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10-10 0分針討伐

相変わらずエルフまみれなので名前一覧


フィルローム:かつて巫女だったが気の向くままに森を飛び出した暴走エルフ。既に老境。

ヘルトエイザ:族長の息子。かつての『改革派』首魁で保守的なエルフからは憎まれている。

リムルセイラ:巫女の訓練生の少女。母親との関係に悩んでいた。

ニエラシャーン:魔法の失敗で心を亡くしていた昔の巫女。人事不省の80年の間にリムルセイラを産む。

カリンシーレ:次期巫女。融通がきかない優等生。

 崩れかけた部屋の壁に背を預け、ニエラシャーンは一息ついた。

 ほんの一瞬の休息だ。


 砦を破壊しながら迫る『獣』との命懸けの追いかけっこ。

 もう丸一日ぐらい『獣』と戦い続けているように錯覚するが、実際には数分。それだけの時間、命があっただけでも奇跡だった。

 倒すどころかダメージを与えるのも諦め、防御に全魔力をつぎ込み時間を稼いだ。


 強烈な目眩に襲われ、体の感覚が末端から消えていく。魔力を使いすぎたのだ。冷たい汗が全身を流れる。

 陸に打ち上げられた魚のように呼吸をして、どうにかニエラシャーンは立ち上がった。


 直後、彼女が背をもたせかけていた壁は轟音と共に破砕された。


【 ―― nfwadofhlbnmoiayenbckzamloqhc!!! ―― 】


 粉塵の向こうに、窮屈そうに身をかがめた『獣』の巨体。

 それを見るなりニエラシャーンは、指を床に突き立てた。


 破壊されかけた砦が再構築され、壁や天井を構成していた蔓草がヘビのように蠢く。

 それは瞬く間に『獣』とニエラシャーンの間に壁を作り、さらに隣の部屋への道も開いた。


 大きな窓(ぽっかりと口を開けているだけの穴でしかないが)の外にはスコール降りしきる森の景色。

 だがニエラシャーンはそちらへ逃げない。

 砦の地形を生かし、少しでも長く『獣』を引き留めるのだ。


 壁で『獣』を止めている間に次の部屋へ逃げる。

 そのつもりだったのだが、急に世界がぐるりとひっくり返って、気が付けばニエラシャーンは床に倒れていた。


『あれ……?』


 立ち上がろうとしたのだが、どっちが上でどっちが下なのかも分からないくらい世界が回っていて、とても立つことなどできない。

 作ったばかりの壁が揺れて、亀裂が入った。


『あ……まだやれると……思ったのに……』


 他人事のように現実感無く、ニエラシャーンは呟いた。

 長すぎるブランク。リハビリをする余裕も無かった。巫女としての力は錆び付いていた。


 もうすぐ自分は『獣』に殺されるのだろうとニエラシャーンは理解した。

 頭に浮かぶのは、こうまでして逃がしたリムルセイラのこと。

 どこまで逃げただろうか。逃げ切れるだろうか。


 ぐわんぐわんと、鐘の音のような耳鳴りがする。

 『獣』と戦って死ぬのは、巫女になった時に覚悟していた未来だ。

 またずいぶんと奇妙な形で実現することになってしまったが……悔いは無かった。

 自分にできることをやりきったのだという静かな満足を抱いて、ニエラシャーンの意識は混沌とした幻覚の中に沈んでいった。


『…………て…………』


 奇妙な音がした。


『…………てよ…………』


 声。

 声だろうか。


『起きてよ、ねぇってば!』


 体が揺すられる。

 ニエラシャーンの意識は一気に闇の中から引きずり戻された。

 必死で目を開けると、焦点が定まらない視界に映ったのは……遙か昔に死んだはずの妹。


 いや、違う、彼女が迎えに来たのではない。

 生身の体を持つエルフの少女。

 妹の面影を持つ我が子、リムルセイラだった。


『リム……えっ? な、なんで、ここに……』

『ああ、よかった! 生きてたのね!』


 窓から飛び込んできたらしいリムルセイラは涙ながらに抱きついてくる。

 だがニエラシャーンにしてみればそれどころではない。何もかもが台無しだ。


『ば、バカっ! すぐそこに『獣』が居るのよ!?

 どうして戻って来たの!』

『助けを呼んできたの! すぐ、ヘルトエイザ様がここへ来るから!』

『だ……だとしてもあなたがここへ来る必要は無いじゃない!』

『必要あるっ!』


 だだをこねるように言って、リムルセイラは指印を組んだ。

 『獣』に破壊され掛けている蔓草の壁が、魔力でほんの少し強化される。


『まだ私は訓練生で、子どもで、ろくな魔法も使えないけど!

 あなたを助けたいって思った! そのためにできることがあるなら、私はそれをやるの!

 私だけ助けてさようならなんて、許さない!

 まだ私達、お友達にすらなってないんだからっ!』

『……お友達?』


 リムルセイラの口から奇妙な言葉が飛び出した。

 ニエラシャーンが聞き返そうとした時、部屋全体が軋んだ。


 部屋を両断した蔓草の壁が、たわんで、わずかに切り裂かれた隙間から混沌の色をした爪が覗く。

 反対側から『獣』が攻撃しているのだ。最も近い場所に居るふたつの命を消し去るべく。

 

『まだまだっ……!』

『待って、待って』


 なおも魔力を込めようとするリムルセイラをニエラシャーンは制した。


『そうね、今からあなたを逃がそうとしても絶対間に合わないもの。もうふたりで生き残るしかないわ。

 ……ねぇ、ちょっと手を貸して』


 あと何秒で壁が破られるか。

 ギリギリであると分かっていながら、ニエラシャーンは無理にリムルセイラの手を掴んだりせず、自分から手を差しだして彼女を待った。

 成り行きが読めないという顔をしながらも、リムルセイラはおずおずと手を差し出す。


 冷え切ったニエラシャーンの手を、暖かなリムルセイラの手が握った。

 繋いだ手の中で、稲妻が弾けたような感覚があった。


『きゃっ……!?』


 リムルセイラが小さく悲鳴を上げ、貧血を起こしたようによろめいて片膝を突く。

 ニエラシャーンは急に頭と感覚がハッキリして、天を上に、地を下に感じた。


 繋いだ手を通してリムルセイラの魔力がニエラシャーンに流れ込んだのだ。

 熱した石と冷めた石をくっつけると、お互いに熱が伝わって均等になる。

 それは魔力に関しても起こる事だった。


 ニエラシャーンは密かに驚いていた。

 リムルセイラは、まだ年端もいかぬ訓練生だというのに、魔力量だけは一人前だ。何より、彼女から受け取った魔力は全く拒絶反応を起こさず、自分の体に良く馴染んだ。血を分けた娘であるということを思い知る。


『ごめんね、ありがとう。もう大丈夫よ』


 リムルセイラを安心させるように微笑んで、ニエラシャーンは魔力を練った。


 既に崩れかけていた蔓の壁は自ら解け、『獣』の手を空振らせた。

 解けた壁は、つまりそれを構成していた蔓草は竜巻のように渦を巻いて蠢き再構成。『獣』の体を巻き取った。

 そして、末端を部屋の四方八方に伸ばしてアンカーする。


【 ―― nfgkjwafiuwlqgwbmmzaqpifshl!!! ―― 】


 『獣』が悲鳴を上げる。今や『獣』はその全身を、磔同然の状態に拘束されていた。


『す、すごい……』

 

 床にへたり込んだリムルセイラが感嘆の声を上げる。

 植物操作による捕縛自体はありふれた自然魔法だ。しかし、この強度と量と正確さは、里最高の魔術師でもある巫女としての面目躍如だった。


 これだけ入念な拘束も『獣』相手では時間稼ぎにしかならない。

 だが、これでいい。ニエラシャーンは既に感知していた。こちらへと接近するいくつもの気配を。


『ニエラシャーン様、ご無事……おい待て、なんでお前が居るんだリムルセイラ!』

『ご、ごめんなさい!』


 戦士達を従えて踏み込んできたヘルトエイザは、リムルセイラの姿を見るなり血相を変えて怒鳴った。

 当たり前だがリムルセイラは勝手に来ていたのだ。


 だがヘルトエイザはもうそれ以上何も言わなかった。

 一瞬で部屋を見渡し状況判断する。


『下がってろ、こいつを片付ける!』


 『獣』は早くも片腕の拘束を引きちぎっていた。

 関節可動域という概念を超越した動きで、『獣』は背後の新手へ向かって攻撃しようとする。


『放てっ!』


 『獣』が攻撃するより早く。

 ヘルトエイザの号令一下、戦士達がショートボウを斉射した。

 屋内での戦闘は弓を使いにくいものだが、訓練を積んだエルフの戦士は、近接戦闘ですらショートボウを器用に操って戦う技術を持つ。相手の武器がギリギリ届かない間合いから、槍でも突くように矢を放つのだ。

 蔓草の拘束から露出している、頭や足、腕に無数の矢が突き刺さる。

 『獣』の動きが鈍ったと見るや、ヘルトエイザは大剣を背負うような姿勢で切り込んだ。

 それを『獣』は、矢だらけの腕で迎え撃つ。


『危な……』


 リムルセイラが顔を覆った瞬間、ヘルトエイザの片腕が吹き飛んだ。

 ……かに思えたが、吹き飛んだのは鎧の肩当てだった。

 ギリギリの距離をかいくぐり、ヘルトエイザは『獣』に肉薄していた。


『おおおおおおおっ!』


 『獣』の手に大剣が切り込む。

 そして、まるで木材を縦に割るかのようにして、『獣』の腕を真っ二つに裂いていった。


【 ―― oqd,bmZcfyuwfgebwhkjgajk!!! ―― 】


 悲鳴のような声を上げながら『獣』が振りほどく。二股になってしまった右腕が鞭のようにたなびいた。


『行けるか?』

『オッケー!』


 ヒョウのような身のこなしで『獣』に飛びついたのは、緑髪が美しい人間の少女。アルテミシアだ。

 肩車状態で『獣』の頭に取りついた彼女は、傷付いた腕めがけて体を投げ出しながらきりモミに回転。銀の光が閃いて『獣』の腕が切断され、アルテミシアはそのまま着地した。

 切り落とされた腕は闇色の粒子となり、徐々に散っていく。


 だがその時には、『獣』は左腕の拘束を引きちぎっていた。

 何故か目の前のアルテミシアを攻撃しようとはしなかったが、無理やりに身を翻し、ヘルトエイザを貫こうとする。


 そこへ、窓の外から数本の矢が飛び込んできた。


 飛来した矢のうち一本は、偶然か……はたまた狙ったとしたらとんでもない達人芸だが、正確に『獣』の指の付け根を撃ち抜き、槍めいた左手の指を一気に2本減らした。


『ようし、間に合ったな!』


 ヘルトエイザが快哉を上げ、追撃を掛ける。

 鉄塊のような大剣と地面の間にサンドイッチされた『獣』の手は、指のほとんどが中途でへし折れた。


 間髪入れずアルテミシアが『獣』の体を駆け上がり、銀の手甲に付いた刃を『獣』の首に突き立てた。へばり付いたままノコギリを引くように切り込み、やがてその頭を撥ね飛ばす。


『次、胴体! 撃てぇっ!』


 ヘルトエイザが号令を下すと、次の矢が『獣』の胴体に撃ち込まれた。

 狙いを外して、『獣』を縛り上げているグルグル巻きの蔓に当たってしまったものもあったけれど、ほとんどは合間を縫うように『獣』の体へ突き刺さる。


『お前たちアルテミシア絶対避けて狙撃なくば余が非常に酷いことする! 血液!!』


 片言だがニュアンスだけは伝わるエルフ語で赤髪の女レベッカが叫ぶ。

 そして彼女はロングソードを抜き、ヘルトエイザが縫いとめた『獣』の左腕を軽々切り落とした。


 『獣』は体の拘束を振りほどこうと身をよじって暴れる。

 しかし、両腕を奪った時点で力は半減したようなもので、勝負は決していた。

 アルテミシアが宙返りをして『獣』の頭部から離れるのと入れ替わりに、赤髪の女レベッカが蔓草の拘束を足がかりに素早く体を引き上げ、『獣』の肩によじ登る。

 そして、既に崩れ散った『獣』の頭部から胴体に向かって、背骨の代わりとでも言うように深々と剣を突き込んだ。すぐに引き抜き、また突き込んだ。


『足をそげ!』


 抜剣した戦士達が地を這うように駆け寄り、『獣』の足を掻き斬る。

 いよいよ、蔓草で縛って吊られた『獣』の胴体だけが残っている状況だ。

 ヘルトエイザはその背部へ、拘束の隙間から大剣を突き込み、貫いた。腹部から切っ先が突き出した。


『シャアアアアッ!』


 そしてヘルトエイザは力任せに大剣をスイングした。『獣』の脇腹から刃が飛び出す。

 『獣』の体はほとんど両断され、斬られた部分より下は辛うじて繋がった状態でぶらりと垂れ下がった。


 あまりにも鮮やかな()()だった。いつしかリムルセイラはぽかんと口を開けたまま見入っていた。

 もはや『獣』は死を振りまく災厄ではない。捕らえられ、解体されていく獲物のような有様だった。


『あいあい、皆の衆ご苦労』


 パン、パン、と手を叩きながら部屋に入ってくる者がある。

 やせ衰えた枯れ木のような、しかし猛獣めいた荒々しさも感じさせる老婆だ。


 ヘルトエイザが敬礼をしたことで、周囲の戦士達もそれに習った。

 ニエラシャーンは彼女を知らなかったが、かつて巫女であったにも関わらず森を出て行ったエルフが里に滞在しているという話は聞いている。


『あなたが……フィルローム様?』

『様は要らんよ、あたしゃ森を捨てた身だ』


 カラカラと笑い、フィルロームはローブのポケットからポーションの小瓶を取り出す。


『ホレ、飲みな。魔力補給マナポーションだ。疲れてるだろうが、もう一働きしてもらうよ』

『わかりました』

『そっちのあんたも! 何ボサッと見てんだい!』


 フィルロームが急に振り返って怒鳴った。


 戦士達の背後にはいつの間にかカリンシーレが立っていた。

 呆然と戦いを見ていたらしい彼女は、フィルロームに言われて我に返った様子だ。


『わ、私が……よろしいのでしょうか?』

『よろしいもヘッタクレもあるかい。あたしらはとっくにマトモな巫女じゃないんだよ。こいつは娘を産んでるし、あたしゃ森の外で好き放題やってたんだからね!』


 何故かカリンシーレは腰が引けていた。

 自分がこの場に居ていいのかと苦悩しているようでもあったが、フィルロームは問答無用である。この場で最も力を発揮できるのはカリンシーレに違いないのだ。


『あんた『星』ってことは、とっくに神器の祝福はもらってんだろ?

 あたしらが手伝ってやるから、あんたが『獣』を封じるんだよ!』


 言いながらフィルロームは一瞬、ヘルトエイザと目配せし、窓の外を見た。

 そこに誰かが居たような気がしたが、ニエラシャーンが見た時にはもう誰も居なかった。

 カリンシーレは頭がいっぱいいっぱいで気が付いていない様子だった。


『そうと決まればとっととやっちまおうじゃないか。ほら、奴が再生する前に』

『は、はい!』

『ああそうだ、それともうひとり……』


 ぐるりと首を巡らせ、フィルロームは目を細めてリムルセイラを見た


『頼もしい助っ人が居るじゃないか』

『わ、私ですか!?』

『おうとも、呪文は覚えてるね? ガキンチョ。いくらか足しにはなるだろ。

 ここまで来といてこのまま帰るなんてのは勿体ない。

 ひとりで出てったのはアホタレだが、その度胸は気に入ったよ』

『ひええええ……』


 緊張でガタガタ震えながら、リムルセイラは呪文を唱え始めた。他の3人もそれに続く。

 そして。


『『『『≪死門ステュクス≫!』』』』


 唱和によって呪文が結ばれ、4人の影が蠢いた。

 『獣』を宙に繋ぎ止めた蔓を、取り巻くように影が這い上っていく。

 それが『獣』に達したと思ったその時、バチン、と影が弾けた。


 縛り上げていた中身をなくし、蔓がぼとぼとと落ちていく。

 『獣』は影の中に消えた。

 そして雨の音が戻って来たが、間もなくそれも消えていった。

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