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彼女たちが去って行った後、ユリウス殿下はジャンヌのもとにやってくる。
ジャンヌは頭を上げようとするが・・・。
「動かないで、このままでは制服も濡れてしまう」
「は、はい」
そう言ってポケットからハンカチを取り出し、彼女の髪をぬぐっていく。
大量の水をかけられたように見えていたが、思っていたよりも少なかったようで、ハンカチ一枚で何とかぬぐい切れたようだ。
ただ、まだ少し湿っているようで、精霊たちが彼女の髪を乾かそうと温風をふかしている。
「あ、ありがとうございます」
髪をぬぐい終わり離れると彼女はやっと顔を上げる。
その彼女の顔を見て、ユリウスは少し驚いた表情を見せたがすぐに元の笑顔に戻った。
どこかであったのか? それとも誰かの面影があったのだろうか?
距離があるのもそうだが、推測しようにもジャンヌの前髪が目元を隠しはっきりと確認できない。
「どういたしまして。ところで君、魔法とかは得意なのかい?」
ああ、そういう事か。
驚いていたのは彼女の顔を見たからではなく魔力感知に引っかかったのか。
後ろで精霊が魔法を使って彼女の髪を乾かしている。つまり見向きもしていない状態で彼女が二属性の魔法を使ったと勘違いしたわけか。
もし二属性の魔法を同時に使えれば高官だって夢じゃないだろうが、たぶん彼女魔法はほぼ使ったことないんじゃないだろうか?
「いえ、平民なので魔法はからっきしでして・・・」
「そうかい。お詫びと言っては何だけれどこれを君にあげよう」
そう言って彼は持っていた花束の中から花を一輪抜き出すと彼女の髪にさす。
それを見て周りの女子どもは黄色い声とその対極的に刺すような視線の二つの感情がジャンヌに向けらるのだが、まったくそちらには気が付いていないようだ。
それ婚約者の花束じゃないのか? 勝手に他の誰かに渡すのはどうなんだ?
「え、あっはいありがとうございます?」
突然のことに驚いた様子を見せるジャンヌ。だが、何故か送った側のシリウス殿下も少し驚いたような表情を一瞬だけ見せた気がした。
「それじゃあ僕はもう行くね。君たちも入学式には遅れないようにね」
そう言ってユリウス殿下は去っていく。
その直後、時間を図ったように学園の鐘がなり予鈴の時間を告げるのだった。
「・・・あの人なんで花束持ってたんだろ。入学祝かな?」
いや、あれ婚約者にこれから渡すプレゼントです。
・・・・・・
・・・・
・・
・
朝のいざこざが終わりついに入学式が始まる。
と言っても特別な儀式がある訳でなく、先生方の有り難いお話を聞くだけだ。
幸いなことに全員椅子に座って話を聞けるわけだが、この椅子がなかなかに座り心地が悪いのなんの。
平等とは何なのか。前方の座席に座る上級貴族席は装飾こそシンプルなものだが、作りがまったく違いクッションが付いている。
贅沢な話であるが同じ椅子にしてほしいものだ。
ちらりと隣を見やるとウトウトと眠りかけているジャンヌの姿。
そして、倒れると危ないからか何とかして起こそうとする精霊達の姿があった。
気のせいかと思ったが精霊達の量が正門の前の時よりも格段に増えている。そのせいか、物量がすごく妖精たちでじょんぬの姿が見え難くなっているほどだ。
それにしてもこの学園内やけに精霊の数が多い。
授業の一環で精霊契約する関係上精霊たちにとっても都合がいいから集まってきているのか、それとも別の要因なのか、田舎の倍以上の密集度合い。折角王都は精霊が少ないから落ち着けると安心したのにこれじゃあ落ち着かないな。
もしかして学園の地下には神様でも眠ってるのか?
「新入生代表ユリウス・ホワイティノス」
そんな事を考えていると学園長の挨拶が終わり、新入生挨拶が始まる。
当然代表に選ばれるのはやんごとなきユリウス殿下。壇上に上がると待っていましたと言わんばかりの黄色い声が建物内に響く。
新入生代表は基本身分が高い順に選ばれるらしい。
例年ならば上級貴族の中から推薦や学力で選ばれていたものだが、王族であるユリウス殿下がいる以上彼以外に候補は無いだろう。
しかし、殿下も今年入学になった上級貴族も大変だろうな。
どんな根回しをしようとも新入生代表の席はすでに決まっているわけだ。
それだけでなく同年代が参加する全ての行事で代表枠は殿下が選ばれるのが当たり前。努力をして代表を狙おうにも選ばれるのは殿下で、努力しても覆すことができない。
任せられる殿下もそうだ、どんな努力の成果も「殿下だから」の一言で済まされ賞賛されず、平等を謳う学園の中で唯一特別扱いされ続ける。
「え、あの人は・・・」
いつの間に起きたのか、壇上に上がるユリウス殿下の姿をみてパチクリするジャンヌ。
いや、まさか殿下のこと王子様だって気がついていなかったのか?
さっき殿下だってクリスティナ嬢がよんでただろうに。
「ユリウス・ホワイティノス殿下、この国の第1王子であり次期国王。文武両道で、容姿端麗。身分に関係なく優しく、国民に慕われている理想の王子様です。あの方を知らないなんて変わってますね」
当然俺じゃない。ジャンヌの逆隣の女子が親切にも解説してくれたのだ。
確かドゥ家の令嬢だったか? 名前は覚えていないが、同じ没落寸前貴族として家名だけは覚えている。
ただ、向こうはうちと違って再興の余地があるので勝手に仲間意識とか芽生えさせるのは失礼か。
「ごめんなさい」
「いえいえ、謝ることではないですよ。あ、私下級貴族のジェーン・ドゥと申します」
「あ、私はジャンヌです。よろしくお願いします」
「成る程成る程? こちらこそよろしくお願いします」
いま目を光らせたのは彼女に利用価値があると見たからか。単純に仲良くできそうだという純粋な気持ちなのかどちらだ?