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※は1章の教科書に細かい情報が載っています
俺の名はジョン・スミス、しがない下級貴族だ。
細かい自己紹介はおいおいで、今は貧乏下級貴族とでも覚えておいてくれ。
15を迎える貴族は例外を除いて学園に入学することになっており、俺も今日からこの王立フワイト学園に世話になる予定だ。
なんでも、金の関係で貴族に関しての基礎を学べない子供のために勉強の場を設けようという試みから創設されたこの学園。
貴族が生まれ持つ高い魔力の制御方法とか剣の扱いとかマナーとか。教える人間によって癖や方式が変わってくるから統一しようと試みているのもあるだろう。
まぁ、年ごろの子供を集めるこんな施設なんて裏がいろいろとありそうだが俺には関係ないことだ。
貴族としての未来がない俺としては学園に通っている時間があれば金を稼ぎたいのが本音だったりするのだがそれはまた別の話。
俺達が乗ってきた乗合馬車が最後だったらしく正門を閉じるため門番が準備をする。
学園の門は不審者を入れないために重っ苦しい金属の扉でできているため閉じるだけにもなかなか骨が折れそうだ。
貴族なのに乗合馬車に乗ってきたのかって?
察してくれ、うちは馬車も持っていないような貧乏貴族なのだ。
貧乏すぎて傘すらも持っていないだなんてとんだお笑い草だぜ。
「ま、待ってくださーい!」
何故魔法を使って閉めないのかと疑問に思いながら見ていると、声とともに強い風が吹き抜ける。なんだなんだと門のほうを見ると間をすり抜け駆け込んで来る女子生徒の姿。そしてその後ろからは無数の光の玉・・・否、精霊が追いかけていた。
肩までしかないボサボサの栗色の髪、整っているが特に大きな特徴はない平凡な顔立ちの少女。
スカートは走りやすくするためにか短く絞られ、学校指定のリボンは緩くなっている、襟が立っているなど複数の乱れ。暑いからか制服をはためかせている姿などとてもはしたない。
「まにあった―!」
彼女が門を抜けたと同時に風はやみ満足そうな笑みを浮かべながら袖で汗をぬぐう。
そんな彼女に追いつくように精霊たちが彼女に群がり、風を起こしたり周りを冷やしたりなど彼女のクールダウンの手伝いをし始める。
精霊たちからの扱いから察するに、彼女が精霊の愛子か。
まれに精霊たちから愛される魔力を持つ子供が生まれてくると昔から言い伝えがある。
精霊たちの話で近い年代で生まれたことは聞いてはいたが、まさか同年代でそれも学園に入学してくるなんて思ってもいなかった。
できるならばお近づきになっておきたいものだ。(下心有り)
そんな将来有望な彼女だがはしたないと思っていたのは俺だけではなく、周りからは冷ややかな視線が送られている。
「いやねぇ、何処の田舎貴族かしら」
「ほんと。あんなはしたない格好をして親はどんな教育をしていたのかしらね」
などと彼女を批判する声が聞こえるのも仕方がない。
義務教育でマナーを習うからと言って上級~下級貴族が通う学園なのだ。親から基本的なマナーなどは入学前に叩き込まれている。
今年はある理由から例年以上に厳しく教えられているだろうからなおマナーについてうるさい貴族が多い。
彼女がマナーなどそこらへんが疎いのは平民だからだろう。
でもさすがに女の子として身だしなみはきっちりしようね。
「何の騒ぎです?」
彼女にタオルの一つでも渡そうかとそんなことを考えていると、騒ぎを聞きつけてか煌びやかな女性の集団がこちらへとやってくる。
先頭を歩く銀髪の凛々しく大人っぽい女性カトリーヌ・クリストフィー。
上級貴族内で最も有力なクリストフィー家のひとり娘で王子の婚約者だ。
その隣を歩くのは一昔前に流行った金髪の縦巻きロールの一目で高貴な貴族だとわかる堂々とした佇まいの女性クリスティナ・ベラール。
上級貴族の中でも成金貴族だと言われるほど何でも金で解決しようとする一族の長女だ。
で、その後ろをついて歩いてるおまけはクリスティナ嬢の取り巻き(自称)の三人組。確か全員中級貴族。
そんな二人が来たわけだから。まばらに歩いていた新入生たちはまるで主人を迎える使用人のように分かれて道を開けカトリーヌ嬢たちは精霊の愛子の前まで来た。
「何事かと思えばネズミが紛れ込みましたか」
「ふえぇ!? い、いえ。私は今年から入学することになりまして、それで、あの!?ネズミじゃなくって、関係者と言いますか!?」
そう言って彼女の事を見下すカトリーヌ。
部外者が入ってきたと言われたと思った精霊の愛子は慌てて支離滅裂なことを言う。
「名前は?」
「は、はひ! じゃ、ジャンヌです・・・」
ほう、ジャンヌというのか。よし、覚えた。
てんぱりすぎてなのか委縮してなのか後半どんどん消え入りそうな声になってるせいで少し聞きづらかった。
そう思ったのは俺だけではなく、その様子に少し苛立ったのか
「しゃっきりなさいなさい! 何と言っているか聞き取れませんわよ」
そう言って扇子を口元にあてるクリスティナ。それに便乗するように「そうよそうよ」と後ろの取り巻き達も同意する。
ジャンヌは慌てて背筋を伸ばし「は、はい。ジャンヌです!」と言い直す。
とはいえ、あまり無茶を言ってやるのはどうかと思ったりもするわけだ。
貴族ともまともに話をしたことがあるかわからない彼女が、いきなり声かけられるだけでも緊張するのに、それもトップのご令嬢が声をかけたわけだ。
カトリーヌ嬢達の身分を知らなくても先程の周りの態度から偉いというのは何となく察する事が出来ただろう。
「ジャンヌ・・・成る程」
お、カトリーヌ嬢も彼女の素性について知っている側か。流石クリストフィー家の令嬢情報が早い。