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求めているもの

作者: 鹿田炬

 血のように紅い紅い果実の表面を雪のように真っ白な歯が削ってゆく。俺はそれを、女王様のような椅子に座った彼女を、跪きながらただ見ているだけ。

「……つまらない」

 彼女は心底不機嫌に果実を投げる。それは俺の頭に当たり、ボールのように床へと転がって行った。その果実の転がって行った道に紅い汁がラインをひいている。俺の髪からは少量の果汁がしたたり落ち、床に円形の染みをつくっていた。

 それでも尚跪いて無言を貫いていると、彼女は俺の頭上でわざとらしく盛大なため息をついた。

「あなた、自分の命がかかってるっていうことがまだわからないの?」

 まるで魔力が混じったかのような妖艶な甘い声。そして石灰で作ったような白いしなやかな手が、必要のなくなった紙を扱うかのように俺の頭をつかみ、抗うことすらさせず視線を交わさせた。

「あら怖い目。そんな目をしなくたって、この場であなたが“はいわかりました”って言えばすぐ解放してあげるのに」

 その月と同じ輪郭をした目が孤を描き、三日月となる。それはまさに昆虫をつぶそうとしている小さな子供のようであり、そのあまりの無邪気さに徐々に空気がなくなって行くかのような静かな恐怖が俺を包んだ。

 このやり取りをしてかれこれ2時間ほどが経過していた。嫌なことが起きてる最中というものは実際の経過時間よりだいぶ遅く感じられるもので、俺の体感では5時間が経過しているようだ。

 俺の明らかな反抗態度に、彼女はムチを打つかのように舌打ちをした。そしてその場近くにあったなんの罪もない巨大なクマの縫いぐるみを、塔のように高いヒールで呪うように何度も何度も踏みつぶす。当然クマの縫いぐるみはその衝撃に耐えられず、無残に肉片とも言える綿を、押しつぶしたシュークリームのクリームのように外気にさらしていた。

「なんで、なんで私に忠誠を誓わないの!こっちは豪く譲歩してあげてるのよ!」

 彼女の怒りは、一部が破損した木製ダルからあふれる水のように止まらない。近くに居た石像かと思うくらい動かなかった護衛が怒鳴り声を聴いて彼女をなだめはじめた。

 荒い息を繰り返す彼女はなんの罪もない物に八つ当たりしてやっと気を静めたようで、しかし怒りを表しているのか大きな音を立てて椅子に戻った。

「……もういいわ。でも一つだけ聞かせて」

 ご機嫌斜めの彼女は大人ぶった子供のように声を落ち着かせて言う。その蜜のように魅力的な言葉と声に俺が少し視線を上げ目を合わせると、彼女のその目が筆で描いた線のように細く、鋭くなった。わずかながら瞳孔が生き物みたいに開いたり閉じたりを繰り返している。その割れたガラスの破片の鋭さを持った視線に、せき髄の奥が凍るような感覚がおそった。

「どうしてあなたは絶対的な将来の豊かさを目の前にしても、自分の自由を取るの?」

 予想通りの質問に思わず口角を糸一本くらいの差で上げてしまうと、彼女の整ったなだらかな額に大きく深い谷が刻まれた。そこで俺は、初めて声を発した。

「説明したところで、富豪の貴女様にはご理解いただけないですよ」

 彼女は醜い奇声をあげた。

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