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9-26 悪魔の頭脳は引かれ合う

 エルフ兵によって案内されたのは、里から少し離れた場所にある、森の中の小さな広場のような場所だった。

 枝葉の屋根によって細切れにされた、宵の口の月明かりが、前衛芸術的な図柄を地面に描く。

 立ち並ぶ巨木に包囲された広場のど真ん中で、ひとりのエルフが待っていた。


 あまりエルフ的ではない、人間趣味のコートのような服を着た男だ。

 細い体と、血色の薄い顔も相まって、月の下に立つ彼はエルフよりヴァンパイアのようにすら思えてくる。

 アルテミシア達の姿を見て取った彼は、恭しく一礼した。


「はるばるようこそ、人間の皆様。そしてお帰りなさい、同胞達よ。私はエウグバルドと申します。巷間、『改革派』とか呼ばれている集団の……主導者のひとりといったところでしょうか」


 よどみも訛りも無い、流暢な人間語だった。


「……はじめまして。アルテミシアです」


 広場の入り口に留まったまま、距離を開けてアルテミシアは膝を折り、挨拶する。

 周囲もそれに習った。


「フィルロームだ。あんたは知ってるかい?」

「……レベッカよ」

「アリアンナです」

「マナ……」

『……俺もっすか? あの、カルロスっす』


 足を止めたアルテミシア達を、案内してきたエルフ兵と、エウグバルドは怪訝そうに見やった。


「こちらへいらっしゃらないのですか?」

「その前に、エウグバルドさん。周りのお友達の皆さんに、出てきてもらってもいいでしょうか」


 決めつけるようなアルテミシアの物言いに、エウグバルドは、何を言っているのかさっぱり分からないという顔をする。


「これは異な事をおっしゃる。人間のお嬢さん、私はこうしてひとりで……」

『うわーっ!』


 突如、エルフ語の悲鳴が広場の外縁部から聞こえた。

 ヘビのごとくうごめく蔓草によって全身を縛り上げられたエルフの兵士が、さらし者にするように逆さ吊りにされていた。

 フィルロームの自然魔法が、潜んでいたエルフを捉えたのだ。


「あっはははは! 坊、あんたは全く揺らがなかったね。大したもんだよ。でも、全員がそうとはいかないね」

「どーせわたしは気配なんて読めないですけど、動揺した人の場所を探り当てるくらい、フィルロームさんなら朝飯前です」


 杖を構えて、にやりと笑うフィルローム。

 気付かれていると見て、広場の周囲にある木の陰から、わらわらとエルフ兵が姿を現す。


『エウグバルド様、これは!?』


 案内のエルフ兵が驚いた声を上げた。彼女はこの行動を知らされていなかったようだ。

 しかしエウグバルドは眉一本動かさず、感心したようにため息をついた。


「鎌を掛けた、という事でしょうか。フィルローム殿」

「半分は当たりだ」

「……半分?」


 半分だ。確証も無いまま鎌を掛けたというのは当たっているが、これはフィルロームの発案でもないし、敢えてアルテミシアの口から言わせて意表を突いたというわけではないのだ。


『居ない理由が無いじゃないですか。ただでさえ、エルフは森の中じゃ気配が読みにくいって話なのに、こんな周りに兵を伏せられそうな場所へ呼び出されちゃ』

『おや……』


 エウグバルドは驚きを隠すように微笑んだ。


『美しいエルフ語ですね。湖畔を吹き抜ける風のようだ』

『そりゃどうも。……エルフ流の歓迎は物騒なんですね』

『用心とお思いください。我々はこの里の中で、微妙な立ち位置なもので』

『わたしとしては、一時的であれ協力できればと思っているんです。あんまり非友好的なのは勘弁してください』

『かしこまりました』


 うやうやしく礼をしたエウグバルドは、これまたキザな動作で、さっと手を振る。


『……下がれ、お前達』

『で、ですが』

『下がれ』

『はっ……』


 有無を言わさぬエウグバルドに、不承不承、といった様子で、エルフ兵達が下がって行った。


『賢明な判断です、エウグバルドさん。ですが失点1ですよ。お忘れなく』

『承知。さて、では、ビジネスの話としましょうか。緑髪のお嬢さん』


 アルテミシアはエウグバルドを見直した。

 エウグバルドは既にフィルロームでなく、アルテミシアに対して話していたからだ。

 短い会話で交渉の相手を見抜いている。


 ――キレッキレだね。


 そう思って、気を引き締める。ヘタをすれば、こちらの方が族長より難敵かも知れない。


 * * *


 会談に使った待ち伏せ場所から引き上げていくエウグバルドに、同志の兵達が併走する。森の中を吹き抜ける風のように、存在を感じさせず。人間では歩くのもままならない原生林を、ものともせずに踏破していく。


「本当に……よろしかったのですか? ヘルトエイザ様からは、何としても『森の秘宝』を手に入れるように、と……」


 兵のひとりがエウグバルドに疑義を呈すと、エウグバルドは立ち止まった。


 あの緑髪の少女との会談で決まったのは、彼女らが里の中で自由に動けるようエウグバルドが取りはからうこと、今後の動きについて協議を続けること。それだけだった。

 彼女の存在によって里を混乱させ、長老達の威厳を地に貶めることは、確かに『改革派』にとって有利に働く材料だ。だが、そうではなくてより直接的な手段……次代の長を選ぶためのアイテム『森の秘宝』を、いかなる手段を以てしても手に入れるというのが、当初、取り決められていた方針だったのに。


 フィルロームが『森の秘宝』を持っているという情報は、エウグバルド……『改革派』も入手済みだ。

 長の選定に携わる権利、『森の秘宝』を持つ者は、つまり未来の方針を決められるという事であり、部族内で別格の政治的発言力を持つ。当代の長からの下賜ではない、イレギュラーな手段で手に入れたものだとしても、それは変わらないはずだ。(同族から奪ってはいけないという掟ならあるが、部族を抜けた者や人間から奪ってはいけないという掟は無いのだ。想定されていないとも言えるが)

 『森の秘宝』がひとつあれば、静観している者らが『改革派』側へ雪崩を打ち、一手で里をひっくり返せる可能性すらある。


 だからこそ、場合によっては力尽くでも手に入れる態勢で臨んだのだ。

 それを、エウグバルドは容易く諦めた。

 よかったのかという疑問が出るのは当然だった。


 それでも、エウグバルドは平然としている。


「『森の秘宝』を手に入れるというのは、目的・・かい?」

「は……」

「違うだろう? 私達の目的は、この里をまともにすることだ。『森の秘宝』を手に入れるというのは、そのために有効だから取ろうとしていた手段・・に過ぎない。

 彼女と会って、取るべき手段は変わった。無理に巻き上げるのは難しそうだが、彼女そのものに利用価値がある。……臨機応変な状況判断だよ。ヘルトエイザも分かってくれるだろう」

「さ、左様で、ございますか。深謀遠慮に思い至らず、差し出がましいことを申しました」

「気にするな。私とて自分の判断にそこまで自信は無い」


 恐縮し、感心している兵士だったが、実はそれすらもエウグバルドの考えではなかった。


 ――……『改革派』のため?


 違う。それだけではない。むしろ、改革派のためだなんて言うのは方便だ。


 ――あの少女を泳がせておけば……役に立つはずだ。


 かつて森を出て行った『暴れ巫女』フィルロームの話は聞いていたが、フィルロームひとりが相手で、残りがオマケでしかないのなら、御するのは容易い、と思った。実際に会ってみた今も、その考えは変わらない。


 だが……アルテミシアと名乗った、あの緑髪の少女。あれは、無理だ。

 まるで神の視点から全てを計算しているかのような、あまりに不自然・・・な冴え……伏兵を見破ったことなど序の口で、その後の交渉でも、言質を取ろうとする言い回しを片っ端から潰された。


 エルフに換算してもまだ成長が止まっていないほどの幼い少女に、いいようにやり込められたのだ。知恵者を自負し、『改革派』の政治的な参謀格として振る舞っているエウグバルドにとっては、いささかプライドを傷つけられる相手でもあった。

 しかし、同時に直感した。彼女を思い通りに動かすのは無理だが、彼女は、いかなる状況でもうまくやってくれる・・・・・・・・・だろうと。


 ――最後のピースが俺の手の中に飛び込んできた。悪く思うなよ? ヘルトエイザ。

   あんたのカリスマは、頭数を揃えるためには有用だった。だが、ここからは俺の手番だ……

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