伯爵令嬢ですが一人で魔王を倒すことにします
「私が魔王を討つから、あなたは大人しく待っていて」
婚約者にそう啖呵を切り、飛び出して行ったのはいつだったか。
もう遥か昔のことのように思えた。それもそうか、と思いつつ、セラフィーナは暗い大広間に足を踏み入れる。
静寂の中、セラフィーナの足音が響く。薄水色の目で、大広間の奥に鎮座する何かを見据えた。
その何かは、まさしく異形の怪物だった。
冷たい大理石の上、竜のような巨大な怪物は、その鱗の間から、幾つもの目を覗かせていた。血走った目は、どれもぎょろぎょろと忙しなく動いている。
『……よくもまぁ、貴様のような小娘が、一人で、魔王の城に乗り込めたものだ』
所々掠れた、重苦しい声が響いた。セラフィーナは顔色一つ変えず、目も逸らさず、ただ真っ直ぐに歩く。
『貴様も、魔物の王である私を討ち取るつもりでここへ来たのか』
「違う」
即座に否定したセラフィーナに、魔王はぴたりと目の動きを止めた。地を這うような声で、セラフィーナに尋ねる。
『では、何をしにここまで来た』
「魔王を討ちに来た」
『貴様の言っていることは滅茶苦茶だ』
魔王は、額と思しき場所にある一つの大きな目を細める。セラフィーナは足を止めた。その硝子細工のような薄水色の双眸が、冷たく魔王を捉える。
「いいえ、私の言っていることは正しいわ」
セラフィーナは、剣を片手に無表情で告げた。
「あなたは魔王ではないから」
『は……』
その瞬間、異形の怪物の頭に向かって、セラフィーナが隠し持っていた短剣が投擲された。
巨体が、大きな音を立てて倒れる。その衝撃で、セラフィーナの黒髪はぶわりと風に流された。
その様子を冷静に眺めて、息を吐く。
(ここから、四秒)
セラフィーナは目を閉じて数を数える。一、ニ、三…。
四秒目、セラフィーナは瞬時に身を屈めた。その刹那、頭上を斬撃が通り過ぎっていった。
背後で、広間の柱が崩れ落ちる大きな音がする。
「避けるか」
本能が、セラフィーナの体を強張らせる。
前方に立っていたのは、浅黒い肌の青年だった。ただの人間のようにも見えたが、隠そうともしない威圧感がそうではないことをひしひしと感じさせる。
燃えるような赤い髪、底無しの闇のような、真っ黒な目。
その目と視線が交わって、セラフィーナの全身が粟立つ。
「我の右腕を殺したな。それにお前からは、女神の祝福の気配を感じる。ただの娘ではないようだ」
そう言って、魔王は巨竜のような魔物の遺骸を横目で見た。女神の祝福。それは、人間に対して稀に授けられる、強大な力だ。
「一目で分かるのね」
そう言うや否や、セラフィーナは後ろに下がった。
高い天井に吊るされていたシャンデリアが落ちてくる。地面に勢いよく衝突して、鈍い音を立てた。
休む間もなく、セラフィーナは横に身を投げ出す。それと同時に空を切るような鋭い音が響いた。見ると、先程まで立っていた場所から、鋭い槍のような岩が突き出ている。
その様子をちらりと見て、魔王が呟く。
「読まれているかのようだ」
セラフィーナは立ち上がって、無表情のまま口を開いた。
「ええ、その通り」
剣の切っ先を魔王に向ける。
「だから貴方では私に勝てないの、魔王」
怒りと恐怖でない混ぜになった感情を裏に隠して、セラフィーナは魔王を見据えた。
◇
遥か昔、ある日の朝。
セラフィーナは憂いを帯びた表情で、長椅子に腰掛けていた。
その向かい合わせの長椅子には、一人の青年が座っている。柔らかな金髪に、エメラルドのような瞳。整った顔立ちの青年、リュカは神妙な面持ちで口を開いた。
「セラフィーナ、あなたに言わなければならないことがあります」
セラフィーナは俯いて、膝の上の手をぎゅっと握り込んだ。その先に続く言葉を、セラフィーナは知っていた。
「……あの魔物の王に関わること?」
「はい」
リュカは、躊躇うように少し間を置いて、話し出す。
「魔王討伐部隊に僕が加わることになりました」
分かっていたはずなのに、その言葉はセラフィーナの心に重くのしかかった。
今まで、魔物は無作為に、単独で人を襲う化け物だった。知能が低く、討伐も容易だった。しかし、突如としてそれらを統率する魔物の王、魔王が現れた。
魔物は集団で、魔王の指示のもと計画的に行動するようになり、被害は拡大していった。そのため、騎士であるリュカも魔王討伐のため動かざるをえなくなったのだ。
セラフィーナが黙り込んでいると、リュカが落ち着いた声色で語りかける。
「……心配しないでください。僕は必ず帰ります」
セラフィーナはゆっくり顔を上げる。窓から差す太陽の光で、リュカの金髪が明るく照らされている。リュカは真っ直ぐにセラフィーナを見つめた。
「だから、セラフィーナはここで待っていてください」
セラフィーナは、その目をじっと見つめて、気付けばぽつりと呟いていた。
「明日にはここを発つのでしょう」
リュカは目を見開いた。一度口に出してしまうと、そのまま感情に流されて止まらない。
「私にそれを知らせず、密かに出発しようといていた。私が、一体どんな気持ちであなたを待ち続けるのか、考えなかったの?」
話しながら泣き出しそうになってしまって、堪える。
言ってやりたい言葉が山程浮かんだ。何か言おうとして、止まって、セラフィーナは唇を噛む。
少しの逡巡の後、セラフィーナは長椅子から立ち上がった。胸に手を当てて、光の下、はっきりと言う。
「私が魔王を討つわ」
「…………え?」
最終的に口に出したのは、そんな言葉だった。
「私が魔王を討つから、あなたは大人しく待っていて!」
そう勢いのままに言い切った時、あなたは呆然としていた。
私はあなたのような嘘つきではない。だから、魔王に勝って、あなたの元へ帰らなくてはならない。
疲れ切って朦朧とした意識の中、セラフィーナはひたすら走る。
「どうした、防戦一方じゃないか」
「……!」
セラフィーナは柱の影に飛び込んだ。それと同時に轟音が響き、炎の熱気が伝わってくる。
その一瞬の間に、セラフィーナは衣服を切り裂いて、止血する。息を整えると、柱に隠れながら様子を伺った。
大広間の中央、魔王は何の疲労も見せず、ぞっとするほど冷たい目でセラフィーナを見つめていた。
(……大丈夫、今までと変わらない)
疲労が滲む己の体を叱咤して、セラフィーナはまた剣を持ちつつ走る。飛んでくる斬撃を避けながら、目的の場所まで辿り着いた。
目の前には、セラフィーナが倒した竜のような魔物の遺骸が横たわっている。その巨大な体に見合わない、小さな腕を切り落として、自分の体の前に掲げた。
「……」
魔物の硬い鱗が、休まず飛んでくる魔王の攻撃を跳ね返す。跳ね返した攻撃は魔王の元へ飛んでいき、火花が炸裂するような激しい音がした。
灰色の煙の中から、傷ひとつない魔王が歩み出てくる。
「…………小賢しい真似を」
体の芯まで震え上がるような威圧感。肩の汚れを払うような素振りを見せて、その真っ黒な両目がセラフィーナを見た。
「もう、お前には飽きた。ちょこまかと逃げてばかりでつまらない」
子供が玩具を捨てる時のように、魔王はそう言い放った。そして、すっと目を細める。
「お前にはもう死んでもらおう」
突如、何かがのしかかったかのように体が重くなる。汗がセラフィーナの頬を伝う。
「この魔法なら、もういくら逃げようと無駄だ。数十秒後には、この大広間にいる我以外の全ての生命は、この重さに耐えきれなくなって押し潰される」
セラフィーナは焦ることなく剣を確認して、怪我をした足を見る。
(大丈夫、まだ動ける)
剣を強く握って、目を閉じ息を深く吸って、吐く。そして、魔王に向かって駆け出した。
魔王の間合いに踏み込んで、セラフィーナは剣を振り上げる。魔王は避ける素振りすら見せず、つまらなさそうにその様子を眺める。
「……!」
剣は魔王に当たると、呆気なく跳ね返された。もう一撃、と斜めに切り込むが、それも跳ね返される。その勢いで、セラフィーナの手から剣が抜けて、飛んでいって床に落ちた。
「何をしようと無駄だ」
セラフィーナは一歩後ろに下がった。のしかかる重みが、段々と強くなっている。
「いくら足掻こうとも、待つのは死ぬ未来だけだぞ」
セラフィーナは、息を吐いた。息が上がっている。もう体も疲れ切っていて、動きが鈍い。
それでも、セラフィーナは魔王に向かって走り出した。姿勢を低くして、手を伸ばす。魔王はまた避けようとしない。
指先が軽く魔王の体に触れた、その瞬間、僅かに光がきらめいた。
「……!」
魔王は目を見開いて、腕を振って斬撃を繰り出した。セラフィーナは後ろに飛び退いて距離を取る。
「…………何をした」
体にかかる重圧が消えた。
「分からないの?」
セラフィーナは落とした剣を拾い上げながらそう返す。魔王は触れられた箇所を抑えながら、目を見開いてぶつぶつと何かを呟いている。
「いや、分かる……何故、何故お前が聖魔法を使える?」
「……」
「ここまでの道中でも、お前は一度も魔法は使わなかった!」
そう咆哮すると、魔王は巨岩を落とす。セラフィーナはそれらを軽く避ける。
「隠してたの、悪かった?」
「何故隠す必要がある!」
聖魔法を使われた箇所から、魔王の体は灰のようにはらはらと崩れ始めている。
セラフィーナは答え合わせをするように、淡々と話す。
「あなたは、魔法を防ぐ防御魔法と、物理的な攻撃を防ぐ防御魔法の二種類を常時展開している。でも、大技を放つ時には必ずどちらかの魔法を解かなくてはならない」
次々と飛んでくる滅茶苦茶な攻撃を、防御魔法で防ぐ。
「私は初めからずっと剣しか使わず、あなたを欺いて、魔法を防ぐ防御魔法の方を解かせた」
セラフィーナは、初めてふわりと優雅に微笑んだ。
「ありがとう、私の勝ちよ」
魔王は呆然と立ち尽くして、消えていく自身の体を見下ろした。
「何故、それを見破った……」
セラフィーナは無言で、魔王の元に歩み寄った。早くとどめを刺すために。
「最後だから、教えてあげる」
魔王はもう立てないのか、地面に膝をついてセラフィーナを見上げた。魔王の目の前で立ち止まる。
「私とあなたが戦うのが、これで何度目か分かる?」
大広間は静かだった。魔王は訳が分からない、という風にセラフィーナを見つめ返す。
「私ももう覚えていないわ。何度も何度もあなたに挑み、幾度もあなたに殺された。気が遠くなるような時間の中で、あなたの弱点を見つけたの」
「何を、言っている……」
「私は、死ぬ度に過去に戻って、何度もあなたと戦っている」
魔王は一瞬の間を置いて、目を剥いた。
「お前の女神の祝福は、攻撃を読むことではなく、寿命以外の死で過去に戻ることなのか」
「ええ」
魔王がわななく。魔法を使えないらしく、呻いて、最後に静かに尋ねた。
「何故そうも執拗に我を討ち取ろうとする。何がお前にそうさせるんだ」
その問いに、セラフィーナは黙り込んだ。冬の湖のようなその目をより一層冷たくさせて、魔王を見る。
「私の婚約者が、何度過去に戻ってもあなたに殺されるの」
「……は」
「彼は魔王討伐部隊の一員としてあなたを倒しに行って、殺された。私は何度も彼の帰りを待ったけれど、無駄だった。だから私があなたを倒してしまうことにしたの」
セラフィーナは過去を思い出す。リュカはいつも、必ず帰ってくると約束して行ってしまう。だが、結局遺体ですら戻ってこない。何度泣いて、行かないでと訴えたか。
「婚約者の、ために……幾度も我に戦いを挑み、殺されたと」
「そう。あなたの攻撃の仕方を覚えて、何度も同じ台詞と動きを繰り返し、同じ攻撃を引き出すのは大変だった」
「お前は狂っている」
セラフィーナは腕を伸ばして、手の平を魔王に向けた。
「そうね」
そう言った後、セラフィーナは清々しい笑顔を浮かべた。
「でもね、それでいいの。だから私はあなたを倒して、あの人を守れるのだから」
指先で金色の光が美しくきらめく。
セラフィーナは、ひどく冷たい声色で、さようなら、と呟いた。
◇
ここ、城塞都市カークフォートから、魔王の城へ出発する者はいても、帰ってくる者はいなかった。
だから、最初はその人影を魔物かと思ってしまった。
「……ん?なんだ、あれは」
衛兵アダムは、見張り台から身を乗り出す。魔王城の方角から、何やら人のような一つの影が歩いてきていた。
もしかすると、人型の魔物か。そう思い、アダムは巨大な石造りの門の前に仲間を呼ぶ。
(もし強大な魔物であれば、魔王討伐部隊の方々を呼ぼう)
そう思いながら、カークフォートへ向かって近づいてきた人影を見て、アダムは息を呑んだ。
その影は、魔物ではなかった。風に靡く黒髪と薄水色の目を持った、端正な顔立ち。
それは、数週間前、魔王城へ向かってカークフォートを発った少女に違いなかった。
「お嬢さん!」
そう叫ぶと、少女セラフィーナが顔を上げる。
アダムはセラフィーナに駆け寄って、絶句した。きめ細やかな肌には細かな傷が幾つもあり、右足に巻かれた布に血が滲んでいる。こんなにも年若い女の子が、とアダムは胸を痛めた。
「まさか、引き返してきたのか?すぐに治療をしよう」
心配げな視線を向けるアダムに、セラフィーナは頷きながら口を開く。
「ええ、治療はお願いしたいのですが、私は引き返してきた訳ではありません」
「それは、どういう……」
セラフィーナは、真っ直ぐにアダムの目を見据えて言った。
「魔王を倒しました」
「は?」
アダムはぽかんとしてセラフィーナを見つめた。
信じられなかった。今まで、どんな歴戦の戦士も、魔法使いも、あの魔王城から帰ってくることはなかった。それなのに、この少女が?
呆けているアダムに、セラフィーナは、手に持っていた、何かを包んでいる白い布を差し出す。
「これが証拠です」
アダムはそれを受け取って、開く。中には、ぞっとしてしまうような禍々しい魔力を漂わせる赤い髪があった。紛れもない、魔王の魔力だ。
「魔王の毛髪です。首を持ってくるのは、躊躇われたので」
「本当に……倒したのか」
声が震えてしまった。セラフィーナは宝石のような目を瞬かせて、可愛らしく微笑んだ。
「ええ、もう魔王はいません」
何かが込み上げてきて、アダムはそれを堪える為に、門の方でこちらを伺う仲間に向かって、叫ぶ。
「お前ら!早く戻って、祝祭の準備をしろ!」
「は?!なんだってそんな、いきなり……」
「魔王が倒された!」
アダムの心が喜びで震える。やっとだ、と思った。長い、暗い夜が終わり、朝日が昇る。平和な時代が訪れるのだ。
◇
その後、セラフィーナは、あれよあれよという間に教会に連れて行かれて治療を受けた。そして、気がつけば安静にするようにと寝台の上で寝かせられていた。
(そこまで酷い怪我ではないのに)
そして現在、セラフィーナは二階から、ぼんやりと窓硝子の外を見つめていた。
魔王が倒されたことを祝う祭りの最中、人々が賑やかに行き交う。美しい星空の下、街の橙色の光が明るく人々を包み込んでいた。
セラフィーナは微笑みながらその様子を見つめる。喜びが静かにセラフィーナの心を満たしていっていた。
衛兵のアダムに魔王を倒したと告げた後、彼は感極まって泣いてしまった。どうすれはいいか分からずおろおろとするセラフィーナに、アダムはありがとう、と涙ぐみながら言った。
『ありがとう……死んでいった仲間たちも、報われるよ』
道を歩く人の顔には、喜びが浮かんでいる。セラフィーナはリュカの為にと魔王を討ち倒したが、こうして人々の喜ぶ顔が見られるのは、嬉しい。
(そう言えば……リュカは)
セラフィーナはリュカよりも先に魔王城に着く為、大急ぎで旅をしてきた。リュカは今、どこにいるのだろうか。
セラフィーナは掛け布団を手繰り寄せた。
(明日早く起きて、リュカを探しに行こう)
そう思って、ふと窓の外を見る。その瞬間、セラフィーナは目を見開いた。
人混みの中でも目を引く、柔らかい金髪、明るい緑の目。優しげで端正な顔立ち。
教会の前の道を、リュカが数人の騎士と共に歩いていた。セラフィーナは息を呑む。
「……リュカ」
セラフィーナは体を起こすと、床の上に降り立ち、はやる気持ちのままに走り出した。
「セラフィーナ様?!」
「ごめんなさい!」
胸がどくどくと鳴っている。驚いたような顔をしているシスターを通り過ぎて、廊下を駆ける。
教会の扉を押し開けて外に出ると、夜風がセラフィーナの黒髪をさらう。視界を遮ろうとする髪を手で押さえつけて、横の通りを見る。
通りにリュカの姿は見当たらない。セラフィーナは人混みの中に入っていって、急いでリュカを探した。
あなたの元へ帰ることだけを考えて、ここまで頑張った。
セラフィーナは周囲を見回しながら人混みをかき分ける。リュカの姿は見当たらない。見間違いだったのだろうか、と思ったその時、ふっと横を通り過ぎる金髪の青年がいた。
セラフィーナは目を見開いて、その名前を呼ぶ。
「リュカ!」
リュカがゆっくりとこちらを見て、目を大きくする。その口が、セラフィーナ、と動いたのを見て、目頭が熱くなった。セラフィーナは怪我をしている足で駆け寄る。
私は、あなたの為ならなんだってできた。
本当は、とても怖かったのだ。
魔王を前にして、何度も足がすくんだ。体の震えは何度戦っても止まらず、殺される痛みに耐えられず、逃げ出しそうになった。
それでも、あなたが感じた痛みだと思えば、怒りが体を突き動かした。もう一度、もう一度と、立ち上がることができた。
私は、あなたがいたから。
驚いた顔をしているリュカの胸に飛び込む。その存在を確かめるように、セラフィーナはリュカを抱きしめる。
「セラフィーナ……?」
あぁ、あなただ。
言いたいことが山程あった。その筈なのに、胸がいっぱいで、何も言葉が出てこない。
ただ、あなたが生きているということがたまらなく嬉しい。
「こんなに怪我をして、セラフィーナ、君、は……」
怒ったように言うリュカの声が、小さくなる。不思議に思って顔を上げると、驚いたようなリュカの顔が目の前にあった。そしてやっと、頬を伝う涙に気がついた。
「ど、どうして……僕が強く言い過ぎましたか」
「違う、違うの」
リュカの大きな手が、セラフィーナの涙を拭う。その手が温かくて、愛おしくて、更に涙が溢れてくる。
セラフィーナはリュカを見上げて、笑いかける。
「あなたが好きだって、改めて思っただけなの」
「え」
「私、あなたに言いたいことが、山、程……」
セラフィーナの体から、急に力が抜ける。リュカに会えて安心しきったセラフィーナは、遠のいていく意識の中、強く思う。
もう絶対に、私はあなたを失いはしない。




