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9-23 U//NKN//OW//N

 エルフ達は、それ・・を、『歪みの獣』と呼んでいた。


 森の中、それも数カ所の決まった地点に、時折、突如として現れる不可解な怪物。

 森の奥底に封じられた強大な魔の、力の一部が漏れ出したものだと言われている。


 現れるたびに、強さも大きさも姿形すら異なる怪物は、ただ人を殺す。エルフであろうと人間であろうと、人を見つければ、一切の区別無くただ殺す。

 エルフの兵士達は、そんな化け物と戦って傷つけ、足止めし、弱らせたところで巫女が浄化して消滅させる。

 それが、何百年どころか千年以上の間、このハルシェーナの森で続いてきたことだった。


 * * *


 薄青い森の中、闇がわだかまっているような黒い影が接近してくる。

 人のような二足歩行。部分的にとげとげした禍々しいシルエット。


「アルテミシア。悪い情報と、もっと悪い情報がある」


 ハードボイルドめかしてフィルロームが言った。


「そういうのいいですから……」

「悪いのから話そう。『歪みの獣』は、弱いやつでも兵の10や20で掛かるのが相場だ。この場にいる全員合わせても頭数が足りない」

「じゃあ、もっと悪い方は?」

「『歪みの獣』が現れる場所は、全て部族の兵士が見張っている。そこで倒されずに迷い出たって事は……ありゃ兵士を蹴散らせる程度には強い個体だ」


 そんなフィルロームの解説をBGMに、黒い影は近づいてくる。


 ――なにこいつ……なにこいつ!?


 森までの道中、アルテミシアは『歪みの獣』について、暇つぶしのお話としてフィルロームから聞いてはいた。

 しかし、その実物は、考えていた数十倍はおぞましい何かだった。SANチェックが必要だ。


 それは、黒かった。

 体の部位に応じて微妙な濃淡はあるものの、汚らしい黒である事は全身統一されていた。

 身長はおよそ4メートル。体重は推計300kgくらい。

 シルエットは今ひとつ曖昧だ。それもそのはずで、表面が泡立ち、波打って、半流体のようになっているからだ。

 夕暮れの道に長く伸びた影法師みたいなひょろっとした体躯なのに、右腕だけは、その体に不釣り合いに大きく、荒縄のごとき筋肉が隆起する、黒カビ色の巨腕となっていた。


 そいつは、獲物である人たちを目指して、真っ直ぐに歩いていた。

 目の前にある邪魔な木の幹を、右腕で鷲づかみにして。


【 ―― nieuwqfohuopqfblivewq@@@!!!!!!! ―― 】


 ノイズのような雄叫びと共に、大人でもひとりでは抱え込めないであろう大木を握り潰して(『獣』としては、どかすためにただ掴んだという感覚なのだろう)、脇にどけた。


『緊急連絡!』


 エルフ兵が何かを空高く放り投げた。

 空から引かれるように高度を上げていったカラーボールみたいな物体が、木々を突き抜けた更に上で弾ける。

 アルテミシアの位置からでは枝葉に邪魔されてよく見えないが、狼煙にでもなっているのだろう。


「これは、勝て……ううん、逃げられるのかしら?」


 レベッカは持っていたポーションを素早く飲むと、背負っていた大斧を構え、『獣』とにらみ合う。アルテミシアもそれにならってポーションを飲んでおいたが、こんなわけがわからないものに戦士ですらないアルテミシアの攻撃が通用するかどうか。

 『獣』は一定の距離を保ったところで動きを止め、目も口も分からない真っ黒な頭部で、品定めするように人々を見ていた。


「……厳しいね。エルフだけならなんとでもなるが、人間も入れて森の中を逃げるのは厳しい。なにしろこいつら、ニオイでも分かるのか、どこまでも追いかけてくる。

 ……増援が来るまで持ちこたえる方が現実的だね。守衛所を破られたなら、里に報せは飛んでるはずだ。今の信号弾で場所も分かったはずだから、じき応援が来る」

「弱点は?」

「無い。物理的に肉体を破壊していって、動きが鈍ったところで死霊魔法で封印するってだけだ。あぁ、そっちの幽霊Aは引っ込んでな。下手に近づくと取り込まれるよ」

『うげーっ、そういう奴なんすか? 了解っす……』

「じゃ、私が食い止めるしかないって事か」


 軽い調子でレベッカは言って、斧をぶるんと一回転させる。


『あの人間、戦うつもり!?』

『しょ、正気じゃないわよ! あんなのひとりで戦えるわけ……!』


 逃げ腰のエルフ兵達は、悲鳴のようにエルフ語で呟く。

 見回りの新兵が相手をするような敵ではないはず。既に精神的に飲まれ、臆病風に吹かれている。

 つまりは戦力外だ。


【 ―― Engage; SetTarget(Sight) ―― 】


 口があるかどうかも分からない頭部で、『獣』が何かを喋る。

 それが言語である事はアルテミシアにも分かったが、何故か、その内容が頭に入ってこなかった。

 耳で拾った時には何か意味を掴めそうだったのに、その音声が頭に届く頃には、やすりでも掛けられてしまったかのように意味が失われている。


 『獣』が、動いた。


【 ―― AttackCombo_3 ―― 】


 思いも寄らぬ加速から、黒カビ色の巨腕を振りかぶり、レベッカに向かって叩き付ける。


「ひゃっ!」


 衝撃。

 アルテミシアは自分の小さな体が浮かんだような気がした。

 巨腕が地面を殴りつけた時の地響きだ。


 地面? そう、殴ったのは地面だ。

 紙一重で見切ったレベッカが大斧を振り回し、カウンターの一撃を叩き込む。


「はああああああっ!」


 ズブリ……


 大斧の刃が巨腕に潜り込んだ。

 まるで泥の塊でも斬ったように、奇妙な音を立てて、黒くてねばっこい液体がしたたり落ちた。


「何、この奇妙な手応え……」


 レベッカが訝しむ。柔らかいものなら両断されていてもおかしくない勢いだったはずなのに、衝撃を吸収されたかのように、刃は腕の中程で止まっていた。


「それっ!」


 攻撃して、攻撃されて、一瞬できた隙。

 『獣』が止まったその瞬間に、アリアンナは立て続けに矢を放った。続いて、エルフ兵達も思い出したように短弓を射る。

 アリアンナの撃った矢だけが、『獣』の頭部に突き刺さった。

 頭部に突き立った矢は、しかし、すりおろしリンゴに突き立てたスプーンのように、ぐらりと揺らぐ。


「これ本当に効いてるんですか!?」

「まだまだ! あれは普通じゃないんだ、とにかく体を崩しな!」


 レベッカに強化バフを飛ばしながら、フィルロームがアリアンナに怒鳴り返した。


 続くアリアンナの矢は、頭の中央から少し外れたところに飛んだ。アリアンナのことだから、わざとそこを狙ったはずだ。矢に削られて、黒い塊がぼろりと、『獣』の細い体の肩口に落ちた。


 ――そういうことか。言うなればこれって、スライムみたいなものなんだ。体を削っていけばまともに動けなくなって、そうすれば魔法で……


「え」


 それはもう、誰が言ったのかも分からなかったけれど、『獣』のあまりに何気ない動作に、誰かが驚いた。


 『獣』は虫でも払うように、軽く巨腕を振った。

 腕に刺さっていた斧はすっぽ抜けて、当然ながらそれを手にしていたレベッカももろともに吹き飛ばされ、一直線に巨木へ打ち付けられた。


 轟音と共にへし折れた木がゆっくりと倒れていく。


「お姉ちゃん!」

「平気……っ!」


 空中で姿勢制御し、受け身を取っていたレベッカが斧を手に立ち上がる。


「今なら……!」


 レベッカが放り出されたことで、『獣』に隣接している者は居ない。

 アルテミシアは麻痺毒パラライズポーションの薬玉を擲った。

 薬玉が『獣』の足下で割れて、煙と化したポーションが立ち上るが……


「効かないか……!」


 あの巨体では、仮に普通の生物だったとしてもポーションの効果など知れたものだが、こいつは呼吸をしているかも怪しい。いずれにせよ、薬玉で動きが鈍った様子は無い。


【 ―― SetTarget(SearchEnemy()) ―― 】


 『獣』がまた、何か理解しがたい鳴き声を上げた。

 小さな頭部で周囲を見渡す。


 『獣』がさっき攻撃したのはレベッカで、『獣』を攻撃したのもレベッカだった。

 しかし『獣』は、まるでもうレベッカには興味が失せたとでも言うかのように、あるいは機械的に、より近いターゲットの方を向いた。


 レベッカは吹き飛ばされて距離ができた。

 遠巻きに様子を伺う中、一歩前に出ていたのは……


「……わたし!?」


 薬玉を投げたアルテミシアだった。


 巨体からすれば針金のような、細い足が地を蹴る。

 黒い塊が、迫った。


 ――……くぐる!


 あれに殴られたらひとたまりも無い。

 が、アルテミシアには軽業という武器がある。

 ギリギリまで引きつけて、拳の下をくぐって背後を取れば、連続攻撃はできないはずで……


「今だ!」


 アルテミシアは申し訳程度の盾として薬染爪剣インジェクターを頭上で交差させ、向かってくる『獣』へ飛び込んだ。


 そんなアルテミシアを、『獣』は跨ぎ越えていった。


「……あれ?」


 巨体の股下をくぐり、急ブレーキを掛けたアルテミシア。

 『獣』が向かっていく先にはアルテミシアではなく……


「え、わ」

「アリアンナ!」


 次の矢をつがえ、射ようとしていたアリアンナがそこに居た。


 ――ダメ! このままじゃアリアンナは避けられな……


「っああああああああ!」


 人間の可聴域を超えそうなソプラノでアルテミシアは吠えた。

 かかとに力を込め、今し方くぐり抜けた黒い足に向かって矢のように跳びかかる。

 そして宙に浮いたまま、薬染爪剣インジェクターを一閃させた。


 棒っ切れみたいな『獣』の右足の、先端から50cmほどが千切れ飛んだ。

 それは長い足全体からすればほんのわずかで、しかし、それは体勢を崩させるに十分な一撃だった。


 狙いを逸らされた黒カビ色の鉄拳は、アリアンナの頬をかすめ、すぐ隣に振り下ろされる。


「あ、あわ、あわわわわー!」


 アリアンナが転がるように距離を取る。

 『獣』はそれを追わず、訝しむような声を上げながら、周囲を見回していた。


【 ―― SearchAtackedEnemy; Error!! Unknown enemy... ―― 】


 アルテミシアは、何故か、その行動が意味するところを閃くことができた。

 アルテミシアを素通りして、二番目に近い場所に居たアリアンナを狙った行動。

 そして、足下のアルテミシアを探すような今の動作。


 ――こいつ、わたしが見えてない・・・・・……!?


 何故、と思ったが、そう考えれば奇妙な行動に説明が付く。


「アルテミシア、早くそいつから離れてっ!」


 アルテミシアは未だ、『獣』の足下にいる。

 体勢を立て直したアリアンナは、自分の胸囲より太い腕めがけて矢を打ち込んだ。

 レベッカもアルテミシアを逃がすため『獣』に迫るが、牽制するように『獣』が巨腕を振るい、寄せ付けないようにしている。

 しかし、『獣』がアルテミシアを攻撃しようとする素振りは無かった。

 

 レベッカと戦うために腕を使っているから?

 違う。いくら細いと言ったって、この巨体を支える強度がある足なんだから、アルテミシアを蹴飛ばすことだってできるはずだ。

 だが、そうしていない!


「……てりゃっ!」


 アルテミシアの一撃は、余りに容易く、無防備な足を斬り飛ばした。


 ――行けるっ!


「うりゃりゃりゃりゃりゃーっ!」


 無我夢中で爪を研ぐ猫のように、アルテミシアは腕を振り回した。


【 ―― Error!! Error!! Error!! ―― 】


 『獣』が不気味な悲鳴を上げる。

 まるでダルマ落としだった。『獣』はふくらはぎを斬り飛ばされれば膝で立ち、膝を崩されればももで、しぶとく立ち上がる。

 しかし、それでも足下のアルテミシアを攻撃しようとはしない。見えない敵を探すように辺りを見回しながら、腕でレベッカを牽制するばかりだ。


 もう、レベッカやアリアンナは当然、フィルロームやエルフ兵達も、目の前で繰り広げられる珍事に見入っていた。世の中には『アリのひと噛みが象を倒す』という言い回しもあるが、まさに今、それが実演されていた。


 アルテミシアの攻撃が股関節にまで迫った辺りで、ついに『獣』はバランスを保てなくなって、地響きをあげて前のめりに倒れ込んだ。

タイトルのネタ、分かりますかね……

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