『お市輿入れ顛末記』
『お市輿入れ顛末記1』
お市が、長政に嫁ぐまでのお話し。
ひさまさティストで、ご賞味ください。
それは、この一言から始まった……。
「誰ぞ~!お市の輿入れの準備じゃ!」
この日、信長はじっくりと何かを考えると、いきなりこう発したのだ。
「「「「「「え~」」」」」
家中が騒然とするのも無理はないが、……
織田家では、信長の奇行というものは、そう珍しいことでもないのだ。
清洲は、今日も騒がしかった。(と、ナレーションもスルーしている。)
― 信長の私室にて ―
「いやです!市は、嫁になど参りませぬっ!!」
輿入れを露骨に嫌がる美少女、彼女が『お市』である。
声高に叫ぶその様は、凄惨だけれども美しい!
一部マニアには、とってもご褒美かもしれないが、美少女の怒りは普通に萎える。
「まあそう言うな、賢政はいい男だぞ(たぶん)、恒興が言っていた」
信長も意外と呑気なものだ。
「ならば、恒興が輿入れすればよいのですっ!」
「それは名案だけれども…イヤ流石に…儂も気が引ける」
(というか、ご機嫌取りで相手を怒らせてどうするよ~おいっちゃん!)
「ならば、お・断・り をしてくださいっ!」
「いやぁ、こっちが無理に申し入れたので……」
「はあ?わたしの兄上が『市を見捨てる』と、申されるのですか?」
「いや、相手、官位持ちで偉いし…見捨てるなど…」
「賢政殿は、『惰弱な腰巾着』と聞き及んでおりますが……」
「うっ、そこを何とか…」
零細企業の社長のように、とても下手に出る信長、ファンには見せられない情けない姿である。
「なりませんっ!!」
そう宣言するなり、お市は足音も重く出ていった。
”ぴしゃん”怒りの衝撃で、襖が外れている。
「Orz ……」
部屋に静寂が戻る。
「これは困った、賢政よりもお市の説得の方が先だったわ。」
まあ賢政の名声も、清洲では形無しなようだ。
意外と他国での『浅井賢政の評価』は低いのだ。
一例を挙げると……『優柔不断』、『人質大名』、『腰巾着』
それから、『守銭奴』、『文弱』、『優男』
酷いものでは、『君側の奸』という評価まである。
まあ、こんな評判では受けがよろしくないのも確かだ。
しかし、……
「お兄様の…馬鹿…キライッ」
お市の声を聞くに、他に事情がありそうだ。
― 清洲城 ―
信長のひと言で、その日以降、城内はてんやわんやであった。
輿入れの準備など、そうそう早く整うものではない。
皆が、嫁入り道具の手配や衣装の準備やなんや用意をするのが大変なのである。
信長は気が短いので、余計にプレッシャーが襲いかかる。
今迄であれば、「ま~た信長様の訳の判らん物言いが始まった」
で済んでいたのだが。
『桶狭間の激戦』での勝利以降、
『信長は、深謀遠慮のかたまりで、理解出来ないものの方が凡人なのだ』
『死した斎藤道三は、信長の真価を見抜いていた』という評価なのである。
まあ、確かにそういう側面も多少あるが、『何でも信長が正しいのか』というと判断は困る。
全ては、結果論に過ぎない。
そのことを身を以て知っている男が、池田恒興である。
これまでの信長の行動が、擬態や深謀遠慮などではない事を知る信長の側近だ。
彼の苦労を知れば当然であろう!
信長は、無茶振りの天才なのだ、いや、天災児である。
脳裏に浮かぶ、悲しい想い出を振り払いつつ、恒興はお仕事に励む。
お市の輿入れの噂を知って騒然とする家中を宥めるのも、彼の仕事である。
騒然とするなどと穏当な表現をしたが、お市を慕っていた(狙っていた)者達が、そこら中で
暴れているのだ。
正直、頭が痛い。
「こら、又左!なんでお前までが暴れている?」
「いいじゃん別に、みんなが暴れているんだ、俺も暴れたい」
「お松殿に報告……」
「いやあ、勝三郎、忙しいだろうから手伝うぜ~、いや、手伝わせてくださいお願い…」
急に態度を豹変させる又左は、情けないほどの恐妻家だ。
「判れば良い、早速頼む、ぶちのめせ!」
「応!おらおらおら~」
威勢の良いかけ声を残しつつ、利家は逃げていった。
「はあ~」
親友を見送りながら溜息をつく。
織田家には、意外とまともな人物が少ないのである。
あの、柴田勝家殿でさえ、お市様を狙っている始末だ。
「いい年をして、あほか」と思う。
それにしても、賢政殿が悪いのだ。
せめて、あの竹中と派手にやり合えば、武名も上がるものを……。
尾張・美濃では、『浅井は六角に泣き付いて領地を取り返してもらった』と、皆が噂しているのだ。
まあ、斎藤の嫌がらせでもあろうが、織田家中の評判が悪いのも困りものだ。
賢政殿も関ヶ原より向こうでは、名君扱いで、実際イイ奴なのだが……
「皆が信長様には反抗出来ぬ分、賢政殿がやり玉だな」
頭を抱えつつ、信長の元へと帰る恒興であった。
土田御前は複雑であった、娘の市が輿入れするのは目出度い仕儀なのだが。
突然すぎるし、相手はあの浅井賢政である。
『六角承禎(義賢)の犬の賢政!』
さすがにそれは、あんまりである。
「織田家のためとはいえ、市が可哀想じゃ!」
信長にとっての都合の悪いことに、『お市さまが輿入れを嫌がっている』
という、噂が市中にまで流れた。
そうして、騒ぎはさらにエスカレートしたのであった。
いわゆる、『お市さまの争奪戦』だ。
発端は、「浅井のボケに比べたら、わしのが婿にふさわしい」
という、実にたわいのない発言だ。
しかし、それが呼び水となって、「わしが」「俺が」「おいらが」「いいや、俺だ!」
とまあ騒がしいこと騒がしいこと。
殴り合いの喧嘩に発展した。
信長の近習が騒ぎを取り押さえたが。
中には、佐久間信盛、 佐々成政、 飯尾尚清、長谷川橋介、加藤弥三郎それに、柴田勝家がいたとかいなかったとか。
とにかく大騒ぎだったのは間違いがない。
さすがに信長も家中の混乱に頭を痛めた。
「なぜわからぬのだ……」
信長には、なぜ皆が賢政を認めようとしないのか、とても疑問だった。
「殿、いかがなさいますか?」
「しばらく様子見しよう」
というわけで、しばらく放っておかれた。
そういうわけで、『輿入れは立ち消えになった』と皆が思ったのである。
― ある夜 ―
信長は密かにお市の部屋を訪れた
「お市…」
「えっ」
信長のいきなりの訪問に取り次ぎが間に合わず、さすがのお市も狼狽えた。
慌てて身繕いするその姿は、妙にかわいらしい。
「お、お兄さまっ」
「すまん、織田のため、尾張のために頼む…」
お市の可愛らしい反応に気付かない信長。
「……織田のためですか?」
「そうだ」
「なら、お断りいたします」
にこやかに拒否したお市である。
「尾張のために…」
「なおのこと御免です」
「……」
「……はぁ~仕方がありません、市はお兄様のために『浅井賢政』という男を見極めて参りましょう」
「近江に行ってくれるのか?」
「はい、お兄様のために喜んで参ります。」
「すまぬ」
「どうしょうも無い方であった場合は、義姉上を見習って刺して参りましょう!」
「それは困るが、助かる!」
「いいえ、市はお兄様のためであれば、喜んで地獄へ参ります!」
「お市ぃい~」
というわけで急転直下、お市さまのお輿入れが決まった。
慌てたのは、準備を中断していた連中である。
地獄の準備が始まった。
お市も自分の侍女となる者の人選をおこなった。
彼女も信秀のお嬢ちゃんである。
わがままであった。
数多くの娘が、評判や噂、それに推薦を元に清洲城に呼び出された。
主人となる、お市さまに”けちょんけちょん”にいびられ、泣きながら家に帰る光景が見受けられた。
まあその地獄の選抜を通過した精鋭が、小谷城へと乗り込むのであった。
ある者は志願、又ある者は強制であった。
そこに一個人の都合は斟酌されないのである。
舞台裏では、悲喜こもごもな人間模様が展開した事だろう。
とりあえずはここまでです。
つづきは、外伝集
『その花嫁はニセモノですぅ!『お市輿入れ顛末記』』にてお楽しみください。
感想次第で、もうチャージをかけます。