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長政?はつらいよっ!! 静かなる逆襲!!  作者: 山田ひさまさ
~ 浅井はやっぱりハードだねっ!! ~
17/23

とりあえず、ひとつの結論!

美濃情勢に異変が!


賢政の思考が暴走します。

 信長は、一揆の対処の為に、いったん美濃攻略を諦めざるを得なかった。

本願寺との対立は避けたかったのであるが、三河の一向一揆が飛び火して尾張を襲った。

一揆の規模自体は小さかったものの、信長は『半兵衛の策』のせいで手ひどい目に遭うのだった。



「さずがは、黒軍師だ、やり口が汚い」

俺が、半兵衛の感想を述べる。


「しかし、策とはそういう物なのでは?」

勝重が、首を傾げる。


「確かにそうだが、『勝つために何をしても良いのか?』と、問われれば、『否』というのが領主だと思う。」 

俺は勝重を諭した。


「負けてしまっては、元も子もございませぬが?」


「そうだ」


「では何故に?」


「さあな」



俺にしてみれば、戦国時代の殺し合いなど血生臭くはあるが、可愛いモノだと思う。

戦国というわりに、『ヤラセでは無いのか?』と疑うぐらい、死者が少ないのである。


一晩で、100万人の民間人の死傷者が出たり、一瞬で10数万の人間が・街が、消し飛ぶことはないのだ。

まあ、俺の感覚ではあるが、戦争ならば、2千から1万人くらい死なないと、大損害の気がしない。


平和な平成の御代でも、交通事故で、年間一万人、自殺で、三万人死んで居るのだ。

戦国なら、毎日1000人ぐらい死んでいても俺は驚かない。

まこと、人間というモノは罪深い生き物である。

その業は、際限がないのかも知れない。



人を殺すのに、血を見る。

今の時代はそうである。

それは生物としての争いであり、ある意味健全(語弊はあると思うが)なのかもしれない。



俺は、システムで人を殺すのはよくないと思うのだ。

『血も見なければ、相手の痛みも知らない』 というのは、

いくらなんでもそれは、ダメだと思う。


なぜならば、『このような地獄を、今後起こさないでおこう』という反省・自省が無いからである。

つまるところ、そのような意識では、力に酔ってまた”いくさ”をやってしまう。


「効率のよい作戦であった」で済ませてはいけないのだ。

つまり、効率的に人を殺す事を考える軍師という者は、為政者には向いていないのである。



為政者とは、国を守り国民に安寧をもたらし、民の幸福の最大公約数を実現する者なのである。


もちろん、先を見通さなくてはならない。

敵対する者から、民を護らねばならない。


だが、『護ること』と、『敵を攻撃する事』とはイコールではない。


相手を傷つければ、憎しみが返ってくるのである。

交渉をして、共存・共栄の道を模索せねばならない。

相手は、絶対悪では無いのである。

共存・共栄の道を模索する事に幸せを見いだせない者は、いずれ破局を迎えるのだ。


チートな英雄に任せて物事が上手く行くはずが無いのである。

乱世の指導者というモノは、血を見ずにはいられないのであろうが、血に酔ったり、血に飢えてはいけないのだ。


理性を持って、理想をかなえるべく、現実と戦わねばならないのである。

「殺すことよりも、生かすことに光明を見いだせなくては、いずれ自らも滅びるのだ」



『人を呪わば、穴2つ』 

つまり、人を恨んだ争いの果てには、自らの滅亡が待っているのだ。


『怨恨の連鎖』を断ち切らねばならない。

国ごとの対立を収めるには、より大きな枠『日の本』が重要な意味を持ってくるのだ。


そういう意味では、『天皇家』 『将軍家』というものが、大きな役割を果たすのだと思う。


俺は、将軍足利義輝公にとても期待しているのだ……。

 




 まあ、そんな殺伐とした暗い話も、今日だけは止めておきたい。

今日は、目出度い日なのである。


弟の浅井政元(16)に北畠家(北畠具教)から養女菊姫(17)が輿入れしてきた。

祝言を盛大に執り行ってやる。

政元が照れて可愛い、

お菊ちゃんも可愛いよ!

政之にも、そのうちイイ縁談が来るからそう羨ましそうな目で見るな。

え?「兄上は沢山の奥方がいてズルイ?」

「良し判った、政之よ、自分が好きな子を連れてこい。俺は、そうした。キリッ。」



 最近は文化人としての仕事の方が多い。

俺は、意外と出不精なので、大抵はみんなを呼び寄せる。

岡山あらため小峰迎賓館のお披露目でもある。

俺プロデュースの

お・も・て・な・しが心を揺すぶるのか、皆感動してくれる。

堅物の公家もニッコニコだ。

たまにお金をせびりに来る公家衆もいるけれど、そういう方はお茶を点てた後、主筋の六角様に一筆したため

「こいつ金が欲しいらしい、よろ」

丁重に船に乗せ観音寺城下へ追い返す。

主筋の近江守護に内緒で無駄な献金をするわけにはいかない。



11月 

竹中半兵衛は、突然、斎藤竜興に稲葉山城を明け渡した。


そのまま退去して、姿をくらませてしまった。


「「「……」」」 皆が唖然とした。


「( ^o^)ノ おいおい、いくらなんでもそりゃ無いでしょ!」


『夜逃げの半兵衛』である。

無責任すぎる。



この年、三好長慶が病没したそうなのだが、なんだかもう、どうでもよくなった。


織田信長も、しばらくは惚けていた。

そりゃそうだと思う、何故半兵衛が、稲葉山城を放棄したのか?判るまい。


「罠ではないのか?」

そんな噂が飛び交った。

確かにありそうな話ではある。


充分な確認をしたが、本当に退去したみたいだ。

信長は、気を取り直し試しに稲葉山城の攻略を目論むものの、見事に失敗したようだ。

斎藤竜興に、ある程度の指導をしたようだ。

まあ、それ以上に尾張の兵は弱いのだ。



浅井家は、すでに西美濃衆を味方に付け、西美濃を調略完了しております。


俺は、竹中半兵衛の動向を徹底的に調べるように命じた。

半兵衛さえいなければ、美濃は出来る限り欲しいのである。

まあ、多少は信長に譲ってやるつもりだが。




1565年(20歳) 

松平・今川は、ようやく一揆を平定したようである。

予想以上の被害、と云うか、想像を絶する被害だったようだ。

三河全土が、もはや一揆を続けられないほどの被害をこうむったとも言える。


何しろ、三河では、もはや米を作っていないのである。

米を奪われる位であればと、農民が雑穀だけを栽培していたらしい。

これでは、領有したとしても苦難が待ち受けている事だろう。

深刻な飢饉の被害があるようだ。


対して、信長の尾張は、一揆の矢面に立っていた。

多くの”一揆勢という名の流民”が、富裕な尾張へと流れ込んできたからである。

その対策に頭を悩ませているようだ。

激しい戦闘はないが、商家・農村への襲撃が後を絶たないらしい。



俺は、半兵衛が美濃を退去したのを確認した上で、美濃衆を寝返らせた。

浅井家は、西美濃および美濃北部の攻略を完了した。





『夜逃げの半兵衛』いくらなんでも無責任すぎる。


どうやら、半兵衛は、稲葉山城が『牢獄』であると気付いたようです。

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