酔っ払って好みの顔の騎士様を持ち帰ってしまったらしいが、様子がおかしい。
酒の勢いとは怖いものだ。
「私、この黒髪の人がいい。この人、持ち帰る」
酒場でたまたま一緒にいた中の1人を、泥酔して本当にお持ち帰りしてきたということを起きた今でも覚えているのだから、今後酒は控えると固く誓った。
「ほっっっっんとうに、申し訳ありませんでしたあああ!!!!!!!!!」
「いや、あの、顔を上げてください…!」
「見ず知らずの人を家に連れて帰ってくるなんて、本当にどうかしていたんです!酒に呑まれていたんです!!!ごめんなさい!!!」
「僕もわかっていてついてきたので、同罪ですし…」
「こんな美形が軽々ついてきちゃだめですよ!あんたの子を孕んだら結婚しろなんて迫られたらどうするんですか!?!?」
「でも、僕たち昨日何もありませんでしたよ?」
困惑しながら優しく言う目の前の黒髪の美形男子の言葉に、私はピタリと止まった。
それは、よかったです。
まじでよかった。
まだ、罪は犯してなかった。
せめてもの救いだ。
ギリギリセーフだ。
「…何もなかったからいいというわけでは」
「僕のことは観賞用だからと楽しそうにされていましたよ?」
「………本当にすみませんでした」
「そもそも、何かあったらいいなと思って、ついてきたのは僕ですし」
照れたような口調が響いてきて、土下座して床に擦り付けていた顔を思わず上げてしまった。
「………………………は」
「王宮事務官のシャノン様ですよね?いつも書類の受付してくださりありがとうございます」
なんだと…?
この人、私のことを知っていて、一緒に酒飲んで、しかもこの私に持ち帰られたの???
「…私はただの事務官ですので。様付けはやめてくださいませ、騎士様」
「やっぱり、あなたも僕のことがわかっていたのですね?」
にこにこと微笑んでいる彼の顔がよすぎて、二日酔いには眩しい。
私は、ため息と同時にゲロを吐きそうになって、グッと全部を飲み込んだ。
気持ちワル。
わかっているもなにも、王宮侍女や女官の間で大人気のベネット様だ。
逞しさに加え、キラキラなお顔と騎士とは思えぬ物腰の柔らかさが、乙女たちの心を撃ち抜いているらしい。
私も受付で見るたびに、この人の顔を肴に酒を飲んだら旨いんだろうなぁ、とは思っていたけれど!!!
ベネット様を家に連れ込んだとバレでもしたら、職場に居づらいどころか、袋叩きにあってもおかしくない…!
女のやっかみほど、怖いものはない。
ああ、そういえば、どこかの侯爵令嬢もお気に入りで、嫁ぎ先に狙っているって噂あったっけ?
人生、終わったかもしれない。
酔っ払いの判断って、碌なもんじゃないな…。
今反省しても遅いんだけど。
「……今回のことはぜひ忘れてほしいのですが」
「お水飲まれますか?」
「うぇ、ありがとうございます…」
差し出された水を飲みながら、まじまじと顔を見てしまう。
やっぱり、顔は好みだ、うん。
ベネット様は首を傾げて、ふんわり笑った。
うぐ、傾国の美女かよ〜〜〜、顔いい〜!
「それでよかったらこれも何かの縁ですし、僕とお付き合いしていただけると嬉しいのですが」
「……どこまで?」
「結婚を前提に?」
口から水が出そうになって、咽せた。
盛大に咳き込んだ私に、ベネット様が慌てて近づいてくる。
「大丈夫ですか!?」
「平民相手に血迷うのはやめていただいて」
私は手で牽制して、距離を取った。
どんどん頭が冷えていく。
ベネット様って、天然系?
胃に悪いからやめていただきたい。
「僕、おかしなこと言ってませんよ?」
「言ってますよ!?見るからに釣り合わないですよ!?」
「でも、王宮勤めで優秀ですよね?」
「それは、親戚の姉ちゃんが貴族なので、コネで入れてもらったみたいなもので」
「それだって立派なことじゃないですか。コネだけで王宮では働けません」
「身分が違いすぎます」
「シャノン様は、没落された子爵家のお孫さんでしょ?血筋としても問題ありません」
「母は平民ですし、私だって生まれた時から平民ですよ」
「僕だって伯爵家の三男です。家も継げないただの騎士です。平民とそこまで変わりありません」
雲泥の差だが???
何言っているんだ、この人。
もう〜、ただでさえ二日酔いで頭が痛いんだ。
これ以上、頭の痛くなることを言わないでくれ。
「無理です。…それに、仕事を紹介してもらう代わりに姉ちゃんに口酸っぱく言われているんです」
「何を?」
そこではじめて、ベネット様の柔らかい態度に圧が増した。
騎士の圧なのか、生まれながらにして貴族の圧なのか。
わからないけど、逃げられない何かを感じて、思わず後ずさった。
「王宮で男漁りはしないこと!観賞用だけに済ませておくこと!将来は、姉ちゃんの旦那様の利益になる商家の家に嫁ぐこと!以上!!」
それだけ言い切ると、私はドカリとベッドに座り直した。
背もたれがないと、今に吐きそうだ。
許してくれ。
だいたい王宮勤めも奔放な私に頭を抱えた両親が、姉ちゃんの伝手でどうにかしたものだし。
これでも父は元貴族だ。
多少の教養と文字書きや計算なら、平民以上にできる。
だから、うまいこと採用されただけだ。
男漁り禁止は恋愛も含まれるが、どちらかというと腕の立つ喧嘩相手を探すなという方で言われている。
近所の男たちと腕っぷしで勝負するだけじゃ飽き足らずに、冒険者ギルドにエントリーしようとしていたところを全力で止められて、今ここにいるのだ。
残念ながら、私の一存では決定は覆らない。
まあ、その鈍っていない腕力でこの騎士様を連れて帰ってこられたのだろう。
こんなところで発揮するなよ…!
「僕、強い女性が好きなんです」
「はい?」
「物理的に強い女性が好きなんです」
そんな告白、聞きたくないが?
「貴族令嬢や王宮侍女の方は、大半がか弱いですし」
そりゃあそうだろ、慎ましく可憐に育てられるだろうに。
「でも、あなたは違った」
ベネット様はなぜか目を輝かせて、こちらを見てきた。
その瞳に熱がこもっていて、私は背筋がぞわりとして咄嗟に身構えた。
狩りのために森の中へ入った時のような錯覚がした。
「あなたが同僚の女官が不埒な扱いを受けそうになって、勘違い騎士を背負い投げして、その男の持っていた剣を奪って半殺しにしているところを目撃したんです」
そんな最悪の告白、聞きたくなかった。
あれを、見られていたなんて…。
姉ちゃんにバレたら怒られるどころじゃない!
やばい、本当に人生が終わったかもしれん!!
「あんなにかっこいい人ははじめて見ました。一目惚れでした!」
みんなの憧れベネット様がそんな恍惚とした表情しちゃいけないと思う…。
「それ以来、あなたをずっと追いかけてきました。どうにかあなたとお近づきになれないかと思っていました」
「……はあ」
「あなたに見合うように鍛錬もかなり増やしました。どういうわけか、それで女性からの注目を浴びるようになったのですが、僕としては興味ありません」
なんと、女の子のお気に入りの騎士様は、間接的に私が育てていたとは。
「シャノン様が好きです!あなたに見合うためだったらなんでもします!」
「うわあああ!なんでそっちが土下座してるんですか!やめてください!怖い!心臓に悪い!!」
「どうしてもあなたに近づきたくて、あなたの馴染みの酒場に入り浸っていました。見ているだけでも浮かれていたのですが、昨日はご一緒できて、僕を持って帰ると言っていただけて、本当に嬉しかった…!」
ベネット様は私の足元まで来ると、私の左足を持ち上げて爪先にキスをしてきた。
「ま、待てって!?」
「僕と結婚を前提にお付き合いしてください!絶対後悔させません!」
「連れ込んだことをすでに後悔してるんですがあ!?」
ベッドの上に足を上げて、さっさと避難する。
この男、頭おかしい!
「お仕事の条件、僕と結婚した方が有利ではありませんか?」
「はあ?」
「三男とはいえ、伯爵家の人間です。あなたの親戚のお姉様も、あなたを通してこちらと繋がりがある方がお得なのでは?」
「それは、そうかもしれないけど…」
「結婚しても苦労させません」
「いや、あのね」
「ですので、事務官の仕事は無理になさることはありません。僕のところに必ず帰ってきてくださるというのなら、それが以外のことは気にしません!」
「……?」
「どんな相手と喧嘩してきてもうまく収めてくださればそれでいいですし、冒険者登録をして迷宮に潜ってもらってもいいです!」
「え」
……ゴクリ、と喉が鳴った。
それはさすがにベネット様を見つめ返してしまった。
「お付き合いしてもらえるなら、その他のことはシャノン様のお好きなようにしてもらって構いませんので」
必死な顔で言ってくるベネット様を見て、美形は何してもいい顔だなと思った。
「……まじで、冒険者になってもいいの?」
「もちろんです。本当はなりたかったのでしょう?」
なんでそんなことまで知っているんだ。
家族くらいしか知らない話を、なんで知っている?
というか、馴染みの酒場まで突き止められていたとか…、こいつやっぱり頭おかしそうだ。
でも、でも、正直魅力的ではある。
「僕と結婚したら、好き放題ですよ。なんなら僕も騎士をやめてパーティーを組んで、世界中の迷宮を回る旅に出てもいいですよ?」
ようやく交渉の場に持ち込めたからか、ベネット様は余裕そうなにっこり笑顔に元通りになった。
可愛い顔して、腹黒いな。
ますます魅力的な提案をしてこないでほしい。
「それ、要検討でもいい…?」
「もちろんです!何か不安があるなら僕が潰しますよ。親戚のお姉様にも話を通しておきます」
「ん〜…、それは付き合ってから報告の方がいい気がする」
「じゃあ、付き合いましょう!」
「一回寝る。二日酔いが消えてから、冷静に考えるわ」
「わかりました、おやすみなさい」
笑顔のベネット様に見守られながら、二度寝することにした。
そろそろ、二日酔いの限界だ。
たぶん、起きる頃には完璧な包囲網を敷かれていそうだけれど、暴れ回っていい許可と引き換えなら悪くない気もしてくる。
第一、顔はものすごい好みなんだよ。
酒の肴にしたいくらい。
あと、私も強い男は好きだ。
了
お読みいただきありがとうございました!! 毎日投稿126日目。




