第一話 戦闘下手、マッサージ店を開く
「暇だ……」
一人しかいない部屋の中央で俺は大きく伸びをした。
俺はレノルズ・アンダーソン二十六歳。職業はマッサージ師だ。元々は冒険者、それも回復師だったのだが、俺の回復師としての力は戦闘にはまるで向いてなかった。
そこで冒険者の道はすっぱり諦め、得意分野で勝負しようとここルーフェンの街に自分の店を構えたのは半年前になるのだが、
「今日もお客はゼロか…」
雑多な店が並ぶ通りの一角、古びた建物の三階の角に俺の店「レノルズマッサージ店」はあるのだが、さっぱり客が来ない。
「うーん、腕に自信はあるんだけどな」
俺は自分の手に視線を落として、自慢の両手を握ったり開いたりした。
もともとは回復師だった俺は、パーティーを組んでいっぱしの冒険者として活躍していたんだが、戦闘では仲間の足を引っ張ってばかりで役立たずだと罵られる毎日だった。
そもそも、俺の回復師としての能力に問題有りで、普通の回復師といえば戦闘中、呪文を唱えて回復魔法を対象に飛ばして回復させる、というやり方なのだが、俺の場合、呪文を唱えても回復魔法を対象相手に飛ばす事がまったく出来ず、直接相手に触れなければ回復魔法がかけられないというやっかいな能力だったのだ。
そのせいで戦闘中に仲間に回復しようとすると、激しく戦っている最中に触りに行かなきゃいけない訳で、回復師の俺にそんな器用な真似できるわけもなく、何度も攻撃に巻き込まれて死にかかったり触りに行けず仲間が死にかけたり……。
けれど、戦闘後の俺のマッサージに関してはプロ級の腕前だと評判で、戦闘に出なければ最高の回復師だと不名誉な称号までもらってはいたのだ。
そんなこんなで冒険者として居づらくなった俺は、なんとか得意なマッサージで金を稼ごうとしていたところ、ちょうど親戚の小金持ちの年寄りが亡くなったとかでちょっとした遺産が転がり込んできた。
そして冒険者として貯めていた金と合わせてこのマッサージ店を開いたのだが、
「誰も来ないじゃないかー!」
「おーいレノルズー!って、なんだ、また暇そうにしてるね」
俺が部屋の真ん中でむなしく叫んでいたところに扉に付いたベルを鳴らして入ってきたのはかつての冒険者仲間の一人、大剣使いのリセッタだった。
「また、は余計だろリセッタ、なんの用だよ」
「あはは、ごめんごめん。今日もマッサージ頼もうと思って」
リセッタは手慣れたように付けていた防具を取ると、トレードマークのポニーテールを揺らしながら部屋の中央にある寝台に腰掛けた。
「今日はギルドからの依頼でちょっと遠くのゴブリンの巣の討伐に行ったら思ってた以上に数が多くってさ。それに最近依頼が続いてたからもう腕と肩がこってパンパンなんだー。レノルズ、いつものやつお願い」
「はいはい、しょーがないな」
俺はやる気の無い感じを出しながらもリセッタの肩に手を置いた。たまに近所のじーさんばーさんが来る以外にこうやって客になってくれているのは昔の仲間のリセッタくらいだ。
戦闘で役に立たないの事を悩んでいる俺にマッサージ師になることを勧めたのもリセッタなので、気を使ってくれているのかもしれない。
俺は背中を向けてさっさと横たわったリセッタの身体を揉む。
「ああーー、いい!そこ……、はぁー…」
リセッタが気持ちよさそうに声を上げた。
大剣を振るうリセッタは腕や肩に負担がかかりやすい。
凝った筋肉をいつものようにほぐしていく、と同時に魔法で傷ついた筋肉や疲労を癒やしていく。
呪文は飛ばせない変わりに、こうして直に肉体に触れて筋肉や体組織に直接回復魔法を流し込むのが俺流のマッサージなのだ。
この方が普通の回復魔法よりも深く癒せる、と俺は自負してるんだが、何より客がこなさすぎてそれを立証出来ないのが残念だ。
マッサージ店を開いてからは、日々マッサージの方の腕も知識も磨いてるんだがなぁ、そう思いながらも俺はリセッタの肩を揉んだ。
「…うぁ…、はあ、……やっぱレノルズのマッサージ、最高だよ。これしないと数日疲れ取れないもん。……はあぁ、いい…」
「そりゃどーも。だったら俺の店のこと、他のやつらに宣伝してくれよ……って寝てるし」
「…ぐうーーっ……」
マッサージを受けながらリセッタは寝台の上で気持ち良さそうに寝てしまっている。
「まあ疲れたんだろうな。さて、今度は下半身も揉んどいてやるか」
上半身はほぐし終わったので、次に足に取りかかる。するとこちらも疲労のため筋肉が凝っているのが分かった。よく動いたんだろう、足のむくみもマッサージすると共に、回復魔法も触れた手からリセッタの身体に流し込む。
「だいぶ疲れが溜まっているな、気合い入れて揉んでやらないと」
患部に触れながら回復魔法を身体に流していると、リセッタの身体に疲労が蓄積しているのが魔法を通して伝わってくる。だいぶ無理して依頼をこなしたんだな。
「まったく、相変わらず無茶するやつだ」
俺とパーティーを組んでいる頃から気のいいリセッタは頼まれると断れない性格だった。おおかた泣きつかれて限界以上に依頼を受けたんだろう。
「そんなことしてたらいつか大怪我をするって言ったんだけどなあ、あーあこんな所にも傷が」
仰向けにしてガチガチに凝った足をほぐしていると雑に処理した傷跡が有るのが分かった。
「切り傷か。薬草で治したみたいだが、思ったより深いな。こういうのもちゃんと治さないと跡が残るんだし、後々痛むこともあるんだからちゃんとしろって言ってたんだけど…、リセッタが聞くわけ無いか」
足の上の方にある傷跡に手を触れると、目を閉じてリセッタの中の筋肉、血流、体内組織まで意識を合わせる。
そこに回復魔法をじっくり流し込むと、
「おお、きれいに塞がったな」
魔法で活性化した体組織が盛りあがりリセッタの肌の上に残っていた傷はみるみるうちに塞がっていった。皮膚には跡一つ残っていない。
これもマッサージと並んで俺の自慢の能力だった。触れる事で回復魔法を流しながら相手の体内を探りしっかり同調して中から回復させていく事ができるのだ。
回復魔法を飛ばせない代わりに俺はこの能力に磨きに磨きをかけた。何しろ回復魔法と言うのはほとんど外傷を治すことだけに特化している。戦闘で使うのだから当然なのだが、普通の回復魔法では治しにくい内部の不調や疲労、なんなら病気なんかも治せたらみんな俺に一目置くだろうと頑張ったのだけれど、未だその機会には恵まれない。
だがおかげで体の内部に関してはそこらの医者よりも詳しく知っている自負はある。気づきにくい病気なんかも俺が触れれば医者よりも早く見つける自信もあった。
こないだもマッサージついでにばーさんの胃炎を治してやったら喜ばれつつもなんだか不気味がられてしまった。
「便利な能力だと思うんだけどなあ。うんうん、さすが俺!しかしリセッタも生傷が絶えないな。せっかくこんなきれいな肌をしているのにな」
大剣を振るって前線で戦う冒険者だから仕方ない事だが、リセッタだって年頃の若い女の子だ。
「いやいや、俺はマッサージをしているんだぞ」
すべすべのリセッタの肌の感触を意識しそうになって俺は右手を離した。
傷あった場所は膝より上の太ももに近い方だ。治す際にめくれたスカートももう少し上にめくれれば下着が見えそうだった。
「馬鹿なこと考えてないで、マッサージの続きをしなきゃな」
リセッタは寝るほど疲れてるんだ、マッサージで疲労をとってやらないと。
だが俺の目はついついリセッタの太ももとその上に向けられる。