1-12 一瞬勝てそうな気がする負けイベント戦闘とか入れるRPGは滅べ
ゲインズバーグの街に、爆炎の花が咲いた。
建物が揺らぎ、びりびりと窓が震え、のんきに遊んでいた鳥たちが散り散りに逃げ飛んでいく。
大爆発によって、ひとつ、ふたつの屋根が吹き飛び、通りの石畳に屋根瓦が落ちる騒々しい音が鳴った。
「死んだか?」
児島が呟くと、ほぼ同時。
立ちこめる煙の中からタクトが飛び出した。
爆発魔法の直撃を食らわないよう身を丸めて跳躍していたタクトは、爆風の煽りを受けて吹き飛ばされていた。
「おぉー、生きてる生きてる」
他人事のようにあざ笑う児島の声を聞きながら、タクトは民家の屋根の上に着地した。
着地の瞬間、衝撃を受けきれずに足首がちょっと痛む。瓦を削るようにしてスライディングし、勢いを殺してどうにか止まった。
「痛ぁ……ひねってないよな?」
膂力強化ポーションは既に飲んでいる。だが、このポーションにできるのは『力を発揮する』までだ。体が頑丈になるわけではない。衝撃を力によって相殺する必要がある。体勢を誤れば即ち死ぬ。
すぐに肩掛け鞄を確認する。冒険者用のポーションキャリアは激しい動きに備えてクッションとストッパーが付いているので、そう簡単に瓶が転がり落ちたり割れたりはしない。しかし、攻撃を受け続ければ危険だ。
ごう、と風の音を聞いて振り向けば、通りに立っていたはずの児島が、タクトの目線と同じ高さまで垂直に上昇してきていた。≪飛翔≫の魔法だ。
まだ『逞しい』より『可愛い』という形容詞が似合う子どもの体だというのに、全く子どもらしくない、歪んで濁った笑みを浮かべている。
底が浅いチンピラみたいな笑いだと思ったけれど、今や、その小物臭さが逆に恐ろしかった。
「……っはははは! お前もこっちに転生してやがったとはなぁ! 貧相で弱っちそうで、いい体じゃねーか!」
「そりゃどうも、情熱的な口説き文句だね。だけど性根のねじ曲がったお子様なんて好みじゃないな!」
クールだかハードボイルドだかを気取った精一杯の皮肉で言い返したが、内心は困惑と切迫感でいっぱいいっぱいだった。
――俺が転生するはずだった体に、どうしてアレが入ってるんだよ!? 何があったんだ!?
……いや、もしかしたら、あいつが居るからか!?
『転生屋』の男が口にしていた、バッティングという単語を思い出す。
完全に推測でしかないが、もしあの晩、児島もログスの体へ転生することを希望していたとしたら?
あの店はチェーンだ、都内にある別の店で児島が転生を希望していてもおかしくない。
そして、もしその児島の希望がシステム障害か何かで共有されていなかったとしたら?
児島がログスに転生したせいで、弾かれたタクトの魂が、近くにある転生可能な体に飛び込んだとしたら?
――『転生屋』の野郎ーっ! もしそういうミスだったら絶対許さねーっ!
ペンチで歯ぁ全部抜いた後で、歯茎に杉を植林してやるっ! 花粉症で死ね!
だが、そのためにもまずは、児島から逃げなければならない。
屋根の上に飛び降りた児島が、何かブツブツと唱える。
また魔法が来ると察したタクトは後ろに飛び下がった。
タクトの一歩前で、大輪の花が咲いた。
轟音と爆風、そして閃光。
体勢を崩しそうになりながらも屋根から飛び降りたタクトは、一本隣の通りに着地した。間髪入れずに走り出す。
「野郎わざと狙い外してやがる……じわじわなぶり殺す気か」
頭上から追跡してくる気配を感じながら、タクトは無人の通りを駆け抜けた。
屋根瓦を踏み砕きつつ児島は爆走する。そして、再び魔法を投射した。
立て続けの爆発。狙いを読んでジグザグに走り、タクトはそれを回避する。
「うわあああああっ!!」
すぐ近くで情けない悲鳴が上がった。
吹き飛んだゴミ箱から領兵が転がり出してきた。さっき出会った若い領兵、カルロスだ。
「なんちゅーとこに隠れて……
ちょ、ちょっと助けてください!」
「無理っす! あんなもん相手にできねーっすぅぅぅぅ!!」
「正論だけどガキ置いて逃げんなやーっ!!」
脇目も振らずにカルロスは逃走。
確かにカルロスが居たところで何ができるのか怪しいが、タクトの側も、ワラにも縋りたい状況なのであって。
「っつーか、なんで俺、襲われてんだよ。んな恨まれるような事したか? どっちかって言うと逆だろ!?」
お互いの正体が露見するなり、矢継ぎ早の魔法攻撃が始まった。
タクト自身、児島を殺したいほど嫌ってはいたが……逆に児島からここまで憎まれる謂われはない。もしかしてカツラを剥ぎ取った事件を気にしているのだろうか。
『知りたいか?』
耳元で声が聞こえた気がして、タクトは思わず振り向く。
そこには居ない。魔法によって声を届けているのだ。逆にタクトの声も、何らかの魔法的な手段で聞いているらしい。
『ムカツクからだよ。ただでさえどうしようもねぇ派遣クズのくせして、俺の言う通りに仕事しやがらねえ。予定が狂うんだよ! 俺がお前を殺さなかったのは、警察に捕まりたくなかったからだ。完全犯罪ができるなら、もっと早くこうしてたさ!』
「一日三十時間働かなきゃ達成できないようなスケジュール組む無能上司に言われたくねーですよ! ……うわっ!」
打ち上げ花火のように風を切る異音を聞いたタクトは、即座に横っ飛びをして建物に張り付いた。
一瞬前までタクトが居た場所に爆発の花が咲く。この魔法はどうやら、狙った空間を突然爆発させるのではなく、弾を飛ばして炸裂させる魔法らしい。
回避の余地があるのはありがたかったが、まだ別の魔法をストックしている可能性もある。
――クソ、完全に逆恨みじゃねーか……
これは怒る権利があるだろうとタクトは思ったが、しかしいくら腹を立てようと何ができるわけでもない。
魔法をガンガンぶっ放してくる相手では、逃げるだけで精一杯だ。しかも、領兵の話が本当なら、児島は近接戦闘でも異常な能力を持っている。
魔法を躱したタクトから少し離れた場所に、屋根から飛び降りた児島が着地する。
優位を確信した嗜虐的なニヤニヤ笑いを浮かべ、悠然と歩いて近づいてきた。
領兵は、ログスが突然異常な力を身につけ、冷酷非道になってしまったと言っていた。
冷酷非道になったのは、児島が憑依して性格が変わったから。そして、異常な力は、こいつが持っているチートスキルだろう。
――悪魔や魔物と間違われるクズっぷり……
いくらクズでも、ここまでネジが飛んだ奴じゃなかったぞ。力に酔ってやがる……!
恨むぞ、『転生屋』! こんなクズに戦闘用のチートスキルなんて、ナントカに刃物じゃねーか!
こんな奴は人間じゃなく、酒飲みのオッサンの尿路結石にでも転生させればよかったんだ!
調子に乗って刃物を振り回すバカは、気合いが入った本物の悪党よりもよっぽど始末に負えない。
しかも振り回す刃物が、バタフライナイフなんてレベルじゃなくエクスカリバー級だ。
「よく逃げるなあ。それ、チートスキルか? それとも、さっき飲んでた薬のせいか?」
「さぁな。俺が避けてんじゃなく、お前がヘタクソなんだろうよ」
「ほざいてろ。まぁ、それよりもだ……俺は兵隊どもに、命令に従わなきゃ殺せと言って、コルム村まで徴収に行かせた。ところが奴らは帰って来ねえ。ジジイが貢ぎ物を持ってきた様子もねえ。何があった?」
「俺が殺した」
端的に事実を伝えたタクト。
それに対して、児島は初めて動揺らしきものを見せた。
「んだとぉ?」
「だから、あの魔物なら俺が殺した。正当防衛だ。村の者が殺されたし、俺もやられそうになった」
「て、めぇ……!」
猛烈な怒気を発した児島が、唐突に呪文を唱えた。
立ち止まっていたタクトが転がって躱すと、鋭い電光が迸る。流れ弾が建物の壁を焼き溶かして嫌なニオイを立てた。
「……もうちょっといたぶって遊んでから魔物のエサにしてやろうと思ってたんだが、気が変わった。殺す!」
「ちょ、なんで急に怒ってんだよ!?」
「人が折角集めた人材を消費させやがって……おっと、魔物だから魔材かぁ? これだから派遣クズは仕事が分かってねぇんだよお! こんな所に来てまで俺の邪魔ぁしやがって! 死ね! 百万回死んで俺に償え!」
幾条もの電光が立て続けに走り抜けた。
なんとなく、一発当たったら麻痺とかして、残り全部くらいそうだ。タクトは、近くに横倒しで転がっていた荷馬車の影に飛び込んで電撃を回避すると、荷馬車の一部だったらしい木片を児島の方へぶん投げた。
「あ、こんなもん……おお!?」
その木片を追いかけるようにタクトは距離を詰めた。
適当に放り投げた木片は狙いをそれて飛んでいったが、気を取られて目を逸らした一瞬で距離を詰めた。
そして児島の頬にストレートを叩き込む。
細い腕と小さな手による一撃であっても、膂力強化ポーションによって高められた力は、容易く児島の頭部を破壊する。
はずだった。
パンチが命中した瞬間、『柔らかいのに堅い』という矛盾した感触があった。
殴られた児島は全く体を損なう事なく、ゴム鞠のようにはね飛ばされる。
「……痛ってえー!?」
叫んだのはタクトの方だった。
児島を殴りつけた手が割れんばかりに痛む。と言うか多分、骨にヒビくらいは入っている。
吹っ飛んで転がっていた児島が、ふらりと立ち上がって歪に笑った。
「【頑丈な体 アイアンゴーレム級】……200万円!」
「チートスキル……! 武器が効かないってのは、この事か!」
さすがにタクトは肝が冷えた。
レッサーオーガの頭蓋を容易く割り砕いた拳。だがダメージを与えた様子が無い。転げ回ったせいで服が汚れ、髪が乱れた程度だ。
逆に、攻撃したはずのタクトの方がダメージを受けている。タクトは距離があるうちに治癒ポーションを鞄から抜き出して飲み干した。
――殴った方の手がイカレるか……! 余分に治癒ポーション消費しちまった。
ポーションを飲めば、手の痛みはたちどころに消えた。
しかし、あの防御を破る打開策は見当たらなかった。レンガはおろか、ロードローラーで押し潰されても平気かも知れない。
「ククク……面白いよなあ。転生するなら、もう地球の金も要らねぇ。そいつをちっと捨てて来るだけで、こっちの世界では最強になれるんだ。お前はその体、いくらで買った? ゴミくずみてーな給料で、どれだけの能力を買った? まさか、すっぴんかぁ?」
「給料がゴミくずだって分かってんなら未払いの残業代と休出代払えよ! つーか査定いくらだオメー」
「うるせぇ死ね、あんなもんインチキだ」
どうやらかなり低かったようだ。
児島はゆっくりと近づいてくる。
魔法をいつ使うかと警戒しながら、タクトはじりじり後退した。
しかし、児島の次の一手は魔法ではなかった。
近くに放棄されていた、果物を積んで移動販売するための手押しワゴンに手をかける。
そして、それを頭上に持ち上げた。
「え……えぇ!?」
今の児島の何倍か大きいワゴンが、あっさり持ち上がった。
「【超常膂力 オーガ級】130万円!」
児島がワゴンを投げた。
ハリケーンに飛ばされた牛の如く、ワゴンが飛んでくると言う非現実的な光景。
遠近感が狂ってしまいそうだが、すんでの所でタクトは身を躱した。
「クッソ、素の状態でも、薬飲んだ俺より上かよ?」
防御力を貫けないというだけでなく、攻撃力を比較しても負けている。
これがゲームなら普通は負けバトルだ。
タクトはきびすを返し、逃げを打った。
こいつを倒すのはもう無理だ。少なくとも今は無理だ。倒す方法より、無事に逃げる方法を考えなければならない。しかし、どうやって?
――村長のとこへ戻って、荷馬車で逃げるか?
でも、あれって空飛んでる奴から逃げられるほどスピード出るのか?
魔力が枯渇するまで魔法を撃たせれば飛べなくなるかも知れないが、それはいつになるのだろう。
「【魔法の才能 大賢者級】250万円!」
上から声が降って来た。
続けて、爆発の魔法とは違う風切り音。
――……複数!?
冷気を纏った矢が辺り一面に降り注ぎ、ガラスの割れるような音が四方八方から響いた。凍てついた石畳は霜が降りたような状態になり、砕けた氷が散乱する。
右のふくらはぎに異物感がある、と思った瞬間、タクトはバランスを崩して転倒した。
氷柱のようなものがブーツを貫き、足に突き刺さっていた。
≪氷矢≫を無数に放つ魔法、≪連氷矢≫だ。
――躱しきれないよう、絨毯爆撃に出たか。
すぐさまタクトはポーションを取り出し、栓をはじき飛ばして服用する。傷口はすぐに修復され、ブーツに空いた穴から見える、真白く柔らかなふくらはぎに、凍った血の跡が残るのみだ。
屋根を蹴って飛び立ち、飛行する児島がすぐそこにまで迫る。
立ち上がって逃げようとしたタクトだったが、その時、前方の曲がり角から複数の影が現れた。
犬のようなもの。は虫類のようなもの。なんだか分からないが人とは違うもの。
異形の頭部を持った人型の集団が迫ってきた。昨日見た魔物のように、領兵の鎧と兜を身に着けている。
「魔物!?」
「捕らえろ、貴様ら!」
何故魔物が街の中に、何故児島の命令を受けている、なんて考えている場合ではない。
これでは挟み撃ちだ。
――『前門の虎、後門の狼』状態か……
いや、児島を狼に例えるのはなんか格好良くて嫌だから、後門はオニダルマオコゼ(※背びれに猛毒を持つオニオコゼ科の魚。ブサイク)辺りにしておこう。
前方から現れた魔物の集団は十体あまり。
小島が接近している今、うかつに左右の建物をよじ登れば魔法の的でしかない。
――仕方ない、突っ切る!
タクトは体を低くして、魔物の群れに突っ込んだ。
突っ込んで来るのは予想外だったのか、魔物が動揺する気配が伝わる。
捕らえようと腕が伸びてくるが、タクトはこれを殴り飛ばして打ち払った。
包囲陣の隙間をそのまま突き抜けようとするが、そこで魔物のうち一体が立ちはだかった。
多少は知恵が回る奴らしく、腕ではなく、体全体で押さえ込みにかかる。
タクトは、鎧を着けた魔物の胴部を、両腕で突っ張って突き飛ばした。
軽く吹き飛んだ魔物は、縦方向に三回転して倒れ込む。
しかし、その一瞬、タクトの足は止まり、両腕は塞がっていた。
――まずい……!
肩に触れた手が、手が、手が増えて、やがてスクラムを組むように、一気に魔物が殺到した。
幸いにも作者には、こういう邪悪な上司とか居ませんので
作者の心の闇とか想像しないでお気軽にお楽しみください。
あと児島姓の読者様ごめんなさい……
★『ポーションドランカー マテリアル集』にマテリアルを追加。
(「次の話」リンクの下に、マテリアル集へのリンクがあります)
・[1-12]転生屋 転生カタログ4 【頑丈な体】
・[1-12]転生屋 転生カタログ5 【超常膂力】
・[1-12]転生屋 転生カタログ6 【魔法の才能】




