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異世界へようこそ

 奏太郎が暗転から目を覚ますと、エトラと(元)タオル少女との間で情報交換は終わっていた。


「いやー、さっきはごめん。まさか男の人が居るとは思ってなくて」

 

 ベットの端で座っている少女…ミューズの謝罪、これは本を投げつけたことについてだ。


「いや、こっちも悪かったよ。知らずとは言え、他人の部屋に侵入するなんて」


 なんて謝り返しているのは、現代日本人根性が骨の髄まで染みた奏太郎だ。今は、彼女の隣で居心地悪そうにしている。まあ、言ってみれば女性免疫ゼロなので、女性の「部屋」「ベッド」「隣」なんてキーワードが並べばキョドるのもしょうがない。


「そう言って貰えると助かる~。いやー良かった良かった」


 そんな快活な言葉と共に、バンバンと奏太郎の背中を叩いてくるミューズ。青髪蒼眼の清楚な雰囲気からは想像もつかないほどカラッとした性格で、(口下手の)奏太郎には話しやすい相手だ。


「でも驚いたなー。まさかギフトが『人』とは」


 と、ミューズが驚くのも当然だ。そんなことは前例に無いのだから。しかも――


「さらに異世界から来たなんて」


「ホント、冗談みたいな話なんだけど、良く信じる気になったね」


「ふふ、まあそれは当然ってとこ」


 それを聞いて「何が当然なんだ?」と、疑問に思う所だが、異世界の住人からしたらそうでも無い。


「はあ…、何も知らない奏太郎に教えてあげる。世界神は『人間の気持ちを考え無い様なイタズラが好き』それが私たちの一般的な認識」


 後ろから聞こえるエトラの答えに、奏太郎は「なるほど」と納得した。したが、少年には納得いかないことがあった。

納得がいかないと言っても、別にその世界神の事では無い。話が全く変わり、常識的観念の強い少年的には、言わずにはいられないことだ。


「ふ~ん、なんとなく把握したよ。けど、それは置いといて一つ、エトラに言いたいことがある」


「なに?」


「なんでベッドで寝てんの? 僕達が居る中、しかも他人ので」


 そう、今の状況を奏太郎の主観混じりで表すなら「エトラはベッドの布団で寝ていたのだ!」「それも堂々と、ミューズのベッドで! 」なんて感じだ。


「はあ、さっきから話が面白く無い人だと思ってたけど、疑問も取るに足らないとは。奏太郎ってモテないでしょ」


 グサ! とやられて、動きが止まる奏太郎。図星である。これは精神的なダメージがでかい。

 だが、(エトラ的には)残念ながら致命傷とはいかなかった。


「正解だけ…ど、急所を抉って話を逸らすなよ」


 意外と復帰は早かった。妹モドキの口攻撃は、実妹から受けていたモノと同質で(悲しいが)慣れたものだった。


「……面倒な人。私、外出なんて慣れないことしたから疲れたの」

 

 外出しただけで疲れたという、少女の申告。これはなんという……。


「引きこもりか!」


 まるで実妹みたいことを言う。それが、奏太郎の感想だ。そして、少年には妹モドキが何を考えてここに来たのか、なんとなく読めた。


「エトラ……、ここに連れてきたのって、僕のことミューズさんに丸投げするためだろ。メンドくさがって」


「本当、最低」


 なんて捨て台詞で顔を逸らすのだから図星なのだろう。それを見て、奏太郎とミューズは顔を見合わせて、ため息をつきあうのだった。


「まあ、エトラちゃんはこんなんだし、さっさと私がこの世界と貴方の置かれた状況を説明するわ」


 この異世界は歌うことで魔法が使える、元の世界とは隔絶した原理に支配された世界だ。

 神は姿を顕にし、その奇跡をギフトという形で示している。

 その恩恵授かった人間は、魔法という力を存分に生かし暮らしていた。

 歌うことで、自在に物を操り、尽きることの無いエネルギーを得て、豊かで満ちた暮らしを築いている。

 

「へー、面白い世界だね。歌えば魔法が使えるなんて、どんな仕組みが働いているのか分からないところが」

 

 地球からきた正太郎からすれば、歌うといった実に人間的な行為で魔法といった超常現象を引き起せるのは解せないことであった。

 世界は物理現象で成り立っているのではないのか? と疑問に思うのだ。


「仕組みなんて簡単。歌は『世界神ムジク』への捧げもので、魔法はそのお返しってこと」


「お返しって、神は歌が好きなんだね。……しかし、歌うことで魔法が使えるってのも、イマイチ感覚が分からないな」 


「なら、私が使って見せてあげましょう。今からランプに火を灯すから見てて」


 そう言って、彼女は机に置いてあったランプへ指を差し、気軽に歌い始めた。


『種火が・灯す、光の・小・道具』


 そんな、ささやく様な歌で、ランプに火がともった。


「うわ、すご。あんな短い歌で魔法が使えるんだ」


「まあ、こんな簡単なことだったらさっきので充分。もっと大がかりなことをしようと思えば、長く良い歌を歌わないといけないけどね」


 どうやら、魔法の規模や難易度で歌の長さや質が問われるらしい。それが今得た奏太郎の魔法知識である。


「それじゃ、実際に魔法を見たことだし、奏太郎、ためしに机に置いてある本を魔法で引き寄せてみて」


「えっ! いきなり何言ってんの? 無理に決まってんじゃん。歌で魔法を使えると理解しても、なんて歌えばいいか分からないし。それに……」


 少年は、なぜだか躊躇する素振りをみせた。

 やはり、慣れないことに抵抗があるのだろうか? などと思ったか定かではないが、ミューズは気を使うように彼の肩に手を回し、明るい調子で言葉を繋げた。


「そんな難しく考えなくていいって、簡単な作業なんだから。やりたいことを心に浮かべて、思ったように歌えばいいだけ」


 と、言われても、どうすれば良いのやら分からなず戸惑う奏太郎。それでも言われた通り、心にやりたいことを浮かべてみたのは、魔法を使ってみたいという好奇心からが強く芽生えていたからだ。

 そして、思い浮かんだ歌が、口から漏れだす。


『本が来た・本が来た・僕の前に本が来た』


 歌い終ってみると、机にあった本はふらふらと空を飛び、奏太郎の下まで来た。

 そう、魔法は見事、発動したのだ。


「おー!」


 率直な感動が、少年の口から


「フフッ」


 さらに、嘲笑ったかのような笑いが、うつぶせのエトラから漏れ出ていた。


「な、なにが可笑しいんだ!」


 笑われたことに抗議の声を上げる奏太郎だが、赤面を作っている彼には、その原因が何なのか察せていた。


「だって、音痴すぎるんだもの」


 それを聞いて、カーと頭に血がのぼる少年。「だから、歌いたくなかったんだ」そんな思いが頭を巡る中、何も言わない隣を見てみれば、笑いをこらえるよう体を震わせるミューズ。


 ガーン!


 そんな効果音が聞こえてきそうなほど、ショックを受ける奏太郎。

 だが、それも当然だろう。思春期真っ盛りの少年にとって、同世代の少女に笑われるというのはかなりキツイ仕打ちだ。彼が「俺も、引きこもろうかな」なんて思うのも、まあ、分かる話である。


「ふっふっ……うん! ごめんごめん」

 

 なんて謝るミューズ。硝子の様に繊細な心をもった奏太郎は、慰めの言葉でもかけてくれるのだろうかと、少し期待したのであったが――


「はは、あんまりにもへたっぴなんで笑っちゃった」


 そんな、心にもない発言のせいで、「パリン」と、奏太郎のヤワなハートが砕け散った幻聴が部屋に響いた。


「いやー、正直すぎるよ、ミューズ。そんなのは見てれば分かるって、当事者は察してるって。だからこそ、そこは慰めの言葉じゃないかな。虚弱精神ヒューマンは正直に話されるのが一番堪えるんだよ。わかっ――」


「わかったわかった。だから、謝ったでしょ」


 己から虚弱精神と言うだけあって、過度のストレスに耐えきらなかったのだろう。少年はミューズの追い打ちによって、恥ずかしさを通り越して無表情になって捲し立てはじめた。

 何ともウザい状況に、さしもの少女も彼の話を遮って即時対応だ。


「……はあ、これだとこれから先が思いやられるわ。学園でうまくやっていけるかなー」


「えっ? 学園て何?」

 

「決まってるでしょ。『ここ』の学園よ。身寄りのないギフトたる奏太郎が、エトラに着いてきたのもその為でしょ」 

 

「ええ~?」


 全てが初耳であった。茫然と着いて来た為、ここが学園であることに気付けなかったし、いつの間にか学校に通うことになっているのも気付かなかった。


「あれ? エトラから聞いてないの? あの子からそう聞いてたんだけど……」


「全く、無い。そもそも出会って寄り道もせずここまで来たんだ」


 全く持って寝耳に水な話である。どういうことだと、奏太郎がその話の原因であるエトラに視線をやっても、その張本人はうつ伏せに寝て取り合う素振りも見せないでいた。


「ええー、ホントに? じゃ、ここ『バッハル学園』に入学する為の資金、500万コール(1000万円程度)を借金として背負う羽目になったのも知らないんだ」


「へっ?」


 それを聞いて、奏太郎は真っ白になる。

 突然の訃報から天涯孤独となった少年は、知り合いも伝手も無い異世界へ来て見れば、なぜだか莫大な借金を背負うことになっていた。どうやら、不幸スパイラルに飲まれると容易には脱出できないらしい。


「そんなの、知らないってーーーー!」


 学園の寮には、そんな少年の悲鳴が響いていた。

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