に投げ込んで、氷を溶かそうとするような話です」


 『転生屋』のたとえ話は、彼らの試みがどれだけ絶望的なのか、如実に物語っていた。

 やらないよりはマシ、と言えばそうなのだが。


「私たちの世界に起きたのは、僅かな変化でした。

 しかしそれで人々の心は救われた。

 ほんの少しでも未来が不確定になったことで、私たちは、不確定な未来のために今を全力で生きるということができるようになったのです。

 ……ひとまずは、それでいいハズでした」

『と、言うと何か欠陥でもあったのか?』

「欠陥……そうですね、ある意味では欠陥でしょう。

 このやり方ではほんの少ししか未来を変えられない」


 『転生屋』そこで、言葉を切った。

 嘆きのあまり、声を詰まらせたかのように。


「世界を丸ごと滅ぼしうるような災厄は変えられません。

 そして私たちは、それを予言してしまった……」

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