【友葉学園】放送部からの連絡です。
入学して日が経ちそろそろ部活を選ぶ時期になった。
皆、それぞれ決めてるものもいれば悩むものもいる。
そんななか俺は前者に値するタイプだった。
というのも、毎日昼と放課後に耳にする放送部からの連絡の声が非常に美しくて……クサイかもしれないけど、俺の学園生活の彩りになっていたのだ。
そして、俺は憧れの先輩に会うために放課後の放送が終わったタイミングで放送室を訪ねた。
「す、すいません! 放送部ですか!?」
「……はい?」
「失礼しましたぁっ!!」
慌てて扉を閉め、息を落ち着かせる。
……すぅぅぅうううはぁぁぁあああああ
……
…………
怖えええええっ!!
先輩めっちゃこっち睨んでた!
っていうか先輩デカかった! 絶対クマに勝てるアレだよ!
「……ねえ君。 放送部ならここであってるけど」
「は、はい! そ、そうなんですか!」
「……とりあえずこんなところで何だし入ってよ。 お菓子出すからさ」
*****
そして、俺は美声の持ち主であった強面の先輩と二人っきりになった。
っていうか本当大きい、 2m近くありそうだ。
……それよりなんかキバ見えてるし。
っていうか、ツノ見えてる気がする。 先輩絶対人間じゃない。
「……私は3年の月見すみれ。 放送部の部長」
「はい。 えっと、い、1年の保泉榮太郎です。 あ、あの、お菓子ありがとうございます」
「……ううん。 そんなことより、ここに何か用? 悪いけど、ここには私以外の人はいないよ」
「あ、いえ……その。 じ、実は入部希望だったんですけど……」
すると、俺のつぶやきに反応するように月見先輩の三白眼がこちらをギッと睨みつけた。
「ひぃっ! ごめんなさい! 迷惑でしたよね! じゃあ帰ります!」
「待って!」
立ち上がった俺を月見先輩は扉前の壁にドゴッと音を立てながら手をついて封じた。
シューと音を立てる壁にはぽっかりと穴が空いていた。
「……話続けて」
「……は、は、はいぃ……」
*****
俺はともかく気持ちを落ち着けるために紅茶を飲んでから話をした。
「……ということで、その……先輩と同じ部活に入れたらいいなって思いまして」
「……よくそんな恥ずかしいこと言えるよね」
「ひぃっ! ご、ご、ごめ、ごめ……」
「……ちょっと顔にやけちゃったよ」
……にやけてるようには見えない。
「……怖がらせてごめん。 でも私がいるから大丈夫。 心配しないで」
「え」
「……入るんじゃないの?」
「え、あっ! はっはい! 入ります!」
こうして俺は先輩の舎弟になることを覚悟した。
「……ところで先輩以外はなんでいないんですか?」
「何故か私がいると皆辞めていったの。 なんか鬼の放送部という噂まで立っちゃって。 ユルユルなのに、なんでだろうね」
……先輩の顔の所為とは言えない。
でも先輩自体はまるで悪い感じではなさそうかも。 というか、顔だけでは。
「そういえば壁穴開けちゃった……。 またスポンジ埋めないと」
「あ、手伝います」
「……ううん。 私、下手したらあの時保泉くんの頭蓋骨ぺちゃんこにするところだったし……」
「……」
先輩 怖いなぁ。
*****
俺はスポンジを埋める作業をしている先輩の後ろから質問した。
「そういや僕はこれからは何したらいいですか? 発声練習とかですか?」
「……そうだね。 お互いのことを知るためにも一週間くらいは親睦会かな」
「……」
「ここはツッコミを入れるところなんだけどな」
先輩、顔の変化がないから分かり辛いです。
「じゃあ3日間は説明を含め親睦会で」
「……み、3日も長すぎですよ〜!」
「……そうかな。 でも、もしかしたら後輩が出来てテンション上がってた所為なのかも」
これは真面目だったのかよ!
「冗談です! 3日親睦会しましょう!」
「そう? じゃあ明日もお菓子持ってくるね。 榮太郎くん」
「……榮太郎くんですか」
「先輩後輩って名前で呼ぶイメージあったから……ダメかな?」
……先輩もなるべく環境をよくしようとしてくれてるんだな。
「……榮太って呼んでください」
「榮太くん? 普段はそう呼ばれてるの?」
「いえ、部活専用です。 ニックネームなら特別にしたほうが面白いですし」
「……そういうものかな? まあいいけど」
微妙な反応を示す先輩に俺は少しやらかしたのかと不安を感じていた。
「じゃあ榮太くんも私のことすみれ先輩って呼んで」
「は、はい。 すみれ先輩、これからよろしくお願いします」
*****
翌日、俺が部室に入ると先輩が机いっぱいにお菓子を広げて待っていた。
「榮太くんおかえり。 さあ食べよう」
「……そうですね」
特訓はまだまだ先になりそうだ。
「それにしても凄い銘菓揃ってますね。 いつもどうしてこんなに?」
「……よく分からないけど、食べても食べても減らないの。 よかったら食べて欲しいな」
「……いつもこの量を一人で?」
「……失礼な、いつもはもっと少ないよ。 でも、食べ過ぎた所為なのかな。 体重増加が止まらなくて……」
……まだ成長してるんだな先輩。
「いや、でもすみれ先輩スタイルいいですよ」
「……もうエッチ」
睨みつけながら言われても、怖いだけです。 ちょっとゆるんでしまいました。
「……紅茶葉なくなっちゃった」
「すみれ先輩っていつもお茶っ葉から淹れてたんですか! 凄いですね」
「……ブレンドとか楽しくなってね。 ……えっと、確か棚の上の段ボールに詰め替えがあったはず」
先輩の視線の先には、カバンやファイルなどを置く棚の上に扇風機やらスピーカーと並んで段ボール箱が置いてあった。
「俺が取りますよ」
「……届くかな? 榮太くん、ちっちゃくて可愛いし」
「む。 失礼ですね……」
とはいえ、確かに届きそうにない。
手を伸ばしても10センチくらいまだ足りないため、台が必要だ。
「……ほら、届かなかった」
「……むむぅ」
すると、すみれ先輩は俺の後ろから棚に手を伸ばしてきた。
嫌でも先輩と俺の背中が触れてしまう。
「ほら榮太くん、届いたよ」
「……」
「……榮太くん?」
「ひゃいっ!?」
あまりにも近すぎるコミュニケーションにたじろぐ。
「……榮太くん、どこかしんどいの?」
「い、いえそうではなくて……む、胸が当たっててててててっ」
すると、ようやく自身の大きな胸が俺の背中で横の圧力で潰れてるのに気がつき、小さく悲鳴をあげて飛び退いた。
「ご、ごめんね? セクハラだよね……」
「い、いえ……」
「……榮太くん、大きいのは苦手?」
「ええっ!? なんでそうなるんですか!?」
「じゃあ正面から触ってみる?」
「どどどどどうしてですかぁ!?」
「……冗談なんだけど。 ……そんな本気で反応されると恥ずかしい」
「……」
せめて。
真面目な顔で冗談を言うのはやめて頂きたい。
*****
微妙な空気の中、なんとか切り抜けるために話題を提供した。
「そういえば明日で親睦会は最後ですね」
「……そっか3日だもんね」
「滑舌とかあんま自信ないので、練習しないといけないですね〜」
「……そうだね。 かつじぇ……滑舌は大事だからね」
……。
「……せっかくだし、明日の土曜日は課外活動しよう」
「え?」
「結局私も榮太くんも相手のこと分かってないし、一緒に遊んだら分かると思うし」
「……そ、そうですね」
二人がそれが所謂デートという意味になると気がつくのは、当日になってからのことだった。
*****
PM00:34
「こんにちは、すみれ先輩」
「……こんにちは。 榮太くん、私服だと雰囲気変わるね」
「そうですか? 先輩もその……えっと似合ってますよ」
言葉に詰まってしまった、褒め慣れてないのが出てしまうな。
「ありがとう。 ……お昼は食べた?」
「はい。 ……もしかして一緒に食べるつもりでした?」
「ううん。 それなら早速今日の目的地に行こうか」
「……その目的地ってまだ聞いてないんですけど」
すると、すみれ先輩は少し考えた動作をして少しだけ答えてくれた。
「放送部員ならほとんどが行ってると思われる場所だよ」
*****
「2時間パックでご利用ですね。機種は……」
「……」
先輩に連れられて来たのは、俗に世に言うカラオケボックスだった。
「お二方なら今ならこちらのカップル割がご利用できますがいかがですか?」
「カ、カップル……榮太くん」
「利用できるのならした方がいいと思いますけど」
「っ……は、はい。 ではそれで」
そんなに昨日のアレ意識してるのか、先輩。
それにしても先輩には失礼だと思うけど、店員さんも怖気つかずによく対応できるなと思う。
「では、ごゆっくりどうぞ」
いや、完全に目合わせてないし、足ガクガクしてる。
「おまたせ。 じゃあ行こうか榮太くん」
「は、はい」
*****
「さっきの店員さん、なんだか凄く震えてたけどトイレ我慢してたのかな」
「……さあ。 間に合っていればいいですね」
そう言いながら、俺は自分のウーロン茶にストローを差しながら答える。
「……じゃあ榮太くん。 最初は歌いにくいだろうし、私から歌うね」
そう言うと、すみれ先輩はマイクを手に持ち軽く声出しをすると、曲情報を送信した。
*****
「……ふう」
「……」
「……どうだった?」
「……いや凄くうまかったです。 ちょっと圧巻されました」
正直これは驚いた。 繊細な歌い分けや音程の安定はもちろん、ビブラートやコブシといった追加点も続々と加わっていく。
画面に映る96.7という数字のとおり、心にひびく歌声だった。
「でもちょっと恥ずかしかったな。 人前で歌うのは初めてだったし」
「そうなんですか?」
「うん、カラオケも一人でしか来たことなかったから……」
「……」
なるほど。
「えっと、すいません先輩」
「ううん、私が周りから怖くて避けられてるのは理解してるの」
すみれ先輩はそう言うと、両手にマイクを持ったまま膝に下げた。
「……私、他の人と違って身体が大きいし。 なんか変なツノみたいのもついてるし。 目つきも悪いから凄く怖がられるの。 部活見学の人もいつも見学する前に逃げるし」
「あ……えっと、あのときはすいません」
「ううん、榮太くんはそんな私とも部活をしてくれることを選んでくれたし、こんな二人っきりの密室でもいてくれるし……」
すると、すみれ先輩はマイクをぽとりと取り落とした。
「……先輩?」
「みみみみ密室に二人っきり……っ!?」
「先輩っ!?」
「ひぇあっ!? ち、違うよ!? 榮太くん、私はそんなつもりじゃないしそのえっと……」
すみれ先輩はそう舌ったらずに言うと、顔を真っ赤にして俯いた。
「……先輩」
「……」
「可愛いですね」
「……ぅぅやめてよぉ」
放送室だって密室なんだから、なにも気にすることないのにな。
*****
数日後、俺は編集として先輩の傍で働くことになった。
というのも、俺の発声が下手くそというわけではない。
……先輩が機械音痴なのである。
「……榮太くん、マスキング作業お疲れ様」
「あ、はい。 あとVMのQシート見せてもらえますか?」
「うん、ここだっけ?……次のシーンで18秒くらいかな。 声は既に撮ってたと思うけどどうだった?」
「はい。 リップ音はありませんでしたけど、一部ボップしてるところがありましたけど、編集すればなんとかなんとかなりそうです。 あと鼻濁音の出し方なんですけど……」
こんな風になかなか仕事っぷりを発揮できている。
まあとはいえ取材も編集も俺となるとなかなかに骨が折れる。
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