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9-57 two-in-one

 廃墟と化したハルシェの街の中でも、ひときわ高い場所。

 神殿の鐘撞き堂には、荒野と化した街の周囲から埃っぽい風が吹いていた。


「ちっと痛いかもしんないけど、よく見せてみな」


 サフィルアーナに言われて目を開けると、何かに突き刺されたように目が痛み、アルテミシアの目から涙がこぼれた。よく見えない。


「うわっ……」

「え、ちょ、何!? 何がどうしたの!?」


 完全にドン引いた調子の声が聞こえてアルテミシアは焦った。

 自分の体がどうなっているか分からないというのは恐ろしい。


「いや気にしなくていい。……アレを浴びたせいだな。残りの『秘宝』でなんとかなるだろ」


 そう言ってサフィルアーナは、使い残した『秘宝』の粉末を取り出し、慎重に振りかけた。

 碧の光がアルテミシアの視界をいっぱいに埋め尽くす。


「お、おお?」


 数度瞬きすると、もう目は痛くなかった。それどころか、節々が痛んでいた体の方も軽くなっている。


「ったく、無茶したもんだぜ。

 いくら回復込みだってなぁ、ありゃ『死』の概念そのものだぜ。体が侵されてたんだ」

「最大HPまで減ってたみたいな感じかな? ありがと、助かった」

「アタイは何もしてないさ。『秘宝』の力だよ」


 カラカラと笑う彼女は、行儀悪くあぐらを掻いて座っている。

 猫科の猛獣みたいな優美さと機知を感じさせる今の様子から、体だけ大きな幼児というアンバランスな姿を思い描くのは難しい。


「それで、わざわざこんなところへ拉致った理由は……って、まあ半分くらい分かってるけど」

「ああ……今のアタイは何がどうなっちまってんのか言っとかなきゃだよな。

 つってもアタイもわけ分かんないんだ。ほとんど推測なのは許してよ?」


 アルテミシアは頷いた。


「まず、話の前フリってーか前提知識なんだけど……死霊魔法は自分の精神をすぐメチャクチャにしちまう魔法だから、最初に魂と精神を分割する訓練をするんだ」

「そんな事ができるの?」

「無茶な話だぜ。例えるなら、心臓を体の外に出しとけば左胸を貫かれても死なねー、みたいな話でよ」

「心臓を体の外に出したら、その時点で死ぬんじゃ……」

「だろ? 本気でそのレベルなんだよ。だがそれができなきゃ、死霊魔法はマトモに使えねーんだ」


 そして我が身を嘆くように彼女は深々と嘆息した。


「どうもそのせいで不具合が出たらしいな。混ざるはずだった人格が混ざりきらず、ハンパになっちまった」

「あっ……」


 もはや説明もうろ覚えだが、『転生屋』は人生の途中から乗り込む形の憑依転生のことを、実際は過去に魂を送り込んでの転生だと言っていた。現在まで待って転生者の人格を蘇らせることで、実質的には憑依としているのだ。転生者は、人格の復活までにこちらの世界で培った経験や記憶にある程度の影響を受けるとも言っていた。

 だがサフィルアーナの場合、そこで不具合が生じた。死霊魔術を使う巫女たる彼女は、既に精神を魂から分けていたのだ。蘇ったマナの人格はサフィルアーナの精神と統合されず、妙な事になった。


「だとすると、二重人格って事?」

「そこだ。別に二重人格ってわけじゃないんだよ。

 気分の問題っつーか、性格が変わるだけっつーか……」

「んー、ジキルとハイドみたいな?」

「……悪い、知らん。地球じゃ有名な話か?」

「あー、そっか三歳児じゃ知らなくてもおかしくないか」

「まぁつまり、あくまでもアタイはマナなんだ。

 つっても、『マナ』と『サフィルアーナ』がちゃんと繋がったのは、ほんのついさっきだけどな。

 それまでは……まあだいたい『マナ』だったんだが、なんかずっと夢でも見てるみたいで、どっちがどっちやら……」


 サフィルアーナはぼりぼりと行儀悪く頭を掻いた。

 聞いているアルテミシアどころか、話しているサフィルアーナ(あるいはマナ)にもよく分かっていない様子だ。ひょっとしたらこの世界で初めての事例だったりするのかも知れない。そしてアルテミシアは『転生屋』のポンコツぶりにあらためて想いをはせる。


「あ、なんで回復したのかと思ったけど、多分あれだ。

 沈静カルムポーションくれたろ。あれを飲み続けたせいで良い感じに落ち着いたんだと思う」

「あー!」


 ふたりは揃って手を打った。

 マナを不安がらせないためにと飲ませてみた『よくない薬(水割り)』。思わぬ副産物だ。


「……でも、どうやらアタイは森に帰るのは無理そうだ。いや、無理とは言わんが面倒が多いな」

「そう? だってほら、いろいろメチャクチャになって……ちゃぶ台返しになったし。

 『サフィルアーナ』として戻れるんじゃないの?」

「それがなぁ……」


 言いかけてサフィルアーナは大あくびをひとつ。そして自分の頬をぺちぺち叩いた。


「ダメだ、クソ眠ぃ……あのな、アタイが『サフィルアーナ』でいられる時間は長くないみてぇなんだ。

 さっきも言ったけれど『マナ』なんだよ、アタイは……

 『マナ』に溶けて消えるはずだったものが偶然ちょっと残ってるだけ。『サフィルアーナ』のお面を被った『マナ』の()()()()()。それが今のアタイなんだ」

「そんな……ことって!?」


 哀れむべきか驚くべきかすら分からないような話だった。

 だがそれを語るサフィルアーナに、特に深刻な様子は無い。『そうなっちまってるもんは、もうどうしようもねぇだろ』とでも言うように。


「多分こいつは、アンタの必殺ポーションでもどうにもなんないぜ。今のアタイは()()だ。精神がイカレてるわけじゃないから治しようがない。それが自分でよく分かる……これが一時的なものなのか、永遠にこうなのかは知らないけどな。

 ……で、だ。アンタさえ良いなら、アタイはゲインズバーグに行きたい。

 このまんま森に戻っても無理そうだろ、いろいろと。アンタらのパーティーで世話になりたいんだ」

「わたしはメンバーじゃないけどね!」


 非戦闘員の矜恃、それは譲れない一線。


「……でも本当にそれでいいの?」

「別に森の連中と今生の別れってわけじゃねーんだ。

 このまま戻っても面倒の方が多そうだけど、もし顔出せそうな状態になったらまたそのうち、な。エルフ生長いんだから、そういう機会もいつかはあるだろ。

 それともアタイが一緒に来るのは嫌か?」

「そんな、とんでもない!」


 アルテミシアは首と手ををぶんぶん振った。

 共に過ごした時間こそ短いが、いつの間にか彼女を他人とは思いがたくなっていた。転生者同士というよしみもある。

 彼女が一緒に来るというのならばそれは純粋に嬉しかった。


「そりゃよかった。だったら悪いが世話になるよ。

 いくら多少の知恵があったって、ガキ一匹で世知辛い世の中を生きてくのは限界があるからな」


 アルテミシアは苦笑するように笑うサフィルアーナと握手をした。植物めいたしなやかさと生命力を感じさせる手だった。

 ……が、サフィルアーナは急に自分の太ももをつねり始めた。


「あー、くそ、もうだめだ」


 彼女は自分の頭を揉みほぐすようにぐりぐりとやる。

 それから早口でまくし立てた。


「いいか? アタイは普段はパーでアホタレのガキだ。手間かけて済まないがいろいろ頼む。ここ1ヶ月ちょいと同じ調子で世話してくれ。

 んで、チートスキルがあるから物は食わなくて平気なんだけどできるだけ何かくれ。割と食い意地張ってんだよ『マナ』は。ただし好き嫌いは許すな。アタシは牛乳、マナは苦い野菜が苦手なんだが、根性で口に押し込め。

 遊びだすと我を忘れるから汗掻いてたら着替えさせてくれ。寝る前は歯ぁ磨かせて便所へ連れてけな。

 ……悪い。続きはまた今度だ。必要な時はこっちモードになるから、遠慮無く……」


 サフィルアーナの言葉が止まった。

 不自然な間があった。まるで動画が読み込み中になって再生を停止したみたいに。


「……ゆってね」


 ほんの一瞬で目の前のエルフは別人のようになっていた。


 こうして比べるとふたりの差異が際立つ。同じ体に同じ顔だというのに、表情と仕草だけでまったく印象が異なるのだ。

 触れれば崩れそうな脆く儚く純粋無垢な印象。世慣れた大人らしさはナリを潜め、庇護の下で無ければ生きてはいけないか弱さを醸し出す。

 

「マナちゃんに、戻ったの?」

「えへー。ごめんね、おねーちゃん。サフィおねーちゃんは、べつのおねーちゃんじゃなくて、マナでしたぁ。

 まちがっちゃった。パーでアホタレ!」

「そういう言葉は使っちゃいけません」

「はぁーい」


 マナはおどけたポーズでコツンと自分の頭にゲンコツをぶつけた。

 そしてそのアクションの余勢を駆るように、アルテミシアにしなだれかかってくる。


「むぎゅ」


 痩身が基本デフォルトのエルフと言えど、アルテミシアの小さな体では受け止められず、ふたりはもつれ合うように倒れ込んだ。


「もー、なにー」

「えへへへ」


 そのままマナは抱き枕のようにアルテミシアを抱きしめた。


「しんぱいしたの」

「そっか」

「おねーちゃん、いきてた」

「……そっか」

「すっごくしんぱいで、すっごくうれしかったのに、さっきまではずかしくていえなかったんだぁ」


 マナはアルテミシアを抱きしめたまま、半泣きで笑った。

 心なしか、以前よりも少し言葉遣いがしっかりしていた。サフィルアーナとの繋がりが確立されたことで、知性が引き上げられているのかも知れなかった。


 ふと、アルテミシアは風とは違う音を聞いた気がして街の外の荒野へ目をやった。

 辛うじて難を逃れたらしいハルシェーナの森の方角から、土煙を巻き上げて狼ゾリの編隊が駆けてくる。遅きに失した形だが、エルフ達の増援だ。


 とにかく、目の前の危機はどうにか去った。

 次はマナの事をどうにかしなければならない。


()()()の策は、まあ、予定通りでいいかな」


 抱きつくマナの髪を掻き乱しながら、アルテミシアはひとりごちた。

 おそらく部族側としても、もはやマナの殺害にこだわりはしないだろう。アルテミシアの口添えがあれば尚更だ。

 だが、もう一押し。丸く収める事ができるならそれに越したことはない。


 ――『丸く収める』? 『何もかも粉微塵に吹き飛ばす』の間違いじゃないの?


 軽く自問自答するアルテミシアだったが、すぐに『どちらでもいい』という結論に落ち着いた。


 予定よりもずいぶんと……本当にずいぶんと遠回りしてしまったが、ようやくここまで来た。

 後は当初の目的を果たすだけだ。

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