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10-8 1人が思いついた事は10人くらいが思いついている

 スコールに洗われていく森の中。

 狼ソリの荷台から、ヘルトエイザは数頭の家畜を投げ落とした。豚や鶏、そして山羊。食肉とするためのものだ。

 狩猟と採集による生活を尊ぶエルフ達は、食用の家畜など下卑たものと考えがちだ。しかし時代の流れか、一部では使われるようになってきていた。


「つまり、こいつらを生け贄に使って、いくらか強い『獣』を作る」


 ヘルトエイザは背中の大剣を抜いて、地面に突き立てた。


 豪雨の中に立っているのは、アルテミシア(雨具が役に立たないほどの雨なので諦めてスク水を着ている。平坦な胸部には『5-1 あるてみしあ』のゼッケン)とフィルローム、そしてヘルトエイザだけ。

 残りは『()()()()()()()()()()離れている。……『獣』は、獲物となる人数の多さ×近さという基準で進行方向を決めるのだ。


「ここからなら『獣』は里でなく、連中の隠れ家に向かうだろう」


 雨に煙る森の奥へとヘルトエイザは目をやった。


 ヘルトエイザ暗殺を企む一派が森のどこに潜んでいるのか。実は既にほぼ突き止めてある。

 確かに森の中に隠れたエルフを探すのは難しいが、ある程度の人数が隠れられる『場所』となれば絞り込める。そしてヘルトエイザもまた、ハルシェーナの森を隅々まで知り尽くしているのだ。


 ヘルトエイザは配下の兵達に、怪しい場所の周囲を探らせた。すると、人質が捕まっているらしい即席の小屋はすぐに発見できた。

 とは言え敵方に人質が居る以上、行き当たりばったりに戦うわけにはいかない。しかも人質は分散されて隠されていた。そこで一計を案じたのだ。


 戦士には敵との遭遇を避けさせ、さらに活動の痕跡をそれとなく残させる。そして人質の監視をしている小グループに、わざとこちらの接近を悟らせるのだ。

 そうしているうち、人質監視グループのうちひとつが堪りかねて、隠れ家を放棄して移動を始めた。撤退し、本隊と合流する気なのだ。

 深追いはしなかったが、彼らが逃げていった方角で大人数が潜める場所と言えば、かつて放棄された古い前哨地跡ぐらいのもの。居場所はほぼ特定できたと言っていいだろう。


 そこを『獣』に襲わせるという手をヘルトエイザは思いついた。


「『獣』には交渉も人質も通じねえ。どうしたって戦わなきゃならなくなる。

 連中の戦力なら、まあ……かかりっきりになるんじゃねぇかな。

 そんで兵力が手薄になった所で、一気に人質を奪還する」

「もう一回確認するが、問題はふたつある」


 手の平で『死石』を転がしながら、フィルロームは口の端を吊り上げた。


「まず第一。こんな事をしたのがバレたらあんたは一巻の終わりだね」

「承知の上です。だけど今、上策は思いつかない。バレないようこっそりとやるしかない」

「言いたかないようだからこっちから言ってやるよ。

 いざって時はあたしが泥を被ろうじゃないか。なにしろこちとら、とっくの昔に森を出た身分だ。

 あんたが失脚したら、困るのはあんただけじゃなかろう?」

「……恩に着ます」

「恩なんざ結構、そのうち何か金目の物で返しとくれ」


 獣革のレインコートから滴った雨粒を舐めてフィルロームは笑う。

 それから、ちょっと真面目な顔を作った。


「第二。『獣』を差し向けるまではまだいい。その後始末をどう付けるか」

「だから力を借りたいんですよ。

 アルテミシアを始め、あなた方のパーティーは一度、戦士抜きで『獣』を始末してる。

 このレベルの『獣』なら、どうにかなるでしょう」

「だからわたしはメンバーじゃなくて……いえ、もういいですけど」


 バレなければいいという話ではなく、自分が『獣』を呼びだしたせいで犠牲者が出るなんて事は絶対に避けたい様子。そのための保険がアルテミシアだった。

 アルテミシアは『獣』に気付かれないという謎の能力を持つ。よほど巨大な『獣』でもなければ、一方的に刻み殺すことが可能だ。


「『獣』に狙われないとしても、過激派の皆さんに攻撃されるかも知れないですから、あんまり積極的には動けないですよ」

「それでいい。出番が来るまではひとまず俺と一緒に行動してれば守れるし、動いてもらうタイミングはこっちから指示する」


 アルテミシアは頷く。

 なんだかんだ言って、この状況を放っておくのも気が引ける。自分の身の安全が確保される範囲でなら、解決に協力してもいいとは思っていたのだった。


「だったら、時は金なりだ。早いとこ始めるよ」

「お願いします」


 フィルロームは『死石』を地面に落とし、ヘルトエイザは生け贄の首を刎ねるべく剣を構えた。

 ……その時だった。


 カーン、カーンと半鐘のような鐘の音が突如として響き渡る。人に本能的な警戒心を抱かせるような、不穏極まる鐘の音だ。

 『獣』が出現したという警告だった。


「おい待てよ」


 地面に落ちた『死石』を見て、足を縛られてもがく生け贄を見て、それからヘルトエイザは眉根を寄せた。


「まだ俺はやってねぇぞ」


 *


 汚らしく冒涜的な、闇色の巨躯。

 胴体は地面に叩き付けられた泥団子みたいに、縦より横に大きくて、そこから伸びる長い両腕には、槍のように鋭く尖った10本ずつの指。


【 ―― frefjklwhksahfaqpimzifghkwnmf@@@!!!!!!! ―― 】


 生きとし生ける何者にも理解不可能な雄叫びを上げ、『歪みの獣』は死の両腕を振り回した。

 樹齢200を超えるであろう巨木が、小枝のようにへし折れる。


『逃げろ、逃げろーっ!』

『いや戦え! 踏みとどまれ!』


 巣穴に水を流し込まれたアリのように逃げ惑っているのは、ヘルトエイザを誅するべく集まった戦士達。

 ここはかつて、周囲の対『獣』前哨地を支援するため拠点が置かれていた場所。今はただの廃墟と化していたが、周囲の木々や蔓草をより集め、小さな即席の砦が築かれていた。


 あくまでも数時間から半日の間、立てこもるための場所だ。

 砦とは言っても、戦闘に耐えうるほどのものではない。まして『獣』の相手などしていられない。


 その巨大な手が砦の外壁を掴むと、みしりという音とともに『獣』の指が貫通。

 あっさりと外壁をむしり取った。滝のような雨が砦の中へ流れ込んでいく。


『ひ、ひええ、うわあーっ!』


 ちょうど部屋の中に隠れていた数名の戦士が、弓に矢をつがえて『獣』を狙った。

 ひょう、ひょう、と小気味の良い音を立てて矢が飛翔。

 イモのようにゴツゴツと歪な『獣』の顔をえぐり取っていく。

 だが『獣』はまったく怯んだ様子を見せず跳びかかり、その次の瞬間には、悲鳴すら上げる暇も無く3人の戦士が串刺しにされ、絶命していた。


『お前達、何をした!?』


 砦の外、『獣』の背中が見える位置で、カリンシーレはふたりの戦士を締め上げていた。地面から生えた蔓草が、獲物を捕らえる大蛇のように戦士を縛り上げて拘束している。


『『死石』を使ったのか!? 何故そんな事を!』

『あ、あれは……ヘルトエイザの手勢が迫った場合の対抗措置と……!』


 途切れ途切れの返答から経緯を察した。カリンシーレは『星』としての誇りにかけて、辛うじて舌打ちをこらえた。

 いくらヘルトエイザを倒すためとは言え『獣』の力を借りるなど言語道断だ。しかし、()に居る奴はそう思っていないらしい。


 それは不幸な事故とも言えた。

 対ヘルトエイザの兵器として利用するため、砦まで『死石』を運んでいた過激派の戦士が、作戦行動を終え帰還するところだったヘルトエイザの部下達と鉢合わせたのだ。

 動転した戦士はその場で『死石』を使ってしまった。『獣』を強化すべく渡されていた保存霊魂まで使ってしまった。

 生み出された『獣』は周囲の獲物を適当に薙ぎ払うと、トドメすら刺さず一直線に砦の方へ向かって来た。間の悪いことに、そこは砦に近すぎたのだ。


『だからまだ早いって言ったんだ! あんな偵察みたいな小部隊に!』

『遅い早いの問題ではないっ!!』


 ふたりの兵士のもう片方が言い訳のように言ったので、カリンシーレは一喝する。しかし今更原因を責めたところで何かが変わるわけでもない。

 憎き『獣』を睨み付け、自らの為すべき事を確認する。

 次代の巫女であるカリンシーレは実戦経験もあり、巫女と共に『獣』を封じた経験もある。だがそれはあくまで、戦士が『獣』の力を削ぎきってからの話だ。


『……もういい、戦え』


 カリンシーレは蔓草の拘束を解いた。

 しかし戦士達は戸惑った様子だ。


『戦う……アレとでしょうか』

『他に何がある! 『湖畔にて瞑想する蔓草』の戦士たれば、祖霊と父祖に誓って『獣』を食い止めてみせよ!』

『ですがこの状況では!』


 戦士はへっぴり腰で苦しげに首を振る。


 確かにここには、一部隊に相当する数の戦士が居る。だが、統率する前線指揮官が居ないのだ。

 『獣』との戦いを指揮するというのは、生半可な者では不可能だ。戦いの経験があり、胆力とカリスマを兼ね備えた勇士にしか務まらない。

 しかも『獣』に蹂躙され、すでに敗走が始まっている。もともと普段は別の部隊にいる者同士が寄り集まっただけの集団だ。いつもの上官も、いつもの仲間も居ない。『改革派許すまじ』という信念のみで同志となった彼らは、それ以外の敵に弱かった。


 カリンシーレはほぞを噛む。こいつらの態度は誇り高き『湖畔にて瞑想する蔓草』の一員として論外だが、指示が無ければ自分だって何ができるか怪しいのだ。


 手近な獲物を狩り終えた『獣』は、砦の外壁に指を食い込ませ、器用によじ登り始めた。

 そして壁に手を突っ込むと、いともたやすく穴を開ける。


『きゃああああ!?』


 豪雨の中でもそれと分かるほどに甲高い、子どもの悲鳴が響いた。


『しまった、あの部屋は……!』

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