9-59 辟。譏主撫遲斐?蠎
そこは黒一色の奇妙な空間だった。
足が地に着いている感覚こそあるが、しかし地面とそれ以外の場所の区別すら付かない。
右を見ても左を見ても上を見ても下を見ても黒一色。
だがそれはあくまでも『黒』であり『闇』とは言い難い。
何故なら、自分の体は白昼の野外にいるかのようによく見えたからだ。
……体?
そう、体がある。
その事をエウグバルドは訝しんだ。
『ここは……?
俺が天国に行ける道理は無いな。では地獄か』
黒い世界を見渡して彼は呟いた。
輪廻の狭間に魂が通る世界。
女神の慈愛に満ち、真理と悟りに近づくことができる天国。
肉体があっては到底こなせないような過酷な苦役と刑罰によって、今生の罪を次なる生のために清める場である地獄。
いかな死霊魔術師と言えど、生きているうちにその世界を明確に見ることはできない。生ある者には踏み入ること叶わぬ神域だからだ。
しかし地獄とは、こうも穏やかなのだろうか。
「残念ながら、そのどちらでもありません」
突如として木霊のようにエコーのかかった声がどこからか降って来た。
「困るんですよねえ、ああいう綻びを突かれちゃ。そりゃ一番悪いのは、対処を現地民に委ねてる方だと思いますけどね。
ともあれ、あなたという存在は輪廻から外れ、世界の外側へ滑り落ちました。
あんな無茶をしたんだからこうもなりますよ……最後に魔法を使ってもらわなかったら魂の形すらなくなっていたでしょう」
その声は、まったくもって荘厳さや神秘というものから無縁だった。
人間の街にもしばしば出入りしていたエウグバルドは、その声音からくたびれた労働者を想像した。
エウグバルドは魔力によって辺りを探ったが、ひたすらに『無』であるという結論しか帰って来ない。
『何者だ……? お前が神とやらか?』
ありえないだろうと思いつつもエウグバルドは聞いた。
「神、と言うのは適切ではありませんね。確かに似たような力を持ってはいますし、あなた方から見れば神に等しい存在でしょうけれど、我らはあなた方の信じる神とは別の存在です。
そうですね……『転生屋』と、名乗ると致しましょうか」
転生屋。分かるような分からないような言葉だとエウグバルドは思った。
――そもそもこいつは何語を喋っているんだ?
その言葉は確かに音として聞こえているのに、まるで、意味を直接頭に叩き込まれているような奇妙な感覚だった。
「この領域に魂が居ちゃいけないんで、これからあなたを戻すなり抹消するなり、対処しなきゃいけないんですが……私は今のとこ、休憩時間です。休憩時間に働くことほど愚かしい事は無い。
せっかくなので雑談でもしませんか? こういう状況でもないと現地民と話せないもんでしてね、いろいろ意見聞きたいことがあるんですよ」
『ふん……』
エウグバルドは何も無い地面に腰を降ろした。
『お前が神のような何かだと言うのなら望む所だ。俺もお前に聞きたいことが山ほどある。
いざ、語らおうではないか』
怒りにも自嘲にも似た笑みがエウグバルドの顔には浮かんでいた。
緑の逃亡者編はこれにて終結となります。お付き合いいただきましてありがとうございました!
当初の予定よりかなり長くなってしまいました……
そのうちまた長編エピソードをやると思いますが、しばらくは軽く読める短編~中編程度のエピソードにシフトします。
また、久々にマテリアルの方も更新しましたのでよろしければご覧くださいませ。