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9-33 酒とツマミで政治は回る

 日の暮れた森に、陽気な笑いが満ちる。


 練兵場付近の広場には、椅子とテーブルが並べられ、即席の野外宴会場が設えられていた。

 梢に引っかけられたツタが、エルフの大人なら手が届くくらいの高さに垂れ下がっていて、ほの明るく輝く釣り鐘のような花(光る植物というわけではなく、自然魔法を掛けた花らしい)が鈴なりになっていた。


 幻想的な明かりに照らされているのは、幻想の欠片も無い酔漢達。会場に流れる優雅なハープの演奏すら、いつの間にか千鳥足になっていた。

 陽気に歌い笑い、飲み食らう酔っ払いに、人間とエルフの違いなど無かった。

 狂宴の中心地グラウンドゼロには、すっかりヒーローにされたレベッカとアリアンナ。レベッカはエルフ兵達と飲み比べて打ち負かし、アリアンナは四方八方より勧められる酒から逃げ続けている。フィルロームはふたりのために通訳をしつつ、水でも飲むような勢いで酒を飲み干していた。


 そんな光景を見つつ、アルテミシアは宴会の隅っこの方で、ひたすら料理をかっくらっていた。


「小っこいのによく食うな、お客人」


 3ブロック目の鹿肉香草焼きに手を付けようとした所で、人間語で声を掛ける者がある。

 アルテミシアが振り返れば、そこにはエウグバルドとヘルトエイザの姿があった。ふたりとも、取り分けた料理と杯を持っている。


 アルテミシアは一瞬、こんな場所で会うのは意外だと思ったが、よく考えてみれば居て悪いことは無い。


「エルフの料理はどうだ?」

「思ったより肉や魚が多いですね。フィルロームさんもあんまり肉食べないし、エルフは菜食中心だと思ってました」

「老体にゃ野菜の方がいいってだけだろう。

 俺達エルフは農業ってやつをやらない。環境を整えるまではやるけど、生えて育つのは自然任せ。そこから自然のバランスを崩さない範囲で頂くだけだから、野菜生産の絶対量自体、多くなりようがなくてな。

 実を言うと、人間が作った野菜を買い入れてるくらいなんだ」

「へえ……」


 ――そう言えば、『エルフは森の植物を傷つけることができないから完全肉食』なんて設定のファンタジーもあったな。


 宴会に供されている料理の過半は、里の食材を出してもらったものだった。メインの料理はアルテミシア達が外から持ち込んだ食材によるものだが、ハッキリ言って量が足りない。

 そんなわけで、エルフ兵達に頼み込んで食材を出してもらい、ついでに調理も手伝わせた(アルテミシアが『獣』について調べている間、レベッカとアリアンナはこちらの指揮をしていた)成果が、この大宴会なのだった。


「勝手にこんな事やっちゃいましたけど、良かったでしょうか」

「いいえ、最高ですよ。里の者と親しむのは、とても有益でしょう。貴女がやらなければ、私から勧めていたかも知れない。

 それに、本来なら部族の客人は、宴でもてなすのが慣わしです。長老殿が森の外の問題にかまけている今、宴のひとつやふたつ勝手に開いた所で、文句を言われる道理はありますまい」

「みんな楽しんでるじゃないか。それで十分だよ」


 宴会場の外縁部に居る三人からは、乱痴気騒ぎの惨状をパノラマで見ることができた。

 楽しんでいる、なんてのはずいぶん控えめな言い方で、見渡せば少なくとも二割のエルフが酔っ払って服を脱いでいる。まだ夜も浅いというのに、既に酔いつぶれている者もある。


「なんか、パンドラの箱……って言っても分からないか。変なモノの引き金を引いちゃったような気もするんですが」

「時期が時期ですのでね。内憂外患で、みんながピリピリしてたところです。ガス抜きが出来る機会に、みんな、飢えています。

 領の要求、レンダールへの貸し、自分で言うのも何ですが我ら『改革派』と長老会議の対立。加えて……」


 エウグバルドが一瞬、口ごもったような気がした。


「まさか、死石……『獣』を呼び出すアイテムのすり替えなんて事件まで起こるなんて」


 里のエルフとしては当事者のひとりでもあるだろうに、他人事めかしてエウグバルドは嘆き、杯を呷る。

 発覚の場に立ち会ったヘルトエイザも、うむうむと頷いていた。


「兵士さん達が調べてるみたいですけど、進展はありました?」

「あの石を最後に持ちだしたのは、とある隊長格のエルフ兵です。彼と関係者数名が事情を聞かれているようですが、身に覚えが無いと言っているようで」

「笑っちまうのが、『改革派』の同調者シンパが重点的に調べられてるらしいって事だ。長老殿はどうやら俺を疑っておいでのようだぜ。あれを見つけた中に俺も居たってのになあ」


 ヘルトエイザは、カラカラと愉快そうに笑った。

 確かに話の筋が通らない。しかし、敵対者を悪人だと思いたがるのは、人間もエルフも変わらない、ヒトの習性なのかも知れなかった。


「誰が何のためにやったか分からんが……じきに見つかるだろうさ。犯人も、すり替えられた石もな。

 今はそんな事件のことは忘れて、宴会を楽しもうじゃないか」

「はあ……えっ、もしかしてふたりともここで?」


 料理と酒を持ってきたふたりは、アルテミシアのすぐ隣に座り込む。


 ここは宴会場の一番外側で、人影もまばら。大騒ぎを一歩下がって見守るような場所だ。

 アルテミシアは酔っ払ったエルフの女性陣に、永遠無限に頭をもふもふされるのにウンザリして料理と共に逃げてきただけなのだが。


「こんな席で、俺らみたいな緊張感の元凶が出て行くわけにゃ行かない。かと言って、うまい料理と酒を逃す気にもならないんでね。貯蔵庫に入ったネズミのように、ここで相伴に預からせてもらう」

「なるほど」

「もちろん、そのためだけに来たのではありませんが、ね」


 エウグバルドは木製のフォークを細い指でくるりと回すと、血の滴るようなレアの肉を突き刺し、口元だけで笑った。


「森の外の情報を仕入れて参りましたので、少しばかり共有を。里に居ては、人間の皆様と言えど、人間社会の情報は入らないでしょう」

「この子だけでいいのか、エウグバルド? せめてフィルローム老を呼んで……」

「構いませんよ。そこまで急を要する話でもありません。後で彼女から伝えてもらいましょう」

「いや、だから……まあいいか」


 ヘルトエイザは首をかしげながらも引き下がった。


 * * *


 エウグバルドの話によると、まだレンダールは動き出していないようだった。


「国側は、引き渡す身柄の選定に難儀しているようです。なにしろ、皆さんが国の手をかいくぐってここまで来てしまいましたのでね」

「……それって、誰かを渡さなきゃならない決まりなんですか?」


 国の連中がマナを交渉材料にするため『保護』するという話はあったわけだが。

 アルテミシアの問いに、何かをあざけるような口調でエウグバルドは答えた。


「古式ゆかしい作法ですよ。エルフの部族間や森同士の戦いが頻発していた頃……交渉で有利な側が、毟られた側の感情を慰撫するため、捕虜の身柄を渡すのが決まりだった。

 私もこの目で見た事はありませんが、今でもレンダールはエルフ相手の交渉に際して、こういう手を使うことがあるそうなのです」

「つまり、レンダールはそんな古の作法を引っ張り出してまで、エルフの流儀に合わせてる。それの片面はエルフへの配慮で、もう片面は、本気で何かをふんだくっていく気なんだ」

「その通り。貴女は理解が早くて、私も話しやすい」

「えへへ……ありがとうございます」


 照れ笑いを浮かべながらも、アルテミシアの方こそエウグバルドに感心していた。


 ――このエルフ、自分とは関係が無い他所の里と、レンダールがどう付き合ってるかまで知ってるのか。


 政治参謀としては当然なのかも知れないが、どれだけ広く深い知識を身につけていれば、こんな時に必要な知識を取り出せるのか。

 純粋にスゴイと思った。


「捕虜って言うなら、暗殺部隊の生き残りがひとり、ゲインズバーグで捕まってたはずですけど」

「確かに適役でしょうが、拷問中に責め殺されたようです。正式な拷問官のミスでなく、功を焦った素人が無茶をしたせいだという情報もありましたが、真偽は不明ですね」

「ありゃまあ……」


 もしそれが本当なら、あの無能くさい情報局員の仕業だろうな、とアルテミシアは目星を付けた。


「レンダールが動き出すには、まだ少し時間が掛かる。カイリの連中は、その間に奪えるだけのものを里から奪おうとしていたようだが……」

「そこに、例の事件ですか。密採者が殺されたっていう」


 この事件、アルテミシアの感覚で考えるなら、密採者の自業自得だ。勝手にエルフの領域に入って、エルフを傷つけたのだから。

 だが、それで収まる話ではないというのもアルテミシアは理解していた。


「人間側の反応は、どうなんですか? 領じゃなくって、その……領民の世論とか……」

「エルフ許すまじ、という人間はそれなりに居るようだけれど、もはや一戦あるのみ、とまで思ってる人間はそうそう居ない。

 だが、カイリ領はこれを奇貨として動きたいらしくてね。反エルフ感情に火を付けようと画策しているようだ」


 戦を仕掛けるにしても、単に武力で圧力を掛けるにしても、やはり民の支持と後押しがあった方がやりやすい。カイリ領側は、どうにか『領民感情』を盾にして領兵を動かしたいと考えている様子だそうだ。


「……森が戦場にならないといいけど。主にわたしの身の安全のために」

「私とて、この森が戦場となるのは心苦しい。ですが、カイリ領にどう対処するかと言う事自体は、族長殿の仕事なので、手の出しようがありません。

 ですが……」


 エウグバルドは一度、思わせぶりに言葉を切った。


「もし、本当に事態が動いたとしたら……我々は我々でするべき事がありますね」


 ヘルトエイザが、頬を吊り上げてニイッと笑った。


 ――混乱に乗じてクーデターを起こす気?


 確かに、武力で実権を奪おうと思ったら里が外部から攻撃を受けている時でもなければ難しいだろう。

 問題はそんな状況で内乱を起こして里そのものが無事で済むかという点だが……エウグバルドがそれを考えていないとは、アルテミシアには思えなかった。


「まあ、仮定の話をしても仕方ありませんがね」

「ええ、仮定ですね」

「「「はははははは」」」


 三人揃って、なごやかに欺瞞的に笑った。


 そう、これは仮定の話。

 だがその前提条件が満たされれば、彼らは一切の躊躇無く実行に移すだろう。

 いっそそうなってくれれば(自分達に危害が及ばない限り)楽なんだけど、と思わなくもないアルテミシア。なにしろ族長の首が変われば、マナのことなんかどうだってよくなる。


 種族間対立からの軍事衝突だの、クーデターだの、ロクでもないことこの上無い。アルテミシアに止める力があるなら止めただろう。

 だが、大勢が凶器と狂気を持ち出して殺し合おうって所に割って入り、戦いを止めるような力など無い。

 だったらせめて自分に都合が良いよう事態が転んでくれ……と、考える程度にはアルテミシアは打算的だった。後は自慢のポーションで、死人をひとりでも減らせたらそれでよし、だ。


「里を取り巻く状況、お分かり頂けましたか?」

「はい。ありがとうございます」

「その上で、少しばかりお願いしたい仕事があるのです」


 藪から棒に、声を潜めてエウグバルドが囁いた。

 なんとなくアルテミシアは周囲の様子を伺うが、乱痴気騒ぎに紛れて、こんなひそひそ話を聞き取られそうな雰囲気ではない。


「これは里の者どころか、私どもの仲間にも頼めません。人間である貴女方でなければ。さすがにこの場で詳しくお話しするわけには参りませんが。

 そして、こんな言い方はしたくないのですが、『出世払い』というのでお願いできないかと」

「へ……?」


 出世払い。すなわち、『今は金が無い。偉くなったら返すからツケといてくれ』という意味だ。

 この場合、偉くなるというのがどういう意味か……火を見るよりも明らかだ。


 淡々と料理を片付けていたヘルトエイザが、最後の串焼き肉を呑み込んで口を開く。


「人様の好意につけ込むような真似はしたくねぇが、俺らがあんたらに協力した分の義理と思ってくれないか。こっちの台所も火の車でな。エルフの里ってのは、部族が管理してる共有財産が多いんだ。私有できる財産は少ない。そんな中で、長老に逆らって動くってのは大変なんだ。

 エウグバルドが人間の街で……先物取引? とかいうので稼いでるのを細々と使ってる状態だ」

「だが我らが部族の実権を握れば、里の財を動かせます。

 人間の領主などもそうですが、エルフの部族だって、貴重なマジックアイテムをそれなりに蔵していますからね。

 いかがでしょう? もちろん私どもが負ければ不渡り手形となりますが、他では簡単に手に入らない貴重なアイテムのひとつくらい、お譲りできるやも知れません」

「さすがに『森の秘宝』なんかは渡せないがな」

「ううーん……」


 平然と言う所を見るに、おそらく『改革派』はこの手であちこちから協力を取り付けているのではないか、とアルテミシアは考えた。

 物品でなくても、土地や商売の権利など、いくらでもエサはある。そういうものを使って取引をしているのだ。もちろん、相手にとっては賭けであり、投資でもあるのだが。


「仕事の内容次第、ですね。おそらく実働はわたしじゃないと思いますし」

「分かりました。明日、あらためてご説明に……何か?」

「いえ、あの……」


 エウグバルドの言葉の途中で、アルテミシアの視線は、宴会場脇の闇に吸い寄せられた。

 朧な照明に照らされた、薄青いモヤに紛れるようにして、カルロスが木陰に浮かんでいる。


 ――なんでここに? マナちゃんを見ててくれるはずだったんだけど……


 何やら真剣な目つきでアルテミシアの方を見ているカルロスは、少なくとも覗きではなさそうで。

 アルテミシアと目が合った瞬間、カルロスは視線を誘導するかのように、ちらりと別方向を見やった。

 カルロスの見る先、さくりと落ち葉を踏みしめて、巨木の影から歩み出る者があった。

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