山の中で
目を疑った。
あの少女は影も形もない。
陽炎の作り出した幻でも見ているようだった。
「…え…い、今のは、一体なんだ?消えた…?」
何度目を擦っても何も見えない。
透明な水色が町を覆っているだけだった。
10時15分。
昼ごはんまでまだ時間がある。
探しに行こう。
会って話を聞かなきゃ分からない。
…分からないんだ。
神社というのは、山の中にあるらしい。
蝉時雨が鳴り響く家の間を歩き続ける。
微かな記憶を頼りに、山への道のりを探っていた。
「ここかな」
立て札には『山道入口』と書かれていた。
舗装された場所が点在する山道をゆっくりと歩く。
生い茂る木々は日光を受けて緑色に輝いている。
じゃくっ、じゃくっと音を立てながら土を踏みつけていくと、眼前に大きな朱塗りの鳥居が現れた。
しかし、神社はとうの昔に使われなくなったようで、ツタが生え、苔むしている。
賽銭箱の中に蜘蛛の巣が張っており、過ぎ去った月日を感じざるを得ない。
「…どうしたの?」
驚いて振り向くと、先ほどの少女が立っていた。
「あの、君は一体…?」
「聞くのは…野暮ってものだよ?まあでも、答え探しなら手伝えるからさ、私のことを見つけてくれないかな?答えはきっと、その中にあるから……」
「??う、うん…。」
「それじゃあ、またね」
まるで蜃気楼のように姿がおぼろげになり、すぐに見えなくなってしまった。
…今回はあっという間だった。
とりあえず、辺りをふらふらと歩くことにした。
山をさらに登って行くと、途中に石柱が円形に突っ立っている場所があった。
その中心に奇妙な螺旋状の置き物があった。
しかしこの置き物も埃を被っている。
この茶色の草の汁のような物はなんだろう。
置き物には窪みがあり、水が満ちている。
「…この水、随分綺麗だな」
少し、触れてみたくなった。たった、それだけ。
水が渦を巻いて零れだす。
余りにも素早い、一瞬の出来事に思わず目を瞑ってしまう。
「!?なんだ、これは!?」
再び目を開くと、先ほどとは違う色が広がっていた。
「ふう…どうじゃ?」
すでに事を終えたという表情で老人が呟く。
その隣の老婆は自身の指の傷に薬を塗りながら無言で首を傾げた。
「…分からない?どういう事じゃ?」
やっと老婆は薬を塗り終えて口を開いた。
「姿が見えんから何とも言えぬわい。しかし…失敗かもしれぬ」
「ううむ…仕方ない。なら別の方法を考えよう。帰るぞ」
しばらく経って、闇夜にすすり泣きが聞こえた。
「…私は…ちゃんと、ここに…いるのに…」
「あれ」
なんだろうか?
再び辺りを見渡しても声は聞こえない。
夢にしてはあまりに生々しいが、現実だとしても信じられない。
突き抜けるような空が果てないまま続いている。
見下ろすと、水に沈んだ街が見えた。
透明で、底まではっきり見えるが、駅だけがぽつんと浮かび上がっている。
ガードレールのすぐそばまで満ちて少しも波風の立たない水をすくい上げる。
「信じられないことだらけだ」
時計は12時2分を指し示している。
…あの奇妙な場所で最後に聞いた声は、聞き覚えがあった。
しかし、誰の声だったのだろうか?
全く思い出せない。
何気なく電柱を見上げると、夏祭りのポスターが貼られていた。
もうこんな時期になったのか。
時間が経つのは早いものだ。
夏祭りに思いをはせていると、駅にまたあの姿があった。
すぐに向きを変えて石の上を歩いて行った。