第九話 ドジっ子錬金術師
「こんにちわ~、ここがレノルズマッサージ店さんですかぁ?」
ある日、俺の店に恐る恐るという感じでドアを開けようとしているお客が来ているのに気付いた。
「そうですよ」
「んぎゃあっ?!」
俺が後ろから声をかけると、そのお客の少女はびっくりしたように飛び上がった。
「ああ、すいません、ちょっと外に出ていたもので。俺がその店のオーナーのレノルズです」
「あの、その、ご、ごめんなさい、驚いたりして、私ユミルと言います、えっとえっと不審者じゃなくて……」
「もしかしてマッサージを受けに来られたんですか?」
「そうです!あの「雄鶏と烏麦亭」に貼ってあるチラシを見て……ええと見まして、そのっ」
「わかりました、とりあえずドア開けるんで、ちょっとどいてもらってもいいですかね?」
「はわ、すみません」
ドアの前に立っていた長い黒髪の少女はワタワタしながら横にどいた。
「すいません、たまたま買い出しに出て留守にしてしまったようで、すぐ準備しますのでそこで座って待っていてください」
「ええと、わかりました」
ユミルと名乗った少女は店の入り口に置いた椅子に座って興味深そうに辺りをキョロキョロしている。
「へえ、マッサージ屋さんってこんな感じになってるんだぁ」
「お待たせしました。何か気になるところありますか?」
「はわっ、大丈夫ですぅ」
俺の言葉に少女はまたしてもびっくりしたようなリアクションをした。なんとも落ち着きのない娘だな、そう思いつつもマッサージを受けに来たということなので初回分のお金をもらう。
「どこか気になるところとかありますか?」
「えと私、一応錬金術師なんですけど……」
「錬金術師?この辺では珍しいですね」
錬金術師、有名な賢者の石を始め、高度な魔法道具や不可思議な物質を作り出す人々のことだがこの国では珍しい存在だといえる。
なんでも一昔前に錬金術師を騙った凄腕の詐欺師がこの国に居て、当時の王様を筆頭に貴族連中が次々に詐欺に引っかかってしまってえらい損害が出たらしい。それで財産を失った貴族が破れかぶれになって宮廷内で刀傷沙汰を起こしてまう事件が発生したとかで、さすがに詐欺だと気付いた王様によってその錬金術師は捕まり、国にいた他の錬金術師達もまとめて軒並み投獄されるという大事件があってから、この国には錬金術師が居着くことはなくなってしまったようだ。
そんな訳で俺も錬金術師に会うのは初めてのことだ。
まあ彼女が本物の錬金術師だと仮定しての話なのだが、この落ち着きのなさから見るととても詐欺師には見えない。
黒髪のまっすぐなロングの髪の毛に大き目が特徴の、少し変わったな髪飾りと短めの白いワンピースを着たユミルはミリィよりは成長して見えるがまだまた少女らしい見た目だ。ミリィよりは肉付きはいいが、体の線も成長途中と言った感じだろう。俺的にはもう少し食べて太ったほうが健康的で良いと思うが、こういった線の細い体型を好む男子も多いんだろう。
「北や東の方には錬金術師は多いって聞きますけどね」
「はい、私も北の国から来たんです。で、このルーフェンの街で商売を始めたんですけど、なんか錬金術師っていうと怪訝な顔をされて上手くいかなくて……。とりあえず需要がある回復薬を沢山作っていたんですけど作りすぎて鍋をかき回す腕が痛くなっちゃったんです」
「はあ、なるほどね」
ユミルはこの国では錬金術師=詐欺師と思われていることは知らないようだ。
だが冒険者の多いこの街では回復薬はよく売れるようだ。
しかし商売が大変なのはどこも同じものらしい。俺は目の前のユミルと言う少女に若干親近感がわいてきた。
「商売を始めるって大変ですもんね。わかりました、腕中心にマッサージしていくんでそこに横になってください」
「えーと、ここに横になるんですね」
ユミルは素直に寝台に横になった。
「ではさっそくやっていきますね」
「はい!お願いします」
なんだかキラキラした期待をこめた瞳で見られている気がする。
「えーと、最初に言っておきますけど、ただのマッサージですよ?俺のオリジナルで美容とかに特化して他よりは効き目があると思いますけど」
「そうなんですか?私マッサージって初めてで、どんなものだか楽しみなんです」
「とりあえずひと通り体を揉んでほぐしていくんですけど」
「ふむふむ、あ、気持ち良いです!魔法の力も感じますね」
「そこら辺は俺のオリジナルってことで。これで全身の疲れをとっていきます」
「ふぁあー……、気持ちいい……」
興味津々といった様子のユミルだったが、マッサージを進めるうち、疲れが出たのかうとうとしはじめたようだ。
「……ふぁあ…、なんだか、寝ちゃいそうです……」
「そのまま寝ちゃっていいですよ。寝てる間に終わらせますから」
「……うぅ、いい、ですかぁー…?……こんなに癒されるの、……久しぶりかも……」
慣れない土地での生活で疲れていたのか、マッサージを受けながらユミルは眠りはじめた。
「……スピー…………」
「異国から来て大変だったろうな、この国は錬金術師には冷たいだろうし。同じ初心者商売仲間ってことでよく回復しておくか」
ユミルの子供っぽさの残るあどけない寝顔を見て俺は思った。この年で独り立ちして異国で商売を始めるとなると苦労も多かっただろ。ユミルの言う通り酷使した両腕に回復の魔法力をこめながら俺は思った。
「ユミルさーん、終わりましたよ」
「…………ふがっ?!は!も、もう終わりですか?!はわー、せっかくのマッサージ体験だったのに、寝ちゃってましたぁ……」
俺が声をかけると、なんだかひどくがっかりしたようにユミルは言った。
「それならまた来てもらえればマッサージしますので、よければまた来店してください」
「本当ですか?……うう、でも次回のお金がいつ貯まるか……」
「それじゃあ初心者商売仲間ってことで特別に次回も半額……、いや半額の半額で1500ルクスでいいですよ」
「ええ?!ほ、本当に良いんですか?」
「だいぶ疲れてるみたいですからね、特別なんで、他の人には言わないでくださいよ」
「もちろんです!はわー、ありがとうございます!」
キラキラした目でユミルは俺を見てくるが、そんなに感謝される程のことじゃないと思うんだが、よっぽど疲れていたのか?
「でも回復薬はけっこう良い値で売れると思うんですけど、よっぽど設備投資にお金かかったんですか?」
そんなに俺の店の値段設定は高くないと思うんだがな、こんなに腕が疲弊するくらい回復薬を作りまくっていれば余裕で通えるはずだ。確か錬金術師は色々複雑な器具を使用すると聞くからそのせいなのか。
「…それもあるんですけどぉ、私よく鍋を爆発させちゃうんでその後始末とか大変っていうか……」
「爆発?!」
回復薬ってそんな危険な材料を使うものだったか?そんな訝しげな俺の顔を見てユミルは恥ずかしそうに、
「私まだまだ半人前錬金術師なんですよぉ、頑張ってるんですけどね」