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カトリーヌ嬢とクリスティナ嬢は彼女の名乗りからいろいろと察したようだが、周りの生徒はそうはいかない。
「ちょっと、ちゃんと名乗りなさいよ」
「そうよ、家名も名乗らないなんて」
「この方達がどなたかご存知無いわけ無いでしょ!」
三人に言い寄られてジャンヌは委縮してしまっている。あの様子だと本当に知らないのだろう。
それも無理はない。貴族内ではカトリーヌ嬢もクリスティナ嬢も有名人ではあるが彼女たちはあくまで息女。街で耳にするにしても御両親の名ばかりのはずだ。
しかしさっきの名乗りと態度で貴族ではないことが察せられると思うだろうに、この取り巻き共は気が付いていないのか?
流石に面白くないと思ったのか、クリスティナ嬢が扇子を打ち鳴らす。
「おやめなさいあなたたち。彼女は平民。それならばご存じなくてもおかしくありませんわ」
平民、そう聞いた瞬間周りにいた生徒たちはざわめき、「平民?」「だからあんなはしたないことが・・・」「なぜここに平民が?」と怪訝な声が上がる。
「は、はい平民です。だはは・・・」
そんな周りから歓迎されていない空気から申し訳なさそうに縮こまるジャンヌ。顔に「帰りたい」って書いてあるように見えるのは気のせいではないな。
「何を笑っているのです?」
そう冷ややかな声とともにジャンヌは「ひぇ」と小さな声をあげる。
「何を笑っていると聞いているのです」
「ひ、ご、ごめんなさい!」
「ソレは何に対しての謝礼ですか?」
「え、えっとその・・・笑っていたことに対してです?」
その答えに対してカトリーヌ嬢はため息をつく。
「ジャンヌよ。あなたがどういう理由でこの学園に来たのか知りません。ですが、その制服に袖を通した以上生半可な覚悟では許しません。胸も張れぬなら制服を脱いで立ち去るのです」
「そうよそうよ! ここは平民がいていい場所ではないのよ」
「どこで手に入れたか知れないけれど帰りなさい!」
「ほんと身の程知らずね」
そう、取り巻き三人組がジャンヌをけなした。
流石に心折れるかもしれない。そう思ったが、彼女はこぶしを握り締める。
「・・・ません」
「はい?」
「できません!」
先ほどまでと打って変わったような強い声に取り巻きたちは驚く。
「な、なんですの?」
「できません。そう言いました」
「ほう、それはなぜ?」
「私は何もとりえのないような人間です。何故この学園に入学できたのかも知らないです。でも入学を勧めてくれた村長さんにも、それを許してくれた父さんにも間違っていなかったと、誇ってもらいたいんです!」
そう言い切った彼女の前髪の隙間から見えた瞳からは強い意志のようなものを感じた。
それに納得したのかそうではないのかわからないがカトリーヌは目をつむり「そうですか」と一言つぶやいた。
「なら、せいぜい人生を無駄に浪費したことを悔いぬよう、努力することです」
「絶対無駄になんかしません。私は立派な高官になって見せます!」
はぁー高官とは大きく啖呵切ったもんだ。
貴族でもなるのは難しいが、過去には平民が推薦で成り上がった例もある。努力次第では不可能というほどではないが、これは苦労するぞ。
「そうですか。ならせいぜいあがいて見せなさい」
「はい!」
「ですが、その前に・・・ジャンヌよ、こうべをたれなさい」
「へ?」
いきなり頭を下げるように言われ何のことかと混乱するジャンヌ。
いや、ジャンヌだけではない。周りも俺も口にはしないが「なぜ?」と疑問符を浮かべている。
「聞こえませんでしたか? こうべをたれなさい」
「は、はい」
「よろしい。では・・・」
そう言って手の中に水球を浮かべた。
その光景に周りは「おお!」と感心の声をあげる。
すげぇ、今のは水魔法か?
それも無詠唱で魔法名も唱えずにやるとはさすが次期王妃、とんでもない努力をしてきた事が分かる。
俺? 無詠唱どころか下級魔法の発動すら安定しませんが?
しかし、水魔法なんて発動して一体何を・・・。
そう思った直後だった。カトリーヌ嬢はその水球をジャンヌの頭にぶつけたのだ。
あまりにも予想外の出来事にジャンヌも周りの野次馬の俺達も何をしたのか理解が追いつかなかった。
「何をしている」
そんな沈黙と混乱を破ったのは男子の声。
ブロンドの髪とサファイアのような透き通るような青の瞳のイケメン王子様。ユリウス・ホワイティノス、この国の第一王子かつ次期国王だ。手に持っている花束は誰かに渡すプレゼントか、はたまた誰かからの贈り物だろうか?
静寂に包まれていた周りは突然女子生徒の黄色い声に変わる。
「これはユリウス殿下、ご機嫌麗しゅう」
そんな中でも全く浮ついた様子もなく挨拶をこなすクリスティナ嬢は流石と言える。
「やあ、クリスティナ嬢。今日はいつも以上に気合の入った髪型だ。それに頬紅も何時もとは色合いが違うね」
「ええ、我が商会の最新作でして」
「なるほど、母上に紹介しておこう。貴殿の所の化粧品がお気に入りだからね。それはさておきだ」
ユリウス殿下は婚約者であるカトリーヌ嬢に視線を向ける。彼女の片手には火球、もう片方にはつむじ風が形成されていた。
すごいな、二属性同時発動か。何がすごいか? とりあえずすごいんだよ。
しかしその魔法で一体何を?
「おや、どうしましたか?」
「「おや」って。挨拶もないのはさみしいな」
「必要ありません。学園では階級にかかわらず平等です。ジャンヌ、まだ頭を上げていいとは言っていません」
いや、確かにそういうルールだが、いくら立場に上下が無いにしても最低限の礼儀は必要だろ。ほら、ユリウス殿下も苦笑いしてる。
「それで、カトリーヌ。君は何をしているのだい?」
「見ての通りしつけですが?」
躾っておい、先ほどの平等の話どうした。思いっきり上下関係植え付けようとしてるじゃないか。
「カトリーヌ、平等の意味は理解しているかい?」
「ええ、ですが平等であっても自由ではありません。ならば誰かが正さなければなりません」
「じゃあ君は何者であるつもりだ?」
「それは・・・」
カトリーヌ嬢はしばらく考え込むと両手に作っていた魔法を消し去り踵を返す。
「そうですね。そこまで言うのであれば後はお好きに」
そう言ってこの場を去ってしまう。
それに従ってかクリスティナ嬢とその取り巻きも彼女に随行していくが、すれ違いざまに歩みを止める。
「殿下。カトリーヌ様は確かにやりすぎだと思いました。ですが、奇麗事や優しさだけでは世の中回りませんわ」
「肝に銘じておくよ」
その言葉に納得いかないのか彼女は眉間にしわを寄せ去っていった。
2025/06/11 誤字、ルビ修正