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9-22 森のエルフにご用心

「アルテミシア。最初から説明してもらっていい?」

「ハイ」


 珍しく詰問調のアリアンナに、アルテミシアはしおらしく応じた。


「このまんまじゃ埒が明かないから、見回りのエルフさんと話をして取り次いでもらおうってことだったよね?」

「うん。『太陽に向かう燕』の里で取り次ぎを願うのはリスクが大きいから、直接……」


 エルフの里にも人間の街にも、うかつに入れる状況ではない。しかし、手をこまねいていても事態は好転しない。ちょっと荒っぽいが、見回りとして出歩いているエルフを、森の外縁部で捕まえる事にしたのだ。

 なにしろ見回りルートは、フィルロームが里に居た100年ちょっとの間変わっていなかったそうなので、300年経っても変わっていない可能性に賭けたのだった。


「……それで、できるだけ刺激しないように、戦いになったりしないように気をつけるって話だった……よね?」

「……ハイ」


 必要とあらば強硬な手段も辞さない構えだが、だからと言って最初から喧嘩腰では『交渉』にならない。アルテミシアだってそんな事分かりきっているのだけれど、アリアンナからは何故か穏便な手段を取るよう、重点的に念押しされた。

 フィルロームやレベッカ、そして何よりアルテミシアを、彼女がどう思っているのかよく分かる。

 ……そして結果だけ見れば、その懸念は当たっていたと言えるだろう。


「なんでこういう捕まえ方になってるの!?」

「パニックになってて、舌とか噛みかねなかったんだってばー!」


 アリアンナが指差した先では、巨木の根元に寄りかかるようにして、全身を蔓草で縛り上げられたふたりの女エルフが座っていた。

 足をピッタリとくっつけられたうえ、手は背中側で拘束され、さらに猿ぐつわのように太い蔓草が口を横断している。フィルロームの自然魔法だった。


 例によってボディラインの浮き出る革鎧を着たふたりは、拘束されて武装解除されても、なお険しい目つきでアルテミシア達の方を睨み付けている。

 穏便に話をする、つもりだったのだが、彼女達はアルテミシア達を見るなり完全にテンパった様子で襲いかかってきた。そして、かなり手加減した様子のレベッカの攻撃と、フィルロームの魔法の前に劣勢になっても死に物狂いで戦い、いよいよ捕縛されると自害しようとした。

 狂信的忠誠心……というよりも、むしろ恐慌状態。


『あの、ごめんなさい。こんなやり方しといてなんですけど……

 ちょっとお話ししたいことがあるだけなんで、落ち着いてもらえますか?』

「むー! むー!!」

「……フィルロームさん、猿ぐつわを解いてあげてください」


 そう言いながらアルテミシアがフィルロームの方を振り返ると、フィルロームは、顔の皺に埋もれたような有様だった目をギラリと見開いて驚いていた。


「アルテミシア。あんたエルフ語ができたのかい」

「えっ? わたしはただ……」


 アルテミシアは、はっとした。

 自分としては日本語を喋っているようなつもりだが、そもそも、それ自体が翻訳されているものなのだ。

 『転生屋』の説明によると、言語は自動翻訳。なにもそれが人間語に限った話だとは聞いていない。

 人間語が分からないエルフに向かって喋るという状況で、自然に切り替わっていたらしい。


「……なんかできたみたいです。『あー、あー、アメンボ赤いなあいうえおー。』うん、切り替わったかな」


 一度自覚してしまえば、割と融通が利いた。

 どうせフィルロームを通訳にすれば大丈夫だろう、と思っていたのだけれど、これは幸運。自分で理解して喋れるなら交渉もやりやすくなる。


「すごーい! なんでできるの!?」

「分かんない……」


 アリアンナは感心しきりだ。ちなみにレベッカはと言うと、とっくにアルテミシアを抱き込んで『よくできました』の頭もふもふをしていた。


「えと、とにかくふたりを喋れるようにしてください」

「あいよ」


 巻き付いていた蔓が部分的にほどけ、エルフ達の口が自由になった。


『ぷはっ……おのれ、人間め! 我々をどうする気だ! 慰み者にするか? 見世物として売り飛ばすか!?

 だが、いかにしても我ら森の民の誇りまでは汚せぬぞ!』

『くっ……殺せ! ひと思いに殺せ!』

「この人ら、他所の世界から入って来た悪い文化とかに毒されてない?」


 何かの様式美みたいな台詞を吐くふたり。

 人間アレルギーと言うか、何と言うか。


『まーったく、落ち着かんかい若造ども。部族の縄張りの境界から三歩外の木に、蔓草で野ネズミの干物を吊しておろう。作法に則って取り次ぎを求めた客人に先制攻撃を仕掛けるか、馬鹿者が』

『……エルフ?』


 勝手に悲壮感を全開にしているふたりを笑い飛ばすフィルローム。ローブのフードを下ろした彼女を見て、ふたりは訝しげな声を上げた。フィルロームがエルフだと、やっと気がついたようだ。


『おうとも。あたしゃエルフさ。自然魔法を使う人間なんざそうそう居るかね。あたしはフィルロームってんだが、知らんか、若造ども』


 ふたりは顔を見合わせて首をかしげた。知らないようだ。

 その反応を見て、フィルロームはニンマリと笑う。


「知らないか。伝わってないんだね。そりゃありがたい。名前だけで泡拭いて白目剥かれちゃやってらんないからね」

「……フィルロームさん。森に居た頃、何してたんですか?」

「うはははは!」


 フィルロームは笑って誤魔化した。


『若造ども。この道を通って見回ってるって事ぁ、あんたらは『湖畔にて瞑想する蔓草』の者で間違いないね』

『だとしたらなんだ!』

『作法通りに挨拶だけはしたが、実はあたしらは、部族長よりまずあんたらと話がしたいんだ。あんたらが、どっち・・・に付いてるか聞きたい。……来な』


 フィルロームに呼ばれて、木陰に隠れていたマナが不安げな様子で姿を現す。

 ふたりの反応は劇的だった。顔色が変わるとはこの事だ。


『サフィルアーナ様っ……!?』

『お逃げになったのでは……!』


 自分ではない自分(マナにしてみれば、だが)の名前で呼ばれ、マナはちょっと居心地が悪そうだった。

 ……ちなみに、彼女の背後にはカルロスが姿を消して潜んでいる。話がややこしくなりそうだし無意味に怖がらせかねないからと、ひっこめておいたのだった。


『その反応……さすがに処刑未遂のことは知っているみたいですね』


 アルテミシアが指摘すると、ふたりは苦虫をかみつぶしたような表情になる。図星らしい。


『あたしらはこの子の味方だ。若造ども、あんたらはどっちだ?』


 簡にして要を得る問いかけだった。

 ふたりはまたもや、縛られたままで顔を見合わせた。


 今、この森では派閥抗争が起きている。偶然出会った商人から話を聞けたのは幸運だった。向こうの足下がぐらついているなら、付け入りやすくなる。


 派閥抗争に関して、最初からマナが話していてくれれば……とも思うが、何が特筆すべき異常事態で何がそうでないのか(そもそもそういう事を伝えるべきなのかどうか)、この世界に来たばかりの3歳児に判断を求めるのは酷だろう。


 とにかく、ここで見張りのエルフ兵がマナに同情的ならば、打てる手が増える。でなくても、それはそれでやりようはある。

 ふたりのエルフは様子を伺っている風だったが、地面に視線を落として、控えめに本音を漏らす風で呟いた。


『……あの腐った長老会議をひっくり返せるなら、私は人間とだって悪魔とだって手を組んでやる』

『私は、どっちでも…………でも、サフィルアーナ様の事は、乱暴すぎると、思う……』

『決まりだ』


 ふたりの発言を既成事実化する、有無を言わさぬ調子のフィルロームの一言に、エルフ兵たちはびくりと震えた。そして『やばくね?』『なんか後戻りできないとこに踏み込んでね?』みたいに視線で会話をする。


『それでは、本来の作法からは外れると思いますが、長に対抗している派閥の、主立った誰かに取り次いでもらえませんか? 里へ乗り込む前に、足がかりがあると嬉しいので』

『それくらいなら……ただ、今すぐとは行かない。私達は見回り中だ』

『そりゃそうだ。見回りが終わってからで構わない』

『……この場所で待っていてほしい。次の見回りが通るまで、半日はあるはずだ。上手く行けば、それまでに誰かを……ダメでも、それを報せに私が来る』

『そこまでしてくれるんですか? ありがとうございます!』


 このふたりのエルフ兵がマナに同情的だったのはアルテミシアにしても幸運だった。敵対的な考えだったりしたら、手順が面倒になる。

 それどころか進んで協力してくれると言うのだから本当にありがたいと思った。……のだが、エルフ兵は眉間に皺を寄せてアルテミシアに吠え掛かる。


『勘違いするなよ。これはサフィルアーナ様と、里の未来のためにすること。お前たち人間のためではない』


 ――やっぱり何かに毒されているのでは?


 凛とした声音で断固として言い放たれたのだが、ここまで型にハマっているとアルテミシアにとってはギャグでしかない。


『さて、それならあたしらはここで待たせてもらうことになるが、構わんかね』

『部族の領域に、勝手に人間を……いや、サフィルアーナ様が居るならいい、のか……?

 それよりも、早くこれをほどいてくれないだろうか』

『ああ、その前に……』


 未だに全身を縛り上げている蔓草を見て言うエルフ兵。

 そんな彼女に近づいて、フィルロームは何かを取り出した。


『念のためだ。嘘をついてないか、用心させてもらうよ。こいつを飲みな』

『え!? そ、それは……』

『気にせんでええ。時間が来れば体の中で溶けて消えるからね』


 フィルロームが取り出したのは、ウィゼンハプトに飲ませたのと同じ、飲ませた相手を監視する虫の使い魔だった。

 その外見は端的に言えば、細い足をワシャワシャと10本ほどうごめかせている……台所の悪魔に似ていた。背中の脂ぎった輝きがニクイ。


『え、あの、ちょっ……』


 エルフ達を縛り上げていた蔓草は、いつの間にかふたりの体を直立した体勢にしていた。

 さらに、うねうねと蛇の頭ように動く細い蔓が、2本ずつ同時に彼女らの口にねじ込まれ、上下に広げて口をこじ開けさせる。


「……マナちゃん。エルフって、虫は食べるの?」

「たべるよ。でも、ああいうのはたべない」

「そっか……」


 悲鳴が上がって、付近で休んでいた鳥たちが、枝葉を揺らして飛び立っていった。


 * * *


『よ、汚された……汚された……』

『こ、こ、このような辱め……っ!』

『若いもんが虫の一匹ごときで嘆かわしい』

『いや、あれはほとんどの人にとって等しく衝撃的経験かと……』


 使い魔を飲ませられたエルフ兵達が衝撃から立ち直るには数分を要した。

 ハイライトが消えた涙目のふたり、そして大げさに溜息をつくフィルローム。


『あんたも部族の戦士だろう。そんな根性で、あの『歪みの獣』と戦えるもんかい』

『む、無理だ! 無理だから……その、反対してるんだ』

『……なるほどね。いや、馬鹿にしてるんじゃない。理にかなってると思ってんだ』


 フィルロームが口にした『歪みの獣』とは、この部族が封じている悪魔的存在の名だ。

 時折森に発生する『歪みの獣』の一部みたいなものを、部族の戦士が倒し、巫女が封じる。そうやって封印を守ってきた。


 ――そりゃ、そうか。部族の命令で戦士にされたからって、そんな化け物と戦う覚悟が無い人も居る。ヘタしたら能力不足で、捨て駒か肉盾ぐらいにしかなれない人も居る……


 何故かアルテミシアは前世のことを思い出していた。

 学校行事として全員参加である以上、どんなに運動が苦手でも駆り出され、運動部の連中に怒鳴られながら敵チームとの接触で痛い目を見るしかない球技大会。あれは人類をスポーツ嫌いにして弱体化させる地底人の陰謀だったと思うのだが、文科省は未だに恐るべき真実に気付いていない。


 もっとも、球技大会では死人なんか出ない。(テロリストが乗り込んでくる・突如ゾンビがパンデミックする・校庭で謎の転校生と異能者が戦い始めるなどのありがちな事態が発生しない限り)

 対して彼女らは、命懸けで戦うことを強いられている。いくら『大事なお役目だから』と言われても、それで納得はできないだろう。


 ――だからってみんなが逃げ出したら『歪みの獣』とかいうやつの封印は解けちゃうわけで……面倒なことになってるなあ。

   ま、それはあくまで森の話だから、こっちはその混乱に乗じさせてもらうだけだけど……


 そんな風にアルテミシアは気楽に考えていた。

 そして、対岸の火事だと思っていた騒ぎは得てして延焼してくるのだというこの世の摂理を思い知ることになった。


「ムッ!」


 フィルロームの顔が険しくなり、どこか森の奥を睨み付ける。

 マナが急に、アルテミシアの後ろに回り込むようにしがみついてきた。


『……なんかヤベぇのが来てるっぽい感覚があるんすけど。全身の産毛を逆撫でにされてるみたいな?』


 産毛があるかも定かでない霊体のカルロスが、姿を消したまま震えた声で言った。


 ベキリ。


 巨木が握り潰された・・・・・・、としか思えない音が、意外なほど近くから聞こえた。


「まさか……」


 呆然とそう呟いたのは、レベッカだったか、アルテミシアだったか。


「出たね、『獣』が」


 フィルロームが、皺深い唇をひと舐めして言った。

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