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9-32 上腕二頭筋エルフ

 ヘルトエイザと名乗ったエルフの男を、アルテミシアはしげしげと観察した。


「『改革派』のリーダー……と言われてる方ですよね」

「ガラじゃねぇし、俺はそんなつもりねぇんだがなあ。なんかそういう事になってる。よろしく、お客人」


 ボサボサの勇者系ヘアスタイル頭を掻きながらそう言う彼は、ざっくばらんな雰囲気。誰にでも気さくに話しかけそうで、ほとんどの人とはうまくやれるけど、『ぼっち』の機微とか理解できなさそうなタイプ。同時に、人の上に立つこと、人を率いることに慣れた印象も受ける。


 ――なるほど。スクールカースト上位って感じ。黙ってても人が付いて来そうだ。


 アルテミシアは心の中でヘルトエイザを、『いい奴っぽいけど魂の色が自分とは違う』のフォルダにぶち込んだ。


 彼が敢えて人間語を使っているのは、人間であるアルテミシアに合わせているだけでなく、『改革派』うんぬんが、不特定多数のエルフの前ではしにくい話だからだろうか。実際、エルフ兵達(人間語は分からないようだ)が、何事かと耳をそばだてている。

 『改革派』は陰謀論的な秘密の政治結社ではない。幹部であるエウグバルドやヘルトエイザも、里で普通に生活しているのだ。かと言って、族長に真っ正面から反抗する動きについて、エルフ前でおおっぴらに話せるものでもない、という微妙な立場でもあるらしかった。


 ヘルトエイザはフィルロームの姿を認めると、軽く頭を下げて握手を求める。


「あなたがフィルローム。もっと早くご挨拶に伺いたかったのですが、このような形になってしまいました。お噂はかねがね」

「ほう、どんなろくでもない噂を聞いたんだい?」

「ご謙遜を。あなたが森を出たとき、まだ俺は生まれとりませんでしたが、森が嫌になって力尽くで出て行ったというあなたの話は、俺にとっても大きな希望でした」


 変革を求めた先輩としてフィルロームを尊敬しているようで、枯れ枝のような手を握るヘルトエイザは熱っぽく話す。

 そんなヘルトエイザを、フィルロームは軽く笑った。肩肘張るなとでも言うように。


「あっはっは、そんな大したもんじゃない。あたしゃ部族を捨てただけさ。

 なぁ、ヘルトエイザとやら。この森を面白おかしい感じにしようとしてるんだろ。一応、この森の出でだからね。楽しみにしてるよ、あたしゃ」

「勿体ないお言葉です。……よろしければ里の現況や、人間達の政治の情勢について、思う所を聞きたいんですが」

「気が向いたらね」


 軽くあしらわれた体のヘルトエイザだが、なんとも爽やかかつ自然に目上の者に取り入ろうとするものだ、とアルテミシアは舌を巻いていた。


 粗野な外見に似合わぬ、折り目正しい礼をするヘルトエイザ。

 それから彼はマナの方に向き直る。


『そして、サフィルアーナ様』


 こんどはエルフ語だった。真っ直ぐな視線を向けられて、マナが一歩後ずさった。


『……ちがーもん。まなはまななの』

『ああ、今はそのように名乗っておいででしたね』


 じりじりと後ずさって、フィルロームとアルテミシアの後ろに立つマナ。さすがにヘルトエイザも無理に手を取って握手したりはしなかった。

 優しく哀れむような目。おかしな事を言っているけれど、事情が事情だから仕方がないという許し・・の態度。

 アルテミシアはなんとなく、マナが外出を控えている理由が分かった気がした。誰もマナをマナとして見てくれない。それは奇妙で残酷な世界なのかも知れない。


『里のため、部族のために尽くしてくださったあなたが、処刑されるようなことなどあってはならない。俺も俺で手を尽くしましょう。そして、二度とこんな事が起こらないようにしなければならない』


 あくまでもヘルトエイザの態度は、真面目で真摯だ。

 しかしマナにとっては、里に尽くしたなどと言われても実感の無い話なのだろう。転生前の人格と体の人格が前者メインで融合するはず(あの『転生屋』の説明を信用するのなら、だが)のところ、今の彼女はまったくもって『マナ』でしかないのだから。


「失礼、混乱しています。その辺りで」

「あ、ああ、分かった……」


 ヘルトエイザは引き下がる。デリカシーの無い奴だなあ、とかアルテミシアは考えていた。


「なんでもフィルローム様は、サフィルアーナ様を救うため、族長殿へ直談判しに数百年ぶりに戻られたとか」

「談判するのはあたしじゃない、あたしゃただの見物だよ。

 それに、くたばる前に故郷を見るのも悪くないと思ってね。相変わらずクソつまんない森だ。こいつを見ただけで、森を飛び出した自分は正しかったんだって救われる気分だよ」

「はは、さすが手厳しい……」


 まるで自分が叱咤されたように、ヘルトエイザは苦笑した。


「ところで、こんな場所で皆さんは何を?」

「実は……」


 使えるものは、なんでも使う。

 話を振られたのを幸いとして、かくかくしかじか、アルテミシアが成り行きを説明すると、腕を組んで頷いていたヘルトエイザは、話を聞き終えてすぐに手を打った。


「なるほど、分かった。『その石をちょっと出してくれないか?』」


 ずっと人間語で話してるのをワケ分かんない様子で聞いてたエルフ兵。

 ヘルトエイザに急にエルフ語で命令されて、椅子に座ったまま垂直に飛び上がるという曲芸じみた驚き方をした。


『ヘルトエイザ様、そんな急に……!』

『調べるだけだ、問題ないだろ? 部隊長格の俺には、こいつを動かす権限があったはずだがね。

 『獣』の事なら巫女の言葉に従うべきだ。そうだろう?』


 丁度いいことにヘルトエイザには、この石を独断で動かすだけの権限があったようだ。

 見張りのエルフ兵は二言三言抵抗したが、そもそもヘルトエイザの命令を断れる立場ではないらしく、最終的に『何かあったら責任は取ってくださいよ!』という捨て台詞めいた言葉と共に、問題の石をヘルトエイザに手渡した。


 その石をヘルトエイザは、即座にフィルロームにパス。

 後ろでエルフ兵が眉をしかめていた。


「生憎、魔法は苦手なもんでして」

「あいよ、任せな。……なぁ、おい、マナ。こいつを使ったら何が起こると思う?」


 フィルロームにも、何がおかしいかは見ただけでは分からないようで、言い出しっぺのマナに確認の質問をした。

 表現力に難のあるマナから要点を聞き出すための的確な質問だったが、マナは不思議そうに首をかしげた。


「えっ……? なんにもなんないよ?」

「ほう。それがあんたの見立てか」


 言うなりフィルロームは外に出ると、玄関先にその石を投げ落としブツブツと呪文を唱えた。

 するとツタを編んだ空中回廊に魔方陣が浮かび、燐光を発する。


 これにはヘルトエイザも驚いた様子で、見張りのエルフ兵達など泡を吹いて卒倒しそうだった。


『こここ、こんな所で使うだなんて!?』

『さっき『獣』が出たばかりなんだから、今呼び出したところで子犬ぐらいの奴しか来ないだろうよ。あんたらとヘルトエイザが切り刻んで、あたしが封印すりゃお仕事完了だ』

『む、無茶苦茶だ……』


 杖でカツンカツンと床を叩きながら、フィルロームは平然と答えた。


 だが、そのすました顔が急に険しくなる。

 魔方陣がふっと掻き消えて、フィルロームは石を拾い上げた。


『……偽物だ。すり替えられとる』

『なんだと?』

『まさか!?』


 エルフ語の呟きを聞いて、ほとんど悲鳴のような声が見張りの兵達から上がった。ヘルトエイザもぎょっとした様子だ。


 石が偽物とすり替えられていた……

 それはつまり、『獣』を任意に呼び出せる危険なアイテムを、どこかの誰かが持っていることを意味する。


『そんな馬鹿な!』

『おい、こいつを最後に持ち出した奴は誰だ』

『隊長に殺されるぅ……』


 エルフ兵達は、やれ報告だ、調査だと蜂の巣を突いたような騒ぎになった。

 もちろんアルテミシアも相応に驚いてはいた。だがそれ以上にアルテミシアは、やっぱり、という気持ちでもあった。


 ――やっぱり、何か普通じゃないことが起こってる。


 何かが起きているという予感は間違いなかった。そして、幸いにもその尻尾を掴むことができた。

 もしここで気付けずに居たら、気が付いたときにはもう手遅れで、得体の知れない事態に呑み込まれていたかも知れない……


 『今、この里の裏側で進行している何かと、自分は無関係でない』

 アルテミシアはなんとなくそう察していた。知らんぷりを決め込んでいるわけにはいかないのだ。


 てんやわんやの騒ぎの中。ぺちぺちと、平手で軽く頬を叩いて、アルテミシアは気持ちを引き締める。

 そんなアルテミシアを不思議そうに見ているヘルトエイザと、一瞬、目が合った。

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