俺ルート ―企業統治都市で婚約破棄されたヒロインは俺が救済する―
時代はロボもの乙女ゲーム(当社比作者本人調べ)
『私は今ここに宣言する。アイラ・キャヴェンディッシュ――この時をもって、貴様との婚約を破棄する!』
薄暗い路地裏。粗雑に積み上げられたコンクリートで薄汚れたブロック塀に投影されたホロスクリーンでは、品格溢れる服を纏った、王子様っぽい雰囲気の少年が鋭い言葉を叩きつけている。これ、後ろは起業支援パーティーの会場かなあ。うおっ、シャンデリア眩し……。
顔と名前だけだが、俺はこいつを知っている――追加攻略対象だ。
「金に飽かせてよくやるもんだ……」
ぱさつく黒髪を軽く掻き、粗末な身なりへ身をやつした俺は小さく溜息をついた。うん、相変わらず金持ちのやることは分からん。
無論のことながら、広告区画に映像を流し続けるのだって無料じゃない。だっていうのに、四六時中のべつまくなしに婚約破棄の瞬間の映像を流しまくるとは、逃げ出した主人公をよほどとっ捕まえたいらしい。
え、その当人ですか? ストリートチルドレンな俺の隣で懸命に涙を堪えながら悲壮感バリバリで俯いてます。
どうして……こうなった……!
❖ ❖ ❖
『終落のナハティガル』。前世で日本人だった俺――の姉貴が遊んでいたゲームだ。なんかふんわりSFっぽい世界観と、国家ではなく企業によって統治されたサイバーパンクチックな管理都市――っぽい感じの――街並みを舞台にしたゲームである。「全体的にふんわりしすぎでは?」と思わなくもないが……まあそこは乙女ゲーム。ターゲット層の違いってヤツなんだろう。
……そう、乙女ゲームなのだ。人型機動兵器――ヒロイン専用機〈ナハティガル〉に乗れるのがウリの。
といっても、バトルパートに突入してもアクションゲームのような操作勘を迫られるようなことはないらしい。そのへんはやはり需要を見越してのやさしい構造というべきか、ノベルパートを読み進めつつ要所要所で表示される選択肢の中からひとつ選び、主人公はそれに従って戦場を潜り抜けていく。他方、平時は攻略対象たちと交流し、彼らと親睦を深め、特定のキャラクターからの好感度が一定以上に到達すれば、任意の彼との恋愛模様を楽しめる。このゲームは、どうやらそういう構造になっているらしかった。
ちなみに、これらの情報のソースはプレイヤーである姉貴からの又聞きと、姉貴のベッドの上に放り出されていた女性向けゲーム情報誌の特集記事と、あとSNSの情報が全てである。俺自身は未プレイ、いわゆるミリしらのご身分であった。いや、記事に載ってた巨大ロボの立ち絵はめちゃめちゃ格好良かったんだけどね。それ見るために端末を借りて女子向けゲームをやるのはさすがに気恥ずかしさが勝ったんだよね。そして俺は突っ込んできたトラックに轢かれて死んで、日本人の記憶を持つ〝俺〟として転生したってワケ。
閑話休題。
記憶にある限り、『終落のナハティガル』……誰が呼んだか通称『終ナハ』のあらすじはこうだ。
主人公にしてヒロイン……つまり、俺の隣で黙りこくってはらはらと涙を零すご令嬢のアイラは、この都市の一画でそこそこの規模を誇っている企業の社長を父親に持つ深窓のご令嬢だった。が、さっきの録画映像に映っていた王子様系男子……大企業の社長令息であり婚約者のエリオットから「おまえの泣き顔が見たい」というなんとも勝手な理由で不当に婚約を破棄され、家を取り潰され、不法居住区画まで追い立てられる。本来ならこのタイミングで助けが入り、アイラは企業統括統治機構、もしくは傭兵集団やレジスタンスに加入。並み居るイケメンたちの中からひとりの手をとり、それぞれのシナリオごとに提示される黒幕や難題へ立ち向かっていくことになる。ルートボスたちの中には当然エリオットもおり、ルートによっては彼を倒したり、逆にデッドエンド分岐に入れば彼に殺されたりもする。
が。
据置機から携帯機への移植版で追加されたエリオットのシナリオではそこから更に世界線が分岐し、救助が間に合わずエリオットに捕らえられ、文字どおり泣き顔を見るために監禁され、鞭で叩かれたり火傷を負わされたり、拷問めいた日々を送ることになるのだという。ちなみに救助に来る予定だった攻略対象予定の皆さんはエリオット――正確には彼の指揮による企業軍――の手でこの不法居住区画ごと焼き払われて皆殺しにされているらしい。うお、ちょっと姉貴の趣味が血腥すぎ……。イケボによる堂に入った高笑いエグすぎ……。
………………。
……………いや、スタッフは正気か?????
あるいはエリオットにもなにがしかの事情や背景があり、そのあたりは実際にプレイすれば細かく掘り下げられていたのかもしれないが、それを含めても随分と自分勝手で鬼畜な理由だ。俺にそんな趣味はないが、ツラと声の良い二次元キャラに痛めつけられて楽しみたい人向けのシチュエーションに特化したシナリオだったのかもしれない。なんとも明後日の方向へ振り切った判断である。怖い。製作陣のその判断が怖い。そして当然、そんな話を聞けば伝聞であろうとも俺からのエリオットへの印象は最悪である。ちなみに主人公はストックホルム症候群みたいな精神状態に陥った挙句衰弱して死ぬ。一度こうなったら、分岐もクソもない一本道の確定死である。
……マジでスタッフはこれどういう判断でゴー出したんだよ!! もういいよ、エリオットに殺されるのは! なんぼ何でもイケメンだからって何しても許されるわけがないだろ!
で。目下マズいのは、だ。
この流れはどっちなんだ?
救助が来るならいい。攻略対象のヒーローたちに彼女を託せる。来ない、あるいは来られないなら……その時点で、アイラは悪役令息にかっ拐われ、一方的に破棄された婚約を再度無理矢理結ばされ、悲惨な運命を辿ることが確定してしまう。逆説、この区画を塒にし、且つこうして現場に居合わせてしまった俺だって、エリオットにもののついでで殺されてしまうだろう。
まあ、救助が来たからってモブの俺が助かるとも限らないんですけど……。
……………俺の人生、この場面に居合わせた時点で結局詰んでませんか?
「…………」
現実にして一分ほどの間。大して良くもない頭をそうして猛烈に回した俺は、隣に佇む美少女へ暗澹たる思いで視線をとばした。
曇天の中、僅かに射す陽光に透けて波打つ美しい白銀の髪。いくら遺伝子調整を行っても再現できないという紫眼は、紛れもなく貴種の証明だろう。俯き震える彼女の眼差しは、
――――まだ、光を喪っていなかった。
「――ごめんなさい、名前も知らない貴方。引き留めて、巻き込んでしまうところだった」
きっと追っ手が来るからすぐにでも逃げなさい、とアイラは言った。
「……あんたはどうするんだ」
「生きるわ」
間髪入れない即答すぎて、何も言えなかった。馬鹿なことをとか、何も考えてないだろとか、甘いことを言うなとか、そういうふうに諌められた筈だったけれど……その、眼が。あまりにも、生気と決意に溢れていたから。端的に言って、気圧されてしまったのだ。
なるほど。本当に主人公なんだ、この娘は。
「――――」
大きく息を吸って、吐く。それを何度か繰り返して……なんだか、無性に可笑しくなってしまった。
「ちょ、何……!? そりゃあ貴方からしたら突拍子もないこと言ってるかもしれないけど、私は真剣に……!」
「あぁいや、悪い悪い。嗤ったわけじゃないんだ。――本当にごめん」
白い頬を羞恥に赤らめる彼女の横で、笑いすぎて生理的に出てしまった涙を拭う。こんなに大笑いしたのはいつぶりだろう。そう、本当に可笑しくなってしまった――保身ばかり考えていた自分が恥ずかしくて。
この区画の隅に〈ナハティガル〉が格納されていることはもう知っている。そうだ、そこに彼女を連れていけばいい。
原作に俺みたいなモブはいなかった。彼女は結局どのルートに入っても、いちばん最初は何もかも喪って、失意に暮れながら独りで〈ナハティガル〉のコックピットに乗り込んだ。主人公でヒロインなんだ。どん底からの再起をかけるなら、最初はそんなものなのかもしれない。
それは、俺が嫌だ。
腐っても転生者だ。独りはキツいって、今このなかでいちばん知ってるのはきっと俺だ。だから――。
泥と血で汚れた手をアイラへ差し出す。面を上げた彼女を、まっすぐに見つめる。
「一発逆転といかないか、あんた」
もし誰も彼女を助けないなら――いや、助けたとしても。この物語は俺のものだ。俺が、彼女をハッピーエンドに導いてみせる。
❖ ❖ ❖
……と、まあ。なんともクサいことを言ってしまったが、ご多分に漏れず、俺も一目惚れだったのだろうと思う。
俺くん:追加シナリオという名の詰みルートに入っても曇らなかった原作ヒロインに一目惚れし、「俺が幸せにするわ! じゃあの!」してルート乗っ取りをかけた豪胆ボーイ。なんやかんやでヒロインとニコイチで追加攻略対象の悪役令息のエリオットをキャン言わせることになる。実はでけえ企業社長の庶子。のちにヒロインから「大鴉」の名前を貰う。
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