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1-8 ザコと一般人の間の越えられない壁

「何、今の!?」


 言うなりアリアンナは、悲鳴が聞こえた外の様子を見に飛び出していった。

 タクトアルテミシアも後を追おうとして、一旦足を止め、ベルトのポーチへさっきまでに作ったポーションを押し込んだ。グスタフには悪いが、いざという時は使う気だ。


 家の中でも十分寒いのに、外の空気は刺すように冷たかった。

 いつしか日はとっぷりと暮れている。街灯なんてあるはずもないのに、何故か村の中がほんのり明るい。

 コルム村の中心部は、村長の家と広場の周囲に数軒の家が散らばっており、グスタフの家もそのひとつだ。村長の家の前にある広場の方から、光が見えた。


 赤々とした光を見て、最初は火事かと思ったが、よく見るとそれは何者かが持っている松明の炎だ。

 騒然と、人の騒ぐような声が聞こえてくる。アリアンナの背中を追って、タクトアルテミシアもそちらへ駆けて行った。


 村長邸の影に隠れて、アリアンナは広場を覗いていた。

 タクトアルテミシアもアリアンナの下から顔を出して様子を伺う。

 異常事態が起きている事はすぐに分かった。

 粗末な鎧兜を身に着け、松明を持った兵士達が、十数人の村人を囲んでいる。剣やら鎗やらを突きつけて、完全にホールドアップの体勢だ。中には倒れている村人も居る。


 タクトアルテミシアは、倒れている村人の中に、見知った筋肉を見つけてしまった。


 ――あれは……グスタフさんじゃないか!?


 服装も、さっき家を出るときに着ていたものだ。

 マリアらしき女性がしゃがみ込んで声をかけているがここからでは様子がよく分からない。

 アリアンナもグスタフの姿に気がついたようで、息を呑む様子が伝わってきた。

 グスタフらしき人物も含め、倒れた村人は動く様子が無い。ここからではよく見えないが、生きているのだろうか。それとも。


「何をなさるのですか、皆様!」


 囲まれている村人の中で、ひとりの老人が叫んだ。あれが村長だろうか。


「……金、出セ。食イ物、出セ。女、出セ。領主様、命令。逆ラエバ、殺ス」


 兵士は古い歯車がきしむ音みたいな声で、片言で喋っていた。深く兜を被り、マフラーのように覆面をしているので、爛々と輝く目だけが見えていて不気味だ。

 そして兵士は、倒れている村人を蹴りつけた。囲まれている村人達が、悲鳴を上げる。


「アリアさん、あれって……領主様の、兵隊……?」

「違う、違うよ。確かに、装備は領主様の兵隊だけど……領主様がこんなやり方するはずない! 税は収穫の時にちゃんと納めたし……なのにこんな、無理矢理奪っていくなんて、領主様はしないはず……」

「じゃあ、あれは一体……」


 アリアンナの返答まで悲鳴みたいな言い方だった。

 これだけ慕われている領主様が、突然こんな横暴を押しつけてくるとは考えにくい。


 ――偽物だろうか。兵士に化けた盗賊団、とか?


 本物だろうが偽物だろうが、ひとつだけ言えるのは『まずい』。

 兵士の数は十人にも満たない。村の男達総掛かりで、農民一揆のように集団で農具で襲いかかれば止める事くらいできるだろうが、ホールドアップさせられている現状が既に詰みチェックメイトだ。

 この後、兵士達はどうする気だろう。何をされるか分からない。略奪されるだけならまだマシだ。

 村人でないタクトアルテミシアは見逃してくれるだろうか。いや、そんな都合のいい話は無いだろう。


 ――って言うか『女を出せ』って俺も入るのか、ひょっとして!?


 大人でこそないが、今の体は紛う事なき女だ。もし連れ去られたらその後どうなるかは考えたくもない。


 広場ではまだ押し問答が続いている。しかし、武装した集団と非武装の村人では、どうしたって一方的だ。


「こ、これは、本当に領主様の命令なのですか!?」

「金、出セ。食イ物、出セ。女、出セ。領主様、命令。逆ラエバ、殺ス」

「か、か、金と食べ物ならばいいでしょう。ですがどうか女達は――」

「逆ラエバ、殺ス」


 何の前触れも無く、ひとりの兵士が手近な村人に向かって剣を振るった。


「きゃあっ!」

「おかあさ……ムグッ」


 声を上げそうになったアリアンナは自分で口を塞いだ。

 切りつけられたのはマリアだった。吹っ飛ばされるようにして、そのまま尻餅をつく。傷の深さは分からないが、斬られた服がはだけて、傷を負った事だけは分かる。


「逆ラエバ、殺ス」


 無機質な口上とともに、再度剣を振り下ろさんとする兵士。

 だがそこへ何者かが割って入った。


 重い音。そして、兵士が転倒する。

 若い村人のひとりが、兵士の横っ面を殴り飛ばしたのだ。

 広場の石畳に金属音が響いた。殴られた兵士は剣を取り落とし、兜も頭から滑り落ちて、覆面がほどける。


 そこにあった顔は、人間の物ですらなかった。

 しわくちゃで無毛の頭部。は虫類のような顔立ち。

 タクトアルテミシアは、この世界に来て初めて魔物を見た。

 

「魔物っ……!?」

「馬鹿な!」

「なんだこいつは!?」


 村人の集団からも、動揺の声が上がる。

 あの魔物は転生カタログの挿絵で、タクトアルテミシアも見覚えがあった。


 レッサーオーガ。怪力と巨体を誇る魔物『オーガ』に似た下等な魔物。

 オーガのような怪力も、ゴブリンのような狡猾さも持ち合わせていないが、成人男性程度の体格と力はあり、しかも繁殖力だけは高いので数が多い。知能は低いが、訓練すれば規律に沿った行動と武器の扱い程度は仕込む事が可能で、魔物の軍勢が雑兵として用いる事が多い……らしい。

 魔物の常として性格は極めて残忍、かつ好戦的。


「領主様、命令……」


 村人達が魔物の姿に驚いた一瞬の隙を、レッサーオーガは見逃さなかった。

 殴られたレッサーオーガは素早く剣を取り立ち上がると、ブツブツと同じ言葉を繰り返しながら、自分を殴った若い男を斬った。


「 が  ぐぁ……」

「いやああああああああああっ!」


 村人の集団から悲鳴が上がる。

 タクトアルテミシアの方もほとんど声を上げてしまいそうだったのだが、それができなかったのは、喉から声が出なかっただけだ。すぐ上から顔を出しているアリアンナが、ヒッ、と息を呑んだ。


 タクトアルテミシアは人が斬られるところをはじめて見た。人が、血の塊か臓物かも分からない赤いものを撒き散らすのをはじめて見た。全身を自らの血に赤く染めながら崩れ落ちていくのをはじめて見た。

 見えているもの全てが赤く染まるように錯覚して、そして、次にこうして倒れるのが自分でもおかしくはないのだと悟った。


 その時タクトアルテミシアは、兵士のひとりと目が合ったような気がした。

 村長邸の影から顔を出し、村人を包囲した兵士の輪を、外側から眺めているという立ち位置なのだが、村人集団の向こう側に居る兵士と、一瞬目が合ったような気がした。


「ゴグァギィイ! ガアア!」


 果たして、その兵士はタクトアルテミシアの方を指差しながら奇妙な雄叫びを上げた。

 兵士の姿をした一団が一斉にこちらを振り向き、タクトアルテミシアの心臓は大きく弾み上がった。


 ――気付かれた……!


 ジャリジャリと鎧を鳴らして歩き、彼らはふたりの方へやって来る。見張りを残す知恵も無いようで、全員が揃って。先頭には、兜が脱げたままのレッサーオーガ。濁った目にふたりの顔が映り込んだ、ような気がした。

 首筋を焼かれているような感覚があった。きっと、これが殺気というやつだ。ゆっくりと歩いてくる姿は、獲物が女の子ふたりと見て油断してこそいる様子だったが、その視線から殺意だけは明白に感じられる。

 逃げないと、と思ったのに、足がすくんでしまっていた。縛られたように全身が動かなかった。

 息が掛かるほど近くまで迫ってきたそいつは、剣を振り上げる。


「……金、食イ物、女……領主様……命令……」

「ひっ……!」

「アリア!」


 アリアンナの身を案じたマリアの悲鳴。斬られた傷を押さえながらも絶叫する。

 松明の明かりに、禍々しくぎらつく剣。

 このままなら、アリアンナは死ぬ。

 

 タクトアルテミシアは、ポーチの中に手を突っ込んでいた。ポーションの小瓶の感触。

 これが、どれほどの力を持つのかは分からない。

 だが、今ここで魔物に立ち向かい、アリアンナを守れるのは、タクトアルテミシアだけなのだ。

 タクトアルテミシアの抱く衝動は、もはや強迫観念じみていた。

 

 身を捨てるように『人助け』をする……

 そうしなければ自分自身の居場所が無くなってしまうのだと、刷り込まれてきたのだから。


 ポーチから抜き出した膂力強化ストレングスポーションを、タクトアルテミシアは一息に飲み干した。

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