SS7 フードコートの子ども達
ようやくこちらも進められました。
炎天下の中、自転車を精一杯こぐ。回し車を回すモルモットのように。歩道の先に見える信号がゆらゆらと揺れる。
「くそ、やっぱあっち(VT250SPADA)にしておけばよかった!」
と叫んでこぐ。
いつものショッピングモールへ。
暑さに朦朧としそうになりながら、駐輪場に自転車を突っ込む。
2重の鍵は忘れない。
自転車用ヘルメットを脱ぎ、小脇に抱えたまま店内入口へと向かう。アスファルトから立ち上る熱気が顔を撫でていく。自動扉が開くとそこは別世界だ。空調のおかげで、朦朧としていた体がはっきりと輪郭を持つ。自分の心にもはっきりと輪郭が現れた。
きっと彼女はいる。
そう確信できる。
歩くペースを早める。いつものフードコートが見えてくる。
全く躊躇せずにフードコートのエリアへと飛び込む。
土曜日とあって、フードコートも賑わいを見せている。いつものテーブルは親子連れが使っていた。ゆっくりとフロアを見回す。
フロアーのかなり外れたところ。ラーメン屋のカウンター席のようになっているエリア。
彼女はそこにいた。俺が貸した文庫本を手に、飲み物をカウンターにおいて。
ゆっくりと近づき、彼女の隣に座る。
ちらっと横目で俺を見るレナ。
「来たんだ。」
「ああ、レナと話がしたくて。」
「ふふ。かわいいとこあるのね。」
「ああ、おれ、女子、いや「女」には弱いんだ。」
「へ~・・・・・。知らなかった。下心があるなんて。」
文庫本から目を離さないレナ。俺も、遠くに見えるチキンのファーストフード店を見つめながら話す。
「学校もないのに、どうしてここに?」
「・・・・私は・・・毎日来てるの。この時間・・・・」
「そうなんだ。じゃあ、せっかくだし、一緒に話そうぜ。飲み物買ってくるよ。あ、おごるよ。」
「え、いいの?」
「ああ。もちろん、下心ありさ。」
「ジュース一杯ぐらいの安い女じゃないけど。」
「もちろん、わかってるさ・・・。」
そう言って席を立ち、世界一有名なファーストフードのコーナーへ。
「お待たせ。」
そういってトレーを置く。
「アイスコーヒー?」
「うん。いやだった?」
「ううん。ちょうど飲みたかったわ。」
「あの時のお返し。」
「・・・あの時・・・ああ、あのときね。・・・・ふふふ・・・ふふふ・・・」
「うん?なに?」
「いや、床に尻もちついた、こういちの姿を思い出したので・・」
「誰のせいだよ。忘れてくてれよ。」
と、苦笑い。
「・・・忘れられないわ。ううん・・・・忘れたくないわ・・・・。」
「そう思ってもらえるのは、うれしいよ。」
と、アイスコーヒーを口に含んだ。
「うん。ほんと、そう思ってる。だから・・・・来てくれてうれしいわ。でも、いいの?休みの日まで私の相手して?ほら、例の子と遊んだりしないの?」
「そんなんじゃないから。言ったろう、下心ありだって。」
「わたしに?じゃあ、気を付けるわ。」
そういってレナもストローを咥えた。
「なあ、レナ・・・なにか・・・・こまってるんじゃないか?」
不意な俺の質問にも、レナは微動だにしない。
「・・・・やっぱりごまかせないわね。・・・そう。困ってる・・・いや、怖がってるってかんじかな・・。」
「こわい?」
「そう。だから・・忘れたくない・・・今も、この瞬間のことも・・・」
「・・・・いったい君は何者なんだ?こないだ、気分が悪くなただろう?そのとき・・・迎えの車に乗るところを見たんだ。・・・・レナ・・・何かあるんだろ?」
「そう・・・。あのね・・・・・」
「あ、こう・・・いち?」
全く油断していた。レナと話すことに集中していて。
右後ろから聞こえたその声。
聞き覚えのあるその声の主。
答え合わせをするため右へと体を捩って振り返る。
間違っていてほしかった・・・・。だが、答えは正解だった。
「あっ・・・・ゆ、夕子・・・」
ぎこちない笑顔を浮かべているのが、自分でもわかる。
「こういち、こんなところで会う・・・・なんて・・・ね」
そう言いながら、夕子の目線は俺を通り過ぎて、レナへと注がれていた。
「あ、う、うん。その友だちと会ってたんだ・・・。」
苦しい。なんか、苦しい言いわけだ。間違ってないのに、なんか見苦しいぞ、おれ。
「あ、と、友達なん・・・・だ。は、はじめまして、こういちの同級生の坂下夕子です。」
そういってぎこちなく会釈した夕子。ちらっと俺の顔を伺ている。
「はじめまして。わたしは岡部玲奈です。TN高校の2年生です。」
「あ、同じですね。」
同級とわかると夕子は少し頬をくずした。
「あ、夕子さんもご一緒しますか?」
「えっ」
声にでてしまった。
「あ、おじゃまでは・・・」
俺の反応見て、夕子はそう言った。
「いいえ、お時間よろしければ、あなたとお話しがしたいわ。」
そう言いながら、レナは夕子に微笑みをむけた。
4人がけのテーブル席に移動する。俺とレナが並んで座り、対面に夕子が座る。
「ふーーん・・・」
俺がごく自然にレナの隣に座ると、鋭い目を夕子は送ってきた。
「え、なに?」
「べつに・・・」
ぶっきらぼうに答える夕子。何なんだよ・・・。
「へぇー学校ではそんな感じなんだ。こういちくんは。」
「ええ、いつもめんどくさがって、何もしてくれないんですよ!」
「まあ、そうでしょうね。」
夕子はレナにどんどん話しかけた。
「ふふふふ。想像してたより、ずっと楽しい人なのね。」
「え、こういち、わたしのこと話してたの?」
「え、あ、いや、ほ、ほら、クラス会の幹事をすることになっただろう?その愚痴をいろいろ聞いていもらったんだよ。」
なにも悪いことをしていないが、なんかどぎまぎしてしまう。
「ふーん。最近知り合ったばかりなのに、愚痴を漏らすほど仲いいんだ・・・」
「ちょ、まて、なんか誤解してないか?ほんとにただの友だちなんだ。なあ、レナ?」
「え、名前を・・・よ・・よびすて・・・」
「ごめんなさい、夕子さん。」
「え・・・」
突然顔色を失う夕子。
「わたしがレナって呼ぶようにお願いしてるの。」
「そ、そうなの・・・」
「誤解を与えるようなことしてごめんなさい。」
「あ、いえ、こちらこそ。変に勘ぐって・・・」
恥ずかしいのか、夕子の顔は赤い。
「でも、夕子さんがこんなに可愛い方だとは驚きました。」
「え・・・」
「夕子さんみたいな可愛い人が、こういちさんの友だちとは信じられません。」
「いや、いやいやいや、レナさんこそ、とてもきれいです。わたしなんかぜんぜんです・・・・・」
「ふふふ。夕子さん、時に謙遜は、人を傷つけるわ・・・それは無自覚なほどね・・・。」
そういうとレナは、空になったカップを見つめた。
「・・・・・・」
レナの真剣な面持ちを見た夕子は、顔をこわばらせた。
「あ、レナ、もう一杯どうだい?」
たまらず俺は声をあげた。
「いえ、もういいわ。そろそろ迎えが来るので。」
といって席を立った。
例の大きな柱時計を見ると、すでに17時を大きく回っていた。
「あ、うん。そうだね。」
俺が残念そうな顔をしているのに気付いたのだろう、
「質問の答えはちゃんと答えるわ。大丈夫よ。」
そういってレナは微笑み、踵を返して去って行った。
レナの後ろ姿を見つめていると、肩口あたりをくいっと引っ張られた。
「な、なに?」
「なに?じゃない。・・・あんな可愛い子と知り合いって、聞いていないけど・・・」
「いや、・・・・・最近、知り合ったんだよ。それに、友だち、って言ったって、たまにここで、おしゃべりするくらいだし。」
「ふーん。そうなんだ・・・。」
「ああ、それだけだよ。」
「じゃあ、質問って?なに?」
夕子は真剣なまなざしで、尋ねてきた。たまらず、目をそらした。
「あ、彼女、何か、悩んでるらしくて・・・。それを聞いてたとこ。」
「悩み?」
「うん。でも、答えをいう前に夕子が来たんだ。」
「あ、そうなんだ。ごめん、お邪魔だったかな・・・」
「いや。かえってよかった。なんか・・・レナ、楽しそうに笑ってたからさ。」
「え、いつも、しかめっ面なの?彼女?」
「いや、そうじゃない。でも、寂しい笑い方するからさ。」
「最近知ったわりには、くわしいんだね。」
訝しげな夕子。
「夕子・・・・なんか、勘違いしてない?レナと俺は、ホントにここでしか会ったことないし、本を貸し借りするくらいだ。」
「ふーーん。でも、わたしが誘われたら、「え」って言ったよね。」
「あ、だって肝心なところだったからさ・・・。」
なんか、目線が鋭くなってきたぞ。
「まあ、あんな可愛かったら・・・まあ、そうよね。」
「だから、そうゆうんじゃないって・・・」
「まあ、いいわ。ところで、・・・・・レナさんのこと、黙ってたほうがいい?それとも学校で話していい?」
悪戯っぽく笑う夕子を見て考える
「・・・・・なんか奢るよ・・・・」
「うん、ご馳走様!じゃあ、レナさんのことは、学校では忘れてあげる。」
「ああ、ありがとう・・・」
「でも」
そう言うと、夕子はこちらを横目で見据え、
「学校外では・・・・・・そうはいかないわよ・・・・」
とよくわからない決意表明を受けた。
あーバイク乗りてー・・・。