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「出会い」

「はあ……」


 桜が舞い散る季節、誰もが希望に満ちた新たな門出を切って間もないこの時期。岩崎 奏太郎は絶望の混じったため息をついていた。

 いや、ため息だけでは無い。


「全てが嫌になる。もう、引きこもろうか……」


 なんてセリフまで、彼の口からは漏れ出ていた。

 15歳という若者の引きこもり。それ自体は聞かない話ではないし、多感な年ごろなら『何か』のきっかけで、社会から隔絶した自室へ籠るのも想像できることだ。

 まあ、奏太郎の場合は、その『何か』というのが随分と悲惨である。どう悲惨か述べるなら、率直に言って「彼の親兄弟が一夜にして事故死してしまった」程だと紹介するしかない。

 その悲惨さを聞けば、少年が自力で立ち上がるのは厳しいと考える者が多いだろう。


 そんな状態の中、少年はピアノの前に座っていた。


「ピアノ、弾く気にもならないな」


 気晴らしに趣味のピアノでも弾こうと思ったのだが、指が走らなかった。平時なら、暇さえあれば弾いていた程好きだったのに、今はそれすらも出来ないのだ。

 ただ茫然と座る中、頭には様々な雑念が浮かんでは巡りまわっていた。両親の顔が浮かび、最後には暗く病んだ表情のせいで、その美貌が台無しとなっている少女の顔が浮かんだ。

 

 そして、静かに目を閉じ、開けてみると、眼前には髪と目の色こそ違うが、それ以外の要素が全く同じ少女が立っていた。

 狭い部屋は白亜の広い室内へと変化し、ピアノも座っていた椅子もなく、何時の間にか自立している。


 この異常な展開に、平成日本生まれの少年では着いて行くことが出来なかった。頭が真っ白になり、何を言ったかも覚えてないような突拍子も無い事を投げかけてしまう。

 その結果、もたらされるのは非常に残念な結果だ。


「……はあ、最低」

 

 金髪碧眼ながら辛気臭い表情を作っている少女は、そんな失望を漏らして、横にいた壮年の男へと顔を向けた。


「ゴルドア司祭、アレが神から承った私のギフト(神からの祝福)になるのでしょうか?」


「うむ、どうだろうな……。何とも言い難いものが有る」


 ゴルドア司祭と呼ばれたゴツい男は、ビクついて挙動不審な奏太郎を見て、実に難しそうな顔を作りながら、質問への答えを捻りだそうとしていた。


「旅立ちたる12歳、人が等しく貰える神からの祝福は、スキルと呼ばれる技能か神具となる。どちらも奇跡と呼べるような人には再現出来ない代物だが、それでも生物が与えられた例は聞いたことが無い。ましてやそれが人となると、率直にギフトとは断定できない」

 

 司祭が説明するように、この世界では12歳になると地位や貧富にかかわらず、世界神「ムジク」の神殿でギフトと呼ばれる特別な技能や物を与えられるのだ。

 そこで与えらる物は今後の人生を大きく左右し、そのギフトによって自分の職業を決める者が多い。

 それほどまでに重要な物だからこそ、司祭はギフトの認定を慎重に行おうとしていた。


「エトラよ、そこで一つ提案なのだが、神託を受けてはいかがかな? こんな事態はこちらとしても想定していなくてな、ハッキリとさせたいところなのだ。よって、寄付はいらないし、日程も優遇しよう」


 この提案は、破格と言える対応であった。

 ここでは神の実在性が証明され、神託とは正に神から言葉を承ることなのだ。その行為には莫大な人とモノの資源を必要とする為、高い寄付金が必要とされるのだが、それが必要ないというのだがら随分と懐の深い話である。

 こうなれば、この話を断ることはいないだろうと、ゴルドアは思っていた。

 のだが……。


「いえ、必要ありません」


 エトラと呼ばれた病み金髪少女は、何も考えてないのかのようにこの話を断ってきた。


「お、おい。それで良いのか? あの少年がギフトかどうか怪しいところだぞ」


「彼がギフト。もう、それで良いじゃありませんか。それに……」


「うん? 今何と言った?」


「いえ、それでは失礼します」


 それだけ言うと、止めたそうな神官を振り切り、奏太郎の手を握って駆け足で歩き出した。


「ちょ、ちょっと。これでいいのかよ?」


 訳も分からず、いきなり連れ出されるこの状況。奏太郎の当惑も最もだろうが、少女は意に介す気配も無い。


「黙ってて」


「あ、ああ」


 押しに弱い、もとい弱そうな優男風の見かけに違わず、エトラの強い言葉に流されるままいくつもの扉を開け放って外へ。


 そして、そこで見たものは、正に異世界と言える有り様そのものだった。


 白亜の鉱物を基本とした街づくり、彼女や司祭と同じようなヒラヒラとした服装、様々な髪色、様々な肌、犬や猫などと言った特徴をどこかしら持った人々、どう考えても作り物と思えないそれらが、異世界だということを如実に示していた。


 さらにその事実を後押ししているのが、全ての人々が歌を歌っていることだ。


 歌で、薪に火を付ける老人、手押し車を動かす農夫、転んだ子供の傷を治す母親、人形を面白おかしく動かす大道芸人。駆け足的に過ぎ去っていくその全てが奇跡で、元の世界では有りえないことだった。


 そんな事実に目を奪われたことで、奏太郎はエトラの目的地がどのような場所であるか把握出来ないまま、到着することとなる。


「手、放して」


 気づけば、安ホテルか学生寮といった一室で、手を握られて身動き出来ない少女の要求。


「おっと、悪い」

 

 握られていた手を、何時の間にか握り返していたことに驚きながらパッと手を放す。

 その挙動の何かが気に食わないのか、エトラは気怠そうにため息をついて、くるりと背を向けた。


 随分と失礼な態度だ。普通なら不快感を覚えても仕方がない所だが、奏太郎にはそれが好ましく思えた。

 そんなやる気の欠片も感じられない態度が、死んだ妹を思い出すようで。


「それで、ちょっといいかな? 実は聞きたい事が――」


 と、奏太郎が質問をしようとしたところで、声を止めってしまった。

 まあ、止まって当然だろう。

 

 なぜなら、


「エトラちゃん、鍵を渡してるからって突然入って来ては駄目でしょ。親しき仲にも礼儀ありって――」

 

 なんて言葉と共に、奏太郎と同い年程度の少女が、バスタオル一枚で出てきたのだから。恋愛レベル1の最弱級では、到底対処できることでは無い。


 なので、


「きゃーーーーー」


 と言う悲鳴と共に、飛んできた分厚い本が当たって、目の前が暗転したとしてもしょうがない所だろう。


 そんな修羅場は、奏太郎の「すい…ま…せん」という情けないかすれ声が、誰かの微妙に耳に届いて幕を閉じた。

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