一日「鬼ごっこ」
「ねえ、一緒に遊ぼう」
びっくりした。急に、遊びに誘われるなんて、思っていなかった。
「僕と遊びたいの」
ふいにかけられた声に、問いかける。
「うん、遊ぼう、何して遊ぶ」
僕の返答を了承と受け取ったのか、喜んだ様子でまた遊ぼうと言ってきた。雰囲気から、何で遊ぶかは僕が決めていいらしいことが分かる。でも、
「何をして遊ぼうか」
僕は遊び方が分からない。遊びは知っているけれど、それがどんなもので、どんなふうに遊ぶのかを知らない。遊びは、遊び方を知ってはじめて楽しめるものだから。だから遊び方を知らない僕と遊んでも、声は楽しめないのではないか。
「教えるよ、遊び方」
心の内をはかられたのか、そう言ってくれる。たしかに、声が遊び方を教えてくれるなら、僕も声も楽しめるのかもしれない。
一日
「じゃあ、鬼ごっこをしよう」
一番最初に頭に浮かんできたのが、鬼ごっこだった、だから言ってみた。鬼は空想上の怖い生き物だと知っているけど、ごっこ、とはなんだろう。鬼ごっこ、どんな遊びなんだろう。声は知っているのだろうか。
「うん、鬼ごっこの遊び方、教えるよ」
声は鬼ごっこを知っていたようで、すぐに遊び方を教えてくれた。
遊ぶ人の中から鬼の役を一人決める。鬼が十の数を言い終わるまでに、他の遊ぶ人は鬼から離れる。十の数を言い終わったら、鬼が他の人を捕まえに行く。他の人は鬼に捕まらないよう逃げ続ける。捕まった人は鬼の役を交代して鬼になり、鬼だった人は逃げる。
「わかった、じゃあ、誰が鬼をやるの」
遊び方を教えてくれた声に問いかける。鬼の役は、なにで決めるのだろう。遊び方で決める方法があるのだろうか。
「決めていいよ」
最初の鬼の役は、僕が指名していいらしい。そういえば、いつの間にか人が増えている。僕を含めて、5人。白いモヤがかかっていて顔は分からない。それに、若干その子達の身体が透けているように見える、気のせいかもしれないけれど。僕は適当に、一番右にいた子を鬼の役に指名した。
「鬼役やってくれるって、さあ早く逃げよう」
鬼の役の子が一、二と数え始める。声に言われるまま、僕は鬼の役の子から急いで離れる。、、、十。数え終わった鬼の役の子が走って、他の子を追いかけ始めた。
鬼の役が交代して、交代して、交代した。まだ僕は捕まっていない、だから、僕は鬼の役の子に追いかけられている。周りにある物を使って、どうにか逃げ続ける。息が切れる、肺が苦しい、疲れた、暑い、でもすごく楽しい。無我夢中で走る。鬼ごっこって、すごく楽しいものなんだ。
「あ」
足がもつれてバランスを崩す。走ることに集中していたからろくに受け身も出来ず、僕はどしゃ、と地面に転がった。痛い。唐突なことで脳の処理が追いついていないのか、パニックになっているのか、上手く起き上がることが出来ない。一呼吸おいて、どうにか身体を起こし、座り込んだ。
「ねえ、だいじょうぶ、怪我してない」
声が心配そうに聞いてくる。自分の身体を見ると、なかなかひどいことになっていた。目立った怪我はしていないが、肌が露出していた部分はすり傷だらけになっている。着ていた服も土で汚れてボロボロだ。
「大変だ、すぐ手当しないと」
声は慌てているみたい。当事者の僕は痛みのせいか、声よりもずっと冷静だった。たしか、どこかで救急箱を見かけた覚えがある。どこにあったっけ。思い出そうとしていると、鬼の役の子が僕の肩を叩いた。そして、すぐさま鬼だった子は僕から離れていった。捕まって鬼を交代された。どうやら鬼ごっこはまだ続いているらしい。鬼だった子に声が
「ちょっと、怪我してるんだから鬼ごっこは終わりにしようよ」
と、呼びかける。でもその子は呼びかけを無視して逃げて、こちらを振り向く。顔は見えないが、どうやら笑っているようだ。鬼ごっこをやめるつもりはちっとも無いらしい。
「いや、いいよ、僕動けるし」
僕を心配してくれる声をなだめて、動けることを証明するために立ち上がってジャンプしてみせる。痛いは痛いが、このくらいどうってことはない。それに、
「あの子にやり返さないと、気がすまないから」
そういえば、僕は勝負事となると燃える性格だった。転んだ拍子に隙を作ってしまって鬼の役を交代された。ここで鬼ごっこをやめてしまうと、なんとなく僕が負けたように感じてしまう。鬼だった子は遠くで、鬼さんこちら、と手を叩いて僕を呼んでいる。他の子も僕を心配しつつも、まだまだ遊び足りないといった雰囲気だ。
「鬼ごっこ再開するよ、また十数えるから逃げてね」
子供なら、傷だらけ泥だらけになってなんぼだろう。どんな風に遊んだって良いじゃないか。