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9-31 安楽椅子は似合わない

 『歪みの獣』。

 エルフ達はそれを、かつて祖先が打ち倒した強大な魔の一部だと考えている。

 あまりに強大であったため、封じることしかできなかった魔物の力が漏れ出しているのだと。

 それを倒し続けることで、封印を守っているのだと、エルフ達はそう考えていた。


 実は、同じようなことをしているエルフは他所の森にも存在する。

 ゆえに、巨大な魔物の体を八つ裂きにして分割封印しているのだという説もある。


「……それ以上、情報無し?」

「だね」


 フィルロームは薬草茶を啜りながら、あっけらかんとして言う。


 あてがわれた部屋の中で、アルテミシアはフィルロームから話を聞いていた。

 『歪みの獣』なんて、ファンタジーにありがちなローカル邪神みたいなもので、滞在中にこれ以上関わり合わなければ、後はもう忘れてしまえるものと思っていた。

 しかし、今は違う。あの奇妙な『獣』の言葉、何故か自分を知っているらしい言い草……族長との交渉に向けた根回しを中断してでも、『歪みの獣』について調べてみた方が良いと思い直したのだった。

 ……そして、ひとまずフィルロームに話を聞いてみた結果はと言えば、拍子抜けするほどに情報が無い。


「特にその伝承を疑わなきゃならんような事は無かった。疑う材料も無かった」

「誰か調べようと思ったりしなかったんですか? こう、魔法のアイテムでデータを取ったり……」

「エルフってのは長生きだからね……経験と語りで何もかも伝えちまうんだ。たいていの場合、それで上手くいっちまうから」

「体系立てて記録を取ったり、研究を行う習慣が無いと……なるほど」


 フィルロームは半分くらい自嘲するようでもあった。

 経験の積み重ねというのは馬鹿にできない。それをエルフは、人間の数倍の寿命によって行えるのだ。それだけ時間があれば、経験を若者に伝えるのだって簡単だ。

 それは種族の特性を生かしたやり方であると言えなくもない。結果として弊害が出てしまっているような気もするが……


「……では、そのエルフの知識に……『歪みの獣』が言葉を発するという情報はありますか?」

「あれが喋るなんて話ぁ聞いた覚えが無いね。あたしゃ空耳じゃないかと言いたいんだが……」


 そう疑問を呈しながらも、確信に満ちたアルテミシアの態度を見て、フィルローム自身、なんだか腑に落ちない様子だ。


 あいつは、確かに喋った。それをアルテミシアは聞いていた。


 ――わたしを知っている。薬草を奪った。縛り首……刑罰? 罪の意識、いや、犯罪をしているという認識。下品な、少なくとも上品ではない物言い。恐怖。望んで戦ってはいない?


「……『歪みの獣』は、『死そのもの』だという話がある」


 フィルロームが呟いたのを、考え事をしていたアルテミシアは危うく聞き逃しそうになった。


「死……?」

「奴は魂を食らうと言われている。実際、死霊魔術で死霊を使役して攻撃すると、あいつに取り込まれちまうんだ」

「そう言えば、カルロスさんを避難させてましたね」

「あたしらが、奴の封印に使う魔法『死門ステュクス』もね、本当は、生と死の理を整えるもの……アンデッドを呼ぶ儀式をぶっ壊したり、死にぞこなってこの世に留まってる魂をあの世に送りつけてやる魔法なんだ。

 それでトドメを刺せるなんて不思議だろ?

 あたしらはそれをずっと、『歪みの獣』は、死という概念そのものだからって言ってた。

 あたしもそれを信じてた。森の外の魔法を勉強するようになってからは……ちと怪しいと思うようになったんだがね。

 与太みたいな話だが、何かを考える材料になったかい?」

「うーん……」


 アルテミシアは考え込んだ。

 何かが繋がりそうなのだが、それがまだ、おぼろなままだ。


 * * *


 話を聞いていても、これ以上の推理は無理と判断し、アルテミシアは足で稼ぐ方向へ切り替えた。


 『歪みの獣』に備える前哨地。

 巫女達の訓練施設。

 『獣』を鎮めるために必要だという祠。


 里の全てを自由に見て回れるわけではなかったが、それでも意外なほど多くの場所を見ることができた。

 その理由はフィルロームの同行よりも、何故か付いて来たマナによる所が大きかったようにアルテミシアは思った。


 マナがそこに居ると言うだけで、部外者お断りっぽい雰囲気の場所へ入っても咎められない。

 もちろんマナは、一度は族長命令で処刑が決まった身。罪人として扱い、追い立てるべきなのか戸惑う者もあったようだが、そういう時はこちらが堂々としていれば、文句を付けられにくいのだ。そして、堂々と居直ることにかけて、フィルロームは天下一品であった。


「何か分かったかい?」


 数カ所の見学を終えて、小鳥がさえずる小径を歩きながらフィルロームが問う。アルテミシアがまた何か面白いこと(少なくとも、傍で見ている側にとっては)を始めたのだと、楽しげに観察している様子だった。


「まだ何も。でも、いくつかの材料を組み合わせて考えた結果、閃くこともあると思いますし」


 余談ながら、観光資源として優秀だという気はした。


 考えるのに疲れてきたアルテミシアは、のびをするついでに、口数少なに後を付いてくるマナの方を振り返った。

 身長差のせいで、軽く見上げるような調子だ。うつむきがちなマナと、ちょうどばっちり目が合って、マナはちょっと無理がある笑顔になった。


「……大丈夫?」

「ふぇ?」

「えっと、部屋で待っててもよかったんだよ」


 マナは森に戻って以来、ほとんどエルフ前に出ていない。

 殺されかけたのだから当然かと思っていたが、今日マナと一緒に里の中を出歩いてみたアルテミシアは、むしろマナは怖がっていると言うより、周囲からの視線を嫌がっているように感じた。隠れようがないアルテミシアの小さな体さえ、盾にするように立ち回っていたからだ。

 なんにせよ、外に出るのはマナにとって辛いはず。


「でも、まながいないと……だめだもん」

「そっか。……助かったよ、マナちゃん」

「えへ」


 辛いようだが、それでもマナは、自分が必要らしいことと、アルテミシアの真剣さを察して付いて来てくれたわけだ。

 ここはマナの覚悟に甘え、労うべきだろうと、アルテミシアは考えた。


 * * *


 めぼしい場所をあらかた見て回り、最後にアルテミシアが立ち寄ったのは、まるで郷土資料館のような雰囲気の部屋だった。

 エルフ的な意匠のケースに、曲玉のような石や、何かのマジックアイテムらしい金属のオブジェが陳列されていて、数人のエルフ兵が退屈そうに番をしていた。彼らはマナサフィルアーナの訪れに驚いたような顔をして、ちょっと胡乱げな視線を向けてくる。


「ここは、『獣』に関わるアイテムの保管庫だ。保管庫ったって、常日頃使うようなもんばっかり置いてる所だがね。『……ああ兵士諸君、おつとめご苦労』」


 傍若無人に上がり込み、案内するフィルローム。数日間滞在する中でフィルロームの顔も知られ、彼女が元巫女である事もある程度広まっているようで、フィルロームがエルフ語で挨拶をすると、彼女に対してかしこまった様子で敬礼する兵もあった。


『ここにある者は、巫女様と言えど、許可無く持ち出す事はできません』

「『わーってるよ、んな事ぁ。ちと見学させてやるだけだよ』。……ほら見な、アルテミシア。これなんかどうだ。『獣』を呼び出す石だ」


 フィルロームが指し示したケースに並んでいるのは、一見すると何でもなさそうな石ころ達だったが、マジックアイテムらしい。


「『獣』を呼ぶ石? どうしてそんな物騒な……」

「あんまり長いこと『獣』が出てないと、溜まりすぎて次に出る奴が洒落になんないからだよ」

「ああ、なるほど。適度にガス抜きしてるんですね」


 アルテミシアにはただの磨いた石ころ(ひいき目に見ても、土産物屋で500円くらいで売ってそう)にしか見えなかったが、フィルロームが説明した通りならば、これは重要かつ危険なアイテムだ。


「そりゃ、厳重に警備されてるわけだ。

 アイテムの価値がどうこうじゃなくて、悪意ある人の手に渡ったら、えらいこっちゃですね」

「んだ。ここにあるのはどれも、封印を守るために必要な物ばっかりだが、使い方を間違えりゃ面倒なことに……」

「あれ、ちがう」


 アルテミシアとフィルロームの間に、ちょん、と石を指差すマナが割り込んだ。

 真剣そのものの表情で石を厳しく見据え、むふーっと鼻息を吐く。


「マナちゃん? 違うって、何が?」

「えっとね、ちがうの。ひとつだけ、いしがちがう」


 確信的な口調だった。しかしアルテミシアにはよく分からない。

 違うと言われても、そもそも色や形はひとつひとつ異なるし、気配とかの話だったら魔力皆無のアルテミシアにはお手上げだ。


「……フィルロームさん、何か分かります?」

「んー、特には……『なぁ、ちっとこれ調べてみてもいいかい?』」

『ダメですよ!』


 フィルロームの頼みは当然、エルフ兵にゼロコンマで却下された。


「ちっ、面倒だ。ここは誠意・・を要求するか……」

「何するか知らないですがやめてください。不穏なニオイがします。

 ……出直しましょう。エウグバルドさん辺りを通して、誰かに頼めばどうにか……」


 腕まくりするフィルロームのローブの裾を引っ張って、アルテミシアが悪の侵略を未然に防いでいると、ちょうどそこへ入ってくる者があった。


「おや、その姿……お客人かい?」


 微妙に訛りのある人間語だった。


 振り返れば戸口に立っているのは、エルフにしてはそこそこ体格のいい男。鎧を身につけているが、兵士と言うよりは冒険者の雰囲気だ。エルフの戦士には珍しく、金属製の重厚な鎧と長剣を装備している。

 そんな彼は、太字で『レッツ、エアロビクス!』とか字幕スーパーが入りそうなくらい、暑苦しく爽やかな笑顔だった。


「あなたは……?」

「俺はヘルトエイザってんだ。自分で言うのも何だが、今の俺は有名人だから……もうどこかで名前聞いたかな」


 それはエウグバルドとの話でも、里の噂話でも聞いていた、『改革派』の事実上の頭目リーダーの名前だった。

エルフ増えすぎなのでここらで名前を整理。

そのうち人名表もマテリアルに作るかも。


フィルローム:暴走古本屋巫女ばあさん

ウィゼンハプト:中央神殿調査局の道士

サフィルアーナ:巫女。3歳児「滝口まな」が憑依転生した


ザンガディファ:族長

エウグバルド:『改革派』幹部。軍師系

エルマシャリス:かつて魔法に失敗して廃人(廃エルフ?)となった巫女

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