9-15 珍客万来
その晩、アルテミシア達のアパートに、珍客が訪ねてきた。
しかもふたり。
まず一人目は、特に驚くこともない。アルテミシアも予想していた客だ。
『どもっす』
「あ、おねーちゃん。ほら、オバケさん」
アルテミシアが風呂から出て来ると、バスルームに入るまでは確かに居なかったはずの青白い珍客が、すなわちカルロスが、堂々とリビングのソファに座っていた。
ポルターガイストというやつなのか、半透明の手でしっかりトランプ(何故かこっちの世界にもある)を持って、レベッカ・アリアンナ・マナを相手にポーカーをやっていた。
鎧兜は着けたまま。と言うか要するに死んだ姿のままなのだけれど……
「幽霊っぽくない……」
『……そっすよね。俺も幽霊ってもっとこう……違うものかと』
本人も戸惑っているご様子。
マナが言うには、死霊魔法は近くに居る霊に魔力を供給して半実体化させ使役する術があるそうで、それを使っているらしかった。
「って事は、カルロスさん……成仏できなかったんですか?」
『成仏ってのがなんだか分かんないっすけど……
ほら、やっぱ死んでからも、この後どうなるか心配だったんすよ。そう思ってたら、なんかいつの間にか幽霊になってて。
ログス様が倒されて、領主様も無事なのが分かって、そろそろ輪廻の女神様に会いに行くかって思ってたら……気がつけば2ヶ月も経ってたんす』
「……気がつけば、2ヶ月?」
『やっぱ肉体が無いと、感覚が不安定なんすかねぇ。ついさっき魔法で呼ばれるまで、ずっと寝ぼけたみたいに、何もかもハッキリしなかったんすよ。それが、どうも……こちらのご主人様のおかげで、こうして自分が保てるようになったって言う感じっす』
「そーだよー。まな、すごいでしょ」
楽しげなマナ、この風采の上がらないオバケさんが割と気に入っているらしい。
見る目がある、と言うべきだろうか。
――じゃなくて、もっと言う事があるでしょ、わたし。
「カルロスさん、その、ごめ……ありがとうございました」
『ん?』
謝り掛けてから、アルテミシアはお礼を言った。
確かにアルテミシアは、カルロスの願い通り、ゲインズバーグを救った。しかし、それで貸し借りがチャラになるかと言えば、少なくともアルテミシアの心情的には、そうではなかった。自分が生きているのは、間違いなくカルロスの犠牲があったからだ。
しかしカルロスは、軽く、苦笑で応じる。
『いいんすよ。俺は何も後悔とかしてねぇんすから』
「あらイケメン」
『そっすか? 初めて言われた気がするっす』
レベッカに褒められてまんざらでもない様子だが、たぶんレベッカは、カルロスがアルテミシアを救った恩人だから褒めているだけという気がする。
「せっかく会えたので、何か、恩返しができればと思うんですけど……」
『……急に言われても、思いつかないっすね。何しろ、もう死んだと思ってましたんで。いや、死んでるっすけど』
「えっと、マナちゃん。このオバケさん、いつまでここに居られるの?」
「まながバイバイするまで、いつまでもいられるよー」
使い魔とか持ち霊とか、なんかそういう立場になるらしい。
「あー、そうなのか。じゃ、何か思いついたらその時に……」
『了解っす。……ほい、ストレート』
「うわ、また勝ち!?」
「何かズルしてないわよね?」
『こういうのは生きてた頃から得意だったんで……あ、アルテミシアさんもどーすか?』
「……やります」
この部屋の中には五人がいます。
五人中四人は女性です。
五人中三人はチートスキル持ちです。
五人中ひとりはエルフです。
五人中ひとりは幽霊です。
五人中ひとりは中身が幼女です。
五人中ひとりは中身がおっさんです(最近はどうだか怪しい)。
五人全員がポーカーをしています。あ、幽霊がフルハウス出しました。
さて、わたしたちは何者でしょう。
それは、変人奇人選手権があれば地方大会で優勝できる程度には奇妙な顔ぶれのポーカーだった。
* * *
次なる客はポーカーに飽きた五匹がババ抜きを始めた辺りでやってきた。
『来た……来た……奴が来た……もうおしまいだぁ……』
「アルテミシア。結界の反応よ。エルフが来てる」
レベッカが部屋の隅に置いてある変な置物(トーテムポール系)が、ガタガタ震えながら喚いているのを指差して言った。フィルロームが置いていった結界の受信機だ。
まあ結界と言っても、エルフが来たら反応するだけという単純なものだ。トーテムポールに来客時の台詞を吹き込んだのはフィルロームなのだが(しかも名演技)内容が縁起でもない。
『なんすか、このわけわかんない呼び鈴は』
「呼び鈴って言うよりセンサーですよ。でも、エルフ……って言ったって、あのふたりは来るわけないよね」
レベッカに腹を捌かれたエルフは死んでしまったし、もうひとりは領城でヒーヒー言ってる頃だろう。
このアパートの他の部屋に住んでいるエルフは居なかったはずなのだが。
「遊びに来た、とか?」
「こんな時間にねえ……」
そんな事を言っているうちに、部屋の扉がノックされる。
「……うちの部屋?」
「誰だろ」
のぞき窓から見てみれば、フードを目深に被ったエルフがひとり。
ウィゼンハプトだった。
「夜分恐れ入ります。少し、お時間よろしいでしょうか」
「はい、もちろん」
部屋に上がり込んできたウィゼンハプトは、入り口の所で深々と礼をする。
身長差がすごいので、頭を下げてもなおアルテミシアより上に頭があったが。
「先程はお助け頂きまして、ありがとうございます」
「体は大丈夫ですか?」
「ええ、おかげさまで。気絶させられていただけですので」
頭を上げたウィゼンハプトは、確かに健康そのものだった。
「全く、お恥ずかしい……時と場合によっては、私が外来転生者を守らなければならない立場だと言うのに……」
「お気になさらず……あの、それでご用件は? わざわざお礼を言いにこちらへ?」
「いえ、それでしたらまた明日の朝に来ましたよ。そうではなくて、少し……火急の用件が」
顔を引き締めるウィゼンハプト。
アルテミシアの背後では、カードにマーキングしていたことがバレたカルロスが、霊体にも命中するミスリル帷子パンチでレベッカに〆られていた。
* * *
「マナを捕まえに? 国軍が?」
思わずアルテミシアは聞き返してしまった。
マナの身柄を押さえにやってくる気だと言うのだ。
「どうして……」
「別に、あのエルフの仲間だと疑われているとか、そういう理由ではないんです。ただ、その……囲っておくことで交渉材料になる、と判断されたようなんです。それで、軍によって部族側からの保護を……との事ですが、体よく管理下に置きたいだけですね」
「もし、そうなったら……マナはどうなるでしょうか」
「分かりません。成り行き次第でしょうけれど……」
ウィゼンハプトの表情は暗かった。
――もし、マナが引き渡されたとして、どうなる?
少なくとも、今すぐ部族側に殺される事態は避けられる。
でも、交渉材料にされるなら部族の側がどう出るか……フィルロームさんに聞けば分かるかな。
「ろくでもない話だ」
「フィルロームさん!」
噂をすれば影と言うが、聞きたいと思ったらどこからともなく、ぬうっとフィルロームが現れた。
「結界に反応があったから来てみれば、なんだかまた面倒なことになったみたいだね」
「あの、フィルロームさん。実は……」
かくかくしかじかとこれまでの顛末を説明すると、フィルロームはフンッと鼻を鳴らした。
「それでか。またろくでもないことになりそうだね……」
「交渉で部族に引き渡される可能性とか、あるでしょうか?」
「無くは無い、くらいか。ただ、向こうは気長にやる気かも知れないよ。国が興味を無くしてリリースされた頃にまた殺しに来る、とかね。
……いずれにせよ、それまで国からまともに扱われるかは別の話さ。牢屋に入らなくて済むだけで、囚人みたいな暮らしをする事になるのは間違いないだろうよ」
「そっか……だよね、命が助かればいいって話じゃない」
「何より、国に出張られちゃあたしが困る。あたしはショーが見たいんだよ」
フィルロームの娯楽はともかくとして、事態が国の手に渡れば、解決の落としどころは『国にとって利があるか』という話になってしまう。
それを円満と言えるかは怪しかった。
「おねーちゃん……」
「マナ」
様子を伺っているようだったマナが、不安げにアルテミシアの袖を掴んでくる。
「まな……どうすればいいの?」
「簡単だよ」
アルテミシアはマナに微笑みかけた。
「『助けて』って言えばいい」
「たすけて!」
「うん、遠慮とかためらいとかカケラも無いのね! 引き受けたっ!」
「あはははは! 本当に大した女だ、あんたは!」
アルテミシアの背中をバシバシ叩きながら、心から愉快そうに笑うフィルローム。
アリアンナもレベッカも笑っていて、ノリについて行けない男どもだけが微妙な表情をしていた。
「つまり、国軍が来る前に私たちはするりと抜け出して、部族側と交渉しちゃえばいいんですね?」
「そうなるね。むしろ、そういう意味ではやりやすくなったと言える。早くあたしらと話を付けなきゃ、国との交渉に集中できないよってね」
「ええと、お待ちください。つまり、あなた方は、マナさんを助けるため行動すると、そういう事ですか?」
「そのつもりなんですが……もしかしてウィゼンハプトさん的にまずかったですか?」
そう言えば、そもそも彼がここに来た目的をまだ聞いていなかった。
「いえ、助かります。私としましても、どう対処するべきか相談に来ましたので。彼女は……外来転生者、でしょう?」
「……分かるんですか」
「それらしい名前でしたので、分かりました。確か、タキグチ・マナと……この場合タキグチがファミリーネームでしょうか」
『え、何? 何の話っすか?』
声を低めたウィゼンハプト。
そう、彼は地球からの転生者と接触を図る一派の者。
マナがそれであると言うなら、彼女とも縁を結び、そして守るというのが彼の取るべき行動だった。
「事情のある方がそれを理解されず、殺されてしまうと言うのは私にとっても悲劇です。それを食い止める一助となれば」
「ふん……坊さんにしては妙に聞き分けが良いね」
ニヤリと笑ったフィルロームの、枯れ枝のような指が、ウィゼンハプトの肩を鷲づかみにした。
「……あの?」
「あんたを信じないわけじゃないが、国が動くって話、一応、裏は取らせてもらうよ。なに、あたしの使い魔を飲んでくれるだけでいい。腹が緩いのを二、三日我慢しな。
それからさっそく協力してもらおうか。事情はよく分からないけど、察するに、あんたにゃ後ろ盾があるんだろ? 出せるもんは出してもらおうじゃないか」
かつてアルテミシアは、フィルロームの笑顔を心の中で『海賊』と形容した。
それは正しかったのだと、今になって思った。
この場で少し今後の更新に関して……
①隔日~週一回程度の不定期更新にします(突然ランキングに引っかかったりした場合は頻度上げますが)。
②どこかキリのいい所(次のデカい話が終わった辺り?)で一旦更新中断します。
③話のテンポなどを考え直して全面改稿⇒再投稿します。
実は並行して新作品の準備をしていたんですが、このペースで更新しながら別作品書くのはキツそうだったのでペースを落とさせて頂きます。
そのうち毎日更新に戻るとか言いつつこの体たらくで申し訳ありません!
それと、構成に色々と悔いが残っているので、そこも見直そうと思っています。
先々まで話の構想だけはできてますし、自分でも思い入れのある話なので、どうにか最後まで形にしたいとは思います。