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episode:柳崎 瀬斗 in 極東桜花

 本編三話のプロローグ的ストーリーになります。

 ツイッター企画と連動しています。協力してくださった柳崎 瀬斗さんに感謝!

episode:柳崎 瀬斗 in 極東桜花


 寒さが身にしみ始める秋の夕暮れ。街路樹が徐々に赤や黄色に染まり、視界の緑が失われつつある。一般人の間では夏の浴衣の上に羽織りを着る者も増えたが、彼女はその例外だった。

 かつては海軍の軍服だったとされる、女子学生の定番の制服。襟が特徴的な紺色と白のコントラスト。そして紅色のスカーフを胸元で結んである。

 つまりは学生という身分に当たるのだ。

「うあー瀬斗ちん、相変わらず頑張るのよね。その格好」

「……学生なら普通だと思うけど」

 朝の通学電車の中。並んで会話する二人の姿のうち、片方は確かに前述した女学生のもの。

 そしてもう片方は鮮やかな青の浴衣に紅い金魚の模様。この子も同様、学生の身分に変わりはないのだが。

「ほら、俺頑張ってこの間の定期考査受かったし?」

 流れるような黒髪を毛先だけ青く染めた一見女性とも見紛う姿だが、発せられる声の高さがそれを全否定する。

 瀬斗は呆れ半分でセミロングの髪を左耳に掻き上げた。

「それ絶対努力の方向性が間違ってるよね」

「間違ってない。俺には大事なこと!」

「いやそのやる気は勉強に向けるべきでしょ」

「いーやーだー。コスプレ以外で絶対学ランなんて着るか」

 毎日女装してるような貴男が何をいう。

 駄々をこねる表向き美少女に全身でツッコミを入れたい衝動にかられたが、毎度のことなので諦めた。

 そもそもことの発端は政府の「特別条例」だ。政府の定期考査を通過すれば、どんな格好も──全裸などは論外。目に毒にならないと判断される限りは──許されるという規則のおかげである。隣のエセ美少女はこの厳しい査定を毎年クリアするという、ある意味その業界では猛者なのだ。

「あんまり文句いうと、お前のところの毛玉を赤く染めてやんよ。ヘアカラーで」

「いやぁぁあ! それだけは勘弁!」

 「毛玉」とは瀬斗が飼っている白い小型犬のことだ。本当はしっかりした名前があるのだが、彼が毎回「毛玉」と煩いので既にそれで定着してしまっている。

 そして電車は学業区の、彼らの高校前に停車した。

 柳崎瀬斗リュウザキ セト生嶋藍兎イクシマ アイトの17歳の冬のある日。


****


「瀬斗ちん瀬斗ちん、週末映画に行こうよ」

 藍兎がひょこひょこと教室で瀬斗の席にやってきた。彼は容姿も目立つ上一応瀬斗は女で彼は本来男であるのだから、こちらとしてはあまり嬉しくない。

「……何見るんですか、」

「ほらほら、最近人気のあの映画」

 藍兎は人差し指を上に向けてニコニコとわざとらしく笑った。瀬斗にはその様子で大方予想がついた。

「“あれ”ね」

「いやー知り合いに頼まれちゃってさ。映画見に行かないともらえない奴」

 映画を見るために映画館に行くのは今時はやらないのだが――ぶっちゃけ有料配信でテレビで見る方が手間も料金も時間もかからない――やっぱり映画館の雰囲気が好きだという者もなかにはいる。ちなみに彼の映画館に見に行きたい理由はこれに当てはまらない。

「ペアチケット買ったんだけど、一緒に行くはずのダチが用事入っていけないとかいいだして」

「なんでそれで私なの」

「だってお前なら――」

 そこまで彼が言いかけて瀬斗は口を塞いだ。

「それ以上は言わせない」

 その手を除けて藍兎はため息をつく。

「だーかーらー伏せといたのに。業界で名前の知れた――」

 わざとらしくニヤリと口角を釣り上げた。

「リセ君」

「その名前で呼ばないでくれないかな……」

 リセ――ゲームの中のハンドルネーム。その道では有名である。そのゲームの守備範囲はさることながら、その攻略テクニックには光るものがある。

「ほらほら、一緒に行けばもらえるじゃん? 限定モンスがもらえるのよ? 今ならタダで連れて行ってあげるのよ?」

 彼が映画を見に行きたい理由――それはつまりゲームの限定アイテムを手に入れたいのだ。

「一人じゃだめ?」

「一人って……」

 「もったいないし寂しいじゃん」と藍兎は呟く。そして机に張り付いて黙って瀬斗の顔色をうかがう。首をかしげてうるんだ眼をこちらに向けられる。これはつまり一歩も引くつもりはないという彼のいつものアピールであって、

 瀬斗はため息をついた。


****


 週末。二人は商業区13区の駅前で待ち合わせをした。瀬斗は平日のセーラー服から白い下地に鶯谷と桜の花びらの舞う着物の下にレースを装ったミニスカートを掃いていた。

「ふおお……いつもは女子高生。ネット上では希代のランカーリセ様。そしてある時は可憐な女の子。ギャップすげーわ」

「どこからつっこんでいいのかわからないんだけど」

 そう評価した方はこれまた普段のオプションに追加して青紫の洒落たモデルのヘッドホン。ネット上の架空アイドルがつけているものにとてもよく類似している。

「昨日届いた新製品なのだよ瀬斗君。流行は追わなきゃね」

 鼻高々にその場で一回転して決めポーズをとる。恐ろしいほど様になっていた。

「それつけててもイタくないアンタを尊敬するわ」

 呆れ半分に賞賛を送る。残り半分は確かに皮肉であるのは言うまでもないが、彼が理解していようがいまいが意に介さないことはわかっている。

「どーも」

 駅前の宙に浮かんだ掲示板と手元の前売り券を見比べていた。方針が固まったのか、藍兎はチケットを肩掛けの鞄にしまう。

「行こっか」

 藍兎が瀬斗の腕を掴んだ。

「ちょっと待って」

 瀬斗は駆けだした藍兎を引き留め、手提げの鞄から白いふわふわした綿菓子のような塊を取り出す。

「……お前、連れてきたの」

 地面に置かれると一回転してその毛玉の顔らしき部分が現れる。小さな四つ足で辺りを興味深そうにとことこと歩き回る。

「だって可愛いんだもん」

「映画館だぞ? 公園じゃあるまい」

「大人しくしてるから大丈夫だって。おいで、れおぴ」

 名前を呼ばれて愛犬は主人の方に急いで駆け寄る。

「やっぱバッターボックスに向かって投げたくなるフォルムだよな」

 顔面から右手で鷲掴みすると手足をじたばたさせて暴れた。そこで更に藍兎は野球のピッチャーのように大きく両腕を振り上げる。が、

「いって!」

 そこまでやって中指を思いっきり噛まれた。白い子犬は宙を二回三回回転し器用に着地する。

「毛玉のくせに生意気な」

「今のはどう考えても生嶋君が悪いと思う」

 すり寄ってきた毛玉を優しく抱き上げ、彼を睥睨する。藍兎は開き直って

「はっ、この清廉潔白で可憐な美少女の俺の一体何処に非があるというのかね?」

 と芝居めいた仕草までつけた。その台詞がまず清廉潔白からかけ離れている。

 映画館に行くのに、もはや腕の中の愛犬よりもこの男の方が迷惑極まりないような気がしてきた。

「毛玉のせいで限定モンスゲットできなかったら青く染めてやるからな!」

「またそういうことをいう。ほら、行くよ」

 今度は瀬斗が藍兎の腕を掴んで引っ張っていく形になっていた。



****



「──で、新作の【ルナティックダスト】どうだったわけ?」

 映画館まではしばらく歩かなければならないため、二人は最近の互いの情報を交換している。

「あれね。よくある猟奇系のゲームだったけど。一応最高難易度までやったけど、中途半端な歯切れの悪いシナリオ。操作は癖があるかな」

 ゴーストタウンで人間が徐々に狂っていき、主人公とその仲間がそこから脱出するゲーム。クリアタイムやユニット殺害数でエンディングが変わる。彼女は全てのエンディング、シナリオを見ている。更にネットワーク接続によるランキングにも名前が残る程度には極めた。

「おーじゃあ【ファントムファーム】は? 俺あれの【井戸から湧き上がる怨念】が倒せないんだけど」

 次に藍兎が出したのは、幽霊や神霊を強化して戦わせるお馴染みの形式のゲームだ。【井戸から湧き上がる怨念】はいきなり難易度を跳ね上げる──ようするに詰むことで有名なボスである。

「英霊や神霊クラスのファントム連れてけば余裕だって」

「連れてってるよ。【コノハナサクヤ】とか」

「……何故防御紙に定評のある奴なの」

 と二人きりだと大抵こんな話をしている。瀬斗は普段、学友とはあまりこういった話はしない。目の前の彼と、ネットワーク上の友達だけだ。

「いーなー瀬斗ちん。強い」

「普通にやってるだけだって」

「普通にやってもGSGとかは無理だって」

 GSG──ガンシューテングゲーム。実際の銃を模したコントローラーを使うゲームは、レベルの概念などはなくプレイヤーのテクニックに大きく依存する。

「やってみれば慣れるよ?」

「んー……しかし俺は──」

 突如として町の空気が変わった。鳴り響く警報。頭上の掲示板の中身が瞬く間に消える。人混みから冗談や笑い声がなくなる。

「え?」

「……停電か?」

 毛玉がうなり声を上げる。瀬斗はそれを拾い上げた。

 再び掲示板に色がともり、警報が鳴り止む。しかしそれは

『ヒャッハーイ商業区の皆さん! 休日を満喫にしに来ちゃってる糞ムカつくリアルが充実しちゃってる皆さん! どーもこんにちは!』

 機械を通して意図的に変えられた特徴の消えた声。ふざけた調子のその口調だが笑い出す者はいない。

 次は掲示板に紫と緑で人相の悪い眼帯をつけた熊のようなマークが映し出される。

『この商業区のネット回線からコンピューターの指揮系統は全部俺様がジャックしちゃいました! そうです俺様天才! 警察ざまあ!』

 品のない笑いが町中に流れて反響する。

『俺様はこれから徐々に支配権を広げるつもりだから。文句あるならかかってこいよ! 中にいる人間がどうなっても知らねーけどな!』

 そこでプツンと放送が切れた。数拍をあけて、誰かが走り始める。それを起爆剤として周りの人間も走り始めた。向かうは当然、駅や転移ゲートだ。

「うわ、死亡フラグ」

 数多の小説マンガゲームの世界で常套の、危ない旗を立てるような行動に思わずそう藍兎は呟いた。

「本当に死ぬと思ってる?」

 言いながらも落ち着いた彼の様子からそう思う。彼は首を横に振った。

「まさか。せいぜい普段は公共で管理されてる警備システムに追っかけ回される程度だろ」

 そもそも現代では銃などの危険な武器は空想世界の産物でしかない。薬品なんかを工業区から持ち出したなら話は別だが、もとよりそこに出入りすることがまず難しい。今回は一体の機械の制御を乗っ取ったに過ぎないのだ。

「何とかしないとまずくない?」

 それでも周りはパニックに違いない。気にかける瀬斗とは対照的に藍兎は煩わしそうに慌てる群衆を眺めた。

「何で俺たちがやらなきゃなんねーのよ? 警察の仕事だろ」

 今頃政府が躍起になっているはずだ。規模も大きい。

「つっても、警察じゃどうにもできないだろーけど」

 通常時のありとあらゆる障壁を越えて犯人は今、指揮系統を手中に収めている。こういったものは普段から厳重に管理されているもので、それを突破できて更に攻める余力があるのなら脅威だ。

「詳しいんだ」

 その問いに藍兎は首を振る。

「詳しかないさ。詳しい知り合いがいるだけ」

 ぶっきらぼうに言う彼の言葉に、瀬斗は一縷の希望を見いだした。

「……その知り合いなら、何とかなる?」

 あまり彼は事件解決に乗り気ではないようだ。だからそれとなく、控えめに聞いてみる。

「…………なるね、ぶっちゃけ」

 気怠そうに彼は答えた。そしてその言葉を瀬斗は聞き逃さなかった。

 言質はとった。

「なんとかしようよ!」

「面倒じゃん」

 本当に彼にはやる気がないようだ。

「前売り券代、無駄になるよ」

「……」

「ほらー交通費も様にならないし」

「…………」

「このままじゃ限定モンスもぱーよ?」

「………………」

「そういえば知り合いに頼まれたんじゃなかったっけ」

「――――――――!!」

 そこまで言い寄ると藍兎は思い出したように立ち上がり、何かをぶつぶつとしきりにつぶやいたり頭を抱えたりを繰り返す。

「よしわかった! 何とかしよう!」

「ど、どういう心変わりで……」

 藍兎の両手がワナワナと震えて、目を見開いた。

「今回の交通費とチケット代、その人のお金で払ってんだよー!」

「ああ……うん、わかったよ」

 このままではお金を返さなければいけないことを思い出したようだった。

 藍兎は肩掛けの鞄から、銀縁の薄い紫色のサングラスを取り出す。そしてそれをかけるとフレームの角を指でなぞった。

 サングラスに文字が点灯する。それがいくつから点灯したり消えたりを繰り返すと、小さく音が入った。

「もしもし誠十朗?」

 公共の電波は犯人の統制下。これは彼と、彼の友達だけの特殊回線だ。

『あー藍兎。もしかしたら掛かってくるんじゃないかと思った』

 呑気な声がゆったりとそう喋った。男の子の声だ。

「ニュース見てるか」

『ニュースもニュース、大ニュース。あれも飽きないなー』

 欠伸混じりにそう答えた。通信相手からはそんな気配は感じられないが、外は大騒ぎであることは必至だ。

「お前ならもっとうまくやんだろ」

 友人の言葉にわずかに間を空けて相手は答えた。

『当然だね。完全犯罪でバレないようにやる』

 その言葉に藍兎は口元をにやつかせる。

「で、どうにかなんの?」

 通信越しに相手は唸った。少し問題があるようだ。

『どうにかなるといえばなるけど……生憎こっちはメンテナンス中。人手がいないとなー』

「げ」

 藍兎は眉間に皺を寄せる。その反応に相手は「あー」と思い出したように声を上げた。

『そーいや、藍兎無理だっけ。代打いないー?』

「っても……あ」

『どしたー?』

 藍兎の視線がレンズ越しに瀬斗の姿を捕らえた。

「いる。最っ高にちょうど良い奴が」



****



「──え、ちょっとこれ何?」

 先ほどまで藍兎がつけていたサングラスを瀬斗につけさせ、適当に近くにある人のいない喫茶店に席を取った。

「いーから。誠十朗の言うとおりにやってよ」

『こんにちはー柳崎さん』

 この声は同じクラスの田方誠十朗タガタ セイジュウロウのものだ。

「生嶋君の言ってた知り合いって田方君だったの?」

 いつも教室の机で寝ているか本を読んでいるという、あまり目立たない人だ。その彼がこの助っ人なのか。

『そゆことー。じゃ、リラックスして。目を閉じて。ちょっと眩しいけど一瞬だから』

 目を閉じるのにどうしてまぶしいのだろうか。

 という疑問を抱きつつも言われたとおり素直に目を閉じて、肩の力を抜いた。

 瞬間、瞼の裏に閃光がよぎる。

「──っ?! あれ?!」

 眩しくて何かと思い思わず目を開けると、そこは今までの人気のない商業区の喫茶店ではない。

 宙には零と一の羅列。そして真っ白な世界に、自分の体に感じる重力は微力。すっと足を床と思えるところに下ろすが、音はしなかった。

『リンク成功。柳崎さん、体しっかり動くよね?』

 瀬斗は腕や膝を曲げたり伸ばしたりを繰り返し、二三度その場で軽く飛び跳ねて確かめてみる。

「大丈夫だと思うよ?」

『オーケー。じゃ、今から柳崎さんには犯人のプログラム──言うなれば、ウイルスを倒して貰うから』

「ウイルス?!」

 途方も無い話──というかそもそもここはどこなのか。ウイルスというのだから安直に考えればそれは、

『そうそう。察しがいいね。てか有名過ぎか。そういうゲームはよくあるし。ここは電脳空間って言えば想像しやすいよね。柳崎さんの体は今現実世界では喫茶店の席で眠ってる状態。神経とかそこら辺の奴は全部こっちに接続してあるから』

「……それってまずくない?」

 下手をすれば神経麻痺かなにかを引き起こしかねないのではないか。

『安全は保証するって。いざという時には僕が強制的に現実に戻してあげるよ』

 その答えの後、光が瀬斗を包み込む。すると手には光の剣──某有名宇宙映画さながらの──が現れ、周りの景色が白から荒野に変わった。

『ここからはゲーム感覚でよろしく』

 冷たい風が吹き抜けて草木が揺れる。実によくできている。しかしこれは――

「何これ?」

『色々いじって、電脳世界のビジュアルなんかを変化させた。この空間で武器を使って敵を倒すことイコールウイルス駆除になるように設定を弄ったんだ』

「お、おお……」

 途方もない話をされている気がする。ええと、つまりこれは

「簡単にまとめると私が武器でウイルスを倒せばいいんだよね?」

『そーいうことだねー』

「そんなに簡単にすむんだ」

 瀬斗は剣を手でくるくる玩ぶ。身体の動きはやはりかるい。リアルよりも軽やかに動く。

『本当はそう簡単じゃないさ。専門用語飛びまくりの世界だよ。でもそれを簡略化して、別の作業に置き換えてそれを同義にする』

「……話が難しい」

 もともとこういった話は苦手だ。専門用語が飛び交う世界のことなど考えたくもない。

『パソコンで考えればいいさ。本当は色々と中で密接に動いているプログラムを、クリック一つで動かす。それと同じことをやってる』

「…………」

 わかったようなわからないような。

 そこに更に誠十朗が説明を付け加える。

『みんなが今普通に使っている高機能インプット=デバイスの最終系だよ。考えるままに文字を打ち込むあの技術は、専門用語を学ばずともイメージで直接機械やデータを動かすことにも応用できる。これはちょっと僕の自己流だけど』

 いや逆によくわからなくなってるからねその説明!!

 頭の中で再三考えて、そして諦めた。深く考えるとはまって何もできなくなりそうだ。

 そうこう説明をしているうちに目の前にイノシシのようなユニットが現れた。

『敵ユニットはあんな感じで出てくるから、攻撃よろしく』

「仕方ないなあ」

 瀬斗は右手の剣を構えてイノシシに近寄る。試しに上からふるってみると、イノシシのユニットが光の粉として霧散した。

『よーし、じゃあどんどんいってみよー』

 その声に応じて次々にイノシシが視覚化する。その数には限度がない。

「……えー」

 予想はしていたが、この数は……

「一級武器一式、うまく使ってねー」

 瀬斗は一度深呼吸をして、思いっきり駆け出す。手短なオブジェクトめがけて手始めに奇襲を仕掛けた。

『操作イメージは【Midnight Stage】だから、それっぽい動きをすると必殺技のエフェクトとか補助効果がつくよ』

 【Midnight Stage】はオンラインゲームの名前。瀬斗もプレイ済みの、そこそこ有名──ではなく、むしろコアな方だ。彼の趣味なのだろうか。

 次の標的には一歩踏み出すと同時に下から上へ得物を振り上げる。あのゲームの中では基本技のモーションに、煌びやかなエフェクトがかかる。

 ワンキルで仕留めバックステップを踏むと同時に次の的を決めるとその方向に加速するベクトルが体にかかる。【追尾】の補助効果だ。

『流石だねー柳崎さん。そこまでプログラムした効果を使って貰えると、設計した方も嬉しいよ』

 次々にイノシシを倒しては乗り換える瀬斗の手際の良さに誠十朗は感嘆の声を上げた。

「私だけ重労働な気がするんだけど!」

 スキルの三連撃を叩きつける。イノシシの群に大きなクレーターを作った。

『失礼な。こちらは相手の改竄したプログラムの修復で手一杯だよ』

「ウイルスを倒すだけじゃだめ?」

 普通のパソコンはウイルスを駆除すれば解決することが多い。

『これは普通のウイルスとは違うからねー。奴ら、犯人xに都合がいいように改ざんしてるから。荒らされた部屋は自然に元通りにはならないっしょ? こっちは柳崎さんが退治したところを直してるから。でもそれだけだと足りないんだよねー実は』

「えー……」

 今でさえ終わりが見えないのに。

『いたちごっこなんだよ。向こうは支配権広げてるわけだし。商業地区は解放してもその頃には居住区かどこか捕られてるだろーね』

「大本を叩けば……って、私今動けない」

 止めるためには犯人を現実世界で捕まえるしかないのだ。しかし電脳世界にいる瀬斗にはどうすることもできない。

『それは柳崎さんはこっちやってもらわないと僕も困るし。てわけで、藍兎ー』

『……何だよー』

 電脳空間に先ほどまで現実世界で聞いた声が新たに反響する。

「あー! 生嶋君、君も仕事してよ!」

 一集団をまとめて薙ぎ払って瀬斗は叫んだ。

『俺だって一応やらなきゃいけないことがあってだな、』

『抹茶カプチーノを堪能している君が言えたことかなー?』

 誠十朗の言葉にノイズ交じりに咳き込む音が聞こえた。本当にそんなものを飲んで一服していたようだ。

「ずるいよ生嶋君!」

『何かしたいのは山々だけど、俺だってここを離れるわけにはいかないんですよ』

 ズコーっと今度は確実に飲み物をストローで吸い上げる音が聞こえた。

『だってリアルの瀬斗ちんは超無防備なんだぜ?』

「それとこれとは話が別!」

 敵陣の真ん中に跳びこんで回転切りで周囲の敵を薙ぎ払う。

「事件解決が最優先でしょ?」

 そのまま更に地面に剣撃波を叩きつけた。そのままバック宙をして次の敵に踏み込む。

『いや……だってさ、瀬斗ちん。君は女の子だろ』

 ――一瞬、右手の剣先が思わぬ方向に軌道を変えた。

「――えっと、?」

 いやはやなんというか、その。まさか彼がこんなことをいうような奴だったとは全くもって思っていなかったわけで。

 だって見た目は完全に女子であるし、そもそもいつも喋ることはふざけてるし、皮肉も多いし……本当に、

「予想外だわ……」

 そうつぶやいて今度こそ目標オブジェクトを撃破した。

『だねー。僕も予想外。藍兎がここまでいうとは思わなかったかな』

『……君ら、俺をなんだと思ってる?』

 誠十朗と瀬斗はクスクスと笑う。

『なんだよ!』

「いや、その心遣いは嬉しいけど。問題の解決になってないし」

『それはそうだねー。そういえば藍兎、そこに犬いないっけ?』

 誠十朗が思い出したように毛玉の事を指摘した。

『待て今思いっきり――』

「いるよー! 私の愛犬が!」

 言いかけた藍兎にかぶせて瀬斗は返事をする。

『そっか。そのわんちゃんを番犬にして、藍兎が犯人xをぶっ倒すという方針で』

「異論ないよ」

『ちょっおまっ――』


****


「しかたねーなぁ……」

 藍兎は飲み物のを一気に飲み干すと、立ち上がった。

「毛玉、」

 白い毛皮はその体毛を逆立てる。

「おうおうやる気だねえ。んじゃ、任せたぞ忠犬」

 藍兎は先ほどのヘッドホンの音楽を聴くためのボタンとは別のところを触った。

「こっちは準備オッケー。誠十朗、ナビ頼むわ」

 現実世界で藍兎は犯人xを追う。


****


「あーもう、うっとおしいなあ!」

 視界のイノシシの群れを一網打尽にしても次から次へと湧き出てくる。瀬斗は体の周りに浮かんでいる青のベールを右手でスキャンする。

 ――【夕闇の大鎌】インストール完了。

 身体の倍もの大きさの白銀に輝く鎌が顕現する。その柄の中心を手に取り振り回す。外観よりもその動きは軽やかだ。勢いをつけて踏み込むと空高く体が飛ぶ。

「よいっしょっと」

 黒い閃光が軌道をなぞる。そしてそれが風の刃となって周囲の敵を光の粉として霧散させた。

「同じ敵ばっかりだと飽きるなー……」

『あー、そういうと思ってた。てわけで』

 周囲のイノシシのオブジェクトに新しい姿が上から塗り替えられる。そして……

「……なんでゾンビになるの?」

『いやまあ。好きなんだよね。ゾンビゲー』

 ただしゾンビといえど今度は様々な姿に設定されている。腐りかかってあばら骨が浮き出た野犬だとか、緑色の毒々しい煙を取り巻いたゾンビだとか。

「ゾンビゲーなら定番の!」

 大鎌が光に霧散して新たに出現した二丁の拳銃を掴む。片手で持つのには大きすぎるほどだが、構わず両の銃口を近くの屍に向けた。標的をロックした証のアイコンが対象に点灯する。

 瀬斗は走りながらトリガーを引く。このゾンビにはどうやら致命傷となる部位――頭部や心臓部など――が設定されているらしく、的確にそこを狙いぬく。銃は十五発毎自動装填される。

『おーおーようやりなさるねー』

 舞うようにステップを踏み、代わる代わる敵を打ち抜く。

「いいけど結構グロイよ?」

 打ち抜かれた屍の類から臓器が露出し、しばらく消えずに足元に残っていた。瀬斗はヴァーチャルの世界ではあるが、良い気分ではないので足の踏み場を選んでいる。

『んじゃ、こんなんどうよー?』

 誠十朗が嫌らしく微笑むと、世界の背景がポップな水玉模様で彩られる。そして今までゾンビだったものは――

「……んぎゃー!?」

 愛らしい白い雲のような物体。彼女の愛すべき愛犬に酷似した姿に早変わりしていた。

「何で毛玉が出てくるの?!」

『藍兎から聞いてたからねー。柳崎さん毛玉すきだって。だからね――』

「だからってこれはぁあああ!」

 手に持っている銃器がワナワナと震える。これを相手に狙い撃つことなどできようか。いやできない!

「――元に戻して」

 いくらかトーンの低い、重たい声で瀬斗が命令した。

『……そーだね』

 世界が再び荒野のようなフィールドに着せ替えられる。そして敵オブジェクトがスライムやドラゴン、大蛇などに変わった。

『んじゃ、気合入れていってみよーか』

「おー」

 愛おしい愛犬でなければ問題ない。どんな敵でも即座に下して、さっさと現実世界を解放しよう。

 瀬斗は装備を剣に戻した。



****


 静まり返った商業区を、少女――ではなく少年は駆ける。

 普段なら自動で開閉される扉などは開かないので、回り道をしたり力づくで開けたり飛び越えたりしながら。

「……で、楽しそうだな」

 ゲートが開かないので藍兎は仕方がなく階段を上がった。

『彼女けっこー面白いね』

 窓を開けて近くにある柱のようなものに飛び移り、それを支えに下に飛び降りる。

 運動は日ごろから欠かさないものである。今はやめたが、剣道で鍛えた体は有事の際に役に立つ。

「侮るなよ。ゲーム廃人だぜ」

 藍兎は一息ついて走り出す。

『あ、そこの角右ねー』

「へいへい」

 ヘッドホンの向こうで誠十朗がアナウンスしている。このヘッドホンも先ほど瀬斗が付けたサングラス同様、誠十朗の特殊回線に対応している。彼の高等技術でこちらの現在位置も把握できるという優れものだ。

『藍兎僕の代わりにまさか女の子連れて行くなんてねー』

 瀬斗の前に頼んでいた、『一緒に行けなくなった友達』とは誠十朗のことであった。

「……ああ、瀬斗ちんはいいお友達だかんな」

『男の娘なんてやってるからてっきり男にしか興味がないのかと』

「なわけあるかい!」

 一応ノンケだ! と憤慨した。確かに男に告白された経験はある(それも女子より多い)が、決してそっちの方向に足を突っ込んでいるわけではない。そもそもこんな格好をしていることにも意味があるのだ。

『よかったー女の子にしっかり興味があって』

 いつまでそのネタで盛り上がっているのだろうか。徐々に藍兎は腹が立ってきた。

「……誠十朗さん、いい加減にその話題やめろよ」

『えー? 追求されるとまずいの? 女の子のあんなことやこんなことにもしっかり興味あるんでしょ? 無いの? やっぱり、もしかしてそっち専も――』

「違うわ! 俺はしっかり女の子が好きだし、女の子に興味がある!」

 上げ足を取るようにまくしたてる誠十朗にヘッドフォン越しに会い藍兎は叫んだ。

『口ではなんとでも言えるよねー』

「失礼な!」

 そして藍兎はこの後の台詞を後悔することになる。

「俺はしっかり女の子の裸体も大好きだ!」

「……」

 誠十朗の反論が止んだ。終わったか、と藍兎がため息をついて走り出すと同時に別の声が聞こえた。

『……生嶋君、』

「――っえ」

 何故彼女――瀬斗の声が聞こえるのだ?! 確か今は誠十朗との間にしか回線はないはずで……

 誠十朗、謀ったな?!

『いやまあ、君も男の子だから……ね?』

「ちょっ今のはですね!」

 藍兎の必死の弁明は彼女に届かない。そのまま低いトーンで彼女は続けた。

『生嶋君のこと、考え直すから』

「考え直すって何を?!」

 どう考えても悪い方向にしか思考修正されないことは目に見えていた。

『藍兎お疲れー』

 のんきに事の元凶は彼を労ったが、彼は騙されずに噛みついた。

「てめえのせいだろうがっ」


****



 赤いドラゴンをようやく大鎌の三連撃で討伐する。

「いや、なんていうか見損なったというか……」

 尽かさず次の鎧を被った骸骨の背後に補助スキルで回り込んだ。

『待って瀬斗ちん!』

 斬撃のSEの合間からそう彼が弁明する声が聞こえた。

「あ、大丈夫。生嶋君の半径三メートル以内には近寄らないから!」

『俺をそんな変質者のように扱うなよ!』

 無論冗談である。面白いからそのまま悪乗りすることにした。

『藍兎ーいいから早く目的地に走りなさーい』

『……後で覚えとけよ!』

 誠十朗が急かすと、藍兎との通信が遮断されたのか彼の声がこちらに入らなくなった。

「なんか敵に負けた雑魚みたいな捨て台詞」

 彼の最後の台詞にそう瀬斗はつぶやいた。テンプレート中のテンプレートである。

『いいんじゃないのー? 負けフラグは早めに折るか回収しとけば』

 ケラケラと誠十朗の声が笑う。そういう問題なのだろうかと剣に切り替え遠距離で剣撃波をぶつけながらそう思った。

「思うんだけど、」

 頭がだいぶ冷えてきたところで、瀬斗はずっと考えていたある質問をぶつける。

「田方君がどうしてこんなことできるの?」

『あー、それ聞いちゃうー?』

 特に隠しているつもりはないようだった。瀬斗は戦闘を続けながら更に言う。

「こんなことできるのってただ事じゃないよね」

『うーん、趣味が昂じてこうなったというか……』

 歯切れが悪そうな言い方ではあったが、そのまま彼は続けた。

『今こうして犯人とやりあっているのって、犯人がやっていることをやり返してる――つまり犯人xと同じことをやっているんだよね』

「え、それまずくない?!」

 まさか事件解決したにも関わらず刑務所行になるのだろうか。共犯者にでも祭り上げられるのか――そんなことはないと思うが……誤認逮捕はありえない話ではない。それでは骨折り損というか、ここまでやっているのに恩を仇で返されるようなものだ。

 瀬斗は意識を話の内容に集中した。敵は溢れるほどいるのだから、集中していなくても当たるのだ。

『大丈夫ー僕は犯人xよりも全然上手だよ。あんな杜撰なやり方しない。痕跡残さずきれいさっぱり片付けるから安心して』

 ゆったりした気の抜けた返事に信用してもいいのかと一瞬不安になった。しかし反対にこれだけ彼が心配していないということはそれだけ自信があるのだろう。

『その為に僕が今こうしてサポートしてるんだから』

「良かったー」

 それはそうだ。その為に瀬斗一人で大群を群れにして戦っているのだから、それぐらいしてもらわないと。

「じゃあ捕まるのは犯人君だけか」

 そこで誠十朗は意味深な言葉を紡ぎ出す。

『まー、犯人君は単なる自己顕示欲でやったみたいだけど、僕に批判できたことじゃないかなー』

「どういうこと?」

 その言葉に不穏なものをかんじて瀬斗が問いただす。目の前の黒い狼は素早いからと武器を二丁拳銃に変えて間合いを取る。誠十朗は至って明るい調子で応答した。

『自己顕示欲の表れでも、この行動は明らかにテロだろーね。今の一連の行動は』

 一部地域を封鎖。のちその封鎖範囲を拡大していく。街を統括する電波回線や電子機器類を不正に統制下においたのは間違いなくそれに含まれるだろう。

『今の世の中のあり方に不満を感じている人だって、いるんじゃないかなー』

 彼はさらっと、テロリストや革命家につま先を合わせるような発言をした。

「極東桜花に?」

『違う違う』

 瀬斗はスライム三体を続け様に打ち抜く。

『空中庭園都市に』

 その答えに「はあ」と乗り気じゃない声で瀬斗は教科書に書いてあることを答えた。

「世界が大きくなりすぎちゃって、それだから世界を分節化したんでしょ?」

 かつて世界は国際化して、国境がないと言われたほどに多国間の関係が密接になっていた。その結果、地球はまさに一つの国。世界の裏側で起きたわずかな出来事も世界中に伝播し、被害を受けていた。ほんの一国の経済の傾きすら、恐慌を引き起こすのに十分だったのだ。

 それを解消するために世界を再び小さくする。それが空中庭園都市だ。

『いやだってさ、それが正解だったかなんて誰にもわからないじゃない。世界みんなで幸せになる方法を模索する道だってあったのに』

 それも事実であった。時折政治家や専門家たちがそういった意見を述べているのがテレビで流れていた。

 しかし空中庭園都市化は極東桜花だけの問題ではない。『世界規模』の問題なのだ。これに反対でもしようとすれば、瞬く間に世界唯一の軍隊『世界連盟』が開戦してくるだろうから、決して空中庭園都市は地上に戻ることはない。

「それが無理だったから今こうなってる」

『やった結果こうなった。やらなかった結果どうなった。結局それは後付けの結果論。後から原因を探しているだけだよ。科学じゃないんだから』

 歴史とはえてしてそんなものだ。起きた後で原因を探しているのだから。例え世界大戦がどこかの皇太子が暗殺されたことから始まったとしても、その行為の真意は戦争の引き金となることとは別にあったのかもしれない。

 同じことをしても、状況が違えばそうならないケースはたくさんある。それは百回やれば百回同じ事象が返ってくる科学とは全く異なるものだ。

「……何か企んでる?」

 不安に駆られて瀬斗が尋ねる。二つの拳銃に弾が再装填される音がした。

『別にー』

 誠十朗は鼻歌交じりに生返事をする。瀬斗は顔の付いた木の根っこのようなモンスター――マンドレイクの一団に向かって銃を乱射した。

 マンドレイクの一団が片付き、瀬斗は振り返る。

『もうすぐエンディングみたいだねー』

 今まで走ってきた道がきれいに更地になっているのが見えた。



****



 そこからしばらくの間、ウィルスのオブジェクトは見当たらなかった。おかしいと思いつつも、瀬斗はその先に進んだ。

 まもなくして【Final Stage】というポップが頭上に浮かび上がる。これも誠十朗の仕業なのだろうか。

 足元は先ほどの荒野ではなく、無機質の白い床が広がっている。

「え……誰かいる?」

 そのポップを通り過ぎて、遠くにモンスターのオブジェクトではない人影を瀬斗はみつけた。

「お前らか。俺のエリアを解放していきやがったのは」

 濃い紫のパーカーのフードをかぶっている男。そのフードの中から辛うじて眼鏡のレンズの光が反射した。

 外見の年齢はこちらとそう変わらないかやや年上に見えた。

「まさか犯人?!」

 瀬斗は反射的に剣をショートカットで出現させ構える。

「そうともさ。電脳空間を直接操作できるのはお前たちだけじゃない」

 犯人xの言葉を受けて誠十朗が瀬斗に更に付け加える。

『この技術だけなら珍しくはないからねー外部入力でキーボードや画面を触るより全然速いし操作性も良いから』

 だから犯人の側も電脳世界にダイブしていると考える方が普通なのだ。

『でもこっちでやっつけてもリアルで逃げられちゃうけどねー。ちなみに犯人のアバターを攻撃すればネット世界との接続が切れるから、容赦なく叩いちゃってー』

 つまり、ネット世界と現実世界。両方で犯人を追いつめれば勝ちなのだ。

 瀬斗は獲物を視界にとらえた獣のように相手を見据える。

「……ただの女の子がここまでやれるとは思ってなかったが、なるほど。誰かがついてんだな」

『あれ? 僕の声も聞こえてるみたい』

 誠十朗は瀬斗(と藍兎)とのみ会話できるようにしていたようだ。

 それが相手にも聞こえるということは……

「俺の勢力下だぞ? こちらの権限の方が強いに決まってる」

『ごめん、柳崎さん。相手の方がまだ有利みたい』

 誠十朗の声から先ほどまでの余裕が消える。

 瞬間、瀬斗の体の周りを青白い文字が取り巻く。

『全力で補助する。柳崎さん、本気でお願い』

「――了解!」

 瀬斗は補助の加速スキルを最大まで引き出して一気に相手に詰め寄る。

「吹き飛びな!」

 犯人xは手に簡素なスタッフのようなものを出現させるとその頭をこちらにむけた。そこから赤い光の柱が瀬斗に向かって放射される。

「魔法?!」

 瀬斗は急遽接近をやめ、左側に跳んだ。閃光が瀬斗のいた場所を貫く。

『単なるエフェクトだって。ビームだよ。でもちょっとまずいかも……』

「まずいって何が?」

『もちろん、あっちの攻撃も当たると意識を接続してあるプログラム――柳崎さんのアバターのデータが崩壊していくんだけど。さっきの攻撃規模だと一発K.O.かも』

「それってやばくない?!」

 息つく間もなく犯人xからのレーザー光線をかわす。補助スキルをフルに聞かせて少し気持ち悪くなりそうなくらいだ。

『危なくなったらリアルに戻すつもりだけど、またここまで戻るうちに被害は拡大しているだろうしそもそもアバターの再構築に時間が……』

「つまり勝つしかない?」

『そのとおり。柳崎さんくるよー』

 今度は直線方向への攻撃ではなく放射状に広がるタイプの広範囲攻撃。大きく右に走りながら光線の射程から逃れる。

「うぎゃっここは距離をとって……れ?」

 自分の正面で右手をスラッシュしても装備が切り替わらない。二、三度繰り返すも結果は同じだった。

「装備変更できないよ?!」

 再び放たれる放射ビーム砲を精いっぱいに避けるために走る。近距離用の剣でどうしろというのか!

『ごめんこっちも結構手いっぱい。権限の取り合いが激しい』

「うえー!?」

 さっき全力で補助するって言ったよねぇ?!

 次は黄色く小さなエネルギー体が八方向に飛び散り、瀬斗に襲い掛かる。装備変更を諦め、向かってくるエネルギー体を薙ぎ払った。

「いつまでもそっちの思い通りに行かせると思ったかぁ?」

 このままでは防戦一方である。当然、それでは勝つことは不可能なのだ。

『もう少し待ってて。てか耐えて』

「ううーん頑張る!」

 瀬斗はこちらに向かってくる粒子を弾き飛ばした。全部避けていれば肝心な時に補助スキルが使えなくなってしまう。一応加速スキルも再使用までのリブーストに時間がかかるのだ。

「さっさと諦めろよぉ!」

 それがわかっているのか、再び攻撃範囲の広い放射状に広がる。これを避けるのが一番厄介だ。距離をとればとるほど逃げるために必要な距離が長くなる。

 ひとまずは今の距離感を保ったまま、一回の攻撃を回避した。

 そして光線がやむと同時に補助スキルの加速でブーストをかけて犯人に一気に接近する。

 単純に考えれば放射状に広がる広範囲ビーム攻撃なのだから、近距離の方が回避に要する距離を短縮できる。その分素早い反応速度が求められるが、それは腕の見せ所だ。

 それに気づいたのか、相手も距離を狭められる前にとスタッフをこちらに向ける。すぐさまあの厄介な広範囲光線が放たれる。

 ――だけどこの距離なら、

 犯人に焦点を合わせてターゲットとして認識する。アイコンが視界に点灯した。足を滑るようにして電子の床を蹴ると、瞬時に相手の背後に回り込む。

 近接戦用の補助スキル。相手の防御の裏をかくことを主として使われるのが常だが、このように回避にも利用できる。この際リスクはあるが直接攻撃してやろうかとも考えた。

 しかし犯人xの動作を視界に入れて、詰めた間合いを数歩下がる。敵が振り向きざまにマシンガンよろしく光の弾幕が瀬斗に降りかかる。とっさの回避行動で瀬斗は“跳んで”しまった。

 ――あ。

 移動系補助スキルは地上――足のステップが踏めないと発動できない。空中は逃げることがかなわない、まさに格好の獲物状態。犯人の口角が吊り上るのが瀬斗には見えた。

「ざーんねん」

 閃光が目の前でさく裂する。とっさに顔を覆う。自分のアバターのデータが崩壊し、オンラインゲームで言うなれば“Log out”

 つまり彼女たちの敗北が決定する――

『……ふう、間に合った』

 はずだった。

 瀬斗と弾幕の間に魔法陣のような模様が現れ、盾のように攻撃を受け止める。

「田方君! ありがとっ!」

『柳崎さん、危なかったっぽいねー』

 誠十朗の方の準備が整ったようだ。そして彼は瀬斗の危機に間一髪、防御壁を割り込ませることに成功した。

『ごめんね-危ない思いばっかりさせて』

「そんなんで済まないよ。結構大変だった!」

『まあまあ。待たせただけの成果は持ってきたからさー』

 誠十朗の声に応じて瀬斗の身体を青白い光が包み込む。装備やそのほか補助効果が更新された。

 瀬斗は装備を剣から二丁拳銃に切り替える。

「武器を変えた程度で何になる?」

「馬鹿みたいに大技ばっかりで攻撃するセンスなしには分からないよ」

 瀬斗は不敵に笑って武器を構えた。

「見せてあげる。本当の“戦い方”ってのを」

 それが合図だった。瀬斗は上位スキル『Valkyrie Code』を発動する。身体が黄色みを帯びた暖かな光で包まれる。

 瀬斗が動いた。軽く踏み込んだだけなのに、その動きは先ほどよりも数倍も速い。遠距離用の二丁拳銃はまだ使わず、接近戦に持ち込もうと距離を詰める。

 そうは行くかと相手は拡散するタイプの粒子砲を放つ。しかし瀬斗は全て“避けた”。髪が揺れ、あまりの速さに光の軌跡が空間をなぞる。

 止まらない、止められない。氷の上を滑るようで軽やかな動き。移動速度そのものが向上しているため、加速スキルを使う必要もない。身体の重さを感じない。それほどに軽い。

 動きながら左手で邪魔になる弾幕を打消し、右手で標的を狙う。

「そう簡単にあたるかよっ」

 犯人が右へ右へと回避しながら攻撃を続ける。無論想定の範囲内だ。徐々に距離を狭めていく。

 あと数歩まで距離が迫ったところで瞬時に銃から鎌に持ち帰る。

 ――回避のために一方へ一方へと移動するのなら、

 進行方向から切り込めば獲物は勝手に射程に入る。

 入れ替え時には既にモーションに入っている。振りかぶりの動作なしで攻撃に移る。

 その時。敵は逃げもせず、体の向きを半回転させた。

 反対側の手には“もう一つ”スタッフが握られている。

「――っ!」

 刃が相手に届くよりも向こうの攻撃の方が速い。光は既に収束している。

 大鎌を手放して地面を蹴るのと放射状に広がる光線が放たれるのは同時だった。手放した鎌がそのモーメントによってあらぬ方向に飛ばされ、霧散する。

 それを宙に浮きながら視界の隅で捕えた。次に犯人のもう片方のスタッフが瀬斗を捕える。

「言ってやるよ、ジ・エンドだってな!」

 犯人が勝ち誇ったようにこちらを睨みつけてくる。

「……だからそういうのって、」

 瀬斗は膝を折る。スタッフの先端から光線が放たれる。

 閃光がその身を貫く手前、彼女は“空間を蹴った”。

「負けフラグなんだってば」

 空間に足場のように赤い魔法陣のようなエフェクトが出現する。空中では先ほどのように移動、回避行動は原則として不可能となっている。しかし蹴ることができる壁のようなものがあればその限りではない。

 一定時間内限定の『Valkyrie Code』の特殊補助効果。

 次々と――もう半ばヤケクソ気味な――襲ってくる光線や粒子を、空中を自在に駆け抜ける。

「これで、」

 焦る相手に引けをとるようではランカーの名が廃るというもの。すでに彼女の敵ではない。

 相手の死角に回り込み、手には剣を携えてその切っ先を胸に突き立てた。

「おしまい」

 


****


 商業区、出版会社の部屋の一室。半分倉庫のようになっているため、在庫の冊子が山となってあたりに積み上げられている。

「この女、化け物かよ……!」

 その山の合間から一人の少年の声が漏れた。黒いパーカーの上に濃い紫の羽織をして、下唇を噛んだ。

「ん、そのたとえは実に正しいものがあるのよね」

 少年は新しい声にはっと首を回して周囲を見渡す。此処には誰も入ってこられないはずだ。焦って機材ごと立ち上げる。近くにある山が一つ崩れた。

「あーはーはー犯人君こんにちわー」

 ロックがかかっているはずのドアをあけ、外の日差しとともに侵入者は現れる。逆光でよく見えないが、そのシェルエットはまるで女性のようだ。

 ただしその声は明らかに男のものである。

「……オカマ?」

「ちっがーう! 男の娘だっつーの。目に焼き付けろこの可憐な姿を」

 そうすると片手にパイプ管のようなものを魔法の杖? のように見立てて決めポーズをとった。ふざけているのかと少年は彼を訝しむ。

 気の抜けたところでそのふざけたポーズから一転、パイプ管をまともに構えた。

「逃げられると思うなよ。せっかくの休日を潰されて、こっちはイライラしてんのよ」

 低い声で唸るようにいう彼は、可憐というよりも獰猛な獣そのものであった。少年は唾をのみ、逃げようとその脇を抜けようと駆け出す。

 ――何が起こったのか、わからなかった。

「GAME OVER だっつーの」

 気が付けばその場に倒れて組み伏せられていた。


****



 その後。犯人xをネットでもリアルでも検挙した彼らは先ほどの喫茶店で落ち合った。

「生嶋君お疲れ様」

 リアルに戻ってきた瀬斗にはどこにも異常はないようだ。誠十朗と毛玉のおかげだろう。

「おーっす。そっちもお疲れちゃん」

 藍兎の方も適当に入手したパイプ管を処分してきた。体に怪我などは見当たらない。

「犯人捕まえるとか、お手柄だよね」

「んー……適当に縛って通報してあとは放置プレイだけどな」

 近くにあった柱に冊子をまとめてあった紙ひもなどを利用してぐるぐる巻きにしておいたらしい。本人いわく、「活躍が世間に露見するのは面倒だ」

「だってまた剣道やれって言われるし」

「やればいいじゃん。都市内三位でしょ?」

 一応この隣の美少女まがいは都市内――つまり極東桜花で――片手に収まる程度の剣道の実力者なのだった。今は部活をやめて第一線から退いているのだが……ランカーよりもこちらの方がすごい気がする。

「俺は趣味に生きたいの! 剣道は世間体をまともにするため!」

「すごく動機が不純だわ……」

「だってコスプレしてても『俺、一応剣道すごかったから』とか言えれば、ぎゃふんて言わせられんじゃん」

 仮にもある程度武道を極めた人間がそれでいいのだろうか。瀬斗は頑張っている人たちに一度土下座をした方がいいと思った。そのことを一切気にしていないのか、藍兎は白い小動物の頭を撫でている。

「毛玉もお疲れ。今回は染めないでおいてやんよ」

 撫でられている方は少し不満気だが、それでもおとなしくしていた。この一匹と一人は喧嘩をしないことの方が少ないので先ほど思ったことは大目に見ることにした。

「それで映画だけど……」

 そこでようやく当初の目的に戻る。このような騒ぎが起きてしまっては、映画どころではないのかもしれない。せっかく事件を解決したにしても。

「ん、ああ、」

 藍兎は瀬斗の顔の前にある赤とピンクで書かれたチラシを突き出した。

「今日の最後の一回はやってくれんだってさ」

 どうやら先ほど道端で配っていた知らせをもらってきたようだ。これで彼のお金の問題などは解決したようだ。

 席を片付けて、混まないうちにと映画館を目指すことにした。

「にしても、俺も見たかったなーリセ様の神プレイ」

 歩きながら藍兎がもったいないとつぶやいた。

「たいしたことないって」

 そうやって反論すると藍兎は何か悪いことを思いついたかのようにわざとらしく迫った。

「俺にも教えてほしいなそのプレイを!」

「……凄く卑猥に聞こえるのはわざと? わざとだよね?!」



****



 週末の映画館騒動の次の月曜日。週明けの通学ラッシュはいつもと変わらず忙しいし込み合う。他校生は多い上、制服のバリエーションもないわけではないが一応学生服にも形式はあるので似た作りになる。

 だから見間違いだと思った。

「――え、」

 こちらはいつも通りのセーラー服だ。学業区では一般的なもので、公立のため他の私学のようにしゃれたデザインでないことが玉にきずだとよく言われる程度の。

「はよー瀬斗ちん。なんだよそんな驚いた顔して」

 そして彼――藍兎が着ているのは、そのセーラー服と対になっている学校指定の一般的な黒い学ラン。髪の毛の色を真っ黒に染め直し、短く切りそろえられている。

 あの自称・美麗男の娘の藍兎が、だ。

「いや驚くでしょ! 生嶋君が男の子の格好してるんだよ?」

「男が男の格好して何が悪いんだよ」

「生嶋君だから」

「なんだよ!」

 いつも「コスプレ以外で学生服なんて着るか」と言っている彼が言えた台詞ではない。

「流石藍兎。普通の格好してる方が可笑しいとかウケるー」

 少し離れたところで茶色っぽい癖のある髪をしている同じクラスの男子生徒――田方誠十朗が苦笑していた。つられて悪いと――少しは――思いながらも瀬斗も笑ってしまう。

「――せっかくまともに着てくればこれかよ……嗚呼糞っ」

 眉間にしわを寄せる彼は強引に瀬斗の手を掴んだ。

「え、生嶋君?」

「言っとくけど、スイッチ入れたのは瀬斗嬢だかんな」

 「いつもいつも男の格好しろってうるさいし」と藍兎はぶっきらぼうに言い放つ。

「……えええー!?」

 私の責任ですか?! 何故?!

「一昨日のご褒美でいいかなって。勢いに任せて髪まで切っちゃったから、責任とれよ」

 振り返って妖艶に笑う彼は、完全に彼女で遊ぶつもりに満ちているのがわかった。先日いじりすぎたことも彼に火をつけているのかもしれない。

 そもそも元はかなりきれいなのだ――そうでなくてはあんなに女装が似合うはずがない。それに付け加えてレイヤーとして彼は自分の魅せ方をかなり熟知している。

「さあ行きましょうか?」

 恭しく一礼する。その姿、仕草が様になりすぎていて周りの視線を集めているのだが彼は気にした風もない。

 これはやっぱり“仕返し”のつもりなのだろう。お辞儀をされている方の私ばかりが恥ずかしい思いをしている。

「お嬢様」

 結果。この状況は五日間続き、瀬斗は藍兎と並んで学業区で有名な存在になってしまったのだった。


fin.

*言い訳兼あとがき兼補足

 思ったより字数がかさみ過ぎてもうなんだか後半は蛇足っぽくなてしまってごめんなさいいいいい(土下座

瀬斗ちゃんはクーデレな感じで書いてますうおおおおツッコミなのだと思います。いやはや……色々本編の伏線張りながら書いていたら字数が本当にごめんなさいうおおおお


柳崎 瀬斗

高校二年。セミロングの黒髪。テーマカラーは白。藍兎が“きれい”なのに対して“可愛い”女の子を目指しました。

クールで苦労性。そんでもってゲームのランカーです。「り」ゅうざき「せ」とで「リセ」。育成ゲームだけでなく、レベルではなくプレイ技術そのものを問われるゲームも得意なので有名。ってか強い。


・学業区、商業区について

 効率化を図るため、メインの商業施設や学校は一区画に集中しています。

高校、中学、小学校など学校はすべて自己申告、もしくは人気のあるところは学力試験で入学。


・インプットデバイス

 キーボードに変わる新しい入力方式。脳の電気信号を直接読み取って、入力する。考えただけで文字が入力できたり電子機器の操作ができる。

 最先端の技術になると意識そのものを電脳空間にダイブさせてあらゆる情報やプログラムを操作できる。

 この中間にあたるゲーム空間に自己を投影させたものがある。ゲーム内で実際に体を動かすタイプのゲームにはよく使われる。

 誠十朗はこれらをうまく使ってゲーム感覚でウィルス駆除できるシステムを構築した。


 やっている途中でカゲプロ2巻が出たり某オンラインゲーム風アニメがでたり色々ネタが被ってry

 ととと、とにかくこんな出来です。すみません! 気合と愛はこめてあるつもりです……

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