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9-25 再帰的呼び出し泥棒

 森の外と商売をして身を立てている部族、『太陽に向かう燕』の里は、森のエルフ以外にも開放されている。

 ゆえにここは商談の場のみならず、森の中と外が折衝をする、政治の舞台でもあった。


 里の最奥に位置する迎賓館は、白木を削り出した美しい木材を、一本の釘も使わずに組み合わせて作り上げた豪奢にして荘厳な建築物だ。曲線や透かし彫りを多用した内装は、エルフらしさを過剰に演出している。

 そもそも森のエルフは、家具として材木を使う場合はあっても、普通は『死んだ木』の家になど住まないので、この迎賓館自体、エルフの生活を象徴しているわけではなく、一種のテーマパークとすら言えるだろう。


 その迎賓館の会議室に、ハルシェーナの森に住む各部族の族長と、カイリ領の大使が集まっていた。

 大きなテーブルを挟んで、『湖畔にて瞑想する蔓草』の族長・ザンガディファと、スーツを着ていなければ人間より豚に見間違えられそうな中年の男……カイリ領の大使が座る。

 そして、そのテーブルの側面、ややザンガディファ寄りの場所に他の族長達が居た。当事者でありながら傍観者オブザーバーでもあるという、半端な立ち位置を象徴するような位置取りだ。


 族長達は、呆然としていた。

 カイリ領の大使が突きつけた、あまりにも法外な要求に、だ。


「お待ちください……では、この森に、カイリ領の一部になれとおっしゃるのですか」

「形式的には、そう見えるかも知れないという話です」


 大使はレース付きのハンカチで額を拭いながら、ぬけぬけと言う。


「我々は、この度の衝突を不幸な事故であると考えております。ゆえに、今後はこのような突発的事象を避けるため、より深く縁をつなぎ、互いに声を掛け合える関係であるべきだと考えます。罪人の追討も、より大きなシステムの中で行われれば、このような事故も起きないことでしょう。

 つきましては、自治協定をより深める形で、行政への窓口を設けることと、そのための準備を行うことが必要ではないかと、提案する次第でありまして」


 迂遠でややこしい言い回しをしているが、提案内容は要するに自治権の剥奪だ。

 何しろ、国と領の法律が適用される範囲を拡大し、限定的ながら税の徴収を行い、森全体の徹底した地理的調査を行い、エルフの戸籍まで作るという話なのだから。

 それが何を意味するか分からぬ族長達ではなかった。


「カイリの。これではあまりにも……」

「……因習に基づいて同族を殺すにしても、森の中で全てを済ませているなら目くじらは立てませんとも。人には人の法があるように、エルフにはエルフの法がありましょう。

 ですが、それが森の外にまで広がり、人間に害を及ぼすとなれば、つまり、人間とエルフの対立を避けるべきと考えまして、まあ」


 肉に埋もれた小さな目が、濁った水のように光っていた。へりくだったような口調でも、その視線はむしろ高圧的で馬鹿にしたような雰囲気だ。

 ……実際のところ、この大使は、ものをよく考えず目上に盲従するタイプで、エルフには差別意識を持っていて、自分が正しいと思ったときには退くことを知らないという以外は平凡な男だった。

 だからこそ、彼はこの場に大使として送り込まれたのであり、それをエルフの族長達はなんとなく察していた。


「これは友好のためです。平和のためです。それを、よくお考えください。森側が誠意を示すのであれば、国からのあらぬ疑いに対しても、カイリ領としてお口添えできるものと思われますが?」


 大使の鉄面皮が、ついに下品に笑み崩れた。


 * * *


『……ってなわけっす』

「なるほど。そんなことになってたとは」

「よくやった幽霊A。褒めてつかわす」

『俺、まだその他大勢モブ扱いっすか?』


 里の外れにある、蔓草を組み合わせたような部屋の中で、アルテミシア達はカルロスの報告を聞いていた。

 生きた木の一部を自然魔法で変形させた居住区域が、樹上に存在するのが、ここ、『湖畔にて瞑想する蔓草』の里だ。

 そのうちひとつが、アルテミシア達にはあてがわれた。部屋の外には見張りが居る状況だが、武器すら取り上げられていない。

 ちょうど部族長が会議に出かけるところだったという事情もあって、ひとまず後回しにされた形だ。


 そして、族長が出かけた会議を、アルテミシア達はちゃっかりすっぱ抜いていた。幽霊さんカルロスの隠密行動によって。


 当然ながら、迎賓館の秘密会議は魔法的にも警備されていて、いくら幽霊といえどこっそり盗み聴くのは無理だ。

 しかし、この迎賓館自体がエルフ達による盗聴の対象となっており、会議の音声は魔法によってリアルタイムで各地の里へと運ばれていた。その中には、警戒が緩い場所もあったわけで、情報源はそこだった。


 そうしてアルテミシアが知ったのは、思っていたよりもさらに複雑化している、森を巡る思惑だった。


「何重にも事態がこじれてる……国が動いたのとは別で、カイリ領も勝手に動いてるんだ」

「らしいね。国はエルフとの関係を悪化させて、対魔族領の結束を揺らがせたくないだろう。これはカイリの連中のエゴだ。

 国とエルフが結んだ協定の中で許された抜け穴を最大限に使って、自治を骨抜きにする気だよ」


 国への賠償をどうするかの前に、エルフ達は、カイリ領という火事場泥棒を相手にしなければならないのだ。


「地図を見て。このハルシェーナの森は、カイリの領都に近すぎる。そんな場所に武装して自治権を主張する異種族の集団があるって、どう考えたっていい気はしないでしょうね。これを好機とみて牙を抜く気よ」

「国に睨まれているこの状況は、部族にとって大ピンチ。強気に出られないと見て付け入りに来たわけだ」


 テーブルに広げられた羊皮紙の地図を、踏み台代わりの椅子の上から睨んで(そのまんまだと背が届かない)、アルテミシアはうなる。

 そんなアルテミシアを見て、感心するより魂が抜けているのが一名。元から魂なのが一名。


「話に付いていけない……」

『心配しなくていいっす。俺もっすから』


 アリアンナとカルロスは壁際で所在なさげだった。

 ちなみにマナは、分かっているのかいないのか、みんなの話を聞きながら真剣な顔でうんうん頷いている。


「にしたって、この無茶苦茶な要求……」

「飲むとは思ってないでしょ。断られたら、強硬な手段を執る口実にする気なのよ」

「強硬な手段……そうだよねえ。どういうレベルの『強硬』かなあ。経済制裁、自治協定の抜け穴を付いた何らかの法的措置の強制執行、侵略、森を焼く、女子どもに至るまで皆殺し……」

「アルテミシア。私、時々アルテミシアが怖いんだけど」


 アリアンナは干からびた笑顔を浮かべていた。


「……ううん。カイリ領としても、ハルシェーナの森の資源そのものは欲しいはずだから、利益を引き出す方向で来るかな。

 とにかく、わたし達が考えるべきは……この動きにどうやってつけ込むかってこと。カイリ領が火事場泥棒なら、わたし達は『火事場泥棒泥棒』になればいい。早いとこ、わたし達の問題にケリを付けて他に集中した方が良いって思わせれば、動きやすくなる。

 武力で対処する気にはならないけれど、居座られるとどうしようもなく迷惑……みたいなラインで攻めていけばいい。幸い、そのためのネタはあるし」

「……ふぇ?」


 うんうん頷いていたマナが、急に視線を受けて首をかしげた。


 彼女がどの程度状況を理解しているか、アルテミシアとしてはちょっと分かりかねているのだが……一度は殺されそうになって逃げ出した里まで平然と付いてきたのだから、マナは、アルテミシアならなんとかしてくれると信頼しているのかも知れない。


 義侠心とか、地球生まれのよしみとか、巻き込まれた恨みとか、その他諸々……理由はいくつもあるが、アルテミシアも行動を惜しむ気は無い。

 マナの存在自体が手札であり、大物の『歪みの獣』を倒したこともそうだ。そして何より、フィルロームの秘蔵、森の秘宝。これをうまく活用すればいいのだ。


 ――にしても、なんでわたし、あれに気がつかれなかったんだろ。


 『歪みの獣』について考えて、ふと、アルテミシアは疑問に思う。

 今はまず、森の愉快な仲間達との楽しい駆け引きをどうやってまとめるかが問題だから、どうでもいいと言えばいいのだが、あの『歪みの獣』との戦いで発生した不可解な現象も謎だった。

 明らかに『歪みの獣』はアルテミシアを見失っていた。

 いや、下手したら最初から、存在を認識できていなかった。

 この出来事にはフィルロームも説明を付けられていない。


 ――転生者だから、とか? うーん、マナちゃんをサンプルにすれば分かるんだけど、さすがにあんな危ないものの前に放置して確かめるわけにもいかないし……だいたい、『転生者だから狙われない』なんて、仮に当たっててもどういう理屈か分かんないし。

 隠されたチートスキルが発動……なさそうだなあ、それも。


 考えても分からないなら棚上げするしかない。

 族長に聞けたら聞いてみようと、アルテミシアは考えた。


 そんな時、壁と同じように蔓草を堅く組み合わせてある扉が、控えめにノックされた。

 状況が状況だけに、(マナ以外)全員緊張して身構える。


『あの……』


 扉越しにくぐもって聞こえる声は、さっき酷い目に遭(わせてしま)った見回りエルフ兵のものだった。


『ああ、さっきの人ですか。すいません、眠らせちゃって』

『いいえ、それはもういいんです……『改革派』の方とお会いしたいとのことでしたので、お願いをしてきたのですが』

「あっ……有効だったんだ、あの約束」


 滅茶苦茶な状況だったので、どさくさ紛れにお流れになったかと思っていたアルテミシアだった。


「ねぇ、アルテミシア。なんて言ってるの?」

「最初に会ったエルフ兵さんだよ。『改革派』につなぎ付けてくれたって」

『先ほど見張りが交代しまして、今この部屋を見張っているのは、私たちの同志です。

 抜け出して二時間以内に戻れば気付かれないかと思います』

「……行こっか。みんな、絶対に無くしたくない荷物と武器は持ってて」

「あいよー」


 にわかに女どもは身支度を始め、大して広くも無い部屋の中は物音で騒々しくなる。


 当初と予定は変わったが、『改革派』の存在もまた、有利に事を運ぶための鍵たり得る。

 とはいえ、『改革派』にも『改革派』の思惑がある。向こうも黙って協力する謂われは無いわけで……


 ――本番の前の……ちょっとした前座みたいなもんだけども、こんなとこで躓かないようにしなきゃ。


 斬った貼ったは専門外だが……専門外だと主張したいが……そりゃ、あんなでかい化け物を倒してしまったばかりだが……とにかく、アルテミシアの役割・アルテミシアの戦いは、魔物と切り結ぶ事でなく、頭と口を使う事だ。

 遠路はるばるやってきて、ようやく自分の出番となれば、気合いも入ろうというもの。


 ――さて、始めるか。


 アルテミシアは、口の端を吊り上げて笑ってみた。

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