『永禄の乱!(永禄の変、後編)』
お待たせしました、どうぞお楽しみください。
― 御殿にて ―
いくら強いとは云え数では劣勢だ、将軍配下の奉公衆にも多くの負傷者が出る。
手当をするため順次さがらせる。
もはや、手勢が僅かとなってしまった。
「上様奥へ!」
じりじりと奥の間へと、下がるしかなかった。
「すまぬな賢政、巻き込んでしまった。 もはやこれまでのようだ……」
将軍足利義輝公は、力なくそうつぶやいた……。
「介錯を頼む、後は任せた!」
”バキッ”
「寝言をほざいてんじゃねえ!」
自害しようとした義輝を張り倒し、喝を入れてやった。
「アホですかぁ、あなたは一番最後に死ななくてはなりません。それに、死に逃げてはなりません!」
「しかし…むざむざ敵に首を取られては…」
「誰も将軍の首など欲しくはないのです、持っている奴は謀反人になりますからね。
三好のやつらは『将軍が死んだという事実』が欲しいのです」
「同じではないか」
”ゴチン” ~☆
「そんな細かい事どうでもいいです、責任者は最後まで、その責任から逃げてはなりませぬ。」
「くうっ」
なぜか涙目の将軍。
「ふっ、賢政殿の言う通りかと、負ければさしずめ首謀者は、儂にされますな」
自虐に笑う久秀。
「三好は、松永の謀反を知りあわてて駆けつけたが間に合わなかった…、ですかね? 三好の猿芝居は、さぞや見物でしょうね」
「そりゃ死ねませんな」
「「ははは」」
「ふふっ、ははは」
三人で乾いた笑いを無理にひきだした、気は心である。
落ち込んでいても仕方がない。
― 修羅場 ―
将軍義輝公は、剣豪塚原卜伝から剣術を教わり免許皆伝を受けているという剣術の達人だ。
気を取り直した上様は、足利家に伝わる数多くの銘刀を床に突き立て、切れ味が落ちるたび床に挿していた銘刀と交換しながら敵兵を次々に切り倒しまくっています。(国宝級を使い潰すという、ずいぶんと贅沢な戦い方である)
「うおりゃうおりゃ~どうした~」
「「上様、前に出すぎです」」
生き残る気になったとはいえ、王将が前列で戦うなんて無謀です。
将軍様という思わぬ相手に、三好方の兵達は大いに驚き、そのすさまじい奮戦振りに心底恐怖した模様だ。
生き残った者達で、上様を護ります。
「ふぅ、莫迦野郎どもめ~、お前ら逆賊ぞ! 後で、謀反人として、三好の奴らに一族郎党皆殺しにされるぞ」
「うっ」
敵兵の剣先が鈍った。
(しめたっ)
”ざん”
「さっさと、いねえぃ!! 三好に荷担するものは、皆死にやがれ~」
”がっち-ん”
”キーン”
”ぶしゅぅ”
俺は久秀と上様の脇を固め、無闇矢鱈と叫びながら十数人ばかり斬りまくりました。
狂気でしか、人なんて殺したくありません。
(友松っ早くしてくれ!)
次から次へと…、まるでゴキブリみたいに湧いて出てくる三好兵。
「お前ら、死にたいのか?莫迦か?」
「「うっ」」
「他の皆が、こっそり財宝を持ち出しているのに ここで死ぬのを選ぶとは、おめでたいわっ」
”ばさっ”
「ぎゃっ」
数人の兵が、離脱する隙を逃さず、馬鹿者を惨殺です!
「逃げる者は追わぬ、お宝拾って家に帰りやがれ」
『お宝欲しいし、命も惜しい、家にだって帰りたいでも名誉も……』、勝ち組の心情なんて弱いもんだ。
「おまえ馬鹿か!落ちている首を持って帰れよ、バレやしないって」
「……(その手があったか)」
「将軍の首取った奴は、後で一族郎党 『磔』 に決まっているだろうが、頭を使え!」
「……(もう、帰りたい)」
「ほら皆が、お前に無理を押しつけて、お宝持って逃げているぞ、いいのか?」
「……(なんで俺だけ)」
(ああ、生き残るためとは云え、実につまらん駆け引きだ。)
”バシュ、ずん、ドッ、ばさ、ゴツン、……ばきん!”
迷いを持った雑兵に負ける気はしない、室内戦も想定済みだ。
とは云え、刀が折れてしまった…。
…ふう、仕方がない、アレを使おう。
「アレを寄越せ!」
「はっ、アレですねっ」
俺の護衛役の一人、新庄直忠が鎗を差し出す。
もう一人は、渡辺守綱だ。
渡辺右京は、遊撃部隊として残りの兵を指揮している。
たとえ卑怯と云われようが構わん、俺は愛用の管鎗 『刹那一閃』 を使うことにした。
ハッタリをかますのは、太刀での大立ち回りが有効だが、いざ本気の戦闘は鎗の方が断然有利だ。
「いくぜぃ!!」
”びゅん”
「うわっ」
”ぐさっ”
「ぎゃあっ」
”どん”
「くうっ」
俺は舌戦を止め、本気モードに入った。
新庄と渡辺の助けを借りて、群がる敵をひたすら突きまくります。
殺しはしない、徹底して絶対に防御のない相手の『目』と意外と無防備な『足元』だけを狙います。
まあ、空いていれば喉でもいいですけどね。
ぶっちゃけ俺の 『刹那一閃』は、足軽の鎧ぐらいなら余裕で貫通出来る業物です。
修練詰んだ上に、俺特製の管鎗です。 「ふふふ」
俺達は善戦しつつも、じりじり追い詰められるように広間の隅に後退します。
(友松まだなのか……)
突然、何処からか「いきま~す」のかけ声がくだる。
「上様、爺さま、今です!」
一気に敵を払い、物陰に逃げ込む俺達主従。
”バターン! ぶおぉっ~”
いきなり襖が倒され、辺り一面に黒い粉が広間一面に舞い込みます。
(やったっ!)
煙幕どころではない黒い粉塵が、濃密に舞い散ります。
さすがの敵方も視界を失い慌てます。
「「「な、なんだ目つぶしかぁ、なんも見えねえぞ、おのれ小癪な~」」」
でも、それだけではないんですよ。
「友松、いいぞやれっ!」
「はっ、いきますっ!」
” ぼおっかあぁ~ん、ずどどっぉどお~ん ”
地響きを立てながら、屋敷が吹き飛びます。
火柱が噴き、みるみるうちに火災が拡がります。
昨夜配下や無手の者を使い、町人、女人達に炭を細かく砕かせた粉塵。
それに増量材として小麦粉、火薬とを混ぜ屋敷中にばらまき戸板で煽って充満させ火を付けたのです。
かなりギリギリのタイミングだったなあ。
粉塵爆発を起こし屋敷ごと三好兵を吹き飛ばし、そのまま瓦礫に火がつき燃え上がった。
油を染み込ませた紙をばらまく友松の姿は、放火魔です。
さあ逃げましょう。
腹に力を込め、思いっきり息を吸い……、
「「『義輝公ご自害ぃ~!』」」
そう叫んだ!
「「義輝公ご自害~」」
配下の者や兵にも、嘘の情報を声高に叫ばせながら落ち延びさせた。
殺した足軽の装備を引きはがして着替え、館が焼け落ちる混乱に乗じて脱出を計る算段です。
(松永兵や門兵には、屋敷が落ちれば無理をせず逃げるよう事前に指示してます。)
『義輝公ご自害』
この報告が聞こえると、戦闘は静かに収束に向かっていった。
(ヘタに御首を挙げるよりは、ご自害の方が、三好にも都合がいいからな。)
― 足利義輝・松永久秀・浅井賢政まずは逃げる ―
壁に塗り込めて隠してあった秘密の抜け穴を用いて外に出た。
外は、いきなりの爆発に混乱しているようだ。
「すまん息子が怪我をした通してくれ」
顔面、煤で真っ黒の久秀が遠巻きにしている兵に声をかける。
「ううぅ」
上様ナイス!
「兄上ぇ~」
俺が、弟役だ。
三人で小芝居をしながら、屋敷の裏から脱出した。
奪い取った装備(鎧、旗指物)で、なんとかうまく誤魔化せたみたいだ。
実際に左脚を負傷した義輝公をかばいながら、何とか落ち延びることに成功した。
自ら太刀を振るうのは仕方が無いが、上様は張り切りすぎだ。
危うく、討ち取られるところだったではないか。
「はあ~っ」
しかし、ある程度俺の警備の兵を強化鍛錬しておいてよかった。
今日は、修羅場過ぎるわっ。
爆発の規模が思っていた以上に大きかったので、現場が混乱していて助かる。
「「「火を消せ!」」」
「「まだ、なかにお宝が~」」
「おい、財宝がゴロゴロあるぞ、今なら失敬できる足軽ならバレねえって」
「「「「負傷者を助けろ!」」」」
これなら、将軍の死は確定に見えるし、負傷者や逃げる者を厳しく詮議する余裕もあるまい。
こんなことも何時かは起るだろうと、ある程度覚悟はしていたが、まさか今日だとは思わなかった。
松永久秀がイイ奴だったから、俺も安心しきっていた、不覚。
いざという時は、松永久秀にお願いして将軍の警護を任せる気だったのだ。
とんだ見込み違いだったなあ、あ~やれやれ!
まあ、今は逃げる事に集中しよう。
爆発の騒ぎに便乗して、二条御所から脱出した。
予め指定しておいた隠れ家へ逃げ込む。
三淵・細川兄弟とも無事合流を果たせた。
「「上様!」」
「おおっ、そなたらも無事であったか」
彼らには、他の奉公衆を逃がす算段を任せておりました。
かなり渋っていましたが、あの爆発でうやむやに押し通しました。
俺の方が彼らより面が割れていませんからね、上様を逃がす担当を引き受けました。
騒動を聞いて駆けつけた六角家や他の家の手勢すら巻いて、お公家さんの知り合いの伝手の力を借りて極秘裏に京を抜け出した。
― 京、郊外 ―
「殿!」
「ああ、友松ご苦労さん」
「ご苦労さんではありませぬ、ご無事で何より」
「皆は?」
「渡辺右京の話では、それなりの被害はあったと……」
「……やんぬるかな」
俺は天を仰いだ。
俺が連れて来た警護兵にも繋ぎをとり無事を知らせた、その上で将軍や俺が生死不明な風に擬態させた。
今、三好に将軍義輝を奉じていることを知られてはやばい。
追っ手をかけられては事である、正直逃げ切れる自信がない。
それに俺が不在のままで、いきなり近江に押し込まれてはかなりヤバイからな。
六角家が弱体化しすぎているのも考え物である、まったく役に立たないではないか。
まだまだ予断を許さない状況である。
そんな時に使者が嬉しい情報を届けてくれた。
弥太郎の急報で騒ぎを知った直経が1000の軍を引き連れ急遽上洛してきたようだ。
半分以上が、”輸送担当の騎馬隊”の臨時の構成らしい。
「無理しやがって、嬉しいじゃねえか」
磯野勝昌達も、勢多まで女性の一行を送り届け船に乗せた後、直経に合流しているようだ。
早馬の情報では、磯野員昌・赤尾清綱が3000の追加兵を率いてくる手はずが整ったらしい。
危機管理マニュアルを作っておいてよかった。
しかし、みんな超過勤務だな、これはお小遣いをやらんとな。
5月20日
洛中は、騒然としたままである。
直経率いる浅井軍1000あまりは、粟田口辺りで軍を止めて南禅寺(伽藍跡地)にて様子見だ。
(洛中に残したままのの警護兵(100名)を収容してくれたようだ。)
磯野員昌・赤尾清綱が3000の兵を率いて近江は逢坂山西詰めに陣取った
京の町にたむろする三好の軍を、味方が牽制をしているスキに、俺達は都落ちした。
その頃、本田正信は……
― 次回に続く ―
― 解説 ―
ご存じだと思うが、新庄直忠は、『杭瀬川の戦い』で賢政が刺客に襲われた時、ボサッとしていたあの護衛役である。
(あの事件の後、『氷の男』とあだ名される武術師範に徹底的にしごかれました。)
今回も、金魚のフンの如く賢政についてきておりました。
そのうち、師匠にも登場していただきます。
強敵を相手に…”どがっ”…と勝ってしまう、お師匠様!!
決めゼリフは…「相、済まぬ(ん)」だ!
『永禄の変』が、『永禄の乱』になっちゃいました。
義輝が生き残っているこの世界、さてどうなることでしょうか?
続きを首を長~くして、お待ち下さい。
お楽しみに。




