『 賢政の静かなる反撃 と 美濃の凋落 』
賢政反撃いたします。
1560年7月
竹中半兵衛は、戦略的要地を手中に治め、ひと安心していた。
これで、浅井家を北近江へと、完全に卦じ籠めることに成功したのだ。
今後のー色の京への進出についても、竹中氏が主導権を握ることができる。
『要地を握る』
それが、竹中家の生きる道だ。
それが叶った、一色も、浅井もその命運は『竹中」が鍵を握るのだ。
「ふふっ」
半兵衛はおもわずほくそ笑んだ。
「浅井賢政は、さぞ口惜しい事であろうな」
独り言を呟く。
誰も見ていないとは言え、細面の青白い顔に浮かぶその表情は、なにやら恐ろしいモノがあった。
心の中では、高笑いをしてそうだ……
一色義龍も、戦略上の要地の確保に喜びを露わにしていた。
「流石は、半兵衛名軍師じゃ!」
と、惜しみない賞賛をした。
なんといっても、あの道三さえ果たせなかった快挙である。
あそこが上洛する上での最大の難所だからである。
「良くやった」
と西美濃三人衆と、軍師.半兵衛をねぎらうのも当然であろう。
まさに、上機嫌であった。
その一方で、
六角承禎は、重臣とともにマジに頭を抱えていた。
あの賢政が、ー色家に対して徹底抗戦の構えを崩さないのだ。
懸念していた『四郎の不手際については』 笑って許してくれたというのに……。
ー色の裏切リ行為については、断固とした態度を崩さない。
賢政は、7月19日には、既に美濃に対して『荷止め』という、経済封鎖を開始していた。
誰もが冗談だろう?と思った。
自らも傷つく、諸刃の剣である。
もちろん、今回の敗北の責任は、どうひいき目に見ても義治にある。
六角に臣従し、遠征軍にも参加している以上、浅井家の要求は正当なものである。
それに、一色の行為は、六角家としても近江に土足で踏み込まれたようなモノだ。
確かに、浅井家とは係争中だったかしれないが、六角家にして見れば、いきなり押し込まれたようなものである。
しかも、湖東の国人・地侍を調略するとは、敵対以外の何物でもない。
しかも、義治を唆すとは……。
その行動には、大義名分がない。
やはり、成り上がり者 斎藤道三の息子である。
六角家としても一色家同様、『地方の小競り合いとして処理したいところ』だろうが、そうはいかん。
必ず目にものを見せてやりたいが……正直、荷止めはキツイ。
しかし浅井が今、一色に与すれば……、家督相続直後である六角家にとって脅威である。
賢政の要求を呑むしかあるまい、将軍家にも協力をしていただこう。
―小谷城下、雲雀山御殿―
俺は怒っていた。
『竹中半兵衛』をあれだけ理解していたのに、むざむざ敵として対決する嵌めになった。
義龍は、信長への警戒が強く積極的には動かないと踏んでいたのに、半兵衛が西美濃を動かした。
「くそったれ!半兵衛のバカヤロウ~」
第一、奴の狙いが判らん!何がしたい?
いや、俺が何をした?
柏原の宿は、浅井家の庇護を受けている。
しかし、その歴史は浅く完全に支配していたとは、言いがたい。
それゆえ、不満の声があがるのは、仕方がなかった。
頭が痛い、柏原の問題はいっそ切り離そう、浅井に旨みがあるとはいえ面倒だ。
その答えとして、俺は、対ー色の戦闘の為と称し、柏原の宿に住むの町人、出入りの商人に対し避難勧告を発した。
柏原を『主戦場』としてでも一色と対決する意思を示したのだ。
一旦、更地にしてしまおう。
立て替えとは、そういうモノだ!
もちろん、六角にも協力して貰う。
俺は、売られた喧嘩は高く買う主義だ!!
徹底的に、やってやる。
半兵衛という、公式チートと、おなじ土俵で戦う必要など無い。
米軍方式の、『戦いの次元を変えた』戦い方を戦国の世に披露してやる。
遠慮は無しだ、先に手を出した向こうが悪い。
『江北の地勢的優位』を、美濃の田舎侍に見せつけてやる。
さっそく行動開始だ!
浅井、六角両家が、美濃に対し限定的荷止めをおこなった。
『美濃改め』である。
美濃の商人、美濃の商品を徹底的に排除し、それ以外は優遇した。
ネギャキャン効果は絶大だ。
美濃物は駆逐された。
「美濃物を持っているだけで、在らぬ疑いをかけられる」と、商人が忌避しはじめる。
津島、伊勢、堺、そして京、もちろん近江商人もその恩恵にあずかった。
おかげで、両家の受けた打撃は予想をはるかに下回り、ごく一部であった。
それ以上に、大幅な利益が見込まれた。
江北・江南の中心とした、流通革命である。
―稲葉山城―
一色義龍は、頭を抱えていた。
事態は、六角との全面対決の様相を呈したからである。
手に入れたのは、わずかな土地だけだ。
ー万石にも満たない。
確かに、『要地』であり、確保すべき所ではあるのだが。
浅井家はともかく、六角家とまで事を構えてまで手に入れる時ではない。
2万余もの敵をわざわざ作るなど……馬鹿げた話だ。
しかも、商人達までが動揺しておる。
不破、鈴鹿、八風。その他全ての峠を奴らに押さえられた。
『美濃改め』というそうだ。
街道で、美濃の商人もしくは、美濃の物産のみ差し止められているのだ、無理もない。
美濃の商品が、忌避されはじめている。
美濃が交通の要とはいえ、それは、京、近江に通じているからである。
京、北陸への通路を止められてしまえば、美濃の存在価値は半減どころではない。
これでは、津島の商人にいいようにされてしまいかねない。
半兵衛も頭をかかえた。
よもや停戦に合意出来なかったとは……。
美濃との交易は、たとえ戦時下でー時的に途絶える事はあっても、すぐに元に戻る。
交易とは、双方にとって、大切な収入源なのだ。
商人の反感を買うなど、領主として特策ではない。
負ければ、収入が減るのは確かだ。
だからこそ、停戦の餌として『あえて柏原』は取らなかったというのに……、
1戦2戦は覚悟していたが、……これはない。
「浅井賢政は、馬鹿なのか?」
為政者として、なっていないではないか?
10月1日
祐の方が男児を出産した。
俺は、長男に『夜叉法師』と命名した。
安直だが、良い名前だと思う。
直盛殿が、初孫を見てうれしさのあまり踊り出しかねないご様子だ。
いや、この様子じゃ、家では踊っているかもしれん。
祐子は、此度の戦で、「身重でなかったら参戦出来たのに~」と、
ひとしきり悔しがっていたが、それも忘れてしまったかのようだ。
息子の夜叉法師に、お乳を含ます姿はお母さんだ。
夜叉法師は、いわゆる側室腹なので、浅井を継げない。
「出来れば新規に獲得した領地を夜叉法師にあたえたい」
俺は、その意向を直盛殿と祐子の方に伝えた。
「儂が、美濃を切り取ってやる~」と二人が鼻息荒く息巻いている。
おいおい、祐子さん、直虎モードになっているぞ。
(夜叉法師は、近江伊井家次期当主内定である。)
子供が生まれたと云うことは素直に嬉しい、女の子も良いが、男の子というのは末頼もしい。
『俺の後を任せられる』という安心感だろうか?
女の子の方が、可愛いと思うのに…男親と言うものは複雑な生き物である。
一姫、二太郎、理想ではないか?
奥に引っ込んで、子守を楽しみたい物だ。
家庭は、円満である。
―そして、為政者としての俺がいる。―
俺は、ほくそ笑んでいる。
たしかに、柏原が寂れるのは痛手だ。
だが、大部分を小谷城下に引き取る事が出来た、おかげで小谷はとても活気づいている。
美濃が寂れた分、敦賀経由の物流はその分以上に順調だ。
以前から企画している、柏原からの『小谷への迂回ルートを強制させる』為の名分にもなる。
さらに、懸案だった一色家を攻略するための大義名分も得た事だし、反撃させてもうおう。
なに、軍勢などいらない。
そろそろ信長から共闘の打診があるかと思ったが、まだ来なかった。
京では、
『さすが、おろかな義龍は~裏切り者の恥知らず、蝮の子供は、道三の子、親兄弟殺して平気な子~、さすがの”さいとう”美濃のへび~』
という童歌まで流行っていた。
(いいぞいいぞもっと流行らそう!)
一色(斎藤)ネガティブキャンペーンだ。
只今、キャンペーン実施中だ!
ひさまさは、戦争反対です!
なるべくなら平和でいたい。
平和ボケ出来る日本は、有り難いです。
でもそれは、「英霊」と「自衛隊員」のおかげであります!!
感謝!!