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9-50 純粋極まる不純物

「これを、調合します」

「はぁ!?」


 ミスリルのおろし金と『森の秘宝』を構えたアルテミシアを見て、さしものフィルロームも目を剥いて驚いた。


「何を作ろうってんだ?」

「薬を作るんじゃなくて、粉末状にしてポーションに混ぜ込んで、薬染爪剣インジェクターに装填して攻撃するんです」

「でもそれじゃ、気付かれちまうんじゃ……」

「それなんですけど……『変成服マルチクロス』の力で着替えて、薬染爪剣インジェクターを消したら隠せないでしょうか」


 あっ、と声に出さずにフィルロームは言った。レベッカやアリアンナも同じような顔だ。


 アルテミシアがこの世界に来た時……いや、正確にはこの体はそれ以前からこの世界に存在していたと思われるのだが……着ていた謎の服。

 破損しても数時間で修復し、汚れても清められる。

 さらには、糸を通して縫い付けるという過程を経ることで他の服を吸収し、まるでゲームのコスチュームチェンジ機能のように一瞬で着替えることができる。アルテミシアが名付けて曰く『変成服マルチクロス』。


 アルテミシアの武器・薬染爪剣インジェクターは、手に装着するための革手袋状の部分に針を通すことで『変成服マルチクロス』に組み込むことができた。

 普段は消しておいて、必要な時にだけ呼び出すことができるのだ。

 収納時は、手甲部分に装填したポーションも消滅する。つまり、粉末化してポーションと混ぜた『森の秘宝』をそうやって消すことができたら?


「その判定をカルロスさんにお願いしたいんです。

 もしこれでカルロスさんが『森の秘宝』の存在を感じられなくなったら、あっちの『獣』相手にも隠し通せる可能性が高い」

「ああ、そうか、なるほど!」

「試作品をちょっと作って入れてみますんで、カルロスさんはそれでちゃんと隠せてるか見てください。

 もし大丈夫なら全部入れます」

「いいんじゃないかい? 試してみる価値はありそうだ。ダメなら残りを『獣』にぶつけりゃいい」


 フィルロームが承諾したと見るや、アルテミシアはさっそく『森の秘宝』をおろし金にかけて削り取った。

 宝石の表面から削り取られた粉塵は、日を浴びた雪のようにキラキラと輝いている。もちろんその色は碧色だったが。


 ひとつまみ削り取ると、アルテミシアはそれを乳鉢へ放り込み、鞄に入れていた治癒ヒーリングポーションと混ぜ合わせた。


【逕溷多蜉ア襍キ縲€ 100/100】


「うわ何これマジやばい」

「どうかした?」

「……なんでもない」


 『神医の調合術』の効果によって表示された効果は、明らかに様子がおかしかった。

 バグという表現が適切なのか分からないが、バグっている。


 ――やっぱり『獣』と同じで、『秘宝』もなんかおかしい。


 手を動かしながらアルテミシアは考える。

 チートスキルは世界を欺くズルチートだったはずだ。

 しかしアルテミシアのチートスキルは、今、『森の秘宝』を捕らえきれなかった。


 『獣』の言葉は転生者だけが聞き取れて、さらに『獣』は転生者を認識できない。

 これは無関係ではないだろう。


 ――『獣』が何か、『秘宝』が何かってレベルの話じゃなく……

   チートスキルって何? 転生者って何?

   この世界って何? 『神のようなもの』を名乗る『転生屋』って、何!?


 この世界は、自分が思っているものとは違うのかも知れない……それはすぐ背後にブラックホールが渦巻いているかのような昏い恐怖だった。


 しかし、今は世界のことよりも目の前のことだ。アルテミシアは頭を振って、恐ろしい考えを振り払った。


「……できました」


 微量の『森の秘宝』を一口分くらいの治癒ヒーリングポーションに混ぜ込んだそれは、自ら碧色に光を放っていた。

 空の瓶に流し込み、それを薬染爪剣インジェクターに装填する。

 気が付けば指が震えていた。ちょっとだけ鼓動が早い。……この思いつきが失敗だったら、絶望的な戦いを挑まねばならないのだ。


「今、『森の秘宝』がそこに在るのは分かる?」


 レベッカに聞かれて、暗黒スライムが身をよじった。頷いているつもりらしい。


【 ―― Print("バリバリ分かるっすよ。やっぱこう、対照的な何かだからなんすかね。魔法とかからっきしダメだった俺でも気配ってのが分かるっす") ―― 】


「じゃ、これならどうでしょう。えっと……『夢路の迷子ワンダーランドキャスト』」


 アルテミシアの付けた名前に従って、『変成服マルチクロス』が姿を変えた。

 内側からあふれ出すように布地がうごめき、衣擦れがアルテミシアの全身をくすぐる。

 

 鮮やかに青いワンピースと純白のエプロン。そして頭には大げさなくらい巨大な、ウサギの耳めいたリボン。

 あふれかえる少女力。

 This is very Alice.(文法誤り)


 もちろん、手にはめていた白銀色の籠手はどこにも無くなっている。籠手と連結している革手袋も消え去り、白魚のような手が剥き出しになった。


【 ―― Print("うおっ、消えた!? 今なんかしたっすか!?") ―― 】


「やった! ……えっと、分かんないって言ってます」


 驚いた様子のカルロススライムの声を聞いて、アルテミシアは小さくガッツポーズ。

 他の者達も感心したようなため息をついた。……『森の秘宝』をミスリルのおろし金ですり下ろしてポーションに混ぜるという暴挙に目を白黒させていたエルマシャリスを除いて。


「しっかしどういう仕組みなんだい、こりゃ?

 魔法的な感覚で察知できないって事は、ありがちな空間歪曲じゃない。

 遮蔽付き……いや、この世界から消失していると考えるべきか……?」


 しかめっ面のフィルロームがアルテミシアの腕を持ち上げた。美しくも物騒な手甲の存在は痕跡すら感知できない。


「わたしにもよく分からないんです……」

「仕組みなんて分かんなくていいじゃない。可愛いし便利だし可愛いからOK!」

「2回言わんでもええわい」


 ゆったりしたワンピースを押しつぶすように、レベッカがアルテミシアを背後から抱きしめる。

 もふもふ頭に顔を押しつけて深呼吸し始めたので、頭突きをくれてやろうかアルテミシアは結構真剣に悩んだ。


「とにかく、これで行けそうなのは分かりました。全部入れちゃいましょう」


 これが有効だと分かれば、もう迷っている余裕は無い。

 アルテミシアがおろし金を二枚重ねて間に挟んだ『森の秘宝』をすりつぶし始めると、エルマシャリスは我が身をすりつぶされているかのように、やせ細った腕で自分の体を抱えて小さく悲鳴を上げた。

 ついさっきまで畏れ敬うべき神秘の結晶と信じていた物が粉々にされていくのは堪えがたい眺めだったようだ。


「そっちは任せたよ。あたしは今のうちに連絡を入れておく。

 クソッタレの族長と、あの筋肉エルフにね」


 フィルロームはそう言って浮遊犬ゾリから飛び降りると、草の上に手を突いて呪文を唱え始めた。


 * * *


 焦土と化した『太陽に向かう燕』の里に、エルフ兵達が居並んでいた。


 ここでは領兵の攻勢と『獣』の襲撃を生き延びた兵が、ヘルトエイザの指揮下で再攻撃に備えていた。

 だが先程、ヘルトエイザはフィルロームからの通信を受け、森の外の状況を把握した。

 そして彼は即座に兵達を集めたのだ。


『まずは現状報告からだが、『獣』は相変わらず領軍と交戦中だ』


 皆、なんとも言い難い顔をしていた。

 彼らにとって領軍は敵だ。『獣』と互いに食い合ってくれるなら幸いだが、『獣』とてついさっき仲間を殺戮し、里ひとつ焼け野原にした憎き敵。

 状況をどう受け止めていいか分からないという様子だった。


『そして、良いニュースと悪いニュースがある。

 良い方は、あれに有効な攻撃手段が見つかったらしいって事だ。弾数は限られてるが、『獣』向けの特効弾がある』


 兵達は顔を見合わせた。そんなものがあるだなんて話は、みんな聞いたこともないからだ。

 ヘルトエイザはそれが『森の秘宝』であると聞いていたが、話がややこしくなりそうなのでここでは黙っていた。


『悪い報せの方は……なんだか知らんが、『獣』が火を吹き始めたらしいって事だ』


 どよめきが起こる。不安、あるいは驚愕だ。

 ヘルトエイザは私語を注意したりせず自然に収まるまで待った。


『あり得ねえだろ? やべーんだ、あの『獣』は。

 俺らが普段相手にしてる奴とは、ひと味もふた味も違うらしい』


 そして一呼吸置く。

 ……ヘルトエイザは、効果的に自分の声を聞かせる話し方を自然に行う。これは彼の人生経験と資質によるものだった。


『よく聞け、お前ら。俺はこれから人間どもを助けに行く』


 よく通る声でヘルトエイザがそう言い放った時、先ほどとは別種の、さらに大きなどよめきが湧き起こった。

 そんな、何故、と独り言のような声も上がる。

 戸惑うのも拒否感を抱くのも仕方ない。ヘルトエイザは当然そういう反応が出ることを織り込んでいる。

 

『まあちょっと落ち着いて考えてみろ。意地の悪い言い方をするなら、ハルシェの街がぶっ壊れたら次は間違いなくこの森だ。

 あれを止めようってんなら、人間の軍隊が戦ってる今、そいつらに協力するのが一番楽だ』


 隙の無い正論を受けて兵達は押し黙る。

 納得した者も居るだろうし、まだ抵抗のある者も居るだろう。


『助ける相手は、ついさっきまで戦ってた連中だ。無理にとは言わん。

 俺が先頭に立つ。来たい奴だけ付いてこい』


 即座に数人が、胸の前で指を重ねるエルフ式の敬礼の姿勢を取った。

 それに促されるようにして、五月雨式に全員が敬礼をする。


 中には、本心は乗り気でないが周囲の雰囲気に逆らえないだけの者も居るとヘルトエイザは見て取った。

 しかしヘルトエイザはこれ以上離脱を勧告しなかった。戦う気がある者の戦意まで削いでしまうからだ。優しさが常に良い結果を生むとは限らない。

 士気が低いなら低いなりのやり方というのがある。戦いの目的を達成した上で、ひとりでも多く無事に帰すのが指揮官の仕事だ。


 こんな混沌とした状況で何が最適解なのかヘルトエイザには分からない。それでも今動かなければならないと彼は決意した。


 ――思えば、面倒くさい作戦は全部エウグバルドに任せていたなあ。


 ヘルトエイザは苦い思いを飲み込んだ。

 『改革派』としての活動を始めたのは、ほんの数年前から。そのきっかけさえ、エウグバルドがヘルトエイザにプランを持ち込んだ事だった。

 ヘルトエイザの中にあったのは、里がこのままではいけないという問題意識と、おぼろげな理想像だけだった。それを明確な形にしたのも、実現までの段取りを整えたのもエウグバルドだった。


 そもそも『改革派』の大将であるという意識がヘルトエイザには希薄だった。族長の息子であったことから、気が付けば内外からそう見做されていただけで、自分から代表として振る舞った事は無かった。

 数人居た『改革派』主要メンバーの間に上下関係は無いと思っていた。対等に意見を交わして進む道を決めるべきだと。だから、エウグバルドが提案してくるいちいちもっともで合理的な作戦を、ヘルトエイザはことごとく採用した。


 しかし、今にして思えばもっと主体的に深く考えて判断すべきだったのでは? 他の者に頭を預けず、自分の戦いとして考えるべきだったのでは?

 その怠慢の結果ツケが、これだ。ずいぶんと高い代償を払わされた……しかも代償の大半は、自分以外の命だ。


 フィルロームの説明は手短だったが、エウグバルドが何をしていて、今どうなっているのか、ヘルトエイザは理解した。怒りも失望も無い。ただ、一番近くに居たのに彼の企みに気が付かなかったという、焼け付くような後悔があった。


 もうヘルトエイザの傍らに頼れる参謀は居ない。

 自ら進まなければならない。


『行くぞ、お前ら。このふざけた騒ぎに幕を引く』

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