ちょっとした昔話
飛行機雲が尾を引いて飛んでいく。
なんだか見たような光景に思わず目を細めてしまう。
あれほど青かった空も、どこまで続いているか分からないような夕暮れに変わってしまっていた。
「よう、久しぶりに見たぜ」
「ああ。前会ったのはいつだっけ?」
「3年ぐらい前か?ってか、もう18にまでなるんだなあ俺ら。」
親しい友達が声をかけてきた。
僕よりも背丈が高い。いつの間にこんなに大きくなったんだろうか。
「で?お前の方はなんかあったか?」
…あの話をしよう。
信じてもらえるかわからないけれど、それでも聞いてほしい。
「まあ、これから話すよ」
17の夏に祖父母に会いに行った。
大きくなった、と言って出迎えてくれた。
当たりは過疎化が進んで、民家も少なくなっている。
風のない世界で風鈴が揺らめく。
「にしても、大雨と洪水で低い家は全部やられちゃったから、大したもんは残ってないだろうな。まあ、誰も死なないのは幸運だったな」
祖父がポツリとつぶやく。
「でも、一人で少し辺りを見てみたいんだ。」
「ああ。気をつけろよ。本当に水浸しだからな」
とっくにアスファルトは乾いているが、ガードレールの向こうは水浸しだ。
…いや、もうそんなかわいらしいものじゃない。
水の底に、民家、畑、施設、人の生活が置き去りにされている。
…沈んでいる。
ただ、鉄道や駅(椅子と、駅名が書かれたプレートしかない)や、それに通じる凝った煉瓦の道はかろうじて水面の上にあった。
空を見上げた。
雲は見当たらず、空がただ、ただ続いているように見えた。
すっかり忘れ去られたかのように佇む駅と線路が水面に反射して青い世界に同化してしまっている。
「どうしたの?」
誰もいない、いや、いなかった駅の椅子に座る姿が問いかけてきた。
黒い髪が微風になびき、つばの大きい麦わら帽子が揺れたように見えた。
しかし、僕は不思議と疑問を感じなかった。
「…いや、ちょっと見に来ただけだよ。」
「そっ、か」
その少女はそれだけ言って目を閉じた。
「君は、なんでここに?」
「なんだか、来たくなっちゃったんだ。本当にそれだけしか、理由はないんだ」
蒼い眼が見えた。
「不思議だなあ。いつも、忘れて欲しい時に限ってここに来たくなるんだ。でもまた思い出される。ずうっとそれの繰り返しなんだけれど…私の色も、ここに溶けてしまうのかなあ…?」
変わっている、と感じた。
なにか、知りたいことが目の前にあるのにどうしても掴めないという感覚を抱かざるを得ない。
「もう何回も、この場所に来ているのかい?」
「うん。ここは良い場所だよ?でも私は、ここに来るのが初めてだって思っちゃったんだ。いつもはこの鏡の内側に閉じ込められてるわけじゃないから」
…それもそうだ。ずっと来ている人にとっては驚かざるを得ないだろう。
「また来てみたいなあ…」
「…ねえ」
「何?」
「あとで、神社に行ってみて?あの場所もおすすめだから」
「うん」
少女はおもむろに立ち上がった。
「今なら…新しいことに挑戦できそうだなあ。それじゃ私はこのくらいで。もう時間だから」
すたすたと線路に向かって歩いていく少女の背中が、なぜかとても儚く見えてしまった。
そのあまりに透き通った水の中へ、逆さまに落ちていく。
蒼い眼で見つめられながら聞いた言葉は今でも心に蘇ってくる。
「…君は、どんな色が好きかな?」