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9-16 ある意味200歳差のがぎめら

「父上、それはどういう話ですかっ!」


 ゲインズバーグ城の執務室では、ルウィスがレグリスに噛みついていた。

 怒りと興奮に頬を紅潮させて、アルテミシアより更に小さな体で精一杯仁王立ちするルウィスは、異議ありオーラを全身から噴出させている。

 対するレグリスは肖像画のように静かな表情だった。


「もう一回最初から話そうか? 彼女アルテミシアらはどうやってか、ブラック卿らの動きを察し、昨夜のうちに街を抜け出していた。私の予想が正しいなら、マナなるエルフの娘を国の手に委ねず、自ら問題を解決する気だろう。何か、私には明かせない秘策があるようだったし……」

「それは分かっております! ですが、なぜアルテミシア達まで追われなければならないのです! まったく筋が通らないではありませんかっ!」


 静かなレグリスの様子に、余計に苛立つかのように、ルウィスは激おこであった。

 怒りの大部分は、アルテミシアが追われているとかその辺りが理由だったが。


「あまつさえ、あんなわけがわからない中央貴族のワガママで、領兵団まで動かせなどと……!」

「ルウィス」


 言葉を遮り、重々しく、レグリスはたしなめた。


「それは調査団が独断で命じたのではない。彼らが国に諮り決まったことだ。故に、私は従うことになる。

 だがそもそもこれは、国側が状況を見定め、対応を決定するため、まずは命の危険がある重要参考人を保護するというものだ。罪人を捕らえるのとは違う」

「それは……建前ではありませんか」


 レグリスは、自分が口にした言葉が悪意に満ちた誤魔化しだと理解している口調で、ルウィスもそれを理解している様子だった。


「多少、不快な思いをしてもらう事になるかも知れないが、罪に問われることはおそらく無いだろう」

「そういう問題では……」


 こっちの見立ては特に誤魔化しではなく、本気だった。

 その程度の口添えはできる、と考えても、別に自惚れではないだろうとレグリスは思う。アルテミシアが罪を犯したわけではないのだから。


 だが、それでルウィスは納得しなかった。


「アルテミシアはいいとしても、あのエルフはどうなるのです?」


 レグリスは今度こそ言葉に詰まる。

 アルテミシアや、その仲間達はまだなんとかなる。

 人間の国であるレンダールの法は、やはり人間に甘い。後追いで市民権を登録し『領民』として(つまりレンダール国民として)の権利がある事を主張できる。

 しかし、エルフとなるとそこは難しかった。


 と言うより、何故ここでルウィスが彼女マナを気に掛けるか、レグリスには分からない。

 アルテミシアを気に入っているのはレグリスも察していたが……


「……何故、気になる?」

「あやつは悲劇です。アルテミシアがあやつを助けると決めたなら、助けるべきなのでしょう」


 * * *


 それはルウィスが昨日、中庭でギルバートをからかっている時のことだった。ちなみに時間としては、作戦会議室にフィルロームが惨状していた頃だ。


「どうした、ギルバート?」


 突然ギルバートは、何故か今日は鎧戸が閉じられている、中庭に面した応接間の窓に接近する。

 そして、カリカリと引っ掻いた。


「……ねこさん?」


 鎧戸の向こうから、妙に幼げな声が聞こえてルウィスは驚く。何者か分からないが、この場所には似つかわしくないように思えた。


「うむ、猫だ。我が城のネズミ捕り長、ギルバート。そしてぼくは時期領主、ルウィス・マク=レグリス・フォン・ヴァイスブルグなるぞ」

「ねこさん! ギルバート!」

「いや、ぼくは……まぁいいか」


 どうも相手が子どもらしいと目星を付けたルウィスは、そのつもりで相手をする事にした。


「お前、何者だ? 客が来るとは聞いていないぞ」

「まなだよ!」

「……マナ? 名前ではなく、どうしてここに居るのか、どういう奴なのか聞きたいのだが」


 そういうわけでルウィスはマナから、マナがエルフの巫女であることやら、部族の追っ手に殺されかけたこと、そしてアルテミシアに助けられたと聞いた。


「そうなのか……大変なんだな、お前」

「うん。たいへん」


 神妙になって聞いていたのだが、マナの感想がストレートすぎてルウィスはずっこけそうになる。ギルバートは、窓の下に座り込んだルウィスの膝の上で優雅に毛繕いをしていた。


「……マナの部族のこと、聞いても構わないか? その、ミコ? とかなんとかいうのとか」

「いいよ!」


 退屈していたらしいマナは、快く会話に応じてくれたが、彼女があっけらかんと聞かせてくれた話は壮絶なものだった。


 彼女が所属するという“湖畔にて瞑想する蔓草”の部族。

 何か、化け物を封印しているらしいのだが、そのやり方がなんとも言えない。森にある『封印の地』に、時折、奇妙な化け物が地から湧くように現れる。

 それと命懸けで戦い、しばしば死者すら出している部族の戦士。そして、下手をすれば狂いかねない死霊魔術によって化け物を封じる巫女。


 部族のほとんどが、封印のためだけに存在しているのではないか……という気さえしてくる。巫女としての適性があれば、生まれてすぐに親から引き離されて巫女としての教育を受け、そして使い潰されるまで巫女として働く。職業選択の自由なんて概念は(人間社会だってやや怪しいが)当然そこには無い。


 生まれた時からその役目に縛られ、逃げられない……

 そんなマナの境遇を聞いて、ルウィスは不憫に思った。

 生まれに縛られているという意味では、わけもわからぬうち次期領主にされた自分と同じだ、と思ったから、少し自分を重ねるような想いもあった。


「マナとやら。お前……」


 それがひどいと思わないのか、と言いかけて、ルウィスは口をつぐんだ。


 ――こんなもの、ぼくの勝手な感傷か。


 エルフにはエルフの文化がある。何がひどいかなんて、主観的な物の見方だ。もしかしたら当人達は、崇高な理念を持ってその暮らしに殉じているのかも知れない。マナは、殺されそうになったから逃げてきたとは言っているけど、それ以外に部族への文句を口にしていないのだから。

(もちろん真相は、マナにとってサフィルアーナの経験は自分のものでないからなのだが、ルウィスは知るよしも無い)


 そもそも、自分を重ねるなんておこがましいではないかとルウィスは思う。悲惨そのものの彼女に比べれば、自分の立場は恵まれている。少なくとも、まるで機械の部品みたいに、冷たく使い潰されるような立場ではない。


「……こら、噛むな、ギルバート」

「ニャー」


 黙りこくったルウィスの足に、靴下越しにギルバートが噛みついていた。

 払いのけようとすると、ザラザラの舌でルウィスの指を舐め始める。その感触が、妙に暖かかった。


 ふと気が付くと、従僕やメイドが、何やら慌ただしく走り回っている。

 ルウィスはギルバートをどかして立ち上がり、近くを通りかかった従僕をひとり捕まえた。


「おい、何事だ?」

「ルウィス様。調査団が予定を早めて今日中に到着すると……」

「そうか」


 と、なればルウィスもこんなところで遊んではいられない。


「済まない、ぼくはもう行くぞ」

「ん……」


 鎧戸越しにマナに声を掛けると心細げな声が返った。

 退屈なのか、心配なのか。とりあえずルウィスは後者で考えた。


「心配は要らん。……アルテミシアが居るんだろう? あいつはぼくも助けてくれた。お前のことも、きっと助けてくれる」


 * * *


「父上?」


 じっと考えている様子のレグリスに、ルウィスは発言を促すが、レグリスの答えは取り付く島も無かった。


「……領兵団を動かすのは、決まったことだ」

「もう結構です!」


 ぷいっとレグリスに背を向けると、力任せに執務室の扉を閉め、足音も荒くルウィスは出て行った。


「……まったく。あいつめ、少しは腹芸というのを解せばよいものを」


 溜め息半分、苦笑半分、レグリスは執務机の上にある、書きかけの書類に目を落とした。

 部屋の隅では、仕方の無い奴だと言わんばかりに、ルウィスにくっついてきたギルバートが前足を舐めていた。

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